きまぐれな日々

師走に入っても、当ブログはしつこく田母神論文問題にこだわり続ける。

田母神俊雄は、産経新聞のインタビューに答えて、

民主主義だったら核武装すべきだという意見もあっていい。核兵器を持たない国は、核兵器を持った国の意思に最終的には従属させられることになりかねない

と発言した。

これについて、河村建夫官房長官は28日午前の記者会見で、「退職後の発言なので政府はコメントする立場にない。言論の自由は保障されている」と述べた。

また「言論の自由」かよ、と思った。誰よりも言論の自由を制限したいと内心思っている人たちに限って、右翼的言論については「言論の自由」を振りかざす。建前と本音が全然違うのは、あまりにもミエミエだ。

田母神俊雄に300万円を贈ったアパの元谷外志雄も、当然ながら核武装論を大々的に展開している。しばしば当ブログにコメントいただくjunkoさんが、産経新聞出版から出ている元谷の『報道されない近現代史』を読んで、内容を一部紹介して下さったので、それを以下に紹介する。

アパの元谷外志雄著『報道されない近現代史』を読んでみました。

283ページの長文です。どこかで内容について田母神論文との共通点が指摘されていたと思いますが、そのとおりです。それでも、こちらは情報量が多く、文章もはるかに洗練されていてすらすらと読めますし、また主張の論拠とか検証とか面倒なこと、小難しいことは著者にとって問題にならないようですので、大変勇ましくて、読めばスパイ小説のようにおもしろく感じる人もいるかもしれません。重要なのは、副題に「戦後歴史は核を廻る鬩ぎ合い」とあるように、この本の主題は日本における「核保有の必要性」の主張であるということです。

目についた文章をいくつか引用しておきます。

>日本はこれからの情勢に備えて現在の憲法を廃止して独立自衛の出来る新憲法を作り、現在の日米安保条約を対等で平等互恵の新しい日米安保に改正するとともに、戦争抑止のための攻撃力を装備し集団的自衛権の行使の権利も当然認めなければいけない。

>今や日本はロシア、中国、そして北朝鮮という核保有国に包囲されてしまった。この東アジアの安定のためには、それらの国が核を破棄しない以上(そんなことはあり得ない)、日本の核武装が必要である。今の日本ではそれが現実的でないというのなら、一歩引いて、ニュークリア・シェアリングが望ましいと私は強く主張する。

>米下院は戦争中の従軍慰安婦問題を巡って、日本政府に公式の謝罪を求める決議をした。この問題は、1993年に河野洋平官房長官が旧日本軍の関与を認めるという事実ではない見解を発表したことがアダとなって一人歩きしていることは、国内の良識ある人は知っている。

>私も(略)、日米戦争を仕組んだのはアメリカだという確信を持っていたが、それを物的証拠と証言によって裏付けてくれた、「真珠湾の真実?ルーズベルト欺瞞の日々」(ロバート・B・スティネット著)には、我が意を得ると同時に、その綿密で周到な組み立てに圧倒された。

>真珠湾攻撃はハル・ノートによって暴発させられたものだが、これはやはりソ連の作為戦争謀略だったことが証明されたのである。(最近公開された米陸軍電信傍受機関のソ連暗号解読資料によって)


このくらいにしておきますが、本をひらくとまず6ページにわたってずらずらとカラー写真が出てきて、これにはちょっと面くらいました。米国のアーミテージ、韓国の金泳三、台湾の李登輝、森元総理など国内外の著名人と一緒の写真、またF?15戦闘機に搭乗しひとりVサインをしている写真も掲載されています。

(当ブログ11月26日付「佐藤優のダブルスタンダード ? 久々のコメント特集」にいただいたjunkoさんのコメントより)


なるほど、元谷外志雄が田母神俊雄に300万円を贈ろうという気になるのも理解できるようなトンデモ本のようだ。

私は、核兵器の保有や使用を容認する発言というと、6年前に安倍晋三が講演会(司会は田原総一朗)でしゃべった「核兵器の保有も使用も違憲ではない」というトンデモ発言や、一昨年の安倍内閣外相時代に麻生太郎がしゃべった「核武装について議論すべき」という発言を思い出す。

だから、田母神や元谷を増長させてきたのも、安倍や麻生といった無能な世襲政治家たちであったということは絶対におさえておかなければならない。つまり、こんな政府あっての田母神「論文」(笑)なのであり、「文民統制」以前に、政治権力が腐っているのだ。自民党の政治家全員が核武装論者ではないどころか、極右は自民党でもほんの一部だということはわかっているが、「コクミンテキニンキ」(笑)をあてにして極右を総理大臣に担ぎ上げたのも自民党の政治家たちなのだ。安倍と麻生の間に挟まれた、比較的ましな福田康夫にしたって、6年前にコイズミ内閣官房副長官の安倍がトンデモ発言をした時、内心舌打ちしながらかもしれないが、「非核3原則は今までは憲法に近かったけれども、これからはどうなるのか。憲法改正を言う時代だから、非核3原則だって、国際緊張が高まれば、国民が『持つべきではないか』となるかもしれない」(2002年5月31日付毎日新聞より)と発言して物議をかもした。後年コイズミや安倍晋三に対する反発からハト派へと転向したが、もともとは福田もタカ派の政治家だったのだ。

さらに問題なのは、元谷の著書を絶賛する佐藤優を、岩波書店などが重用し、「リベラル・平和系」を自称する一部のブロガーも崇め奉っていることだ。そういう人たちは、「レイシスト」といったら本当のレイシストに失礼にあたるらしい城内実を絶賛していたりする。この城内は、日本国憲法は改正するのではなく、明治憲法のような精神を持つ自主憲法を新たに制定すべし、教育勅語があるのだから教育基本法の改正は無意味だ、などと主張していた元政治家(笑)で、国会議員在任中は、すべての代議士の中でも、安倍晋三や平沼赳夫らよりももっと「右」の、究極の極右ともいえるスタンスをとった人物である。

こんな状況では、確かに「右」も「左」もない。みんながみんな、田母神俊雄、元谷外志雄、安倍晋三、それに麻生太郎らが目指している「核武装」路線を翼賛しているようなものだと思う今日この頃なのである。


#この記事は、「トラックバックピープル・自民党」 および 「トラックバックピープル・安倍晋三」 にトラックバックしています。ここにTBされている他の自民党関係の記事も、どうかご覧下さい。

↓ランキング参戦中です。クリックお願いします。
FC2ブログランキング

関連記事
スポンサーサイト

 豊下楢彦氏(関西学院大学法学部教授)の「集団的自衛権とは何か」(岩波新書2007年)は、日本が核武装した場合に予想される「最悪のシナリオ」を数々検討分析しています。中でも、次の文章のリアリティには恐るべきものがあると思います。日本における核保有を口にする政治家、官僚、自衛隊員などの人々には、豊下氏の危惧する次のケースについてどう考えるのか、答えてもらいたいものです。

「日本の核武装がもたらすであろう真に恐るべき「最悪シナリオ」を検討しておかねばならない。日本が核武装に踏み切るということは、NPTから日本が脱退することを意味する。唯一の被爆国であり、非核三原則を「国是」として掲げ、世界に核拡散を訴えてきた日本が脱退するということは、NPTに加盟する多くの国々もそれにならい、核武装の権利を主張する突破口を作り出し、NPT体制は名実ともに崩壊に向かうであろう。日本が核武装するならば、北朝鮮はもとより、韓国や台湾や中東諸国をはじめ、各国が核武装に走ることを止める論理は一切失われるであろう。いかに日本が北朝鮮という「ならず者国家」の脅威に直面していることを訴えても、韓国は日本の脅威を喧伝するであろうし、中東諸国は「国家テロ」のイスラエルやシーア派イランの脅威を持ち出して核武装を正当化するであろう。
 問題はそこに止まらない。仮にサウジアラビアやエジプトなど、事実上の独裁体制を維持する一方で、国内に多くの過激派を抱え込んでいる国々が核を保有するならば、テロリストにとって核にアクセスできる機会は飛躍的に高まるであろう。核とテロとの結合という、今日における最も恐るべきシナリオが、現実性を帯びる可能性が一気に増大するのである。日本における核武装論は、北朝鮮や中国との関係においてしか問題を見ていないという、致命的な視野の狭隘さによって特徴づけられているのである。」

