当ブログで初めてオバマを取り上げたのは、昨年2月7日付の「次期大統領は初の女性か黒人か?」である。毎日新聞に載ったオバマの記事を紹介し、感想をつけ加えただけのたわいもない記事だったが、当時まだブログで「バラク・オバマ」を取り上げる人は少なかったので、公開後しばらくは、「バラク・オバマ」を検索語にしてブログを来訪される方がしばしばあった。現在では、この検索語に当ブログごときがつけ入る隙などないことは言うまでもない(笑)。
朝日新聞に、「私には夢がある」から45年、という記事が出ているが、記事で紹介されている1963年のキング牧師の伝説的な演説は、TBSの「NEWS23」でも映像が流れたが、私はリアルタイムでは知らない。1968年のキング牧師暗殺や、それに先立つ3年前のマルコムXの暗殺も、朝日新聞の花形記者だった本多勝一のルポルタージュや雑文集(『貧困なる精神』など)で知ったのではなかったかと思う。私が物心ついたときのアメリカの大統領はニクソンで、そのニクたらしい名前のせいか、子供心に嫌っていたが、のちにウォーターゲート事件が発覚して、本物の犯罪者であることを知った時には、アメリカの大統領というのはこんなに悪いやつなのかと驚いたものだ。
しかし、新自由主義の時代が幕を下ろそうとしている今振り返ってみると、リチャード・ニクソンの悪はそんな生易しいものではなかった。ニクソンというと、ジョージ・ウォーカー・ブッシュと並んでアメリカ史上もっとも支持率の低かった大統領として知られるが、それもそのはず、この2人は史上稀に見る極悪の犯罪者大統領といっても過言ではない。
アメリカ・シカゴ学派の経済学者、ミルトン・フリードマンとチリの独裁者、アウグスト・ピノチェトがともに一昨年(2006年)に死去した時に書かれた、ブログ『代替案』の2006年2月16日付エントリ「ラテンアメリカとフリードマン: 神話の捏造」および同年12月19日付エントリ「ピノチェト死す」経由の孫引きだが、1973年にアジェンデ政権を倒したチリの軍事クーデターをアメリカがどのように支援したかについて、2003年にアメリカの情報公開によって明らかになった。それによると、CIAのたくらんだクーデター計画にはチリ軍部さえ反対しており、CIAに逆らったチリ国軍のシュナイダー司令官は、CIAによって1970年に暗殺された。そして、チリのクーデター1973年9月11日(!)に起こされたのだが、マネタリストの経済学者フリードマンは、このクーデターに深く関与し、革命後のチリに手下の学者連中を送り込んで新自由主義の実験を開始した。これが多大な成果をあげたという「歴史の捏造」が行われ、前記『代替案』のエントリを読むと、朝日新聞や毎日新聞も捏造された歴史観に沿った記事を書いていた。両紙は、コイズミ政権時代においては、右派の読売新聞や産経新聞以上に熱心にコイズミ・竹中の「構造カイカク」を支持していたからそれも当然だろう。実際には、新自由主義者たちの政策はチリにとんでもない格差社会を現出させて、失業率は1973年から1983年の間に実に4.3%から22%に増大し、ついにはアメリカの傀儡として出発したピノチェト自身がフリードマンの手下どもを追い出し、ケインジアンの政策を採用してチリの経済を立て直した。
一般には、アメリカの新自由主義の開祖はロナルド・レーガンとされているが、実は先駆者がリチャード・ニクソンであって、そのブレーンがフリードマンだった。ニクソンとフリードマンは、歴史上稀に見る悪質な犯罪者というしかないと思うが、フリードマンは1976年にノーベル経済学賞を受賞し、その2年前のフリードリヒ・ハイエクの同賞受賞と合わせて、新自由主義が主流になるのちの流れを決定づけた。
