きまぐれな日々

 今年の政治で唯一の収穫といえるのは小池百合子のバブル破裂だ、とはもう何度も書いたが、逆に最悪だったのは安倍晋三政権を生き延びさせ、第4次内閣の発足を許してしまったことだった。

 年の半ば、共謀罪法案と森友・加計問題で批判を浴びた安倍は、7月の都議選で自民党が大敗を喫したこともあって政権支持率が毎日新聞の調査で26%にまで落ちたが、その後V字回復した。

 安倍が生き延びた理由として、少なからぬ政権批判派が愚かにも「期待」なり「ワクワク」なりしてしまった小池百合子(私がこの政治家を肯定的に評価したことは一度もない)がその正体を露呈したため、「政権批判票」が(一部は立憲民主党に流れたものの)「行き場を失った」とか「自民党に回帰した」などというバカバカしい解釈も可能だし、それは全くの的外れでもないとは思う。

 しかし、何よりも良くなかったのは、早々と通常国会を閉めて議論さえなくしてしまえば批判を浴びないし、批判を浴びなければ内閣支持率も下がらないだろうとの安倍の思惑通りに世論が動いてしまったことだ。

 この悪影響は測り知れない。実際、安倍は要人を私邸に呼んで政治を行うようになったと言われている。これを「政党政治の崩壊」と私は位置づけている。

 戦前には軍部の影響力が強くなり、政党は軍部に屈従して政党政治が崩壊したが、現在は安倍の影響力が強くなり、政党は安倍に屈従して政党政治が崩壊しつつある。

 こう書くと、野党、特に共産党は安倍に屈従などしていないぞ、との反論を受けるだろう。

 安倍に屈従はしなかった。それはその通りだ。

 しかし、安倍と同様の極右独裁者である小池百合子に対してはどうだったか。「是々非々」とか言って半分屈従していたのではなかったか。

 民進党に至っては、党が小池系の希望の党と非小池系の立憲民主党に割れた。しかも選挙のなかった参院議員と希望にも立民にも行かなかった衆院議員による民進党も残っている。

 立憲民主党が本当に「非小池系」(好ましくは「反小池系」)であれば良いのだが、昨年小池百合子にすり寄った蓮舫が立民入りを希望している。こんなのや山尾志桜里や(まさかとは思うが)原口一博なんかを入党させてしまえば、もはや分裂前の民進党からわずかに極右の連中(長島昭久、細野豪志、前原誠司、松原仁ら)を除いただけの政党に逆戻りするだけだろう。

 そんなことでは、事実上失われてしまったも同然の「政党政治」を「取り戻す」ことはできないと思うのだ。

 来年、2018年は、安倍の野望である改憲を阻止するとともに、政党政治を取り戻す年にしなければならない。

 このブログはもう少しだけ続けます。それでは皆様、良いお年を。
 1か月ぶりの更新になる。FC2ブログでは、1か月以内に更新がないとトップページに広告が表示されるが、その目前にまで来てしまった。

 衆院選後、私が見に行くブログやTwitterの多くで更新がまばらになっている。京都府立大学名誉教授・広原盛明氏が11月30日に書いたブログ記事(下記URL)の冒頭の文章がその理由を書いているが、強く共感させられた。
http://d.hatena.ne.jp/hiroharablog/20171130/1511997548

 総選挙が終わってからというものは、社会や政治を取り巻く空気がどす黒く澱んでいるように思えて仕方がない。息苦しいというか、重苦しいというか、諦めとも無力感とも付かないどんよりとした空気が上から下まで覆っている感じなのだ。深呼吸しようにも力が湧いてこず、低肺活量のままで息切れしそうな気さえする始末。こんなことでは駄目だと気を奮い起こしても、いつの間にかまたもとの状態に戻ってしまう。いったいどうすればいいのか。

 こんなことは個人的状況なら体調不良やスランプなどと思ってやり過ごせるかもしれないが、社会状況や政治状況ともなるとそうはいかない。自分の受け止め方に問題があるのか、それとも周辺状況そのものに問題があるのか、原因を突き止めなければ納得がいかないのだ。そんな鬱々とした気分でここ1週間ほどは過ごしてきたが、自分の気持ちに決着をつけるためにも(主観的であれ)考えを一応整理してみたい。

