きまぐれな日々

このところ、時々妙なコメントをいただくようになった。

それは、よそさまのブログでの記事やコメントに対して批判的な意見を持った人が、当ブログ管理人に意見を求めてくる、というか批判を求めてくるコメントだ。

最近では、「カナダde日本語」「玄倉川の岸辺」 の記事やコメント欄でのやりとりについてそのような要求を受けたが、前者については実にくだらないコメントだったのでこれを承認せず削除した。ところが、呆れたことに当該コメンターは当ブログの論敵に当たるブログに当ブログ及び「カナダde日本語」にコメントしたことを報告し、悪口を言っていた。そのブログであっても当ブログであってもコメント欄まで目を通す読者数はきわめて少ないと思う。言いたいことがあってそれを世に発信したいんだったら、ブログを開設して堂々と他ブログを批判するなりすれば良いと思うのだろうが、なぜそうしないのだろうか。実に不思議だ。

当ブログがコメント欄をコメンターとの議論の場とはしないのも、エントリ本文の読者と比較して、コメント欄の読者数がきわめて少ないからだ。それに、立場の異なる論者との論争は、議論が平行線をたどることが多い。それよりは、お互いがそれぞれのブログで別々の主張をして、読者に比較対照してもらえば良いのではないかと考えている。

「玄倉川の岸辺」のコメント欄でのやり取りについて批判を求められた件については、5月29日のエントリ "十年や二十年では変わらないコミュニケーションのあり方" のコメント欄にやりとりが残っている(下記URL以下)。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-645.html#comment3479

このコメント欄では例外的に私が答えたのだが、質問者が最後にはわけのわからないことを書くに至った、コメント禁止を言い渡した。その後、質問者が玄倉川さんと私を取り違えてしまっていたと謝罪してきたので、コメント禁止は解除したいと思うが、ブロガーとの議論を第三者のブログのコメント欄で展開しようというのも私には理解不能だ。やはりブログを開設して堂々と意見を主張されることをおすすめしたい。

最後に、これまでにも何度か書いた「上から目線」批判についてだが、そもそも「批判」とは、広辞苑(第5版)には

人物・行為・判断・学説・作品などの価値・能力・正当性・妥当性などを評価すること。否定的内容のものをいう場合が多い。

と書かれている。

「批判」を行うためには俯瞰と細部の検証の二つが必要なので、必然的に「上から視線」になる。つまり、ある言説を「上から目線」だと批判する言説は、それ自体が「上から目線」になっていて、批判が自己矛盾しているのだ。

結論は、「上から目線」大いに結構ということで、以前からもそうだったが、今後も大手を振って「上から目線」の物言いを続けていこうと思う今日この頃だ(笑)。


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kojitaken様

非自民のブロガーの対立を煽る人がいるようですね。

現在の野党は、保守系の平沼氏、国民新党から革新系の共産党、社民党まで幅広いですからねえ。このブログの管理人の方のような影響力ある保守系の方とやはり影響力ある革新系のブロガーの対立を煽りたい人がいるんじゃないのですかねえ。
以前、さとうしゅういちさんがmixiで、ネットウヨの分かり易い分類をしておりましたが、明らかに某与党職員の方が対立を煽る書き込みをしているような気がします^^。単に人の意見に乗っかってしか批判を言えない類の人もいると思いますが。

2008.06.03 17:18 URL | しっくい #TY.N/4k. [ 編集 ]

私はコメント欄も注意深く見ているのですが、エントリーの内容から外れている議論(に値しない叩きあい)が多い考えます。

批判が許されるとすれば、管理人さんの主張に対して批判すべきであって(それすら失礼だと考えますが)、自分の意見への同調を求めたり、他人の意見についてコメントを求めるのは慎むのが読者のマナーかと感じます。

ブログは私もやっていますが、他人に見て貰うことはあまり考えていません。自分の思考の変遷を確認する為に書いています。

『主張したいことは自分のブログで』というのは賛成です。

2008.06.04 00:11 URL | 葉隠 #CRmGiUQU [ 編集 ]

