きまぐれな日々

 一昨日(17日)は阪神・淡路大震災の日だったのだが、考えてみれば震災の起きた1995年という年は、戦後50年であるとともに、さまざまなできごとが起きて、時代の区切りになった年だった。

 3月には地下鉄サリン事件が起き、4月には1ドルが79円75銭まで円高が進んだ。同じ月、東京都と大阪府の知事選で、青島幸男と横山ノックが当選した。7月の参議院選挙では、与党の自民・社会・さきがけが敗北、特に社会党は大敗を喫した。8月の終戦記念日に、その社会党の村山富市首相が、「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題する談話(村山談話)を発表し、日本が戦前、戦中に行った侵略および植民地支配について公式に謝罪した。アメリカに渡ってMLB(メジャーリーグベースボール)で活躍した野茂英雄や、全英オープンテニス(ウィンブルドン)でベスト4に進出した伊達公子が話題を呼んだ年でもある。

 だが、今日的な観点から、この1995年でもっとも特筆すべきできごとは、この年の5月に日経連(2002年に経団連に統合)が「新時代の『日本的経営』」を発表したことだ。日経連はこの提言で、労働者を、「長期蓄積能力活用型グループ」「高度専門能力活用型グループ」「雇用柔軟型グループ」という3つのグループに分け、労働力の「弾力化」「流動化」を進め、総人件費を節約し、「低コスト」化しようとした。これに呼応して、企業ではリストラが急に進んだ。そもそも、「再構築」を意味する "Restructuring" という英単語がクビ切り、解雇の意味に用いられるようになったのはこの頃ではなかったか。そして、労働者派遣法は1999年の改正で一部の対象業務は除いて原則自由化され、さらに2004年の改正で製造業にも解禁された。

 日本における新自由主義の開祖は中曽根康弘であると言って良いが、中曽根政権時に円高不況への対処を誤って発生させたのがバブル経済であり、その対処をさらに誤って、政策に新自由主義色が強まっていったのが90年代後半だった。その流れの中で、財界が政治に及ぼした悪影響の元凶が、この「新時代の『日本的経営』」なのである。

 その1995年に、内橋克人が書いた岩波新書の『共生の大地―新しい経済がはじまる』を、出版後14年にして初めて読んだ。1995年に刊行された岩波新書の中で、もっとも話題を呼んだ1冊だったそうだ。

 政治が新自由主義へと舵を切ろうとしていた時、それに真っ向から対立する方向性を指し示した本だ。日本の経済政策は、内橋氏が主張したような方向性で進めるべきだったのだが、市場原理主義、新自由主義などと呼ばれる方向性の政策をとってしまった。

 この本では、「新自由主義」という言葉は用いられていない(1995年当時はまだ一般的な用語ではなかった)が、市場が成熟すればすべてはうまくいくという新自由主義の考え方を、内橋克人は真っ向から否定している。そして、第3章では、再生可能エネルギーについて、かなりのスペースを割いて論じている。また、食料自給率の向上を、安全保障の問題としてとらえている。

 この本では、トラフィック・カーミング(交通鎮静化)に取り組んだデルフトやフライブルクの事例が紹介されている。爆発する自動車交通をいかに抑制し、街を人間の手に取り戻そうとする試みだ。

 しかし、その後の日本政府がとった政策や、新自由主義系の御用学者が唱えていた説は、内橋氏の主張とは正反対のものだった。地方では、公共の交通機関網は年々やせ細っており、お年寄りやハンディキャップのある人たちが安心して住める状態からどんどん遠ざかっている。コイズミ政権(2001?06年)は、再生可能エネルギーに不熱心なブッシュに追随するかのように、太陽光発電への補助金を打ち切ったし、「経済学者」(もどき)の池田信夫は一昨年、「そもそも「食料自給率」とか「食料安全保障」などという言葉を使うのも日本政府だけで、WTOでは相手にもされない」などという妄論をブログに書いた。しかし、昨年の食料価格の急騰によって、新自由主義者たちの主張がとんでもない誤りだったことが明らかになった。

 昨日(18日)行われた民主党の党大会で、小沢一郎代表が「2つのニューディール」として、「環境のニューディール」(太陽電池パネルの全戸配置)と「安心・安全のニューディール」(全小中学校の耐震化、介護労働者増員)を打ち出した。長い新自由主義政策の誤りの政策を続けたあげく、日本経済がめちゃくちゃになってしまった今になって、ようやく内橋氏が思い描いた方向性に政策の舵が切られる可能性が出てきた。

 この本は、1994年4月から同年12月まで、毎週日曜日の日本経済新聞に連載された記事をもとにしている。もう15年も前の記事だ。あの頃、内橋さんのような考え方に基づいて政策を立てれば、こんなにひどい国にはならなかったものを、と惜しまれるが、死んだ子の歳を数えても仕方がない。今年は、新生日本再建のスタートを切る年にしたいものだ。
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2009.01.19 07:20 | 読んだ本 | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク