きまぐれな日々

6月15日付エントリ「「左派と極右の共闘」は是か非か」に、junkoさんから長文のコメントをいただいた。

数日前の記事へのコメントは、通常、ほとんど読者の目に触れることはない。それではあまりにも惜しいので、新たなエントリを起こして紹介することにした。内容は、売れっ子の論客・佐藤優に対する批判である。このコメントについて、私ごときが注釈を加える資格はないのだが、読者の便宜のために、いくつかのリンクを追加させていただいた。

kojitakenさま

以前、魚住昭氏の本に関連して、佐藤優氏に対する批判めいたコメントを書かせていただきました[1]。kojitakenさんもたしか高橋哲哉著『靖国問題』にふれていらっしゃったことがあったと思いますが[2][3]、私が最初に佐藤氏に関心を、というより疑問をもったのは、実はこの本について佐藤氏が書いた「とても同意できない高橋哲哉著『靖国問題』の罠」(『正論』2005年9月号)を読んだときでした。
 高橋氏が「靖国の論理に取り込まれないためには、家族を失って悲しいのに、嬉しいと言わないこと。自然の感情に従って十分に悲しむこと。」と提言しているのに対し、佐藤氏は、「「悲しいのに嬉しいと言わない」、「十分に悲しむこと」、この倫理基準を守ることができるのは真に意志強固な人間だけだ。悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰は生まれるのであるし、文学も生まれるのだと思う」と反論していたのです。これに私は大変驚き、? 私どものような一般庶民に「戦死を喜べ」「国のために死ぬことを誇りとせよ」と強要しているに等しい、もしそれが言い過ぎならば、その強要まであと一歩の発言と感じられました。
?悲しみを喜びに変換することによって信仰や文学が生まれる、という発想は、私の想像と理解を超えています。たしかに靖国信仰は生まれるでしょう。喜ぶこと自体そうなのですから。でもその他にどんな信仰が生まれ得るのか。それにもまして、どんな文学が生まれるのか。実証もなしにこんなことをいうのは、単に靖国を賛美したいがための思いつきではないか、それは宗教や文学を舐めていることではないかと思ったのです。コンラッドの『闇の奥』の翻訳者であり、『闇の奥の奥』の著者である藤永茂氏(物理学者)はもう80歳を超えているはずですが、本日(6月19日)のブログに「小説を読む、文学作品を鑑賞する(appreciate)とはどういう事なのか、どういう精神的経験であるのか? コンラッドの『闇の奥』を読み返しながら、絶えず考えていますが、相変わらず、私には難問です。」「これについては、やがて、本気で書いてみるつもりです。」と述べています[4]。このような若々しく謙遜な発言に私は感動しますし、自然と尊敬の念が湧いてくるのをおぼえます。佐藤氏は信仰や文学についてご自身が大変な識見者のつもりでいるのでしょうが、上記の発言はいみじくもそうではないことを露呈していると思ったのです。
?佐藤氏は、中国人や韓国人が靖国を批判するのは、それぞれの物語があるのだから、それはそれで仕方がない。しかしロシア人やイスラエル人はそうではない(靖国を批判しない)と主張しています。彼らを靖国神社と遊就館に案内すると、「誰もが特攻機や人間魚雷「回天」の前で立ち止まり、涙を浮かべる」そうですが、このことが事実としても、ロシアやイスラエルは日本の侵略と植民地支配の当事者国ではないのですから、奇妙な論理展開だと思います。その後『国家と神とマルクス』では、高橋氏の「悲しいのに嬉しいと言わないこと」が実践できるのは選ばれた優れた人々だけだ、だから高橋さんの主張は選民思想で、左翼の「前衛」中心主義なのだ、といった見解を述べています。(荒唐無稽だと思いますが。)
この書評を読んだことで、私は佐藤氏に違和感を感じるようになったのです。これは直接的な政治ではありませんが(どちらかといえば私は政治が苦手なほうです)、広い意味では政治ですよね。戦前はともかく、戦後こういう人があちらでもこちらでも、あらゆるメディア媒体で賞賛されるというような現象はなかったと思います。新しい現象であることはたしかだと感じています。

2008.06.19 17:40 URL | junko



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http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200801230005o.nwc

「安倍氏には、よき副総理候補と
ペアになって
 再び総理の座を狙ってほしいと思う。
 安倍氏の活動が日本に本格的な
保守政治を根付かさせるために、
 これからも必要とされるからだ。」

今年の一月に投稿したエッセーの中で
佐藤優氏は上記の言葉で
結んでいましたね。

2008.06.20 13:52 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

安倍氏ですか、今更。
いくら何でも「あんなもの」にまだ微塵でも期待するというのは、現実が見えてないにも程があろうと思いますけどね。
官僚だったから、担げる神輿としてイメージづけられたら能力なんぞ要らないってご見識でしょうか。

自分の占有事項だった(過去形)拉致問題を違う方針で扱われそうになったもんだから、必死で文句つけていますけど、彼。

2008.06.20 22:12 URL | Gl17 #EBUSheBA [ 編集 ]













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