特に安倍氏、麻生氏には、一般論でいいのでぜひ聞いてみたいです。

それから佐藤優氏を岩波書店(ここが中心だと思います)などが重用してきたのは、出版の行き詰まりをなんとかして打開したいという気持ちもあったのではないでしょうか。分析は得意ではないので正解かどうか必ずしも自信はありませんが、もしそうだったとしたらあまりにも安易。志がないと思います。少し長い目で見れば失うものが大きすぎると分かるはずだと私などは思うのですが…。文芸の分野でも「赤と黒」「カラマーゾフの兄弟」の誤訳問題が起きてますよね。どちらも読者を甘く見ている、舐めている面があるのかも知れません。

2008.12.02 20:10 URL | junko #- [ 編集 ]

すみません。大事なところに誤記がありました。下記のように訂正してお読みください。

>世界に核拡散を訴えてきた日本

>世界に核不拡散を訴えてきた日本

以上よろしくお願いいたします。

2008.12.02 20:44 URL | junko #- [ 編集 ]

上記コメント豊下氏のご考察、正論ですよね。
軍事を語るのであれば、相手方や周辺国がどう動くかという点を熟慮しなければ現実性は備わらず、回答は0点です。
核武装推進派の大半はそういう視点が全くなく、空想的なお花畑、平和ボケと言うしかないでしょう。
彼等がよく左派に言っている悪口は天に唾そのものです。
軍事戦略や戦史、兵器などに対して興味が無い素人さんは、武装すれば強くなるみたいな妄想に短絡してしまい易いのでしょうが。

でも、マニアでなくたって普通に想像力があれば判るんですが。
反面、職業人であってもまともな考察力がないと空幕長のようなことに・・・基礎知識を踏まえればあんな暴論は自ずと否定されるはずなんですけど。
「(気に入らないことだと)知っていることすら踏まえない」のは、あっち方面の方の思考の特性ですね。
旧軍が日本や周辺にどんな惨禍をもたらし、どんなに手酷く失敗したのか、田母神氏が知らないはずはありません。

2008.12.03 00:42 URL | Gl17 #EBUSheBA [ 編集 ]

初めて書き込みします

核武装賛成派では無いですが、大阪のとある番組に出演した田母神さんの主張は『核武装の是非を議論することで核抑止力を現状よりも上げるべき』と言うことだったので、核武装賛成派の元谷さんとは少し立ち位置が違ういわば核議論賛成派だと思います。

後者の人たちは『日本独自の核装備』よりも、非核三原則を撤回することで核抑止力を上げたりアメリカの核兵器搭載弾道ミサイル基地を日本に作ることで核抑止力を上げることを目標にしている人たちが多いので、junkoさんの仰った『NPT脱退の不利益云々』は核議論賛成派に対しては少し的外れかもしれません。

田母神さんに対してですが、私自身も回りもそんなに変なことを言ってると思わない人が多いですね。ちなみに私は学生です。朝まで生テレビで『田母神発言に共感するか』についてのアンケートで60%以上が『yes』だったそうです。若い世代だけだと80~90%ぐらいだったのでしょうが。

ここのブログでは憲法改正や核についての議論を口にしただけで右翼と決め付けられるようですが、少し極端すぎると思います。民主主義の下では議論することが最も大事ではないでしょうか。自分と違う考えを『右翼』とレッテルを貼り、切捨て思考停止に陥ってしまう。もう少しバランスをとられてはどうでしょうか?




2008.12.03 07:42 URL | momo #- [ 編集 ]

いつも勉強させていただいております。

ちょっと横槍になってしまいますが、気になったもので…(ブログ主様には大変失礼ですが)

>momo様

「核武装賛成」と「核武装を議論する事で核抑止力を高める」は違うと仰いますが、これは論理的には同一のものなのです。
そもそも、核武装議論派(と、まとめて良いかわかりませんが)は、核武装する必要があると思っているから議論したいわけであって(反対派はしないですよね?)、これを民主的に押し進めると言うことは、賛成議論を広めたい→多数が支持するから核武装しよう!…が当然の流れになるのではないかと。

ですから、核武装議論派にもjunko様が引用されたデメリットが適用されると思うのですが。

2008.12.03 10:37 URL | ナツキ #- [ 編集 ]


>ナツキ様

『核武装賛成派』と『核議論賛成派』とでは全く違います。核議論賛成派の人々は必ずしも日本独自の核武装に拘っているのではないのです。例えば、非核三原則の『持ち込ませず』だけを取り消し、公然の秘密である在日米軍が日本に持ち込んでいる核兵器の存在を日本政府が認めることで中国・北朝鮮・ロシアなどにプレッシャーを与える外交カードにする、これを目的地点と考えている核議論賛成派の人もいるでしょう。非核三原則全部撤回を目標に考えている人もいるでしょうし、『核武装=アメリカ軍に核搭載弾道ミサイル基地を提供する』を目標にしている人もいるかもしれません。もしくは、イスラエルのように秘密裏にアメリカから核兵器を購入する・・なんて事を考えている人もいるかもしれません。まあ、無理でしょうが。勿論NPT脱退には反対だが、議論することには賛成という人も多いでしょう。
 とにかく、上のいずれもNPTを脱退せずとも出来ることです。日本が独自に核武装するまでには数十の大きな問題があります。その内の一つを解決、もしくは議論するだけで周辺国に対する核抑止力は高まりますし、有力な外交カードになると考えられます。
『核武装賛成派』・・・NPT脱退による孤立化よりも、核武装に重きを置く人々
『核議論賛成派』・・・NPT脱退までは考えていない。議論をすることで世論を喚起し、周辺国に対する核抑止力を高めたり外交力の裏づけにしようとする人々。必ずしも核兵器配備までは考えていない。
と私は考えています。
 
 最後に、このエントリーのタイトルは『田母神俊雄、元谷外志雄、安倍晋三、麻生太郎の核武装論』とありますが、実際核武装については四者四様の考えだと思います。にもかかわらず一括りに『核武装論者』としているあたり、『右翼』と決めつけ思考停止してるなあと感じます。

2008.12.03 13:33 URL | momo #- [ 編集 ]

>「核武装を議論する事で核抑止力を高める」

これは単に、核武装賛成と言いたいけど表立って言えない、でも言いたい人の詐術だとしか思えません。
上記既に指摘されてますが、核を持つ意志がなかったら議論する必要性なぞ生じないからです。
だいたい、妥当な意見であれば今でもちゃんと議論できているでしょう。不適正なことを言うから不当性で責められるのを「議論の否定」とレッテル貼りで逃げているだけです。

核抑止力というのは単に一国間で発生するものではありません。国際関係は常に他国間的であり、日本も米中露など保有国のパワーバランスから抜け落ちるなど、望んでも有り得ません。
現状でも旧東側などに対する抑止は充分に為されています。過去の熾烈な冷戦でも日本に核は降りませんでした。
つまり、日本が核抑止を高めたいと言う場合、これは米国に対して核恫喝を暗示する目的でしか有り得ない。その場合のマイナスの影響は、多分国運を傾けるでしょう。
さらに、日本が核武装を否定しきらないなら、北朝鮮等の核武装化を責める理由は全く消失します。これも国益上多大なマイナスです。

2008.12.03 13:37 URL | Gl17 #EBUSheBA [ 編集 ]