総選挙前の一種の興奮状態が過ぎていま思うことは、今度の総選挙はいったいなんだったのかということだ。結局は「何も変わらなかった」との徒労感だけしか残らない。(後略)

(『広原盛明のつれづれ日記』 2017年11月30日付記事「この総選挙はいったいなんだったのか、総選挙後に広がる野党状況の異変、立憲民主を軸とした新野党共闘は成立するか(6)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その93)」より)


 結局安倍政権が続くのかよ、大山鳴動して鼠ならぬ緑の狸一匹の化けの皮が剥がれただけじゃないか、というのが多くの人たちの思いだろう。

 結局、今年の政治シーンの収穫は、いくつかの幻想、主にマスメディアによって作られた(捏造された)虚像がぶっ壊されたことだけだったように思われる。

 それでも、昨年の今頃と比較すればまだ少しはマシだろうとは思う。

 昨年の今頃には、多くの「リベラル」たちが小池百合子に「ワクワク」していた。また、安倍昭恵が「家庭内野党」であるかのような虚像を受け入れる「リベラル」たちも少なくなかった。さらに、右翼方面に目を転じると、稲田朋美が「次期総理大臣候補」であるかのように思われていた。

 これらの幻想ないし虚像はすべて破壊された。安倍昭恵はベルギーから何を顕彰されたのかわからないが何やら勲章を授けられた席上で、目に涙を浮かべながら厚顔無恥にも「つらい一年だった」などと被害者意識むき出しの妄言を発したが、安倍昭恵に同情する人などほとんどいなかった。

 衆院選では希望の党が惨敗したことが、皮肉にも今後の政治に対する最大の「希望」となった。同等の惨敗によって保守二大政党制の実現不可能性がはっきり示されたからだ。

 衆院選後、同党の政党支持率はさらに低下し、JNNの世論調査では政党支持率1.0%となり、衆院議員が左右に分かれて参院議員だけが残っている民進党の支持率(1.1%)と同レベルになった。早くも小池百合子は泥舟だか棺桶だかから片足を抜き去る卑劣な行動に出ている。その無責任さにおいて安倍晋三も橋下徹も小池には敵わないだろう。これほど低劣な「政治家」は見たこともない。

 思えば、今年の正月には、日本共産党の板橋区選出都議・徳留道信が小池百合子に媚びへつらう「新年の挨拶」を発するという最悪の出来事で幕を開けた。徳留は7月の都議選に当選したが、この都議選で党勢を伸ばした共産党は選挙戦中に朝日新聞のアンケートにあった小池都政への評価に関する質問に、全候補者が「ある程度評価する」と答えていた。当然ながら都民ファースト同様、「上からの指示」によって回答が決められていたのだろう。

 「リベラル」も「リベラル」で、春の千代田区長選で小池が推した老害の多選区長が圧勝した時に歓呼の記事を書いたブロガーがいた。このブロガーは小池に「ワクワク」していた例の御仁だが、この人はもっともひどかった頃には「最近はテレビ(のワイドショー)の応援が下火のように思われて不満だ。もっと小池都知事を応援してほしい」という意味のことを平然とブログに書いていた。

 こうした、共産党や民進党支持系「リベラル」に蔓延した「小池翼賛」の機運が、衆院選を前にした前原誠司一派の妄動たる「希望の党」なる一大張りぼて政党を生み出したのだ。

 結局この張りぼて政党の正体を露呈させたのは、「今なら勝てる」と奇襲の衆院解散・総選挙に打って出た安倍晋三だった。

 安倍の狙い通り自公与党だけで議席の3分の2を超える圧勝をおさめたが、安倍が改憲のパートナーと期待していた希望の党ばかりか、日本維新の会まで惨敗したために、安倍にとっては「めでたさも中くらいなり」の選挙結果だったに違いない。

