まず大阪府知事・橋下徹をめぐる件。先週日曜日(15日)、当ブログ管理人が「メモ代わり」に使っている『kojitakenの日記』に、テレビ朝日『サンデープロジェクト』に出演した大阪府知事・橋下徹が番組冒頭で発した言葉について、それを批判的に紹介する短いエントリを公開したところ、この記事にアクセスが殺到した。大部分が記事を非難して橋下を擁護する反応だった。
短い捨て台詞のような私の記事に対し、「批判するなら対案を出せ」、「批判するなら批判の根拠を示せ」などの非難を受けたが、そもそも『kojitakenの日記』は、メモ代わりにしているブログであって、まとまった文章はこちらの『きまぐれな日々』に書くことにしている。もちろん、そんなことは読者にいちいちおことわりはしておらず、私が勝手に決めたことだが、そもそもウェブログにそれ以上のことを求める方がおかしいのであって、橋下批判の根拠は、『kojitakenの日記』ではあえて示さなかった。あんな状況で書いたところで、さらに揚げ足を取って議論を混乱させてやろうと考える人間の思う壺にはまってしまうだけだ。
このエントリでも、件の『kojitakenの日記』における橋下徹批判の根拠を明示はしない。神野直彦東大教授の本でも読んで、財政の役割について学んでほしいと思うだけだ。神野教授の著書を紹介したエントリは、当ブログに書いた。
ただ、国と地方自治体では事情が異なる部分もあり、橋下徹に対しては、コイズミや竹中平蔵に対するような全否定はできない。それについても、先週、非難の嵐を受けた時にはわざと何も書かなかった。マスメディアの煽動によって生じた怒涛のような「橋下フィーバー」に対するカウンターの意思表示を重視したからだ。あんな状況下において、わざわざ「橋下の政策にも見るべきところはある」などと書く必要はない、そう考えた次第だが、最近話題になった件でいうと「国直轄事業負担金」の問題については、これを批判した橋下には大いに理がある。
しかし、橋下よりずっと以前、4年前からこの問題に取り組んできた自治体がある。それは秋葉忠利市政下の広島である。そう伝える記事が『JanJan』に掲載された。おなじみのさとうしゅういち記者が書いた記事である(下記URL)。
http://www.news.janjan.jp/area/0902/0902217923/1.php
ところが、こうした秋葉市長の努力を、中央マスコミだけならまだしも、広島市政を担当している地元の記者さえ知らず、逆に橋下を引き合いに出して、広島市長はどう考えているのかと質問したというのである。
さとう記者は、下記のように書いている。
■根深いマスコミの「権威主義」
それにしても、秋葉市長が4年前に見直しを行ったときは、マスコミは取り上げない。ところが、自民党・公明党が応援したタレント出身で知名度が高い橋下知事が「今頃になって」取り組み始めたことは大きく取り上げる。しかも、地元の広島市のマスコミ記者まで、それに加担している……。
そもそも、大阪府と同じように、広島市もかなり財政は危なかった。ただ、橋下知事が福祉や教育をカットしたのに対し、秋葉市長は、出来る範囲での福祉の充実に取り組んだ。橋下知事は自民・公明の支持を得ているせいか、やはりハコモノには踏み込みが足らないが、秋葉市長は政党の推薦を受けなかったこともあり、ハコモノをゼロベースで見直すことができました。
本来なら橋下知事の前に、秋葉市長をほめるべきでしょう。とくに地元のマスコミ記者は。。
ここにマスコミの「権威主義」を感じてしまいます。マスコミは、地方自治をもっと「政策本位」で取り上げるべきではないか。そのように感じました。
(『JanJan』 2009年2月22日付記事 "「国直轄事業負担金」廃止運動 大阪府知事より広島市長が先"より)
ところで、橋下徹は最近、目立って中央のマスコミに露出する頻度が増えた。マスコミ受けは上々のようである。その中央のマスコミは、権力者に対してどういうスタンスで報道を行っているのか。これを考えさせられたのが、先週以来大問題となっている前財務相・中川昭一の「もうろう会見」引責辞任問題である。引責辞任が決まった翌日(18日)、朝日新聞と毎日新聞(いずれも大阪本社発行統合版)が、「もうろう会見」という言葉をカギカッコで片方が括り、もう片方が括らなかった以外は一字一句違わない見出しの記事で、中川(酒)の辞任を報道していた。ともに、中川(酒)を強く非難するニュアンスを見出しに強くにじませていたわけだが、両紙に対し、読売新聞は抑えた見出しのつけ方をしていた。「もうろう会見」が問題となった17日の社説で、朝日と毎日は取り上げたが、読売は取り上げなかった。もちろん、辞任翌日の18日付朝刊では、再度社説で取り上げた朝日・毎日とともに、読売も渋々この件に関する社説を書いたが、やはり歯切れが悪かった。