>ニュークリア・シェアリングが望ましいと私は強く主張
なる元谷氏の議論。率直に言えば、僕はこういったバカ振りを炙り出す意味で、「核武装の愚かしさ」もっと盛大に議論して欲しいんですけど・・。
ただ「如何に廃絶?」となると、すこぶる難しい。各技術は科学者の脳内にも、物理学の文献にも残っているし・・。かつてソ連崩壊の際、その拡散を恐れてクリントンがエリツィンを支えたのは記憶に新しい。
で、平和利用なんて「泥縄の言い訳」がいまや温暖化問題ともカラメテ、えらいスピードで、進められつつあり、これに安保問題[旧ソ連国等の資源取引やイスラム過激派と中央アジアの貧困の激化の関係]。何でも、チャべス[ベネゼエラ]に[メドヴェージェフ露大統領が]会いにいったのには、ロシアの原発ビジネス提供が目的の1つやったとか、あんな原油輸出国に・・[イランやイラクにも大いにあるし、フランスも世界中に触手伸ばすであろうし]。

ア、TB相変わらず、出来ないようなので、こっちに貼っておきます。
「Nipponの核武装論?」
http://blogs.dion.ne.jp/ivanat/archives/7867270.html

2008.12.03 20:19 URL | 三介 #CRE.7pXc [ 編集 ]

初めて書き込みさせていただきます。

本当にこの元幕僚長はお辞めになってからも様々な話題を提供される方ですね。

朝生で論文が取り上げられたようですが、これに対するアンケートは深夜帯に視聴者に対してのみ取られたもので(全回答数500件くらい)正直この話題によほど興味のある人しか答えていないと思います。ので、この結果を一般的な意見とは言えないのではないかと個人的には考えます。

実際、無作為抽出の電話調査の方ではNHKでも日本テレビでも六割が幕僚長(または、任命した政府)に批判的でした。

ちなみに私(社会人)の周りですが、興味ない、という人が一番多いです。


2008.12.03 23:58 URL | 千晶 #Qp8KzYgE [ 編集 ]

田母神氏が日本外国特派員協会で会見しているビデオをインターネットで見てみました。

核武装について、田母神氏は
○ 持たない国は持っている国の意志に従属させられてしまう。
○ 持つべきかどうか議論するだけで抑止力は高まる。
   ↓
○ 持つ意志を示しただけで抑止力は高まる。

と話しています。国際社会にむかって「核を持つ意志を示す」となると、それはどういうことになりますか?
>「核武装賛成」と「核武装を議論する事で核抑止力を高める」は違うと仰いますが、これは論理的には同一のものなのです。
というナツキさんの見解の正しさを証明していることになるだろうと思います。

地球温暖化や自然破壊現象にはここ数十年の相次ぐ核実験や戦争、内戦の影響が相当にあるとも言われています。特に地下核実験は素人考えでも自然界への各種の悪影響がないはずがないだろうと思えます。

朝日新聞(2007年)12月19日、夕陽妄語@加藤周一は、つぶやく:
『核兵器ゼロ、CO2現在の半分、どちらも比較的短い数年間に――これが未来の人類存続のための条件ではなかろうか』(ブログ試稿錯誤より引用させていただきました。)

加藤周一は科学者(医者)でもあり、1945年8月6日原爆が投下された直後の広島に派遣され、被爆者の治療に当たった人でもあります。そのことをあまり多くは語っていませんが、目のあたりにした原爆の惨状について「時間を超越した出来事」「非歴史的な出来事」と書いているのを読んだことがあります。朝日新聞紙上での言葉(つぶやき)は真摯に謙虚に受け止める必要があると感じます。

2008.12.04 01:11 URL | junko #- [ 編集 ]

 日本の有権者のコントロールの効かない米軍の核の傘に入っている現状よりは、日本人の管理下にある核の抑止力の意味で、私は日本が核を保有すべきだと感じています。
 なお、安倍元首相も麻生首相もタブー視されている書くに関する議論を公開の場でなぜ出来ないのだという意味の発言しかしていらっしゃいません。
 かつて憲法に関する議論が封印されていた時代がありましたが、昨今ようやく議論が出来るようになりました。
 有権者に両論を伝えた上で、国民が選択するというのが成熟した主権在民国家のあるべき姿で、その意味で核に関する議論についてもようやく扉が開きつつあると当時の発言で思いました。
 政治家が核についての発言をしただけで叩かれることが異常だと感じています。

2008.12.04 17:30 URL | 山本大成 #E6psF8zg [ 編集 ]


>Gl17様

>これは単に、核武装賛成と言いたいけど表立って言えない、でも言いたい人の詐術だとしか思えません

判断の根拠が『としか思えない』という主観でしかありません。本文でも『建前と本音が全然違うのは、あまりにもミエミエだ』とありますが、『何故、議論してはいけないのか』に対して論理的な反論がなされていませんね。
あと、『核を持つ意思が無ければ議論する必要が無い』とありますが、これもずれてますね。田母神さんを含め核議論派が言っているのは『核抑止力を如何にあげるか』なのですが、何故か『核兵器を持つか持たないかの議論』だと思い込まれているようです。yes/noという単純な問題じゃないのです。『核議論=核を持つ意思がある』と仰るかもしれませんが、全く違います。核抑止力を上げることは先にも書きましたが、日本独自の核武装以外にも多くの選択肢があるからです。
右翼と決め付け思考停止されている為でしょうか、安全保障や外交の分析に対して飛躍している箇所が多いようです。もう少し色々な議論をなされてはどうでしょうか?日本は言論と思想の自由が保証された社会ですから。


>junko様

『論理的に一緒』と言うのは全くずれているのです。あなたが先に仰っていますが『核武装するためにはNPTから脱退しないといけないが、それは大変な不利益を被る』、まさしくそのとおりです。『核武装賛成派』と『核議論賛成派』の違いを極端に言ってしまうと『NPT脱退』に賛成か反対か、と言うことになるかもしれませんね。核議論派の主流派はNPTから脱退せずとも核抑止力を上げられる多くの選択肢を模索する人々です。

>国際社会にむかって「核を持つ意志を示す」となると、それはどういうことになりますか?

 『核を持つ意思を示す』=『NPTから即時脱退 』という簡単な話ではないのです。核議論賛成派に対し『NPTから脱退すると国際的に孤立しますよ』という指摘が如何にずれたものか分かって頂けるでしょうか?この指摘に当てはまるのは、日本独自の核武装を明言している人(例:元谷外志雄さん)に対してだけなのです。



2008.12.04 20:59 URL | momo #- [ 編集 ]

『核を持つ意思を示す』=『NPT体制にケンカを売る』ではあるはずですよ。
即時脱退せずとも、既に日本は核武装の能力だけはある(核物質と技術)ので監視対象国です。
米国としても、自国のコントロール下にない核戦力が増えることは容認しないでしょう。
米国の核の庇護下にある日本が独自核を持ちたい、それを色好く思わない米国をどう言って説得しますか? 「守ってもらってるけど信用できないからゴメンね」って、ですか?
田母神氏のように米国に根強い反感を抱く層が日本の軍事・政治の支配層に多いのは既に米国にも知られています。安倍元首相もそういう意味では米国から警戒されており、慰安婦問題でのバッシングにも繋がりました。
核保有論を行うことはそういった友好国にまで警戒を抱かせ信用を失墜させる結果を招きます。
だいたい、保有するつもりが無いという前提で保有議論などできるわけがありませんし、もしやっても空論として失笑の種になるだけです。
ブラフがブラフだと公言してやって何の意味があるでしょう。