 結局小池百合子や前原誠司・細野豪志らに排除された人たちが枝野幸男を党首に戴いて集まった立憲民主党が野党第一党になった。

 もちろん立民にも課題は多いが、立民の「共謀罪廃止法案」に希望の党が乗らなかったことは、同党の正体をはっきり示すものだった。立民が希望に対して仕掛けた「踏み絵」だったようにも思われる。

 希望の党の長島昭久は、民進党にも共謀罪廃止法案の共同提出に加わらないよう働きかけたが、立憲民主党の反撃に遭って失敗に終わった。民進党が共同提案に加わった最大の要因は、立民には10%前後の政党支持率があるのに対し、希望の党には1〜3%程度の政党支持率しかないことだろう。つまり、そんな分子と近いとの印象を人々に与えることは、再来年(2019年)に参院選を控えている民進党に不利になるとの思惑が働いたものとみられる。

 今年6月に、前文科事務次官の前川喜平に対する謀略報道を仕掛けた読売新聞は、何としても立憲民主党から野党第一党の座を奪おうと、またしても仕掛けてきている。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20171208-OYT1T50108.html

民進・希望、統一会派を検討…将来的な合流視野

 民進党と希望の党が、衆参両院で統一会派の結成を検討していることが8日、わかった。

 両党の複数の幹部が明らかにした。将来的な合流も視野に、来年の次期通常国会に向けて幹部同士の協議に入る方針だ。

 希望の玉木代表は8日、統一会派結成について「選択肢としてはあり得る」と前向きな姿勢を示した。国会内で記者団に語った。

 民進は今年10月の衆院選を前に、民進、希望、立憲民主の3党に分裂した。民進の大塚代表は選挙後、3党の再結集を模索したが、独自路線を掲げる立民の枝野代表は消極的な姿勢を示している。これを受けて民進は、希望との連携を優先する方向にかじを切ったとみられる。

(YOMIURI ONLINE 2017年12月09日 16時54分)


 だが、これも前川前事務次官の「出会い系バー」報道同様、読売の手前勝手な都合によるヨタ記事の域を出ないだろう。

 もちろん民進党には長島昭久と改憲私案を共同で月刊誌に発表した大野元裕なる参院議員などもいるが、この大野はもともと民進党で長島昭久が主宰した「国軸の党」という名称のグループに所属していた長島一派の人間だ。読売が書いたように、本当に民進と希望が統一会派を組むなら、民進を離党して立民入りする参院議員が続出するだろう。また、「無所属の会」の保守系の重鎮である岡田克也や野田佳彦と細野豪志らとの折り合いから考えても、読売の報道が現実化する可能性は低いと私は考えている。

 そうそう、前川前事務次官を引っ掛けようとした謀略報道によって読売の信頼が失墜したことも、今年数少なかった痛快事の一つだ。何しろ、読売同様官邸にけしかけられた週刊新潮の記者が前川氏の身辺を洗おうと動いたら先に読売の記者が動き回っていた上、新潮の記者がいくら取材しても前川氏の疑惑の証拠はいっこうにつかめなかったらしく、新潮はそのことを紙面に書いて「御用新聞」読売を痛烈に揶揄したのだった。代表的な右翼週刊誌である週刊新潮に馬鹿にされるまで読売は堕ちた。ついでにプロ野球の読売軍もBクラスに落ち、クライマックスシリーズの制度が始まって以来初めて同シリーズへの進出を逃したが、これについては私がひいきにしているヤクルトスワローズが球団創設以来最悪の敗戦数を記録して最下位に落ちたので、それこそ「めでたさも中くらい」でしかない。それよりも、野球では大谷翔平がヤンキースを蹴飛ばしてエンジェルス入りしたことは手放しで喜べる朗報だった。

 話を戻すと、小池百合子と旧民進右派が「高転びに転んだ」ことは今年の政治の最大の収穫だった(その次が安倍昭恵の正体が露呈して少なからぬ「リベラル」を幻滅させたことだろうか。安倍昭恵ほど悪質な「安倍政権の補完勢力」はなかった)。