これを見て、私は「また読売か、ひどいもんだなあ」と思ったが、問題は単に読売新聞が中川(酒)批判に積極的でなかったにとどまらなかった。毎日新聞が、中川(酒)がG7の昼食会を途中で抜け出し、財務省の玉木林太郎国際局長や日本から取材で同行した女性記者、イタリア人通訳など数人で会食したと報じたのである。毎日新聞は記者の名前はおろか、所属するメディアの名前も出さなかったが、その後すぐ、同席した女性記者というのが読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビの原聡子記者、ブルームバーグの下土井京子ら3人だったことがネットに広まった。
私はこの件はだいぶ遅れてから知ったのだが、某巨大掲示板では、読売新聞の女性記者が中川昭一に前夜大量の酒を呑ませ、 「会見は面白い事になるわよ」などと言ったという真偽不明の情報が駆け巡り、それをもとにして財務省の官僚と読売新聞の記者らが共謀して中川(酒)を陥れようとした、という陰謀論のストーリーができあがったらしい。
私はそんなネットの馬鹿騒ぎなど知らなかったから、金曜日のエントリを書く前に、玉木林太郎氏の名前でネット検索をかけたら、玉木氏は中川(酒)と麻布高校の同期生で普段から仲が良く、中川は政策の立案を玉木氏に頼りきっていた、などと書かれていたので、ネットに広がっている陰謀論を「ガセ」と判断して、"「ローマの窮日」中川昭一は陥れられたのではなく自滅した"と書いたのである。
だから、これを書いた時点では、中川(酒)が会見で泥酔状態にあってもうろうとしていたことは、何も先週突然始まったことではなく以前からの常態で、ただマスコミがそれを咎めもせず、テレビの画面では中川(酒)の受け答えがたまたままともに見える映像のみを選んで放送し、新聞もあえてヨレヨレぶりを報じていなかったことまでは知らなかった。
今回の事件では、読売グループの新聞社とテレビ局の女性記者と中川(酒)の関係についてまで憶測する向きもあるが、それはそういう記事を得意にする方面にお任せしたい。私としては、政治家と大マスコミ、ことに読売グループなど全く信用していないから、彼らがどんな破廉恥な行ないをしていようが、「大いにあり得る話」だとしか思えない。もちろん、彼らは単なる「業界人」に過ぎず、「ジャーナリスト」の名になど全く値しないことはいうまでもない。
中川(酒)の飲酒辞任劇のことを書いていたら、ふと、河島英五の「酒と泪と男と女」という歌の一節を思い出した。飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで、飲んで 飲みつぶれて眠るまで 飲んだ中川昭一は、会見で静かに眠る寸前だった。今回の一件で、中川(酒)の政治生命は終わるのだろうか。彼にとっては忘れてしまいたいことに違いあるまいが、選挙区の有権者をはじめとする国民はこの件を決して忘れてはならないと思う今日この頃である。
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まぁ、普通の会社員でも、自分の会社の単年度黒字と、累積損失解消の違いがわからない人の方が多いでしょう。
橋下のやったのは、前者。しかも見通しではやっぱり赤字になるらしいです。なのに5兆円の損失を解消したと勘違いしている人が圧倒的に多い。
勘違いをもとにした批判なんて無意味ですよね。
あと、行政というのは企業のような営利社団法人ではないので、多少の借り入れがあっても順調に回していけることがベストなのです。単に削れるところを削って、形式的に単年度黒字を演出して人気を取ろうというのは、典型的ポピュリズムでしょう。実際に5兆円をある程度まで減らせたら初めて評価すべきでしょう。しかも府議会議員を含めた公共事業談合や汚職を無くしたうえでです。
それを理解できない人間にも一票はあるけれど、他者を批判することはできないと思います。
2009.02.23 10:56 URL | 眠り猫 #2eH89A.o [ 編集 ]
飲酒の場には男性記者も2名ほどいたそうですが、彼らだけ名前も所属も出ませんね。怪しい~。与謝野さんや伸晃さんに賭けている人たちですか?
