きまぐれな日々

一部で話題の城内実衆院議員に関する件で、また「愛がない」とかなんとかいう言葉が聞こえてくるが、それが自分に対する愛を相手に求めているものだということは指摘しておきたい。要は自己愛の発露に過ぎないのである。

もちろん、当該ブログで管理人が歓迎しないコメントを連投することはやるべきではないし、それは管理人を支持する立場であっても反対する立場であっても同じことだ。それに、他所のブログのことなのであまり差し出がましいことを書くのもなんだが、自分のブログなのだから運営にさしさわるコメントはざっくり削除してしまえば良い。たとえば、当ブログでいうと、高速道路無料化の議論についてのコメントは当ブログの立場と異なるものでもすべて承認しているが、時折くる城内実信者からの古いエントリへのいちゃもんのコメントは削除している。それらは、議論につながるものではなく、当ブログにつばを吐きかけているに過ぎないからである。

以前からよくあるのが、かくかくしかじかのコメントを投稿したが削除されました、というやつだ。昔のパターンだと「トラックバックピープルの何々にTBしました」と書いてその画像をキャプチャし、「しばらく経って見に行ったら削除されてました」と書いて、「検閲だ、検閲だ」と叫んでいた人がいた。そんなバカバカしいことをしないで、自分のブログで反論を書いて、相手に読んでほしければ相手のブログにTBを飛ばせばよいだけだ。もちろんTBが削除される可能性が高いが、主張が多くの読者に受け入れられるのものであれば、ブログのアクセス数に反映されるはずである。たいてい、そんなことにかまけるブログはアクセス数を落としていく。衆院選のあと、当然のごとくアクセス数が低下傾向にある当ブログが書いても説得力がないかもしれないが、昨年11月20日付の当ブログのエントリ「テロ行為と極右政治家・城内実だけは絶対に許せない」は、累計で1万7千件以上のアクセスをいただいており、別件で城内衆院議員が話題になった時にも、その件について書いた記事よりも、該エントリへのアクセスの方がずっと多かった。1万7千件というと、部数の多い週刊誌の数十分の一、部数の少ない週刊誌の数分の一程度に相当する。世に意見を訴えるのであれば、効果を狙わなければダメだ。当ブログとしては、普段はそこそこのアクセス数でも、ここ一番でアクセス数が伸びるエントリを送り出そうと心がけているが、当エントリのようにうんざりした気持ちで書いたものは、そうはならない。そういう時にはダメダメに徹することにしている。読者も意識するとはいえ自分のブログだから、わがままを通しているわけである。

城内衆院議員についていうと、下記の2点が明確にされていないので、ブログに直接コメントなりTBをしない人たちでも、「はてなブックマーク」のコメントなどで皆さん不満を表明するのである。

まず、城内実氏が国籍法改正の際に書いたレイシズム的エントリに対して抗議したそうだが、同氏はこのエントリについてこれを批判したブログ(当ブログを含む)に対して煽りの反論こそすれ、誤りを改める姿勢などいっこうに見せていない。いったい、「自らの判断が間違っていた時、正直にそれを認めることができるところ」とは何を指すのか。

次に、城内実氏は「改憲派だが、9条は残すべき」と主張しているのではなく、毎日新聞の「えらぼーと」に答えて、9条改正と集団的自衛権の政府解釈変更見直しをともに支持する立場を表明した。それどころか、2006年には「チャンネル桜」で、

教育基本法に限らず、憲法に限らず、それぞれを改正、改憲するというのには、私は賛成ではないんです。要するにGHQがいた占領時代に作られたものは全て廃棄すると。全部新しく作りなおすと。これが正しい道だと思います。

と発言している(http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-207.html参照)。つまり、改憲派の中でももっとも過激(「改憲」ではなく「自主憲法制定」と主張するくらい)である。これをどう考えているのか。