 しかしそれには、安倍自民党を衆院選にまたしても圧勝させるという大きすぎる代償を伴っていた。

 来年、2018年には安倍晋三は改憲への大勝負をかけてくる。いよいよ正念場だ。
 衆院選から3週間が経った。

 選挙直後には小選挙区制に対する批判の声が挙がりながら、それはすぐに沈静してしまい、相変わらず無為無策のまま時間が過ぎるパターンに、今回もはまろうとしている。

 たとえば、市民連合は衆院選翌日の10月23日に、「10.23【第48回衆議院議員選挙に関する見解】」を発表した(下記URL)。
http://shiminrengo.com/archives/1954

 この見解に、

与党の巨大な議席は、勝者にボーナスを与える小選挙区制度がもたらした、民意からの乖離といわなければなりません。

と書かれている。

 また、「野党共闘」の指導的立場にいる学者とされる中野晃一は、衆院選の直後に下記のツイートを発信した。
https://twitter.com/knakano1970/status/922258719907311616

改めて小選挙区制が極めて非民主的な選挙制度であることと、メディアがそのことを問題視しないで「野党分裂で自民漁夫の利」とか報じてことにうんざりするな。 野党側が共産党から希望の党まで一緒にならないと、創価学会と日本会議が一緒になってる与党に勝てない選挙のあり方っておかしいだろ。


 同じ中野晃一は、衆院選総括のインタビュー(上下2回に分けて公開)で下記のように述べている。
https://thepage.jp/detail/20171026-00000005-wordleaf?page=2

穏健な多党制で2つ程度のブロックに

 今回の選挙と希望の党との合流による一連の騒動によって、「二大政党制を追い求めていくことの不毛さが見えた」と言います。前原代表は希望の党への合流の理由を「二大政党の一翼を担うような大きな政党をつくらなければならない」としましたが、「純粋にリベラルだけでいく、純粋に保守だけでいくとなれば大きな政党は作れない」「無茶な企て」と断じました。

 中野教授は「二大政党制に選択肢を狭めることが出来るほど、今は単純な社会に生きていない」といいます。「大きな政党をつくるとなれば政策が焦点ボケする。ペプシコーラとコカコーラのどちらがいいですかと言われても、どちらもちょっと、という人はたくさんいるはず。第2政党をつくるためだけに永田町だけで離合集散を繰り返すというのはもうやめた方がいい」(後略)

(「THE PAGE」 2017年10月27日)


https://thepage.jp/detail/20171026-00000006-wordleaf?page=2

選挙制度見直し「せめて議論を」

 中野教授は、今回の選挙での民進党の分裂騒動が、政治家の政策的な立ち位置をはっきりさせた役割もあったとみます。一方で課題がたくさん明らかになった選挙ともいいます。

「立憲民主党はリベラル色をはっきりさせたことで、躍進したが、戦後の最大野党としては一番少ない議席数であることには間違いない」。現行の選挙制度が、96年の導入から20年以上経過し、「自民党支持者を含め、多くの人が、政治が劣化したといっている。小選挙区制のひずみが明らかになってきたので、広く国民の中でこの制度でいいのか議論するべき」と提起します。

「個人的には、比例の結果で全体の議席を配分する中で、小選挙区で選ばれた議員が優先的に当選するドイツやニュージーランドの『小選挙区比例代表併用制』の仕組みがいいと思うが、中選挙区に戻す方がいい、現行のままでいいのかなど、せめて議論を始めないといけない。過度に小選挙区に依存し、比例的配分が無視されているままでは、混乱は続いていくと思う」(後略)

(「THE PAGE」 2017年10月28日)


 だが、現実に「野党共闘」を推進する政治家や運動家や論客らの間からは、なかなか商戦区制廃止を目指して選挙制度を議論しようとの議論は上がってこない。

 なにしろ、「小選挙区制廃止 野党共闘」を検索語にしてネット検索すると、「kojitakenの日記」の記事「『小選挙区制廃止』を野党共闘の統一綱領に!」とこの日記の前回のエントリ「立憲民主と野党共闘は『小選挙区制を改める』方向に舵を切れ」及びそれにリンクを張っただけの「kojitakenの日記」の記事の計3件が最上位でヒットするのだからお話にならない。