2009.02.23 18:20 URL | ? #- [ 編集 ]
百年に一度の世界的経済危機を体験したり、ペテン政治による“日本グチャグチャ化”を実感として肌で感じるようになったりで、ここにきて多くの国民がその元凶であった新自由主義に対する疑問や憤りを露にするようになってきました。それはそれで大いに歓迎されるべきことですが、そんな空気が漂っているときにこそ、今、醸成されている国民感情を巧みに利用し、他方では国家主義につながっている勢力が台頭してきそうでもあります。我々は「恐慌→大戦」の歴史を今一度振り返って、そこへ至るまでの構造を冷静に見直し、その危険性を認識しておかなければならないとおもいます。
郵政民営化利権に対する国民感情は、爆裂しそうなぐらい憤り度がMAX化しています。そんな折、ひょっとすると、かんぽの宿疑惑等の陰謀論等を利用し、国家主義の台頭を目論む勢力はしたたかに国民を引き寄せよう・・・、とその機を窺っているかもしれません。ファシズムは別に上からやってくるものでもないのでしょう・・・。下からの大衆的な動き(特に憤りが具体化したときの)と、それに忍び寄る権力層の中からのファシズムの動きの両方が合わさることにより、いつからともなく発生してくるものとおもわれます。自らの生活をぐちゃぐちゃにされ、多くの国民の“強欲金融資本主義に結びついたペテン師憎し”、“強欲金融資本主義のアメリカ憎し”の空気が蔓延している今だからこそ、そのことは看過してはいけないのだと思います。メディアの形態も多様化してきました。平和で民主的な社会を志向する以上、各種メディアはその危険性を冷静に認識すべきで、今こそメディアの在り方が強く問われる時なのかもしれません。近頃“マスゴミ”と揶揄されいることが多くなりましたが、マスコミは勿論、ネットもマスメディの変形種(?)である以上、ブログも然りだと思います。これは私の杞憂であればいいのですが・・・・。
もちろんかんぽの宿疑惑は徹底的に真相が解明されなければなりません。郵政民営化はいったいなんだったのか・・・・、ペテン政治による郵政民営化の本質がそこに在ると思っているからです。
2009.02.23 19:37 URL | ・ #sSHoJftA [ 編集 ]
kojitaken様
「サンデー毎日」を買ってきました。「なぜかバッシングは読売記者」という項が最後で、間の悪いことに読売新聞ホームページの社員紹介からA記者の紹介記事が削除されて、失脚した中川氏に”道連れ”にされたと、A記者は、とばっちりを受けているというスタンスのようです。ただ気になるのは、「女性が一人だけ参加していた」と、ネットででてきた他2名のことが書かれていません。「週刊ポスト」も買ってしまいました。こちらは、玉木氏と二人だけの「空白の40分」が重点でソムリエ資格を持つ同窓生と酒豪を二人きりにすれば、どうなるかは容易に類推できる。白川総裁も出席していたから大臣が不在でも会見に支障はない。麻生政権に見切りをつけた財務省が、中川大臣を飛ばしてしまえと考えていたと見られても仕方ない、と。(一義的な責任は、中川さんですが、財務省の不作為も問題にしているようです。)
中吊りで、週刊朝日がありましたが、買いそこねました。「“酔いどれ大臣”中川昭一読売新聞 人妻美人記者との「ごっくん」全情報」という題でした。
何だかもやもやが残りますし、もう少しネット情報などもウオッチしたいと思いますが、中川さんや財務官僚がウソをついていては、何が本当かわかろうはずもありません。適当なところで、記者クラブや記者の政治家原稿代筆などの政治とマスコミの距離の問題を考える方向にしたいと思います。
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