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きまぐれな日々

しょうもないミサイル騒ぎはスルーして、昨日、「カナダde日本語」の記事「安倍は靖国参拝を公私混同している」で紹介していただいた、1978年の靖国神社のA級戦犯合祀に昭和天皇が激怒して、以後靖国参拝を取り止めた、という話を発展させることにする。

これは、正直言って、どっかで読んだ話を、記憶をもとに一気に書き飛ばしたものだった。それが「カナダde日本語」の記事になったので、Google検索をかけて調べなおしてみたら、出所がわかった。

藤原肇著「小泉純一郎と日本の病理」(光文社、2005年)である。その239ページから242ページにかけて、靖国神社に関する記述がある。以下に一部を引用する。

『靖国神社はもともと薩長を中心とした兵隊の慰霊のために、明治の初めに建てられた慰霊用の神社である。そして、戦前は軍国主義 militarism と愛国主義 nationalism の象徴として、陸軍と海軍が管理した軍人用の神社であった。
(中略)
靖国神社は、「延喜式」にある由緒ある産土(うぶすな)神社ではなく 一種の軍人の新興宗教 new religion for soldiers といえる存在であり、日本の伝統的な神道 traditional Shinto の系譜からさえも逸脱している。
(中略)
靖国神社を政治的に使った人物としては、1978年に第6代宮司になった松平永芳(1915-2005)がいる。彼は松平恒雄駐英大使(1877-1949)の長男であり、海軍機関学校を出て海軍に任官し、戦後になって自衛隊を一佐で退官して、宮司になるとA級戦犯 class-A war criminal の合祀 honor collectively を独断で密かに実行した。この実行を知って激怒 get mad した昭和天皇 Emperor Hirohito (1901-1989) は、それ以降は大祭への参拝を中止してしまい、皇室と靖国神社の関係は険悪になっている。 事実、天皇家は靖国神社について一切口をつぐんで keep their lips buttoned いる。』
(藤原肇著「小泉純一郎と日本の病理」より)
この本は、昨日(7月4日)の当ブログの記事など目じゃないほど過激な(笑)反コイズミの書物で、コイズミのレイプ疑惑や、あのきっこさんでさえ怖くて書けなかったという、「小泉と暴力団の癒着」まで書かれている(2005年10月30日の「きっこの日記」で紹介されている)。

ちなみに、私は「きっこの日記」に書かれているからこの本を買ったわけではなく、神戸に出かけた時に三宮の「ジュンク堂書店」に山積みされているのを見て、題名にひかれて衝動買いしてしまったものだ。「きっこの日記」に紹介されているのは、あとで知った。

そういう本だから、客観的なソースとして挙げることには、若干問題があるかもしれない。

そこで、昭和天皇と靖国神社について、少し調べてみた。

昭和天皇は、戦後、靖国神社に計8回参拝している。その一番最後が、1975年(昭和50年)11月である。

昭和天皇はA級戦犯の中でも、とりわけ松岡洋右を嫌っていたことで知られている。
そこで、Wikipediaの「松岡洋右」の項から引用してみる。

『昭和天皇は松岡洋右を嫌っていたといわれる。「昭和天皇独白録」にも「松岡は帰国してからは別人の様に非常なドイツびいきになった。恐らくはヒットラーに買収でもされたのではないかと思われる」「5 月松岡はソ連との中立条約を破ること(イルクーツクまで兵を進めよ)を私の処にいってきた。こんな大臣は困るから私は近衛に松岡を罷めさせるようにいった。」と書かれている。1978年、靖国神社がA級戦犯らを合祀した際、昭和天皇の意を汲んだ宮内庁は、松岡の合祀に強く抗議したエピソードもある。』

結局、昭和天皇の松岡洋右個人に対する嫌悪感からなのか、A級戦犯の合祀全体に対する怒りからなのか、そこまではハッキリさせることはできなかったが、A級戦犯の合祀以来、昭和天皇も今上天皇も靖国神社に参拝していないことは、厳然たる事実である。

先に引いた「カナダde日本語」に紹介されている、同ブログへのコメントとして寄せられた、米イリノイ州のAjaさんとおっしゃる方の文章に、たいへん共感させられたので、孫引きで誠に申し訳ないのだが、引用させてもらう。

『靖国神社の最大の問題点は、私はやはりA級戦犯の合祀だと思います。それは中韓に対してどうのという対外的観点ではなくて、A級戦犯は、太平洋戦争で「生きて敵に捕まってはならぬ」と国民に自決を命じ、結局三百万人もの国民を死なせておいて、自ら生きて敵の捕虜となった国賊、亡国の徒だと思うからです。』
(「カナダde日本語」に寄せられたAjaさんのコメント)

安倍晋三の祖父・岸信介もA級戦犯容疑で逮捕された男だった。不起訴処分になったとはいえ、それは決して岸が無実だったからではないと、私は考えている。岸が戦後政界でのし上がる過程で、戦犯仲間を売り、国をアメリカや韓国に売る売国行為を繰り返してきたと言われているのだ。
「祖父の代から売国奴」(by きっこさん)という表現は、決して誇張ではない。

ところで、「小泉純一郎と日本の病理」には、まだまだ面白い記述が満載だが、記事が長くなったので稿を改める(7月6日付以降にアップします)。

2006/07/15追記
この記事の続編は、7月10日の記事に書きました。

2006/07/20追記
弊ブログは、「安倍晋三を『the End!』させよう」というスローガンのもと、AbEndキャンペーンに参加しています。安倍晋三政権の成立を阻止したいと思われる方は、是非ご参加下さい。よろしくお願いします。


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コメントのフォローアップありがとうございました。天皇が靖国参拝をやめたのには、そんな理由があったのですね。A級戦犯たちも結局は天皇の命令に従って動いていたわけだから、天皇はA級戦犯たちに対してそれほど憎しみなどはなかったと思いますが、何よりも国民感情を重視されたのでしょうね。

ところで、松岡洋右は靖国に合祀されているのでしょうか?

2006.07.06 03:01 URL | 美爾依 #- [ 編集 ]

美爾依さん
なぜかWikipediaにはハッキリ書かれていませんが、松岡洋右は靖国に合祀されています。
あと、昭和天皇が松岡を嫌っていたというのは、「昭和天皇独白録」(文藝春秋、1991年)にも出ているそうですが、これはもちろん昭和天皇側からの資料ですし、直接には当たっていません。
昨年7月に松平宮司が死去した時、右側、左側双方から、靖国神社へのA級戦犯の合祀に対する論評が出ていて(右側からさえも結構批判があったと思います)、それらをネットでいろいろ見た記憶があるのですが、残念ながらかなり記憶が薄れています(年だなあ、もっと早くブログを始めて記録を残しとけばよかった)。
あと、1978~79年当時の世論として、当時有事立法や元号法制化を強行しようとしていた福田内閣(元号法は1979年に成立)の右傾化政策はマスコミに結構強く叩かれていて、おっしゃるように、皇室は国民感情を重視したのだと思います。
個人的にいうと、当時私は高校生で、リベラルな政治経済の教師の授業を受け、その影響が今でも残っています。だから、70年代末から80年頃のできごとは、結構おぼえています。

2006.07.06 06:58 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

[ 新改訂版 ] 靖国神社へA級戦犯の合祀

靖国神社へA級戦犯の合祀により昭和天皇はその後、靖国神社にご参拝されなかったとか???
先の大東亜戦争の敗戦で我が国国民自身が自虐的になっているようだが・・、

もしあの時点でアメリカと組むか戦争するかを選ばなければ、日露戦争当時の弱い帝国ロシアとは異なり、
強大なる戦力を整えるに至ったスターリンのソビエト共産主義と毛沢東の中国共産主義に、
我が国は侵略されてとっくの昔に共産主義化され[ 北朝鮮と同じに生き地獄をさ迷っていた ]と思うと背筋がゾッ~とする。

我が国は一連の戦争終焉を見据えて敵にアメリカという自由な国を選べば、例え負けても我が国は自由主義圏に取り込まれ、
戦後復興と強大な経済力と繁栄を享受できる。見事そうなったのだ。悪夢の共産主義化を究極のところ防いだのだ。