北朝鮮が異常に核保有に拘る理由の第一は、朝鮮戦争時代のトラウマと言われます。当時米軍は実際に核使用を検討しました。
そして、停戦後も平和条約に至ることなく対立が続き、ずっと米国の核に怯えてきました。今でも韓国との国境には、その時の報復用として大量の重砲や化学弾があります。
その北朝鮮に対して米軍の核を日本配備すると恫喝することは一定の脅しにはなるでしょうが、従前とは配備の場所が違うに過ぎません。
むしろ彼等の核武装に正当性の言い訳を与えてやるだけになる可能性が高いはずです。
そのために反核の被爆国という外交カードを破り捨てるのは、国際的地位の得失として数えるなら失点になるでしょう。

2008.12.05 00:23 URL | Gl17 #EBUSheBA [ 編集 ]

>momo様

貴殿の投稿を拝読しましていくつかの疑問点があります。

貴殿は、核武装賛成派と核議論賛成派を分けておられますね。
まったく違うとまでおっしゃっている。
そして、論点を核抑止力に求めていらっしゃいます。
実際に核武装しなくても、核議論を喚起していくことで、そのこと自体が
周辺国に対する核抑止力の向上になり得るのだと。
まず、
核議論賛成派=核武装賛成派とは必ずしもいえないとしても、
核武装賛成派=核議論賛成派という公式は成り立つはずで、
この時点で、貴殿のおっしゃる、
両者はまったく違うという二分法は
既に論理的に破綻しているのです。
わかりますよね?
毒=青酸カリとは成りませんが、
青酸カリ=毒は成り立ちます。
他者が思考停止していると批判する前に、
ご自身の基本的な論理的思考力を振り返りましょう。

そもそも核議論というものは核兵器という実在を前提としていることは
言うまでもありません。単なる盤上のゲームでも言葉遊びでもありません。
では、なぜ、実際に核武装、核配備(この点については?がつきますが、
ここでは不問にするとして)をしていないのに、
“議論自体”が核抑止力になると
核議論賛成派は考えるのでしょうか?
それは、“可能性の示唆”が、いわば脅しになるからでしょう。
日本は場合によっては一部であれ、全部であれ、
非核三原則を捨て去ることだってありうるぞ。
ということは、
これからさき核兵器を持つかもしれない、作るかもしれない、
あるいは同盟国に持ち込ませることを正式に容認
するかもしれない。状況しだいでは、それをやるぞと。
周辺国に対して、最悪の状況しだいでは、
こちら側も(同盟国を含む)核で応酬する可能性だって
ありえるんだぞと。
そういう意思の存在があることを内外に示すことで、睨みと脅しを利かせ、
ひいてはそれが核抑止力になると
簡単に言うとそういうことですよね。

ならば、(貴殿の二分法による)核議論賛成派は、本質的には核武装賛成派
と同じ方向性にあるではないですか。
ですので、
核武装賛成派と核議論賛成派がまったく違うなど、論理的におかしいです。
もし実在としての核兵器による武装、核装備、
つまりは相手への核攻撃の可能性がゼロならば、
そもそも抑止力にはなりえないのですから。


>日本独自の核武装以外にも多くの選択肢があるからです。
>核議論派の主流派はNPTから脱退せずとも核抑止力を
>上げられる多くの選択肢を模索する人々です。

日本独自の核武装以外にも多くの選択肢があるとのことですが、
そんなに多くの選択肢があります?
しかも、NPTを脱退せずとも?
具体的に教えていただけますか?

そもそも“日本の核武装”を議論にあげる人こそが、
核議論派における主流派なのではないですか?

まずは、在日米軍の核配備の公式な容認が挙げられるのでしょうが、
そもそも、昨今の核議論の高まりの背景には、
以前から盛んに主張されてきた米国の“核の傘”への不信があげられます。
日本の国土がもし核攻撃を受けた場合、本当にアメリカの核が対抗手段として
あてになるのかという懐疑。
現にキッシンジャーの、
「超大国は同盟国に対する核の傘を保証するため自殺行為をするわけはない」
という発言などは、その懐疑を喚起するものだったのでしょう。
現在のアメリカは、特にブッシュ政権以降、多国間行動主義から単独行動主義へと
いう流れが加速していますので、アメリカと日本との利害の一致の程度次第では、
日本を見捨てることだって想像がつくというわけです。
アメリカは日本の意に反して、北朝鮮のテロ指定国家を解除しちゃったことなど
記憶に新しいですしね。
momoさんが、さかんに説いておられる“日本の核武装以外の選択肢”に対する
懐疑の高まりが、核議論の大きな契機になっているわけです。
田母神さん、安倍元総理、中川金融大臣、麻生総理などが核議論について発言したものは、
いずれも古典的な米国の核の傘の話じゃなくて、
ずばり日本が独自に核武装することの議論についてでしょう。
当てにならない核の傘に依存することなく、
日本の核武装を議論すべきじゃないかと。
ここで、
日本が核兵器を作ることはもちろん、それを購入して配備することも、いずれも
日本の核武装となりNPTに抵触します。
さて、
米国の核の傘以外に、NPTに抵触せずに核抑止力を機能させる
多くの選択肢とはどんなものがありますでしょう?
いくつか“現実的な”具体例をあげていただけると、
勉強になります。


P.S

>朝まで生テレビで『田母神発言に共感するか』についての
>アンケートで60%以上が『yes』だったそうです。
>若い世代だけだと80~90%ぐらいだったのでしょうが。

この80%~90%ぐらいという数字の根拠はどこから?

2008.12.05 06:07 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]


>Gl17様

>『核を持つ意思を示す』=『NPT体制にケンカを売る』ではあるはずですよ。

安易で抽象的な表現ですね。具体的に考えましょう。例えば、非核三原則の『持ち込ませず』を撤回して、在日米軍の核を日米政府間の新たなルールの下で受け入れると表明することも選択肢の一つですが、これのどこがNPTに違反するのでしょうか。アメリカが容認しない云々と仰っていますが、ずれているのです。アメリカの核を今までのように秘密裏にではなく、周辺国に分かるように明確に日本に配備するというのも有力な選択肢の一つだからです。この場合、日米同盟の更なる強化につながるでしょう。

次に、『従前とは配備の場所が違うに過ぎません』とありますが、どこに配備されているのかもはっきりしないのと非核三原則を撤回して明確に配備するのとでは核抑止力という点では段違いです。
加えて、日朝間には核問題だけでなく拉致問題もあります。拉致問題に関して、非核三原則を撤回することで中国、韓国にプレッシャーを与えて北朝鮮に働きかけさせる外交カードにもなりえます。『世界唯一の被爆国というカードを失う』-これは具体的で非常にいい意見だと思います。核議論のなかでそれを言えばいいのです。言論思想の自由の下で大いに議論して国民全員で決めればいいのです。それこそが正しい民主主義ではないでしょうか。

>フリスキー様

>核武装賛成派=核議論賛成派という公式は成り立つはずで

成り立ちません。
核武装賛成派=『日本独自の核武装』により核抑止力を上げることを『明言』している人々
核議論賛成派=『核議論』により核抑止力を上げようとする人々
二つは明確に違います。勿論、日本は言論と思想の自由がありますから、『核議論』には誰でも参加できます。『核武装賛成派』もGl17さんのような『被爆国というカードの方が有効』という人々も参加することを核議論賛成派は期待しています。しかし『議論賛成派』には日本独自の核武装を明言している人はいません。明言した時点で核武装賛成派ですから。
加えて、私は『NPT脱退』という点で二つを分けています。実際に核議論派は日本独自で核武装することは不利益が多いと考えている為に『議論で核抑止力を上げよう』と言っているのですから。その意味で日本独自の核武装を望まないが核抑止力を上げようという人々を『核議論賛成派』とまとめました。
議論で核抑止力を上げる為には様々な意見の人々が、当然核武装賛成派の人々もいなければなりません。しかし、核議論賛成派と核武装賛成派は明確に違うのです。

>そもそも“日本の核武装”を議論にあげる人こそが、
核議論派における主流派なのではないですか?