その影響がいかに広範にわたったかは、日本でも保守本流とされる大平正芳が「小さな政府」を標榜し(保守系学者・公文俊平の「大平正芳の時代認識」参照)、それは大平の直系・加藤紘一に引き継がれていることからも伺われる。最終的に日本で新自由主義の大実験を行って、70年代のチリ同様惨憺たる結果を引き起こしたのはコイズミと竹中平蔵だが、彼らが登場する以前に、保守本流の大平や加藤らが道を誤った責任も、今後歴史の審判を受けなければならないだろう。大平は故人だが、幸いにも加藤は健在で、現在でも一定の影響力を持つ政治家だ。加藤は、右翼は先の戦争の総括、左翼は社会主義の総括をそれぞれしなければならないと著書で主張したが、加藤自身も「保守本流」の経済政策を総括しなければならないのではなかろうか。
本家のアメリカでも、前の民主党大統領のビル・クリントンは1993年の就任演説で「大きな政府の時代は終わった」と宣言した(11月6日付朝日新聞1面掲載の同社アメリカ総局長・加藤洋一氏の記事による)。そして実際、ビル・クリントンはいやらしい新自由主義政策をとって日本にグローバリズム(実体はアメリカニズム)を押しつけてきて、日本はこれにずいぶん苦しめられた。私が米民主党の大統領選候補者争いでヒラリー・クリントンよりもオバマを応援したのは、このビル・クリントンの悪印象によるところが相当に大きい。
新自由主義の時代は、ニクソンが先鞭をつけ、レーガンの登場によって本格的に始まり、ブッシュJrの時代で終わったと言って良いと思う。この40年間は、必ずや後世の歴史家によってネガティブに評価されることになるだろう。この時代において、アメリカでは金融業にばかりかまけて製造業が没落し、それとともに中産階級が下層化した。後を追って新自由主義化した日本でも、同様の現象が起き始めているが、幸いにも製造業はまだ没落の兆しが見える程度で、今からならまだアメリカよりはかなり早く立ち直ることができると思う。
そして、没落するアメリカを立て直すべく期待を一身に集めて登場したのがバラク・オバマだ。
選挙戦においては、オバマはずいぶん幸運に恵まれた。民主党内の候補者争いではヒラリー・クリントンと争ったが、正直政策面では、国民皆保険制度に関する主張など、クリントンの方が先進的と思われる部分も多かった。しかし、当初から最有力と見られていたクリントンは、保守層から"hard left"(極左)だと非難され、保守層の機嫌をとるために軸足を中道に移していた。そこで空白になったリベラルのポジションを、オバマがしっかり押さえた。これが民主党の候補者争いにおけるオバマの勝因になった。ジョン・マケインも、もともと共和党左派で、"underdog"(負け犬)などと言われていたのだが、共和党の候補者争いの早い段階において右派のルドルフ・ジュリアーニが選挙戦略を誤って早々と脱落する幸運に恵まれた。そこで、弱点とする保守層の支持を獲得するべく、サラ・ペイリンを副大統領候補に起用して保守層の機嫌をとろうとしたのだが、ペイリンの化けの皮があっという間に剥がれてしまったところにリーマン・ショックが起き、経済を重視する中道の人たちは一斉にオバマに流れた。それで、今回の大統領選はオバマの圧勝になったわけだ。「負け犬マケインの負け因はペイリンだった」といえるかもしれないが、英語の"underdog"というのは、侮蔑語として用いられる日本語の「負け犬」とは違って、社会的弱者という意味合いがあって「判官びいき」を呼ぶポジティブな意味合いが強いとのことだから、前記のダジャレはあまり適切ではないだろう。
もっとも、得票率だけからいえば、昨夜のTBS「NEWS23」が報じたところによると、オバマ52%に対してマケイン47%(残り1%はラルフ・ネーダーその他の候補者の得票)だった。白人男性に限ればマケイン支持の方がかなり多かったそうだから、まだまだ人種問題の壁もあるし、経済政策でもこれまでの新自由主義が結構根強い支持を得ているようだ。
アメリカ民主党とのパイプをほとんどの政治家が持たない日本でも、愚かにも大統領選投票日直前まで「マケイン大逆転待望論」なるものがあったそうだ。しかし、世界の大部分は上記のアメリカや日本の「抵抗勢力」(笑)とは意見が全く異なり、オバマの勝利と犯罪政治家・ブッシュの政権が終わりを告げることを歓迎していることが報じられている。朝日新聞は、オバマの父方の故郷であるケニアの政府が、オバマの当選を祝って6日を祝日にすると伝えた。