良くぞ自由な国アメリカに負けると知って開戦に踏み切ったものだと戦争指導者を称えたい。負けて勝つとは正にこれだ。
見てみたまえ勝ったはずの共産主義ソビエトの国家崩壊を・・、飢餓地獄の共産主義北朝鮮を・・、虐殺地獄の共産主義中国を・・。

我が国がアメリカの核兵器などによって早期終戦を迎えたことは大量の被爆者には誠に申し訳ないことだが、
結果的にソビエト共産主義に北方四島を占領されただけで、スターリンの我が国本土への戦争介入を防いだのだ。

その証拠として、米ソがまともに戦争介入した朝鮮半島が戦後は[ 南北に国家が分裂 ]した後、朝鮮戦争が勃発、
2年間に渡り[ 数百万人 ]もの戦死者、犠牲者がでるような最悪の不幸は、我が日本国では起きなかったではないか。

我が国は戦後その[ 朝鮮戦争景気 ]でぼろ儲けして経済復興を確たるものにする。正に勤勉勤労な強運国家の我が国である。
負けて勝ったとは正にこれだ。元を正せば物事の[ 本質 ]を誤魔化す朝鮮偽造品半島人の自業自得、天罰である(笑

ヨーロッパでは同じくドイツが戦後[ 東西に国家が分裂 ]し共産主義化された東ドイツでもやはり生き地獄と化した。
東西ドイツの統一後十年以上経ても、東ドイツの経済は、すでに自由主義圏の西ドイツと比べ未だに決定的な差がある。

このことから我が国のA級戦犯の方々とは、実は究極のところ我が日本のいや世界の救世主と言えるのではないか。
なぜなら我が国は自由主義国として戦後強大な経済力を持つに至り、これが東南アジア全体を国際的に非常に高め、
事実、東南アジア全体を世界の確固たるものにしたではないか。

我が国は欧米自由主義圏と組み実は軍事的に世界の共産主義化を防ぎ世界の[ 生き地獄化を防いだ ]のだ。
昭和天皇はこの意味でも、あるいはアメリカを恐れる余りか、大きな勘違いをしていたようだ。

戦後の米軍基地には仏教寺院ではなく、非常に多くの[神社]が奉られていることは皆さんもご存知だろう。
神社信仰とは欧米やアジア諸国を敵国とする宗教ではないことを欧米人は良く解っているからだ。

さすが世界を事実上支配する欧米諸国は自由主義圏を維持する防衛戦略の[ 本質 ]を解っている。
究極的に正に小泉総理の名言である『 政治とは物事の[ 本質 ]を見抜いているかどうかだ 』に尽きる。

2006.07.21 20:53 URL | 反中国流 #- [ 編集 ]

反中国流さん

右翼の意見の見本として、今回に限って残しておいてあげますね(笑)。
長すぎて目ざわりだけど、がまんしてあげます。

なお、追随者の方のコメントがあった場合、容赦なく削除します。
当ブログでは「言論封殺」を行いますので(笑)。

2006.07.21 21:08 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

『 第二次 朝鮮戦争 』へ!

北朝鮮が軍事核実験に成功!これで北朝鮮は核爆弾を数個保有した!次はバ韓国に核爆弾を数個投下!『 第二次 朝鮮戦争 』へ!

対し、ついに日本国は軍事核保有国へ!日本国の核兵器開発は核爆弾でも世界で最も進化した『 中性子爆弾 』となるのである!
この『 中性子爆弾 』とは核爆発の際の爆発力を抑え、中性子の放出割合を大きくしたものだ。構造的には水素爆弾に似ているのだ。

大量に放出される『 中性子[中性子線] 』により兵士を被爆させて殺傷することを目的とし、破壊力を抑えているのだ。
『 中性子線 』は透過力が強く、鉛などの金属板も容易に透過するのだ。

が、コンクリートや水など放射線を遮断できる遮蔽物に覆われた地下核シェルター等への攻撃能力は小さいのだ。
「きれいな核爆弾」とか「きれいな水素爆弾」とか言われるのは、死の灰が少なく放射能汚染が比較的小さいためだ。

2006.10.09 19:58 URL | abcdef #- [ 編集 ]













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