繰り返しになりますが、日本独自の核武装を目指すことを明言した時点で核議論賛成派ではありません。議論により核抑止力を上げることを目指さないのですから。明言してない人を核武装賛成派と言うのはレッテル貼りでしかなく、思想の自由を侵しています。

>そもそも、昨今の核議論の高まりの背景には、以前から盛んに主張されてきた米国の“核の傘”への不信があげられます。

前提から間違っています。対北朝鮮外交での擦れ違いが日米同盟の見直しにつながったという動きは一切ありませんでした。
『外交の擦れ違い』→『対米不信』→『日本独自の核武装』。あまりに単純すぎます。海上自衛隊、航空自衛隊がどれだけアメリカ軍と一体化しているかをご存じないのでしょう。安全保障面から言うと日米同盟は『見捨てる、見捨てられる』という情緒的な次元のものではありません。加えて、核の傘は米韓同盟や米イスラエル同盟、NATOなどの根本であるようにアメリカの世界規模の安全保障の根幹なのです。そのために『見捨てる』ことはアメリカの安全保障体制が崩壊してしまうために不可能です。『単独行動主義』へと流れが進むほど国連よりも同盟国重視になるので尚更です。麻生総理も中川経産相も安倍元総理も口を揃えて、日米同盟が安全保障の根幹であるといっています。もしも彼らが核武装賛成であるなら非常に矛盾しています。
アメリカの核の傘が確固としているなら議論の必要は無い-という意見もあるかもしれません。しかし、そもそも『核兵器持ち込ませず』と決めている日本は核抑止力が極めて低かったのです。北朝鮮が核実験に成功した事を受けて、核抑止力を上げよう、議論しよう、と言うのは当然では無いでしょうか。勿論日本独自の核武装など口にした人は殆どいませんでしたが。

>さて、米国の核の傘以外に、NPTに抵触せずに核抑止力を機能させる多くの選択肢とはどんなものがありますでしょう?

日米同盟が安全保障の根幹である現実を考慮すると、最も現実的なのは『持ち込ませず』を撤回し、公然の秘密だった在日米軍の核兵器を明確なルールの下での受け入れを認めることでしょう。日本に『明確に核兵器が存在する』だけで、核抑止力は段違いです。
『持たず』、『作らず』をそれぞれ撤回しても核抑止力は格段に上昇するでしょう。最初から選択肢を狭めないことは非常に意味があります。勿論、IAEAの査察が求められれば応じれば良いだけのことですし。
ポーランドのような東欧諸国で進んでいるミサイル基地の提供も考えられますね。これは当然日米同盟の強化に非常に寄与します。
核弾頭を搭載する弾道ミサイルの開発を主張する人もいるかもしれません。憲法改正などが関ってくるでしょうが、核開発よりも遥かに容易でしょう。
アメリカとの交渉によって、日米で核を共同管理(NPTに反しない範囲で)するなんて主張する人もいるかもしれません。

とにかく日本独自の核でもアメリカの核であっても、配備するには技術的にも政治的にも多くの障壁があります。そして障壁の数だけ選択肢があるのです。それを議論すればいいのです。

日米同盟が安全保障の根幹である現実を無視し、『見捨てられる』から日本独自の核を持とうとした、と言うのはあまりに情緒的で浅はかです。現実には日本独自の核武装などを主張した政治家は殆どいません。もう少し現実を深く見つめてみてはどうでしょうか。

最後に、田母神さんに対する支持率の根拠ですが、これは私の主観です。大学でも田母神さんのことは結構話題になりましたし、授業中に先生が『田母神氏についてどうおもうか』と聞いた時に殆どの人が『理解できる』と言ってましたから。そういった状況から80~90%と言いました。


2008.12.05 20:58 URL | momo #- [ 編集 ]

>momo様

レスをありがとうございます。

まず、Gl17様 へのレスに対する横レスになってしまいますが、
気になったので。

>>『核を持つ意思を示す』=『NPT体制にケンカを売る』ではあるはずですよ。

>安易で抽象的な表現ですね。具体的に考えましょう。
>例えば、非核三原則の『持ち込ませず』を撤回して、
>在日米軍の核を日米政府間の新たなルールの下で受け入れると
>表明することも選択肢の一つですが、
>これのどこがNPTに違反するのでしょうか。
>アメリカが容認しない云々と仰っていますが、ずれているのです。

ここではG117様は、“日本の核武装”と“NPT体制”の関係性についての
レトリックとして
こう表現されたわけですが、それに対する、貴殿の批判は、
在日米軍の核配備を持ち出して、
これのどこがNPTに違反するかと問い返している。
さらに、
アメリカが容認しない云々についてですが、
G117様は、
>米国としても、自国のコントロール下にない核戦力が
>増えることは容認しないでしょう。
こうおっしゃっていますが、これは日本の核武装を指しています。
つまり、
ここでの貴殿のレスは反論になっていないのです。
貴殿のレスがずれているということが、もし理解されないのならば
貴殿の文章読解力の基礎に難があると言わざるを得ません。

さて、

>>核武装賛成派=核議論賛成派という公式は成り立つはずで

>成り立ちません。
>核武装賛成派=『日本独自の核武装』に
>より核抑止力を上げることを『明言』している人々
>核議論賛成派=『核議論』により核抑止力を上げようとする人々
>二つは明確に違います。

そもそも100パーセントの人が、非核三原則を断固堅持すべきだという
思想信条、意見の持ち主ならば、
基本的にはそこに核議論は持ち上がりません。
で、全面的であれ、部分的であれ
三原則の見直しを検討すべきだ、または、
日本の核武装を検討するべきだ、実行するべきだという主張、
あるいは在日米軍の
核配備を公式に合意するべきだ等の意見があるから、
議論が持ち上がってくるわけです。
核議論タブー視が社会で広く容認されてしまうと、
これらの主張に対する抑圧となって作用するわけで、
上記のような思想信条を持っている人は、
当然にして、核議論には賛成することになるはずです。
いいですか?
核武装論者というものは、
実際には核武装出来ない条約、法律、原則を持つ日本において、
あえて核武装するべきだと主張している人たちです。
これは核議論に含まれるれっきとした一つの主義主張です。
そういう意味で、私は、
核武装賛成派=核議論賛成派と表現したのです。

それに対して、貴殿は、この両者について
独自の定義を持ち出してきて
言葉の意味内容を不自然に改変した上で、
この両者はぜんぜん違うという主張をされているわけです。
はっきり申し上げて、詭弁の類です。
たとえば、田母神さんは、
「民主主義だったら核武装すべきだという意見もあっていい。」
こう主張したのですが、これは核議論賛成の立場とされるのに、
ある人が「民主主義だったら核武装すべきだ。」と主張したとたん
貴殿の定義によれば、核議論賛成の立場ではなくなってしまいます。
後者だって核議論の一つであり、こういう発言が、
貴殿のおっしゃる議論による核抑止力に作用することになるでしょう。
で、貴殿はさらに、NPT云々を持ち出して分類されるわけですよね。
あまりに牽強付会な詭弁です。
そんな不自然な弁を弄さなくても、
たとえば非核三原則の部分的見直し論、
米国の核の傘論を詳細に展開すればそれですむことです。
あるいは、核議論に賛成する人々というのは、
核武装論者以外に多くの論者がいるということを主張すれば
済むことです。
どうして、複数ある核議論賛成の主張の中から、
この核武装論を除外するのでしょう。
推察するに、核武装論が自分の主張にそぐわないゆえに、
異論であるがゆえに、歓迎したくないから、
自分の与する核議論賛成の立場から
これを除外したいんじゃないですか?

これに対しては、貴殿の更なるエスカレートした
詭弁が帰ってくることは
容易に想像がつきますが・・・

>>そもそも“日本の核武装”を議論にあげる人こそが、
>>核議論派における主流派なのではないですか?

>繰り返しになりますが、日本独自の核武装を目指すことを
>明言した時点で核議論賛成派ではありません。
>議論により核抑止力を上げることを目指さないのですから。
>明言してない人を核武装賛成派と言うのは
>レッテル貼りでしかなく、思想の自由を侵しています。

なんで思想の自由の侵害になるのです??
ここに至っては支離滅裂、滅茶苦茶ですよ。
まじめに助言しますが、
貴殿は、国語の勉強と合わせて、小中学校レベルからの
社会科の勉強をし直される事をお勧めします。

>安全保障面から言うと日米同盟は『見捨てる、見捨てられる』
>という情緒的な次元のものではありません。

いえいえ。
私が例に挙げたキッシンジャーの発言に端的に示されていますが、
情緒的次元で言ってるのではなくて、
拡大抑止と国益を照らし合わせての米国側の政治的判断としてそういう
考えがあるということです。
そもそも、
冷戦当初から、日本や欧州の同盟国の中で、
アメリカの安全保障とくに核の傘の抑止力について、
全幅の信頼を置いてまったくの懐疑、懸念を示さない
国がありますか・・・
かんかん諤々の議論が現在に至るまで
政府レベル、政治家、学者レベルでも
絶えることなく続いているじゃないですか。
まさか貴殿は隠蔽されたいわけじゃありますまい。
以下、論題である日米関係に絞ります。
これは、有名な話なのでよくご存知でしょうが、
1964年の佐藤栄作首相と、ライシャワー駐日大使
との会談で、佐藤首相は、
「他の国が核兵器を持てば、日本も持つのはあまりにも常識。日本の世論は
 核を受け入れられる状況ではないが、教育していかなくてはならない。」
と発言したことは、国務省の公式文書に残されているものです。
そして
一年後の、1965年の日米首脳会談において、
当時のジョンソン大統領に対して、
「個人的には、中国共産党政権が核兵器をもつなら、
 日本も持つべきだと考えている。しかし、これは日本の国内感情とは
 違うので極めて私的にしか言えないことだ」
と言明しているわけです。
こうして、日本の核武装の可能性を米国に対して示したわけですが、
これは、日本の核武装に否定的なアメリカを知った上での、
日本が核攻撃を受けた場合の、米国の核の傘による保障を約束させるための
駆け引きだったとも見ることができます。
げんにこの会談において、ジョンソン大統領から、
「私が保証する」という確約を得たとされています。
なぜ、佐藤首相がこの駆け引きをしたか?
それは、核の傘への不安、懸念があるからじゃないですか。
ところがmomoさんの論法に従えば、
佐藤氏の言動は“あまりに情緒的で浅はかです”ということになります。
ちなみに、
日本の独自の核武装の可能性を具体的に示した米国国務省や
軍備管理軍縮局による詳細な分析と考察があることは、
近年公開されている機密文書
(「日本の将来に関する国務省政策」、
 「日本の核兵器分野における見通し」)
によって明らかにされています。

さて、では、
1965年の、日米首脳会談において、ジョンソン大統領から得た
約束を持って日本の政府首脳はそれで全幅の信頼を置いたのか?
どうもちがうようですね。

太田昌克著「盟約の闇」に
詳細な話が綴られていますが、
この著書によれば、
その3年後には、内閣調査室からの要請で有識者が集められ
「日本の核政策に関する基礎的研究」と題されたレポートが、
政府首脳に提出されています。
ここでも日本独自の核武装の検討がされているのです。
結論は、核武装に否定的だったそうですが。
つぎに、
これで結論は出たので、為政者はみな納得したのか?
ノーのようですね。
中曽根康弘が長らく、私的勉強会を主催して有識者を集めて
日本の核武装の是非を研究させていたことが知られていますが、
1970年の防衛庁長官当時、レアード国防長官との会談で、
「佐藤・ジョンソン会談」における保障の約束は有効か?」
と質問しているのです。
当時の中曽根氏の側近である桃井真氏の追想によっても、
アメリカの核の傘にいかに確実性を持たせることが
彼の焦眉の関心事だったと述べられています。
思うに、
いくら日米同盟関係を強調したところで、
核の傘論は、自国の指揮系統下には無い他国の武力への依存ですので、
核抑止力を主張し、それを万全のものにしたいと核議論している人々の中で
不確実性、不安というものが、
くすぶり続けるのは察しがつきます。
現にくすぶり続けているのです。
毎日新聞のアンケートによれば
2003年の衆議院選の当選者のうち、83名の議員が、
「国際情勢によっては核武装を検討するべきだ」と回答しています。

2007年の参議院選挙に際しての同アンケートでは、
http://homepage.mac.com/volksabstimmung/id106/32629.html
から引用しますと、
『自民党候補は「国際情勢によっては検討」が24%(17人)、
「検討を始めるべきだ」が8%(6人)。
 04年にも全く同じ質問をしており、
 その際の自民党候補の回答は「国際情勢によっては検討」が25%で、
 「検討を始めるべきだ」はゼロだった。』とあります。

学者サイドでは、
保守派の論客であり、安倍政権のブレインとされてきた
中西輝政京都大学教授(国際政治学)のコメントを
最後に紹介しておきます。

・アメリカによる「核の傘」は、有事にあたって、
果して有効に機能するのだろうか。この問いは、
すでに冷戦時代の欧州において、徹底的に議論された。
・「拡大抑止」、つまり超大国が同盟国の安全を
守るために核を用いるという選択は、冷戦構造のような、
完全な二極対立の状況のもとでしか高いレベルの
信憑性を享受することはできない。
 今の日本は共産主義陣営に取り込まれる危険に
直面しているわけではない。アメリカには、
自らリスクをとってまで日本を守る根拠が稀薄になっている。
 しかも、先に触れたヨーロッパ人の議論が端的に示すとおり、
「拡大抑止」は冷戦構造下ですら、
本質的には信憑性の疑わしいものとされ続けたのである。
そのことは明記されるべきである。」
          以上、諸君 平成15年8月号より

>もう少し現実を深く見つめてみてはどうでしょうか。

そっくりそのままその言葉を、momo様にお返しします。
そして、それ以前に、
momo様は基礎的な文章読解力、
論理的思考が未熟に過ぎます。

2008.12.06 20:02 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]


>フリスキー様

>いいですか?核武装論者というものは、実際には核武装出来ない条約、法律、原則を持つ日本においてあえて核武装するべきだと主張している人たちです。これは核議論に含まれるれっきとした一つの主義主張です。

全くそのとおりです。『核武装賛成派』というのは日本独自の核武装により、核抑止力を上げることを目指している人々であり、核議論に参加する一つの主義主張です。そして、『核議論』は如何なる主張も拒みません。『核議論賛成派』というのはありとあらゆる主張を戦わせることで核抑止力を上げようとする人々です。『核抑止力を上げる手段』が『議論』と『独自の核武装』と言う点で全く違いますね。あなたには少々難しい話でしょうか。
『NPT脱退』は先の他の人との間で、核武装派の定義で『NPT脱退』が論点になったからですね。『「核武装賛成派」と「核議論賛成派」の違いを極端に言ってしまうと「NPT脱退」に賛成か反対か、と言うことになるかもしれませんね』と書いたように、NPT脱退が対立軸する場合、反対の人々を大きく『核議論賛成派』とするとしたことをこの議論でも受け継ぐという意味で言及したのですが、読まれていなかったようですね。

>私は“日本の核武装を議論にあげる人”と言っています。“核武装を目指すことを明言した人”とは言っていません。

繰り返しになりますが『核議論』は『核武装論者』も当然拒みません。しかし、『核議論賛成派』は『議論』によって核抑止力を上げることを目指す人々です。そして、核武装派かどうかは『日本独自の核武装(により核抑止力を上げよう)』、『NPT脱退』を口にしているかどうかです。口に出してもいない人を核武装派と非難するのは思想の自由を侵しているということです。分かりますか?

次に、アメリカの核に対する不信が核議論の元になっているということですが

>田母神さん、安倍元総理、中川金融大臣、麻生総理などが核議論について発言したものは、いずれも古典的な米国の核の傘の話じゃなくて、ずばり日本が独自に核武装することの議論についてでしょう。

とあなたは書いてますね。前のコメントの繰り返しになりますが、アメリカの核の傘は日米同盟の根幹です。もし、北朝鮮外交に対する食い違いが核の傘に対する不信の元になって発言しているのなら、日米同盟の見直しも行われたはずです。ところが現実はどうでしょうか。上の方たちは皆、口を揃えて『日米同盟は日本の安全保障の根幹』と言っています。対米協力の象徴であるテロ対策特別措置法はどうでしょうか。安倍元総理も福田元総理も麻生総理も皆、継続実施を行おうとしました。(福田前総理は出来ませんでしたけど)。あなたの主張は全く現実と矛盾してますね。そして、上の人々がいつ『日本の核武装により核抑止力を上げるべきだ』と発言したのでしょうか。

最後に、その人がどのような考えを持っているかは『発言』など明確な根拠から判断すべきです。『言ってもいないこと』や『行動もしていないこと』を『~に違いない』や『~としか思えない』と思い込み、非難するのは思想の自由を侵す危険なものでしかなく戦前の日本のようで、そら恐ろしくなります。『右翼の政治家』だから『核武装論者に違いない』と思い込み、非難する。実際に独自の核武装をすべきと発言する政治家は殆どいないにも関らず。予断や思考停止に陥らず、もう少し冷静に事実を見てはいかがでしょうか。

2008.12.07 00:29 URL | momo #- [ 編集 ]

momo様へ

さて、
独自の定義に基づく(momo用語としての)核議論賛成派は、
あらゆる主張を核議論の内容として
許容した上で、
様々な主張を戦わせることで核抑止力を上げようとするということに
なるそうですね。
そのmomo用語としての核議論賛成派
とされる人々は、“戦わせる”ことで核抑止力を上げることが
意図だということは、
自分は、その議論の中で戦わないんですか?
自分は、その議論の中で自分の核政策を主張しないんですか?

あなたの最初のカキコにあるように
momo用語としての核議論賛成派には
>アメリカの核兵器搭載弾道ミサイル基地を
>日本に作ることで核抑止力を上げることを
>目標にしている人たちが多い
とのことですが(↑根拠不明ですが、これはおいておいて)、
これを議論の中で主張はされないんですか?


そもそも、
一連のカキコを拝読してみますと、
そのmomo用語としての核議論賛成派、核武装賛成派についての
説明、定義が曖昧でその時々で変遷しているのがわかります。

まず、
初めてのあなたの書き込みには、こうあります。

>後者(フリスキー注※ここでは核議論賛成派)の人たちは
>『日本独自の核装備』よりも、
>非核三原則を撤回することで核抑止力を上げたり
>アメリカの核兵器搭載弾道ミサイル基地を
>日本に作ることで核抑止力を上げることを
>目標にしている人たちが多いので

この段階では、momo用語としての核議論賛成派の説明には、
様々な主張を戦わせることによって抑止力にするという、
つまり
全体としての“議論”によって核抑止力を目指すのが目標
という説明ではなく、
議論の内容における個々の政策による核抑止力を目標にする
という話になっています。

2番目のあなたのカキコにおける

>核議論賛成派の人々は必ずしも日本独自の
>核武装に拘っているのではないのです。

という箇所の“必ずしも”云々の記述によって、
momo用語としての核議論賛成派には、
日本独自の核武装に拘っている人が存在していることが含意された
表現になっています。
わかりますよね?
国語において“必ずしも”という副詞が文章に挿入されたときの
意味合いというものは。

その同じカキコ内の後に出てきた、momo用語の定義は

>『核武装賛成派』・・・NPT脱退による孤立化よりも、
           核武装に重きを置く人々
>『核議論賛成派』・・・NPT脱退までは考えていない。
           議論をすることで世論を喚起し、
           周辺国に対する核抑止力を高めたり
           外交力の裏づけにしようとする人々。
           必ずしも核兵器配備までは考えていない。

ここでいきなり、NPT脱退までは考えていないという定義によって、
前言における、“必ずしも”云々の下りに含意された
核武装に拘るmomo用語としての核議論賛成派の存在が否定されます。
自家撞着というものです。

その後、
私への最初のレスにおける定義、

>核武装賛成派=『日本独自の核武装』により
>核抑止力を上げることを『明言』している人々
>核議論賛成派=『核議論』により
>核抑止力を上げようとする人々
>二つは明確に違います。

ここで、momo用語としての核武装賛成派に
明言という要件が加わります。
そして、
同じカキコ内での、

>日本独自の核武装を望まないが核抑止力を
>上げようという人々を『核議論賛成派』とまとめました。

ここでも、最初の、“必ずしも”云々という当初の記述から、
“日本独自の核武装を望まないが”という表現によって
momo用語としての核議論賛成派には、
日本の核武装を否定する人しかいないという
文意の変転が行なわれています。
そして、
最後の私へのレスにおける
>『核議論賛成派』というのはありとあらゆる主張を
>戦わせることで核抑止力を上げようとする人々です。

この定義によって、議論の中における自分の政策主張を
曖昧化している

つまり、相手のコメントに合わせて、後から定義を付け加えたり、変えたり、
内容説明の変転によって、
言わば、後出しじゃんけんをして、
議論の相手を振り回しながら批判しているのです。
議論の作法として、卑怯極まりない。
さらに言いますと、
これだけ、あなたの説明のいい加減さを鑑みるに、
momo用語としての核議論賛成派なる存在は、
つまるところ、momoさんご自身ではないのですか?
自分の考えを述べるのに、
その主体をあなたご自身から
momo用語としての核議論賛成派なる概念を作り出して、
そこに置き換えて、
仮託してるんじゃないのですか?

そもそも、田母神さんが、
「私は議論されていいと思う。議論するだけで、
 核抑止力は高まると思う」と発言したのは、
日本の核武装についての話の中でのものです
いろいろな選択肢のある核政策という
話の中での返答ではありません。
議論されていいと指したのは、
日本の核武装が議論されていいという話で、
他の選択肢としての核政策をここでは指していません。
日本の核武装そのものの議論を提起した発言であったことを
よくご再考ください。

>あなたの主張は全く現実と矛盾してますね。そして、
>上の人々がいつ『日本の核武装により核抑止力を上げるべきだ』
>と発言したのでしょうか。

私が、いつ、上の人々が、そのような発言をしたと
記述しました?
私がいつ、上の人々が、核武装論者だと断定しました?

余談ですが、私が上の人々について内心どう思っているかは
ここでは言いません。
ちなみに憲法で保障された内心の自由です。(笑)

次に
アメリカの核の傘への不安、不信、懸念についてですが、
私の前回の投稿における、

>1964年の佐藤栄作首相と、ライシャワー駐日大使
>との会談で、佐藤首相は、
>「他の国が核兵器を持てば、日本も持つのはあまりにも常識。日本の世論は
> 核を受け入れられる状況ではないが、教育していかなくてはならない。」

の箇所から
中西輝政教授の発言に至るまでのくだりを読まれました?

アメリカの核の傘をめぐるこれだけの駆け引き、腹の探りあい、
懐疑、考察が冷戦当初から今日に至るまであるのだという
ほんの一例を記述したしだいです。

突っ込みどころ満載のあなたの記述なので、
いくらでも楽しく書けるのですが、
もう時間が無くなりました。
一点だけ質問させてください。

>口に出してもいない人を核武装派と非難するのは
>思想の自由を侵しているということです。
>分かりますか?

思想の自由というのは、たしかにもっとも大事な人権ですね。
憲法にも保障されています。
誰が誰に対して、思想の自由という人権を侵害しているのか、
もう少しご説明いただけますでしょうか?

2008.12.08 07:23 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

再び失礼します。

>momoさま。
ご意見、拝読いたしました。
momo様が仰る日本を取り巻く安保状況の認識や、「核議論」を巡る区分け、言論の自由や公人に対する評価方法など疑問点は多々ありますが、私が思うところを単刀直入に申し上げますと、「日本における、あらゆる形態での核兵器の存在を容認するか、しないか」が、議論の要になるのではないかと。

以前に、私からmomo様に申し上げた「核武装論も、議論による核抑止力向上論も論理的に同一」としたのは、少なくとも「核兵器を容認する」という点は概ね一致する事を前提にしております。

そして、非核三原則堅持・世界唯一の被爆国として世界的核廃絶運動におけるオピニオン・リーダーたる日本国内における「核議論の提案」は、須らく「非核三原則の撤廃、核容認→保有議論の提案」になるのです。

現に、momo様御自身は積極的核武装論者ではありませんが、非核三原則の部分的~全面的取り消しや米軍による核ミサイルの配備等、核兵器の容認を前提に主張をされております(もちろん、核の容認無くして核抑止力論はできないのですが)。

そして「核容認→核抑止力向上」の流れの行き着く先は、「自国による核兵器の製造・所有」でありましょう。

ですので、非核三原則堅持・核兵器廃絶派の私としましては、核兵器の配備を当然のオプションとする「核抑止力向上論」も、「核武装論」と合わせて「NO」と申し上げるつもりなのです(他のブログ主様のコメント欄なのに偉そうに・・・本当にすみません)

そして、momo様が何度も強調されております「思想、言論の自由」ではありますが、これを唱える事は、「批判検証される事を甘受する」事も付随しますので、「核議論」そのものに対する批判を指して、「自由の侵害である!」との批判は当たらない事をご理解ください(momo様がそう仰った訳ではありませんが)。


2008.12.08 12:19 URL | ナツキ #- [ 編集 ]

どうもmomo氏の唯一の拠り所は米軍の核を日本に持ち込む、田母神氏の言うニュークリアシェアリングのようですね。
核武装に賛成と口にするのだけはしたくないようで。
しかし、これは全くの空論ですよ。

米軍はラプターの売却すら渋っていますからね。防衛産業がたっぷり儲かるのに。
日本は信用されていないのですよ。他ならぬ田母神氏や、安倍元首相のような右派が潜在的に根強い反米であることを知っているから。
今回の論文のように、その重大事を隠そうともしないのですから当然です。
そんな相手に虎の子の核を預けるはずがありません。

例え在日米軍基地への配備だとしても、それによって六カ国協議で北朝鮮を説得している米政権はダメージを受けます、有り得ません。
中国との関係はもはや米国経済にとって死活的に重要であり、対北朝鮮でイラクのような徹底対決路線に舵を切る可能性は皆無です。
中国に対しても核戦力プレゼンスを過剰に見せ付けるのは、不要な対立の種となりますし、冷戦当時以上の過激さで米国がそちらへ舵を切るなど無いはずです。

米国の核を借りようというのに、米国の意向を無視するなぞ、空論の極致です。

2008.12.08 22:37 URL | Gl17 #EBUSheBA [ 編集 ]

>momoさんへ

おはようございます。

12月8日発売の週刊現代の冒頭に、田母神氏による
「米軍撤退核武装宣言」と題するエッセーが掲載されています。

その中から、重要な箇所を抜書きさせていただきます。

>アメリカは、あくまで自国の国益に基づいて行動する
>ということを、忘れてはなりません。
>たとえば日本を守るよりも、
>中国と組むことのほうが
>国益になるとアメリカが判断すれば、
>日本は一夜にして見捨てられるでしょう。
 (フリスキー注 この考えはmomoさんが「あまりに情緒的で浅はかです」
  として侮蔑したものです。momoさん、田母神さんが
   言っちゃってますけど、どうしますか?)

>私は、日米同盟自体は、アメリカの傘下にいることで国際政治上、
>虎の威を借りられるので、日本にとっては有用だと思います。
>しかし、やはり自国は自分たちで守るべきです。つまり
>自衛隊を強化すると同時に、在日米軍には徐々に撤退してもらう。
>それが将来の日本のあり方だと思うのです。
>米軍の撤退が無ければ、日本は真の独立国とは言えないのです。

>今後、日本が自立した国になるのにもっとも有効な手段は、
>日本が核武装することです。現実の国際政治では、
>核兵器の非保有国は、保有国の意思に対して、最終的には
>従属せざるをえません。このため、日本が従属させられる
>立場から脱却するには、自ら核武装する道を選ぶのが一番早道
>なわけです。

>今後、北朝鮮がアメリカまで到達する核兵器を一発でも保有した段階で、
>北東アジア情勢は一変するでしょう。前述のようにアメリカは北朝鮮
>を絶対攻撃できなくなるので、日本を北朝鮮から守ってくれる保障が
>なくなります。そのときに日本が抑止力を維持しようとすれば、
>自らも核武装する必要があるわけです。
(フリスキー注 このあとニュークリアシェアリングの検討があげられてますが、
 これは次善の策としています。つまり田母神氏の考えでは最善の策は
 日本独自の核武装であるという主張です。)

  (以上、週刊現代12月20日号 p20~p21より引用)

どうですか?
これでも、田母神さんがmomo用語としての核議論賛成派と言えますか?
まさか、いまさら噴飯ものの屁理屈もちだして“言える”とか
言わないでくださいよ。(苦笑)

このコメント欄で、長々と議論をしてきましたが、
まず、あなたの出してきた問題提起は、
元谷氏の立場と田母神氏の主張は違うということでした。
そして、前者はmomo用語としての核武装賛成派であり
後者はmomo用語としての核議論賛成派であるという
大前提をあなたは立てられました。
そこから、あなたは議論を始められました。
両者はぜんぜん違うというのがあなたの主張で、
定義や、解釈、説明で、牽強付会に変転を重ねながら、
あなたはずいぶん
他者を批判しておられましたね。
さらに至っては、思想の自由を侵しているという暴論まで吐き、
戦前の日本と同類だという支離滅裂な誹謗までしだした。
その理由づけが、

>その人がどのような考えを持っているかは『発言』など
>明確な根拠から判断すべきです。
>『言ってもいないこと』や『行動もしていないこと』を
>『~に違いない』や『~としか思えない』と思い込み、
>非難するのは思想の自由を侵す危険なものでしかなく
>戦前の日本のようで、そら恐ろしくなります

だそうですが、
これって、あなたの田母神さんへの
決め付けにこそ当てはまっておりますね。
momo論法によりますると、
あなたは、田母神さんの思想の自由を
侵したしたという結論になります。
田母神さんが「言ってもいないこと」
「行動もしていないこと」を、
「~に違いない」や「~としか思えない」と思い込み、
自分の特異な定義づけで作り出した一派に
田母神さんを勝手に組み入れて、
実際の田母神さんの主張とは違うレッテルを
彼に張ったのですから。

見事な自己矛盾。
完全なる論理破綻です。

以上

P.S

余談ですが、
私は核武装反対論者であることを追記しておきます。

2008.12.09 08:46 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]













管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://caprice.blog63.fc2.com/tb.php/795-1597b55e

クラスター爆弾廃絶なった が
クラスター爆弾の廃棄条約に日本も加わることになった。この為に努力をされて来た多くの方に敬意を表します。

2008.12.04 21:58 | 大津留公彦のブログ2

あなたは死刑を言い渡せますか
あなたは死刑を言い渡せますか ~ドキュメント裁判員法廷~  とそれに続く討論番組をNHKで3時間に見た。

2008.12.07 01:33 | 大津留公彦のブログ2