きまぐれな日々

元旦の新聞を、昔は楽しみにしていたものだ。いくつもつく付録もさることながら、元旦の一面トップにどんな記事を持ってくるか、どんな社説を書くかを注目していた。だが、その楽しみは年々減じている。

今年は、朝日新聞が「混迷の中で考える 人間主役に大きな絵を」と題した社説を掲載した。正論だが、総花的で心に響くものはない。毎日新聞は、「日本版「緑のニューディール」を」と題した社説を掲載した。同様の主張を当ブログは昨年12月29日付エントリで行った。社説の冒頭で、

赤字国債の累増は問題だが、いま政府が出なければ不況の深化は避けられず、財政再建にも悪影響をおよぼす。必要な財政出動をためらってはならない。

と書いているのは、歯切れが良くて評価できる。太陽光発電と電気自動車以外の技術への目配りや、これまでの原子力行政への批判がないところは不満だが、大新聞の社説としてはこのくらいが限度なのかもしれない。

毎日新聞の社説と対照的なのは日経新聞の社説で、「資本主義の活力をいかすには国の介入は少ない方がよい」、「市場を信頼し自由競争を重んじるこの保守主義の政策が金融危機を招いたとする見方もあるが、必ずしも正しくない」などと平然と書いている。日経新聞は財界の代弁者だから、今年も経団連がどういう方向性で政府に圧力をかけるかは想像がつく。同じ保守でも、読売新聞は、のっけから「新自由主義の崩落」という小見出しをつけて、「新自由主義・市場原理主義の象徴だった米国型金融ビジネスモデルの崩落が、世界を揺るがせている」と書いている。おそらくナベツネ自身が書いた社説だと思うが、ナベツネはずっと以前から「市場原理主義」には批判的だった。

ところで、私が購読しているのは朝日新聞(大阪本社発行統合版)だが、「年越し派遣村」の記事が元旦紙面の一面真ん中あたりと第二社会面の右上に出ている。しかし、いずれも小さな記事だ。それでも大阪本社版は一面に載っただけまだマシで、東京本社版では一面には載らなかったそうだ。そして3面には政局を面白おかしく予想した記事が大々的に出ている。各地で「地域新党」が発足し、自民党から造反者が出る。予算成立と引き換えにした春頃の解散または任期満了選挙を経て、民主党を中心とする連立政権が発足。平沼グループも加わる可能性があるなどといやなことも書いている。そして、自民党の一部との部分連立、社民党の連立離脱、小沢(次期)首相の電撃辞任と2010年の衆参同日選挙、などなど、いかにも起きそうなことが書かれている。

だが、こんな記事は週刊誌でも読めるし、テレビの政治をネタにしたバラエティ番組でも、電波芸者たちのおしゃべりを聞くことができる。社説が左3分の1を占める3面の残りスペース全部を潰して、朝日新聞が元旦の紙面に載せるような記事とは思えない。

昨年、当ブログは「「毎日新聞叩き」に反対するキャンペーンを開始します」と題したエントリを公開し、一部から「今度は新聞ヨイショか」と陰口を叩かれたが、当ブログは朝日新聞や毎日新聞をはじめとする新聞各紙には頑張ってもらわなければならないと考えている。朝日も毎日も(産経も)赤字に転落したが、特に朝日新聞の場合は記者の給料が異様に高く、エスタブリッシュメントの一部に完全に組み込まれている。「ブン屋」という言葉はもはや死語であり、朝日新聞の記者は「ブン屋」呼ばわりされたら激怒するだろう。そんな朝日新聞だから、執拗に消費税率引き上げを求め続けるし、派遣切りの記事は小さいし、政局の記事は大きい。

だが、そんなダメ新聞ではあっても、新聞記者には現場がある。昔存在した週刊誌『朝日ジャーナル』の表紙には、題字の横に「報道 解説 評論」と書かれていた(筑紫哲也が編集長になった時のリニューアルで取り除かれたんだっけ?)。一方、「新聞に代わるジャーナリズム」を目指しているブログには、「現場」がないことが多い。「現場」なくして「報道」はないし、「報道」がなければジャーナリズムではない。

私は、仮にネット言論といえるものがあるとしても、それが新聞を置き換えることはできないと考えている。紙媒体としての新聞がなくなるとしても、現場で取材し、それを記事にまとめる企業体の必要性はなくならない。問題は、その「解説」や「評論」が政府や官僚、広告主などによってバイアスがかかってしまうことで、特に電波媒体の腐敗ぶりはどうしようもなくひどい。ネット言論には、マスメディアが流す言論の歪みを明らかにして、人民の側に立って情報を読み解き直し、全体像を再提示する役割が求められているのではないかと思う。既存のジャーナリズムとの補完関係を求めていきたいと思う今日この頃なのである。


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>紙媒体としての新聞がなくなるとしても、現場で取材し、それを記事にまとめる企業体の必要性はなくならない

>既存のジャーナリズムとの補完関係を求めていきたいと思う

 それは、おっしゃられるとおりですが、朝日新聞の場合は立ち直りができるのか疑問です。かつて故石川真澄政治記者が晩年の2004年頃「世界」に連載していた当時、多くの若手たちからその政府批判について、苦情の声があると、嘆いておられました。
 こういう特権階級意識と政府迎合の若手記者層が、この数年の出世で実務と社説の論説委員室を把握した。それで格差や消費税上げ賛成など国民の希望を追及しない、エリートから見下ろす視点で作っているのが現状だと思うからです。象徴なのが社説欄の論説委員室メールアドレスが昨年から消えました。

2009.01.02 20:18 URL | 奈良たかし #L1ch7n1I [ 編集 ]

社会面の新連載は、まさに市場中毒者や万歳屋の物言い。
間違って『日経』を買ってしまったかと思いました。
社説もひどい。
「いたずらに悲観論に陥ることも未来を見る目を曇らせる」だと?
貴様らが無力だからこそ招いたようなものなのに、
それを棚にあげてほざくとは何だ。

2009.01.02 21:12 URL | 観潮楼 #- [ 編集 ]

私は35年間購読していましたが昨年朝日をやめました。
テレビ朝日もみなくなりました。

2009.01.03 14:54 URL | #- [ 編集 ]













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