 この日記にも、選挙制度から論点を逸らせようと必死になるコメンテーターの執拗なコメント(今朝も前回のエントリに3件いただいたのでそのまま承認した)が投稿されているが、彼らの同志たちは各所で同様の意見を発し続けている。

 たとえば、「こたつぬこ 選挙制度」を検索語にしたネット検索経由で引っかかったのは、こたつぬこ(木下ちがや)氏のツイートに反応した下記URLのツイートだった。
https://twitter.com/yocibou/status/928268383576924160

よしぼ~
@yocibou
返信先: @Eminenkoさん、@sangituyamaさん

今の選挙制度は、野党が纏まりさえすれば、国民の生活を第一に考えない政権は簡単に取っ換えることができる、というのが売りでしょう。みんな欲が出てきますから、今の選挙制度では、巨大与党体制のメリットはないのではないですか。ギッタンバッコンをするようになっていますよ。

6:30 - 2017年11月8日


https://twitter.com/yocibou/status/928271461478838272

よしぼ~
@yocibou
返信先: @Eminenkoさん、@sangituyamaさん

そうですね、小沢一郎が唱えていた、民進+社民+自由による3党合流或は”オリーブの木”とそれに並行する共産との密接選挙協力が実現すれば良かったですね。そうした合流に、枝野幸男や菅直人が反対したのではないでしょうか。民進の大半が合流してしまえば、小池の手足をもぐことができたと思います。

6:42 - 2017年11月8日


 これらは、民主党・国民の生活が第一の元衆院議員で、現在では自由党を離党したものの今でも小沢一郎を支持しているという三宅雪子氏のTwitterなどで「極オ」(極端な「小沢信者」)とも「極マ」(極端な「前原信者」)などと馬鹿にされている人間のツイートだ。小選挙区制が巨大与党にとってなんのメリットもないとは噴飯ものだが、そんな馬鹿げた意見が目立ってしまうくらい議論は低調なのだ。

 こんなことでどうする。このざまでは、何度国政選挙をやっても自民党の圧勝を許し続けるばかりだぞ。

 「小選挙区制廃止」を野党共闘の統一綱領に!

 そのための議論をもっと活発に!!
 衆院選のあと呆れたニュースが2つあった。

 1つは、特別国会を11月1日から8日間開いたあと国会を閉じ、そのまま年内には臨時国会も開かず、第4次内閣を発足指せるであろう安倍晋三の所信表明演説も行わない意向が報じられたこと。

 もう1つは、特別国会での質問時間の割り振りが与党2に対して野党8の割合になっていたのを改めて、与党の質問時間を大幅に増やしたいと自民党が言い出していることだ。

 この件に関して、一昨日(28日)の毎日新聞から引用する。
https://mainichi.jp/articles/20171028/k00/00m/010/172000c

政府・与党 特別国会審議実施へ 野党の批判受け
毎日新聞2017年10月28日 07時30分(最終更新 10月28日 07時30分)

 政府・与党は27日、来月1日召集の特別国会で、安倍晋三首相による所信表明演説と各党による代表質問を行う調整に入った。首相の外国出張で日程が窮屈なことから、実質的な国会審議は来年の通常国会に先送りする方針だったが、野党は「森友・加計(かけ)学園をめぐる疑惑から逃げている」と批判。こうした批判をかわすためには国会審議に応じる方が得策との判断に傾いた。

 首相は27日、首相官邸で自民党の萩生田光一幹事長代行と会談。萩生田氏は会談後、記者団に「審議の場をちゃんと作っていきたい」と述べた。政府・与党は、特別国会の会期を11月8日までとする案をすでに野党に提示。これを修正し会期末を12月上旬までとするか、開会後、8日までに会期を延長するかの調整はついていない。

 一方、自民若手衆院議員らは27日、森山裕国対委員長に対し、各委員会での与党の質問時間を増やすよう申し入れた。現在は慣例で与党2、野党8の割合で質問時間を割り振っているが、与党内には「野党の追及ばかりで政府の説明が国民に伝わっていない」との不満が根強い。与党は野党側に見直しを提案する意向だが、質問時間が減る野党側が反発するのは必至だ。【村尾哲】


 要するに、日本国民にはもう何も知らせたくない、僕ちゃんの好きなように独裁政治をやりたいという安倍晋三のわがまま勝手のし放題にほんのわずかばかりの譲歩をしてみせるだけ、というふざけた態度だ。

 こうした「安倍一強」の独裁政治の根源は、90年代の政治改革によって導入された小選挙区制にある、との認識を持つ人がずいぶん増えてきた。少年時代の大昔から小選挙区制を嫌っている私としては正直言って「やれやれ、今頃気がついたか」としか思えないが、それでも未だに小選挙区制にこだわっているよりははるかにましだ。

 制度は、昔の中選挙区制に立ち返るのではなく、比例代表制で大枠を決め、当選者が各地域(たとえば全国を8分割したブロック)の代表になるように割り振る制度に改めるのが良いと思う。

 最近では、立憲民主党の支持層からも、比例代表制推しの意見が増えている。たとえば、ブログ『読む国会』のブログ主・エリントン氏のツイートより。
https://twitter.com/yomu_kokkai/status/922495216359059456

衆院は完全に比例に議席数の連動する小選挙区比例代表併用制。
参院は選挙せず、各県議会からの推薦で決める。
ドイツの制度にならってこれでいいのでは。連邦じゃないと難しいけど。
9:09 - 2017年10月23日


 小選挙区制について回る「一票の格差」の問題も、総枠を比例代表制で決める制度に変えてしまえば煩雑な再計算の手間など一切省ける。下記はやはり立憲民主党支持で、小選挙区制には必ずしも反対ではないと思われるくろかわしげる氏のツイートより。
https://twitter.com/kurokawashigeru/status/922586992147275776

一票の格差をなくすのなら、総枠を比例代表で決める制度にするのがベター。選挙区こちょこちょいじって、さらにわかりにくくすることをこれ以上続けさせるのでしょうか。
15:14 - 2017年10月23日


 なお、「一票の格差」の問題は中選挙区制にもある(というより中選挙区制時代にもずっと問題になり続けていた)ことを付言しておく。当たり前のことではあるが。

 さて、今回「躍進」したという立憲民主党だが、代表の枝野幸男の「「永田町の数合わせにコミットしていると誤解されれば期待はあっという間にどこかに行ってしまう」と発言した(たとえば日経の記事などを参照)。

 それを言うのであれば(もちろん上記の枝野の発言は賢明だと私も思うが)、立憲民主党は従来の民主党〜民進党の、二大政党制を目指して選挙制度は究極的には単純小選挙区制を目指す(=全体の議席のうち小選挙区の占める比率を今よりもっと高める)という伝統的な政策と訣別して、小選挙区制を中心とした選挙制度を改める方向に舵を切るべきではないか。

 小選挙区制と二大政党制に合わせて無理な数合わせをしようとしてもののみごとに失敗したのが今回の希望の党だといえるだろう。右の希望の党から左の共産党までを糾合して自民党に対抗しようとする方針に最初から無理があった。それは、小選挙区制原理主義、二大政党制原理主義ありきの戦術にほかならなかったのであり、それを「野党共闘」および共闘を推進した「市民連合」が正しく認識し、総括しない限り、何度選挙があっても共闘は分裂して自民党の厚い壁にはね返されるだけだ。

 90年代の「政治改革」の主唱者の一人だった山口二郎は、今も「市民連合」に関わっているようだが、しばらく前から小選挙区制の誤りを認めるようにはなっている。山口氏は26日に下記のツイートを発信した。

https://twitter.com/260yamaguchi/status/923725909898571777

(前略)現在の選挙制度の下では穏健な多党制は困難。ゆえに選挙制度を変えることとセットで議論しなければならない。改革案としては、実現可能性が大きい順に、
1.比例を全国1本にして小選挙区と1対1の割合に(先日の細川護熙氏の朝日インタビューの案)。
2.小選挙区比例代表連用制。比例のドント式の割り算の時に、小選挙区での獲得議席数から割り始める。ゆえに小選挙区でたくさん議席を取ったら比例では不利になる。
3.ドイツ式比例代表小選挙区併用制。これだと基本は比例代表なので、単独過半数は難しい。今から議論だけは始めるべきだと思う。