確かに、オバマの政治家としての手腕は未知数だ。アメリカが直面している未曾有の経済危機を乗り越えるのは容易ではないし、個人的にはオバマがこれまで主張してきたアフガニスタンへの介入を強める主張を方向転換しなければアメリカは立ち直れないと思う。読売新聞はオバマの「テロとの戦い」重視の路線に期待しているようだが、アフガンにいつまでもかかわりあっていられる余裕などアメリカにはないはずだ。
だが、それよりも何よりも、今回の大統領選ではオバマが勝つことに何よりの意義があった。報道でも指摘されているように、オバマの当選が時代の要請だったと思う。アメリカに滞在した経験のある、黄色人種のアジア人である私としても、人種のるつぼではありながら支配層は白人が占めているアメリカの社会を、ほんの一部ではあるが目で見て肌で感じた感覚を持っているから、黒人やヒスパニック、それにアジア系のアメリカ国民が、いや世界中の人たちが熱狂する気持ちは、かなりの程度わかる。
「報道ステーション」で寺島実郎がジミー・カーターを引き合いに出していたが、私も長かった大統領選レースの終わり頃、しきりにカーターを思い出していた。日本でも好感をもって迎えられる大統領は、カーター以来になるだろう。「大きな政府」路線をとった最後のアメリカ大統領だったカーターは、やはり時代の流れには抗することができず、その業績の評価は芳しくないが、オバマに対しては時代の流れはフォローの方向だ。不安も多々あるが、期待を込めて来年誕生するバラク・オバマ大統領を見ていきたいと思う。
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コンドラチェフは「景気循環の周期」を50年~60年としたが、この周期を参考にウォーラーステインは「覇権の周期」をコンドラチェフの景気循環周期2つ分とした。
1945年から始まったアメリカの覇権は、この予測に基づくなら、1945+60=2005となり、2005年あたりでピークを迎え、後は衰退の一途を辿るだけである。
今年は2008年。そしてアメリカ国民はついに新自由主義とアメリカの覇権に「ノー」を突きつけた。まだ実感はわかないが、歴史的な転換点が来たような気がする。アメリカ国民の“下からの変革”に期待したいものである。
2008.11.06 17:03 URL | ∝&‰ #sSHoJftA [ 編集 ]
>カーター以来になるだろう。「大きな政府」路線をとった最後のアメリカ大統領だったカーター
どうかなあ?規制緩和とか始めたのはカーター政権だったし
ただ、レ-ガンにしろブッシュ親子にしろ、「小さな政府」を標榜していたけど、実際には予算の規模、税金の額、巨額な軍事費等を考慮にいれれば「小さな政府」というのはただのスローガンでせいぜいのところ、金持ちに対する減税、規制緩和ぐらいの意味しかなかったなあ。実質はずっと「大きな政府」だったような。
最近はさすがにアメリカでも一部のアメリカ人を除いて、そんなアホな言説には惑わされなくなったが
2008.11.09 18:30 URL | lakehill #- [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
2008.11.25 03:29 | # [ 編集 ]
>オバマ52%に対してマケイン47%(残り1%はその時点では未確定?)
残りの約1%はラルフ・ネーダーとかボブ・バーとか他の候補者の得票分です。
揚げ足取りのようで申し訳ないのですが、ずっと気になっていたもので、コメントさせていただきました。
2008.11.27 10:03 URL | Balloon #- [ 編集 ]
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