この2点について語っていただければ、それが反対者を納得させるものにはならないにしても、意義のある意見交換になるだろう。そうではなく、黙して語らないから、「ムラ社会の行動様式に従った行為」だとみなされてしまうのだ。「沈黙は金」ではないのである。あなたはかつて「水伝騒動」の時に、最初にとったアクションを修正して、周囲の不興を買ってまでも当ブログにコメントし、「他の誰でもない私」として意見を表明したのではなかったのか。それがあったから、当ブログ管理人は一定の敬意を払っていたのである。

今日はこの件は前振りにとどめておくつもりだったが、これだけの記事になってしまった。管理人としては不本意なエントリになったが、この件についてまとまった文章を書くのは、当エントリで打ち止めにしたいと思う。


↓ランキング参戦中です。クリックお願いします。
FC2ブログランキング

関連記事
スポンサーサイト

一足遅れました・・
トラックバックしますね。
また、いろいろ教えていただきました。
まだまだ私はキャパが狭いと反省してます。

2009.09.15 09:35 URL | お玉 #e2xIBKiE [ 編集 ]

お玉さん、

コメントとTBありがとうございます。TBいただいた記事を拝読しました。私の文章が怖そうに見えるのは自覚していますが、人間は怖くありませんよ。引き合いに出すのはおこがましいですが、本多勝一氏やきっこさんなども、文章を書くと過激になりやすいタイプだそうです。

ところで、この記事で書いた2点目についてはお答えいただいたと認識しますが、1点目の、「『自らの判断が間違っていた時、正直にそれを認めることができるところ』とは何を指すのか」という問いにはお答えをいただいていないように思います。そこを明らかにしていただければ幸いです。

2009.09.15 12:24 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

怖そう・・・はまずかったですね。ごめんなさい。それと、TBしたのはこのエントリ読む前に書き上げた記事ですのであのようになっております。

もともとは、郵政選挙前後の彼の動向と態度。それを表現したつもりだったのですが、じゃあ、あの国籍法の時の態度は?と突っ込まれればおっしゃる通りです。この時本人に直接メールしていればいろいろ言えるのですが、天木さんの時のように、そこまではしませんでしたし、その点に関しては、後悔しています。
それでも、信じているからついていく人がいるんだと、そのように思ってます。

後は、今後の生の(ニュースやネット情報ではなく)国会での様子で判断したいと思っています。これでお答えになっていますか?

まだまだ政治家としては青く若いから、いろんな可能性があると思う私は甘いのかもしれません。でもそのように思ってます。
とはいえ、あそこのコメント欄はうちに負けず劣らずひどいものも多いので、驚きました。が、そんな中でも「真理」のあるコメントも見つかります。


さて・・お話は違うのですが、いずれ、全く別のことでご意見、ご感想をうかがうことがあるかもしれません・・その時はどうかよろしくお願いします。





2009.09.15 13:15 URL | お玉 #e2xIBKiE [ 編集 ]

お玉さん、

重ねてのコメントありがとうございます。

> TBしたのはこのエントリ読む前に書き上げた記事ですのであのようになっております。

了解しました。私の方でも、今回のエントリ以前には対話を試みる書き方はしていなかったので、それにもかかわらず私のHN名を挙げていただいたことは、むしろ光栄に思います。

> 郵政選挙前後の彼の動向と態度。それを表現したつもりだったのですが

そうだろうなとはうすうす感じていたのですが、

> じゃあ、あの国籍法の時の態度は?と突っ込まれれば

と仰るように、主に「はてブ」のコメントでお玉さんを批判していた人たちは(お玉さんのブログを荒らしていた人はどうだかわかりませんが)、そこのあたりが明記されていないので苛立っていたのだと思います。

つまり、郵政民営化支持派から批判派に転じたように、城内実氏がレイシズムをあらわにしたあの態度も今後改めてくれるだろうと期待されているとの認識で良いわけですね?