 上記はいずれも90年代の「政治改革」で議論された案だが、そのうち現行制度に最も近い「1」の案をもっとも実現可能性が高いとして筆頭に持ってくるところは全くいただけない。この点は強く批判したい。しかし、選挙制度の再改革が必要だとの認識を山口二郎も持っていることには注目したい。

 しかし、「野党共闘」や「市民連合」が選挙制度再改革への方向を打ち出す上で大きな障害がある。それは、「野党共闘」に深く食い込んだ小沢一郎が、今なお頑迷な小選挙区制原理主義者・二大政党制原理主義者と見られることだ。

 前回のエントリにいただいた多くのコメントのうち、特定の「小沢信者」からのコメントが多くを占めたが、それらのコメントで特徴的だと思ったのは、小選挙区制に対する批判を一蹴し、選挙制度にはなるべく触れまいとする姿勢が明らかに読み取れたことだ。もちろん小沢一郎に対する阿りあるいは「忖度」から発する態度であることはいうまでもない。

 前記のような「小沢信者」は極端な例であるにせよ、「野党共闘」や「市民連合」には明らかに小沢一郎に対する批判がタブーとされており、そのことが「野党共闘」や「市民連合」に与えるデメリットは計り知れないくらい大きい、というのが私の意見だ。

 このような馬鹿げた「タブー」は一刻も早く克服されなければならない。

 今後の「野党共闘」及び「市民連合」、それに出身政党が小選挙区制・二大政党制原理主義に拠っていた立憲民主党は、一刻も早く小選挙区制を軸とした衆議院の選挙制度を改める方向を打ち出すべきだ。
 「自公大勝 3分の2」が23日付朝日新聞1面トップを大きく打ち抜いた見出しだった。

 台風の影響で一部島嶼部の票などが翌日開票となった選挙区があり、まだ佐賀2区と沖縄4区と比例代表の2議席の計4議席が確定していない。これが確定すれば、おそらく自民党は衆院の定数が10議席減ったのに公示前勢力を維持する284議席獲得が確定するだろうし、悪天にもかかわらず私が期待していたほどには凋落しなかった希望の党の議席が50議席に達してしまうだろう。

 今年は年齢の影響がついに出たというべきか、体のあちこちに不調があって疲れやすく(それでも中部山岳で山歩きができる程度の体力は保ってはいる)、昨日の開票速報もいつものようには集中して見ることができなかった。それでも昨夜は深夜2時頃まで起きて開票速報のテレビをつけっ放しにしていたのでだいたいのところは把握している。今回の衆院選は紛れもなく自公与党の圧勝であり、野党共闘は神奈川6区で立憲民主党の青柳陽一郎が公明党の上田勇を破るなど限定的な効果は見られたものの、全体としてはうまくいかなかったとしか言いようがない。

 野党共闘を失敗に追い込んだのは、直接には民進党代表選に勝った前原誠司が小池百合子が立ち上げた希望の党と合流しようとして民進党を真っ二つに割ったことによるのは言うまでもない。割れた時には希望の党の方が民進党の前職が多く選挙区でも優勢かと思われたが、蓋を開けてみると民進右派の大物だった馬淵澄夫が奈良1区で比例復活もならず落選するなど不振で、公示前勢力の57議席を割り込んだ。

 あまり時間がないので「立憲民主党の躍進」の話ははしょって(そんなものは「リベラル」のブログなどでいくらでも読めるだろう)、ここでは今回なぜ野党共闘が希望の党による邪魔を許してしまったか、野党共闘は今後どうすべきかに関する私見を述べる。