ということは、kojitakenさんの意見について、大筋は賛成だがある部分は疑義があるという人も、ブログをわざわざ開かないといけないということですね。後、「批判」について広辞苑を引用されておりますが、あの定義からどうやって「上から目線」が導かれるのかについて、具体的な指摘がなされていないように思われます。たしか御自身を「理系」と仰っていたので、理系の方々ではそれで良いのかもしれませんね。「批判」という単語は政治の世界では頻出ですので、「それぞれのブログ」で定義なされると良いと思いますよ。因みにこのコメントは「上から目線」ではしておりません、悪しからず。

2008.06.04 02:02 URL | フラット #- [ 編集 ]

>「批判」を行うためには俯瞰と細部の検証>の二つが必要なので、
>必然的に「上から視線」になる。
>つまり、ある言説を「上から目線」だと
>批判する言説は、
>それ自体が「上から目線」になっていて、
>批判が自己矛盾しているのだ。

批判において、上から目線が必然になるとのことですが、
必ずしもそうはならないと思いますよ。

小田実は、鳥瞰図、ならぬ虫瞰図という
造語でこのことを
語っておられましたね。
高いところから対象を見下ろすのではなく、
自分は、地べたを這いつくばって
生きている虫のように、
底辺の側に立って、小さきものの視点から、
そこから世界を 現実を見ようとする。
そうじゃなきゃ、
本当の姿は見えないんだと。

2008.06.04 17:45 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

このコメントは管理者の承認待ちです

2008.06.05 13:23  | # [ 編集 ]

私はテレビタックルはくだらん番組だと思うのでnhkのニュースを見ることにしている。あの番組は上から目線で野党を見ているのが実に腹だたしい。
パックインジャーナルは好きな番組。反権力、現政権を的確に批判している愛川きんや氏の発言を聞いていると「よくぞ言ってくれました」と胸のすく思いだ。
しかし、テレビタックルに拍手をおくり、愛川きんやに「弱者の愚痴」と評価をくだすおめでたい日本人は結構いるんだなあ、これが。
私は変わっているのかな、と思ってもみるが
「いいや違う、変人で結構」と3秒後には正しい人になるのだ

2008.06.06 23:09 URL | きまぐれ #- [ 編集 ]

コメントありがとうございます。

リンク先は修正しました。お手を煩わせて申し訳ありません。

さて、コメント頂いた部分は若干の論点のズレを感じないわけでもありませんが、コメント欄での議論は望んでおられないようですので、対立点の確認だけ。

まず、
「批判をする上で、俯瞰的に論を眺める必要がある」については双方同意。

その上で、
「他者の論を批判する上でも、俯瞰的な視点から行う必要がある」(kojitakenさん)
「他者の論を批判する上では、俯瞰的な視点からではなく、特定の視座に立脚して行う必要がある」(quine10)

ということでよろしいでしょうか?

またいずれ批判のあり方についてエントリーを上げようと思っています。
その時はTBしますので、またコメントでも頂ければと存じます。

では失礼します。

2008.06.12 18:37 URL | quine10 #- [ 編集 ]

quine10さん、

コメントどうもありがとうございます。

> 「他者の論を批判する上でも、俯瞰的な視点から行う必要がある」(kojitakenさん)
「他者の論を批判する上では、俯瞰的な視点からではなく、特定の視座に立脚して行う必要がある」(quine10)
>
> ということでよろしいでしょうか?

残念ながら誤読です。

私は、

> 「批判」を行うためには俯瞰と細部の検証の二つが必要

と書きました。

「俯瞰」を行う時には「上から目線」ですが、「細部の検証」を行う時は、近接した視点から対象を見ることになります。仮説を具体的に検証するときに俯瞰的に一般論を述べる馬鹿はいません。

それが、quine10さんのブログのコメント欄に "Think globally, act locally" と書いた私の本意です。

これは、quine10さんの主張する方法論と全然変わらないんじゃないかと思うんですが、違いますか?

2008.06.12 20:33 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]













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