> いずれ、全く別のことでご意見、ご感想をうかがうことがあるかもしれません・・その時はどうかよろしくお願いします。

普段大上段に構えている割には中身のない私のことなので、あんまり役には立たないと思いますが、むしろ私の方から勉強させていただきたいと思います。

2009.09.15 13:31 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

在日米軍に象徴される米国支配、そればかりか、昔からの在日の方や、最近の就労外国人に何か理由があって嫌悪感を持つ人は、城内みたいな「反米右翼」に影響を受けやすいでしょうね。
たぶん、「親米右翼」なんかより、ごく自然な感覚で、日本人の「鎖国体質」がそのまま現れているのではないでしょうか。そういう方、たぶん多いでしょう。
情緒的にしかものを考えていない方々でしょうから、説得するのはむつかしそうですね。

2009.09.15 17:08 URL | cube #- [ 編集 ]

>たぶん、「親米右翼」なんかより、ごく自然な感覚で、
>日本人の「鎖国体質」がそのまま現れているのではないでしょうか。
>そういう方、たぶん多いでしょう。

多いでしょうね。
さきほどJANJANのコメント欄を眺めていましたが、
案の定というか、そういった人たちが席巻してますね。
従軍慰安婦の問題でしたが、日本文化チャンネル桜や
維新政党新風的なノリで、高圧的に反対論者を
攻撃してますね。
彼らからは、
なんかいやーな電波が出てます。
で、それが日本人の鎖国体質という国民性に起因するのか、
それとも、
政治的な誘導による取ってつけられた物なのか、
私にはよくわからないのですがね。
どうなんでしょう?

2009.09.15 21:05 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

んー、「鎖国体質」という言い方は、誤解を招きやすい言い方ですね。
正しくは「村八分体質」と言うべきではないでしょうか?

なぜなら江戸時代においての「鎖国」は、“国としての”物品輸出入を確かに長崎出島以外には認めておりませんが、
“民間での”海外との交流というのは、割とフランクに行われている事実があるからです。

翻って「村八分」というものは、
『明治になって、明治国家の行政単位としての村落に独特の「共同体」的性格が付与され、そこにおいてこそ制裁としての「村八分」が多用された』(『いじめと民俗学』 編著:礫川全次・田村勇、批評社)
という社会史家 中村吉治の説があるぐらいです。(詳しくは上記書籍、あるいは中村吉治『日本の村落共同体』をお読みいただきたい)

どちらかと言えば、今 問題視されている社会現象はいわゆる明治以降に付与された、日本人の「村八分体質」の延長にあるような気がしてなりません。
中村は同書の中で
『これ(村八分)はだから、共同体の崩壊過程においてのみ生じるものである』
との言及すらしています。
現在は明治以来の共同体解体の流れがいよいよ強くなり、国家の最小単位である家庭でさえ、どうかするとあるいは解体の憂き目にあっているくらいです。
そういった中では、明治以来に付与された日本人の「村八分体質」がより強化されてしまうのも無理はないのだろうな、と私なぞは思う次第。

2009.09.16 11:22 URL | 朱の盤 #XQYq98OQ [ 編集 ]

朱の盤さん

村八分というのは古くからある
村落における制裁だと思っていましたが、
明治以来多用された、また付与されたという
ところが以外でした。
ということは、
村八分的体質というものが
古くからの日本人の国民性ということでは
なかったということでしょうか。
機会がありましたら、
その本を読んでみます。

2009.09.16 12:21 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

ご無沙汰しています
TB送れなかったのでコメント欄にてお邪魔します。
この国で
マルチ商法やインチキ新興宗教が蔓延る理由がわかりますね。
三流詐欺師に引っ掛かる国民が多すぎる…困ったもんです。

2009.09.16 19:33 URL | 卵かけごはん #- [ 編集 ]













管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://caprice.blog63.fc2.com/tb.php/995-8257fbd4