 今回の野党共闘で一番いけなかったのは、小選挙区制論者(二大政党制論者)をあてにしてしまったことだ。具体的には前原誠司と前原のバックにいたと思われる小沢一郎が筆頭に挙げられるが、民進党から分かれた三勢力(立憲民主党、希望の党、無所属)の中には同様の論者が多くいるだろう。立憲民主党では今回は小選挙区制で勝ち上がった菅直人がその筆頭格だ。

 野党共闘の構想も、例の「民進党、自由党、社民党が一つになって小池新党と合流した上で、共産党と共闘する」という小沢一郎の構想も、小選挙区制(二大政党制)論者ならではの発想であって、それに無理があったために破綻した。最低限それだけは間違いなく言える。

 私は本当のところ、小沢一郎は上記に書いたよりももっと積極的に希望の党の設立に関わって暗躍したに違いないと推測しているのだが、今回も小沢は尻尾を出さなかったため(尻尾は「軽くてパーな御輿」である前原誠司に出させるだけ出させた)、まだ野党共闘を支えた「市民連合」などでは小沢への信頼を捨てていないようだ。しかしそれでは、野党共闘が引き続き二大政党制に引きずられて今後も目立った成果を出せない道を歩むことになる。それは小沢云々を棚に上げても間違った方向性だとしか言いようがない。

 今回の政変の最中に『kojitakenの日記』で教えられて意外に思ったことの一つに、今回躍進した立憲民主党の代表である枝野幸男は、二大政党制に批判的な面も持っているのだという。それを示す記事が10月9日付のハフィントンポスト日本版に載った。私は13日付の『kojitakenの日記』でそれを紹介した(下記URL)。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20171013/1507849561

 私は、今後の野党共闘は、選挙制度の改革、具体的には大政党ほど有利になる小選挙区制の見直し(本当は廃止と言いたいところだが今回は妥協しておく)を柱に据えるべきだと思う。代替案としては、以前にも何度か書いたが、かつて「みんなの党」が提案した比例代表制が良いと思う(但し、その提案に含まれる議員定数の大幅な削減には断固反対だが)。これは、確か全国一区の比例代表制で選挙を行い、名簿に記載された候補者の所属ブロック(全国を8ブロックに分ける方式だったと思う)に応じて当選者を決定するというものだった。だから地域と縁のない候補者が当選することもない。これを知った時、なかなかよくできていると思った。

 もちろん目指すべき制度は上記に限らない。重要なのは、民意を反映しない弊害だらけの小選挙区制を改めることだ。

 それを目指すためには、民進党の再結集などあってはならないことはいうまでもない。昨夜、テレビのインタビューで民進党の再結集について聞かれた枝野幸男は、これをきっぱり否定していたが、無所属で当選した民進党の大物や、今回意に沿わない形で希望の党から立候補して当選した連中の間には、立憲民主党に行きたくてたまらない「風見鶏」たちが大勢いるだろう。市井のいわゆる括弧付き「リベラル」たちの中にも、民進党の再結集の可能性に「ワクワク」している人たちが少なくないのではないか。

 しかし枝野幸男が彼らに妥協して、またぞろ図体ばかりがでかい「民主党」ができても、それでは元の木阿弥のぶち壊しにしかならない。そんな道を歩めば後世の歴史家に「失敗に学ぶことができなかった愚か者」と判定されるだけだ。

 民進党の再結成など必要ない。そうはいっても選挙は小選挙区制で行われるではないか、と言われそうだが、そこは選挙制度の改革が終わるまでの戦術として統一名簿方式を採用すれば良い。

 立憲民主党は規模を大きくすることを目指すよりは、今回の衆院選でなぜ一定の評価を受け、議席を伸ばすことができたのかをよく考えるべきだ。幸い枝野幸男には全面的な信頼が置けるとはいえないけれども見識を感じる。「草の根の民主主義」を、口だけではなく実践してもらいたいと思う。

 とにかく、90年代以来の「政治改革」の失敗をそろそろ総括し、選挙制度の改革に再び取り組むべき時がきた。私はそう確信している。