きまぐれな日々

一昨日(12月2日)に載った朝日新聞の政局観測記事は、書き出しが1面に掲載され、長い続きが5面(大阪本社発行統合版。東京本社版では4面だったらしい)に掲載された。ネットでも読めるが、こんな記事を書き出しだけとはいえ1面に載せるとは、朝日新聞もくだけてきたというか、悪く言えばワイドショー化してきたなあと思った。

ま、以上はさほど目くじら立てる話でもないが、いただけなかったのは翌3日付の紙面だ。やはりネット版にも掲載されていて、「歳出抑制方針、首相「維持する」 党内から撤廃論大合唱」と題された、いわゆる「バラマキ」批判記事だ。大阪本社発行統合版の紙面では、「財政規律 土俵際」、「党の圧力、首相押され気味」という見出しがついている。要するに、コイズミカイカクの、政府支出を抑える「小さな政府」路線を転換させようと自民党が政府に圧力をかけているのを非難する記事である。

 対応が揺れた背景には、財政規律か財政出動かをめぐる政府・自民党内の亀裂が決定的になることへの懸念がある。この日の総務会では、山本一太参院議員が「中期的な財政再建を放棄してしまうのは間違っている」と発言、小泉政権以降守ってきたタガを外すことに強い抵抗感を表明した。

という書きぶりからも明らかなように、「コイズミカイカク」を支持する立場から書かれた、いわばポリティカル・コンパスの経済軸における「右」側から政府を批判する記事であり、ネオリベ新聞の代表格・朝日新聞の悪いところがまたも出た、そう思うとため息が出てしまった。

今朝(12月4日)の紙面は、さらにネオリベ度を強めていて、1面トップの見出しが「財政再建路線を転換」だし、社説は今日は1本で、「財政路線の転換―危機克服にこそ規律を」と題するものだ。朝日新聞の立場は、コイズミ後継者の中川秀直や渡辺喜美らが立つ「低福祉低負担」ほど過激ではないものの、与謝野馨らに近い「中福祉中負担」であり、なおかつ財政規律を重んじて、そのために消費税増税を求めるとともに引き続き歳出削減を図れというものである。私に言わせれば立派なネオリベだ。米大統領選でオバマが勝利した時、ブッシュの路線について「新自由主義」という用語を社説で批判的に用いた朝日新聞が、なぜか内政では自らその立場に立つのである。

30年近くに及ぶ「規制緩和」「小さな政府」神話に朝日新聞はどっぷり浸かり、コイズミ政権時代には積極的に旗振りまでしていたわけだが、ネットで調べてみて愕然としたのは、この弊害が共産党にまで及んでいたことだった。黒川滋さんのブログ『きょうも歩く』の昨年(2007年)4月8日付エントリは、「4/6 共産党も大きな政府論に反対とは・・・」と題されている。以下一部を紹介する。

私が持論の、もっと税金を取ってもっと給付が中途半端じゃない社会をつくるべきじゃないか、大きな政府を目指すべきじゃないか、と意見したら、「大きな政府、そんなのがいいんですか?」と反論された。共産党も増税反対運動による有権者の組織化のためだけに、大きな政府には賛成できないのか・・・。

私はこの5年ぐらい、日本の政府、地方政府は大きな政府がいけないというイデオロギーに呪縛されて、ボランティアやNPOに過度に期待して、福祉や教育政策がずたずたになった部分が多い。左翼政党は、今こそ、自分たちの思想でこそ主張できる、やや大きな政府ぐらいを主張して、政府の所得の再配分機能や、社会サービスの再建などを進めるべきなのに、思い切れないでいるというのは民主党左派や社民党もそうだが、共産党も同じだと感じた。

うちのまちの共産党の候補者はいい候補者だったのに、党がこれでは本当にもったいない。自分の大切な主張のために我慢と忍従なのかも知れない。

(『きょうも歩く』 2007年4月8日付エントリ「4/6 共産党も大きな政府論に反対とは・・・」より)


これは埼玉県朝霞市の例だが、さすがにこれには驚いた。昨年の時点では、共産党までもが新自由主義のイデオロギーに侵されていたとは。70年代末に高校生で、当時イギリスの首相になったマーガレット・サッチャーの政策を、日本の学者やマスメディアが(ポリティカル・コンパスにおける経済軸の左側から)批判していたことを覚えている私にとってはまさに隔世の感だ。

『広島瀬戸内新聞ニュース』に、「いい加減【中曽根の呪い】脱却を」と題されたとても良い記事が出ているが、ここで指摘されている、

現状認識としては、大きな政府【ただし、官僚機構ではなくサービス】でないともたないことを前提とすべきです。

というところからすべては始まると私は考えている。ブログ管理人のさとうしゅういちさんは民主党員だが、さとうさんのような考え方が民主党の主流を占めるようになったら、民主党にも期待が持てるようになるだろう。現状の民主党は、新自由主義色が強すぎると思う。

今日は憶測に満ちた政局記事を書く予定だったが、あまりに新自由主義勢力の反撃が目にあまるようになったので、新自由主義の蔓延を嘆くエントリになってしまった。こんな状況だから、平沼赳夫一派の国家社会主義的主張が「リベラル・左派」を自称する人たちの一部にまで受け入れられてしまうのかと思うが、平沼赳夫が『週刊新潮』の櫻井よしことの対談で、社民主義からは対極にある醜い本音を語っていることが、ブログ『I'll be here?社労士 李怜香(いー・よんひゃん)の多事多端な日常』のエントリ「[国籍]週刊新潮 櫻井よしこ・平沼赳夫対談「『国籍法』改正は日本の危機」だそうです」に指摘されており、『kojitakenの日記』でも、「平沼赳夫のひどい「人権感覚」に呆れ返る」と題したエントリで取り上げたので、ご参照いただければ幸いである。こんな平沼一派と社会民主主義の区別がつかない人たちは、重症というほかない。

今後、自民党政権は間違いなく終焉を迎えるが、新政権にはこのような平沼一派ら復古主義者のみならず、中川秀直や渡辺喜美らの新自由主義者たちも加えてはならないと当ブログは考える。許容できるとしたら、加藤紘一ら、今では絶滅危惧種となっている「保守本流」くらいのものだろう。麻生太郎は血縁だけから言えばこの流れだが、現物を見ていればわかるように、新保守主義者兼新自由主義者で、なおかつ低能なので、当然排除されなければならない。

自民党政権が終わっても、新政権に渡辺喜美なんかがくっついてきたら、新自由主義にはストップはかけられず、日本は何も変わらない。そして世界からは取り残される。これでは元も子もないと思う今日この頃である。


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「大きな政府」に、反対するから、即、新自由主義に侵されているというのは、論理的ではないと思いますが・・・。一種の陰謀論のようなものではないでしょうか?

「大きな政府」「小さな政府」という語句の定義というか、認識が違うと、誤解してしまいますね。いわゆる「大きな政府」というと、昔の日本のように、公共投資優先で、財政を顧みずに、経済を発展させるイメージもありますので、(福祉は、つけたし)、気をつけないといけないと思いますが・・・。

「福祉優先政府」とかいえば、反新自由主義的な人は、皆さん、賛同すると思いますが、いかかでしょうか?

2008.12.04 20:54 URL | Dumbo #- [ 編集 ]

Dumboさん、

> 「大きな政府」に、反対するから、即、新自由主義に侵されているというのは、論理的ではないと思いますが・・・。一種の陰謀論のようなものではないでしょうか?

論理的でないのはあなたの方です。

あなたの言われるように、「大きな政府」だからといって「福祉国家」とは限りませんが(軍事国家だったり開発独裁国家だったりするかもしれません)、「福祉国家」であるためには「大きな政府」でなければなりません。さもなければ再分配なんてできません。

だから、「大きな政府」に反対するということは、福祉国家に反対する新自由主義的な方向性を持っているといえるのです。

「一種の陰謀論」というのに至っては全く意味不明で、いったい誰がどういう陰謀をたくらんでいる(と私が書こうとしているように読める)のでしょうか?

2008.12.04 21:12 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

今晩は、KOJIさん。
ああ、このコメ欄で言わんと知る意図がわかりました。
ロシアでも、この種の議論が活発に為されてますよ。
左右両派の野党の論客が、プーチン&メドヴェージェフ・タンデム[2人乗り自転車]政権を批判する傾向をあるラジオの討論番組から読み取りますと、右側のネムツォフ氏は、北欧的社民の例を掲げてはった。左側のデヂャーギン氏はイタリア社民的かな。
現ロシア政権は、金持ちの資源企業や軍事企業に贅沢に資金援助してて、地方政治は超腐敗してて、民衆の窮乏は深まる一方、でも、地方の状況はテレヴィで報じられず・・云々カンヌン。
金融危機の中[民間の海外からの投資資金がロシアから流出する一方のため、かなりの資金シュートが起きており、その影響が春頃ピークを迎えそう]、世界の大勢は、社民政策に肩向いているのに、政治的自由の欠如・報道の偏向[弾圧]の下、危機に対処できない。しかも原油等の値段が落ち込み、国家予算が建てづらくなっている。が、政府は隠そうと躍起になっているっていう印象を抱きました。

日経紙上でも、アメリカの「ビッグ・すりー」に関しても、潰すと、その関連企業や企業年金層も含めた波及効果でっかいし、更なる「心理的マイナス」効果が絶大でしょうから、壊しづらいと言う意見と、でも、どうせこわさなあかンほどやから、底なしの支援なんてできない、そんな金があったら失業保険等にまわすべきと言う意見と、両方あるわけで、僕には判断つきかねます。
いずれにせよ、どんな政策決定をどういう根拠でやったのか、日本でも出来るだけ公開してもらえるようにして欲しいです。
ロシアの様に隠すよりは、アメリカ程度に・・。
そうなると、ただ「嘆」に、米産の金融商品を、訳もわからず買っていた、ってことがばれる恐れのある金融機関等が続出かも知れませんけど・・。

2008.12.04 22:24 URL | 三介 #CRE.7pXc [ 編集 ]

小さな政府の成功例は無い。
そんなもんを志向すること自体がパァ。
小さな政府は歳出を小さくすると同時に歳入mの小さくするので、永遠に債務を処理することが出来ない。
ただただ行政サービスを悪化し、国民の生活水準を悪化させるだけで、それ以外に何にもならない。

2008.12.04 23:03 URL | Sonic #GCA3nAmE [ 編集 ]

国家主導の社会主義を否定されていますが、国家主導でない社会主義などありえないでしょう。再分配するのが国家、実務が官僚。だから腐敗する。そもそも法人税や累進課税率を上げるのは不可能です。先進国化した日本は低成長しか望めず企業自体一杯一杯です。法人税を上げれば潰れる会社続出で所得税、法人税 ともに落ち込みます。社会主義者が逆進制などと宣う消費税で補うのが現実的です。つまり消費税の福祉目的税化ということです。

2008.12.04 23:44 URL | aaa #- [ 編集 ]

「大きな政府」「小さな政府」という言葉を使うのは新自由主義者です。
 元々「小さな政府」がいいというのは妄想で、国が税を集めて配分しないと世の中回りません。その配分の仕方自体を考えるのが政治で、大きいか小さいかの争いは不毛だと思います。
 基本的にお金を公共事業に使うか、社会保障に使うかの争いが55年体制での議論だったのですが、今でも変わっていないと思います。自民党は公共事業優先だから批判されるのです。
 地方のリベラルの人に、公共事業必要論を唱える人もいますが、地方は持続可能な産業を育成するのが課題であり、土建業の仕事を半永久的に創造し続ける施策を肯定してしまうのはどうかと思います。

2008.12.04 23:54 URL | kechack #1/Y8RI0s [ 編集 ]

aaaさん、

> 国家主導の社会主義を否定されていますが

ちがいます。「国家社会主義」を否定しているのです。意味がわからなければ、ネット検索ででも調べてください。

> そもそも法人税や累進課税率を上げるのは不可能です。

所得税は日本の税制が分離課税だらけのため、年収2千万円以上の高所得者にとっては、事実上年収比例的な課税になっていて、アメリカと比較してさえ金持ちの負担の少ない税制になっています。
よく言われる「埋蔵金」のほか、極端な金持ち優遇になっている所得税制を改めるところなどから、税制改革を進めなければなりません。
消費税増税が必要になるのは、もっとずっと先の、社会保障が充実してからの話です。

2008.12.05 00:18 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

法人税についてはどうでしょう?再分配や規制の裁量権を国が持った時点で腐敗は目に見えていますが。所得税を上げれば逆に税収が減るのは前回の記事へのコメントの通り。すべてに対する答えをお願いします。因みに社会主義者でこれらの問いに明確に答えた人はいません。

2008.12.05 00:26 URL | aaa #- [ 編集 ]

kechackさん、

> 元々「小さな政府」がいいというのは妄想で、国が税を集めて配分しないと世の中回りません。

その通りなのですが、3年前の総選挙で、コイズミは「小さな政府」をマニフェストに掲げて圧勝しました。
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/suzuoki/20050902n5892000_02.html

高度成長時代でも、日本の財政規模は決して大きくありませんでした(この時代にこそ、現在新自由主義者が唱えている「トリクル・ダウン」現象によって意図せざる福祉国家的効果が得られました)。田中角栄は、公共事業の次に来る段階は、福祉国家化だと考えていて、1973年を「福祉元年」と位置づけましたが、日本が「大きな政府」へと舵を切ろうとしたまさにその時、石油ショックが起きたため、日本は福祉国家になり損ねたと私は考えています。

2008.12.05 00:34 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

aaaさん、

法人税についてお答えする前に、国家社会主義と所得税についての私の説明に同意いただいたと理解して良いのですよね。

この点をご確認いただくまでは、法人税については(答えはもちろん用意してありますが)あなたにお答えするわけにはいきません。ご了承願います。

それと注文ですが、「aaa」などというHNは止めてください。もっとユニークなHNを用いるようお願いします。

2008.12.05 00:51 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

もちろん同意しますが私が前回の記事に書いた通り所得税は累進課税率を上げることで逆に税収が減ることは実証されています。フランス、スウェーデンなどで。資本主義者でありながら相続税100%には賛成です。これで生まれによる格差はなしです。能力と努力でいくら格差が開こうと良いのではないでしょうか?最低限の生活保護が約束されていれば。

2008.12.05 01:04 URL | aaa改め資本主義者 #- [ 編集 ]

  富の配分については、都市部と地方への配分と都市内の有産階級から無産階級への配分という問題があります。
高度経済成長期には後者については「トリクル・ダウン」現象によって意図せざる福祉国家的効果が得られたのは事実だと思いますが、前者については四全総的な意図的な国土均等発展施策という政策によって担われてきた分があると思います。
 高度経済成長期は政治はほぼ都市部から地方への配分をやっていればよかったのですが、低成長時代に入るとトリクル・ダウン効果が減退し、都市部の無産階級に社会保障の充実を求める声が高まりました。都市部では財源の多くが都市部から地方への配分機能としての公共事業に重点的に配分されることへの不満が高まりました。
 都市部のそのような不満は、80年代前半までは共産党のような都市型左翼政党への支持に向かったのですが、80年代後半になると単純なアンチ公共事業的な志向から都市部の無産階級が新自由主義を支持するという現象が見られるようになりました。共産党もこの状況は無視できなかったのだと思います。
 これ以降都市サヨクに、公共事業を敵視し、「そのお金を社会保障に回せ」的な主張が目立つようになりました。もちろん地方経済において公共事業に代る基軸が見つからない状況で単にアンチ公共事業を言うのは無責任なのですが、都市部において無産階級のネオリベ化と戦いサヨクが支持を得るには止むを得なかった部分もあります。
 新自由主義が自滅した現在においては、以下の選択肢の争いになると思います。

1.中くらいの政府/増税はしない/公共事業を減らして社会保障を充実
2.中くらいの政府/増税はしない/公共事業も社会保障も今のまま
3.大きな政府/増税も辞さない/公共事業は今の水準で社会保障を充実

 私は1の意見なのですが、Kojitakenさんは3の意見に近いような。これからは「大きな政府」VS「小さな政府」でなく、この辺が微妙な対立軸になると思います。

2008.12.05 09:47 URL | kechack #1/Y8RI0s [ 編集 ]

常に冷静にかつ客観的に・・・かつ、するどく的を得たブログをアップしているナァ・・・と感心と共感をもって拝見していたのですが、今回ばかりは違和感をもって拝読しました。

私自身42年間・・・大企業の中で、『左だ』『共産党だ!!』とありとあらゆるときに差別排除されながらも時には歯を食いしばって節を曲げずに頑張ってきたつもりです。(来年、定年を迎えますから)

この間、共産党も、私自身も「小さな政府目指して新自由主義の後押しをした」などと言うことは一度もありません。

今回のエントリーのタイトルのように、「小さな政府」を目指して共産党が国民の利益に反した行動をとったというならその具体例を是非示して欲しいものです。

一個人のアップしたブログを例にとってあたかも既成事実であったかのように書くのはあまりにも性急ではないでしょうか・・・。

私自身・・・このエントリーを拝読してやりきれない怒りを禁じえません。

2008.12.05 23:30 URL | ススムj #- [ 編集 ]

やり玉にあげられているきょうも歩くの筆者です。

生活保護はきちんと払え、年金は減らすな、保育所も学童保育も給食調理員も公務員正職員にせよ、地方を見捨るな、教育費を無償化せよ、児童の医療費を無料化せよ、医師に高い報酬を払え、とにかく何かと自己負担を減らせ、こうしたことをすべて満たそうとすれば、どう考えても今の日本の財政規模ではやっていけないはずです。公共事業費や防衛費を減らすにしても、それだけの財源が捻出できるわけがありません。

ここできちんと一定の増税を対置できれば、きちんと筋が通るのです。

一時は地域福祉とか、そういうチチンプイの魔法で何とかなるような幻想を見せられましたが、それもNPO労働力を低廉に使えると見込んだ介護保険の崩壊状況を見るとどうやら限界にきているようです。

共産党が、自らが掲げる理想の社会を実現しようとすることはそれなりに欧州で実現していることで、筋があります。しかし、それは国民負担率でいうと、5割前後の政府になります。増税が対置されないとできないのですが、あらゆる負担増に反対するもので、そこでいつも非現実的、となってしまいます。

で、増税が悪いのかといえば、増税がないことによって、生活保護の必要な人はワーキングプアとして人生を犠牲にし、教育の格差は広がり、保育や介護ではサービスを受けられない人がいて、医療機関は人材確保に汲々としている実態があるわけです。そういうところで働いている人の労賃の問題を考えない立場の人にはまったく実感のない話だと思います。多少の増税をすれば、こうした社会のサービスがもっと余裕をもって提供されることになり、とりもなおさず金銭、人脈、家族、教育など社会的資源に恵まれない人の救いになるはずです。

そういうことの抗議の意味を込めて、埼玉県委員会の返答を例題に使わせていただきました。しかしこれは共産党批判ということではなく、社会サービスの足りなさに抗議しないのに増税反対運動に盛り上がるこの国の左派陣営の人たちの共通の弱点ではないかと思います。

もっともだからといって公共事業で何とかしようという議論には私は最もくみしません。
今の日本の公共事業は、何ら生産性の向上につながるものがないからです。
社会的ニーズが高く、日本人の生産性改善に寄与するはずの、通勤電車の改良、保育所の増設、介護施設の増設、ホームヘルパーの給与改善、そうしたことはすべて後回しで、道路ばかり造っているというのもいかがなものかとは思います。

人のプログで長々と書いてしまいました。すみません。

2008.12.09 00:03 URL | きょうも歩く #- [ 編集 ]













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