きまぐれな日々

一昨日のエントリ「植草元教授への謝罪」に対して、simanto114さんから、

kojitakenさん、お久しぶりです。

>「誹謗中傷」と言われても仕方ない記事にしてしまいました。

と言うことですが、あの程度の表現で、そんなに問題になるのでしょうかね?

私も、植草氏の言論・主張は基本的に、間違っては居ないと思いますが、全面的には支持できません。
その辺での、批判はあっても然り…と思うのですが、ある意味、植草氏の批判は「タブー」となっているのでしょうか?

なんか、ひっかかりましたので。

とのコメントをいただいた。

また、昨日のエントリ「「植草一秀さんを中心にした反自民の結集」には応じられない」に対して、名無しの方から

『非礼』をもって言葉を封じ込めていいのでしょうか?と言う思いが拭えないのですが?しかも、第三者が、インターネットのコミュニティで。

暗黙裡に『タブー』のようなものが形成されつつある(形成しようとしている?既にある?)ような気が(私も)します。該当のブログエントリを『非礼』だとも感じませんでした。

公開されてしまうと、なんだか後味のよくない状況ですが。これで終わりですか?メールなど、当事者間だけでのやりとりなら、別に構わないのですが。やり取りが公開されて、しかし成り行きそのものは批判を受けず、これで終わり、とされると、なんだか、その成り行きが既成化されてしまうような懸念があります。内容よりも、そのような雰囲気が懸念されます。

他方、数々の悪(政治の結果)は嫌です。立場を超えて皆で反対し、正して行くべきです。

とのコメントもいただいている。

以上は、一連の当ブログのエントリが、植草元教授への批判をタブー化する同調圧力を強める方向につながるのではないかとの批判だと思う。

だが、私は、『kojitakenの日記』の6月22日エントリ「植草元教授への疑念」の主張は取り下げていない。6月23日のエントリ「天下の経済学者なのだから、TBくらいしてきてほしいものだが...」のエントリ中にある、

植草元教授には、当ブログに言及するんだったらTBくらいしてきてほしいものだと思いますが、TBやコメントを受けつけないブログだから、まあしかたないか。

などの感情的な表現をしてしまったことについて謝罪したのだ。トラックバックくらいしてきてほしい、という表現は、どっかで大トラブルに発展してしまった件を思い出させるものだが、それを批判していた私自身が同じことをやってしまった。あの例におけると同様、私もまた感情的になっていたのだ。植草元教授にトラックバックを強要する権利など、私にはない。

さらに、昨日のエントリは植草さんの右派民族主義的傾向への批判を含むと私自身は考えている。

そもそも、最初の構想は、一昨日の謝罪エントリと、当ブログの立ち位置を明記した昨日のエントリをくっつけたエントリを公開する予定だった。しかし、それだと植草さんに謝罪しているのか植草さんを批判しているのかわからなくなってしまうので、けじめをつけるために謝罪文のエントリを独立させた次第だ。

『カナダde日本語』の管理人・美爾依さんから公開を勧められたから公開したような書き方をしてしまったのは、私の至らぬところだが、植草さんへの違和感とその理由の説明については、もともと公開するつもりだったことは申し添えておく。

さらに付け加えると、植草さんの主張する「独立自尊外交」は国際的孤立を招きかねず、それよりは従来の従米一辺倒を改めてアジア外交を重視する自民党の加藤紘一や福田首相の行き方のほうが理にかなっていると私は考えている。

政権交代後の政権は、民主党から新自由主義勢力を除いた勢力と社民党、国民新党、それに場合によっては自民党の加藤紘一や河野洋平らのリベラル派を加える形が良いのではないかと私は考えている。以前失敗した「自社さ」的発想ではあるのだが、当時と比較して新自由主義を見直す必要性が認識されてきた現在であれば、また違った形になるのではないかと思う。

それから、平和外交の政策をとることは絶対に譲れない一線であって、ともすればタカ派に傾きがちに決まっている「独立自尊外交」は私には支持できない。『世界』7月号の特集「対北朝鮮 いまこそ対話に動くとき」は、リベラル・左派にとっては必読だと思う。

とはいっても、当ブログは「私闘論理派」に属するので、植草元教授への批判を封じる同調圧力はあってはならないとは思うが、その抵抗力には限界がある。それに対しては、どしどし植草元教授なり当ブログをご批判いただければ、と思う次第である。ブログでの議論は、なかなか理想どおりにはいかず、「ネットでの言論は公論であるべきだ」と主張する人が、自らの支持者のおかしな言説に対しては全然批判しないどころか、それを庇い立てる実例を、「水伝騒動」で目の当たりにした。それが現実だ。

そんなわけで、私は自分なりのやり方で、今後もブログでの意見発信を続けていきたいと思う。


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それぞれの国(広域の地域社会)は利害が対立する存在です。

他国政府がその社会全体の利益を代表する理想的な政府だとしても、あるいは極一部の利益のみをために動く悪い政府だとしても、いずれにせよ他国政府は日本人の利益を優先する存在ではありません。

他国政府と日本人の利害の衝突はかならずあります。利害衝突をさけることは他国政府に屈従したことと同じです。

kojitaken氏は「排外」を嫌っていますが、「相互排外」こそが理想の国際関係だと思いますけどね。「相互排外」を言い換えると、他国を属国にもしないで、他国の属国にもならないということです。

日本が他国に対して「排外」であった方が良いし、同様に他国も日本に対して「排外」であったほうがいいです。

他国民が極端な親日であったり、あるいは無警戒であったりするのは良いこととはいえません。日本に対して「排外」しない国は、日本の中の不当な勢力によって搾取されます。私は親日を望みません。なぜなら他国の内情まで日本人が責任を負うことはできないからです。過剰な親日は日本にとって大きな負担です。「過剰な親日」は反日と同様に悪いことです。


2008.06.26 23:27 URL | ねこ #mQop/nM. [ 編集 ]

kojitakenさんは、神州の泉を見ているようです。

「国際協調」なるものが、詐欺師の鴨になるだけってのは、神州の泉を見るだけでも明白です。「排外」なくして、金融詐欺師をどうやって避けることができるのか・・。

食糧自給率を気にするのは「排外だから悪いことだ」と主張する連中も多いです。

確かに食糧自給率をあげるという主張は外国を信用しない主張であり「一種の排外」です。で、本当に外国を信用できるのですか?。

2008.06.27 07:28 URL | ねこ #mQop/nM. [ 編集 ]













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2008.06.27 10:13 | ジョディーは友達