きまぐれな日々

一昨日のエントリ "十年や二十年では変わらないコミュニケーションのあり方" に、apjさんからコメントをいただいた。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-645.html#comment3478

まず前半部分。

>fjを経験してきた私たちは、(政治系ブログの人たちなんかと比べて)一段上のステージに達しているんだ」という自負を感じた。

 この部分が事実誤認だから(∵ステージといったものは存在しないし上下と呼べるものもない)、

>だが、本当にそうか。

 の問いは意味がないと思う。

 水伝を安易に信じることの是非を論じるという範囲で閉じる筈の議論が閉じていない上に終わらないのは
・書かれていないことを(双方が)読む
・論を個人に引き寄せて(双方が)解釈する
といったことを続けているからだろうという話をしただけで。

(apjさんのコメントより)


とのことだ。

前提が誤りだから、それ以後の文章に意味がないと仰るなら、その通りとお答えするしかない。一昨日のエントリは、印象批評というか「想像でものを書いた」文章だからだ。

なぜそんなことをしたかというと、「玄倉川の岸辺」のエントリ "「私闘」という言葉" で、下記のpoohさんのコメントを読んだからだ。

私怨かどうかは知りませんが、ぼくはたんぽぽさんの「私闘」と云う言葉を、「動機も成果も自分個人に帰属するもの」と読みました。つまるところそれは「勝敗と云う結果に向かうもの」と云うこととして捉えています。

それはそれでかまわないのです。ぼくはごく最初の時点でその私闘に与しないことを表明し、「好意的でない」との評価をいただきました。その後も直接の批判を行いました。そのあたりの当否は、読むひとが判断することです(まぁ結果は袋だたきですが、それは甘受すべきことでしょう)。

不思議なのは、彼女に対するその種の批判に、彼女に対して「好意的」な論者が露払いの如く登場して論陣を張り、その後で彼女が敷かれたレッドカーペットの上を登場してそれらの論陣に立脚した議論を展開する、と云う構図が成立してしまっていることです。

ぼくみたいに恒常的に罵倒され、軽侮されている論者はまぁそれでもなんとかなりますが、そうじゃない方はこの構図だけで潰れます。潰れた、と云うことは論が正当じゃなかった、覚悟が足りなかった、と云うことで片付き、それで終わりです。私闘は勝利、でしょう。

(「玄倉川の岸辺」へのpoohさんのコメントより)


このコメントの後半部分は、印象批評ではないか、想像でものを言っているのではないかと思ったので、こちらも印象批評を行ない、想像でものを言った次第だ。apjさんについてはそれは当てはまらないとのことだから、それについては了承したい。

但し、一昨日のエントリで書いた私の印象は、apjさんのエントリについたはてなブックマーク
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=9655
のコメントのいくつかや、出典は明示しないがいくつかのブログのコメント欄でなされていた議論に由来している。

また、不本意ながら(注)「政治ブログ」の世界に身を置く者として認めざるを得ないのは、「書かれてもいないことを勝手に読み取る」ことは政治ブログの世界では日常茶飯事だということだ。正月以来の「遅れてきた水伝騒動」では、現在「共感派」と仮称されている側(当初たんぽぽさんから批判を受けた側)によって、ありもしない謝罪要求がでっち上げられたし、「批判派」(「共感派」によって「論理派」とも名づけられたが、私はこの名称が適切であるとは思わない)は「解同」(部落解放同盟)だの「連合赤軍みたい」だの「ソーカルト」(「創価学会」と「カルト」を複合させた造語)だのと誹謗されてきた。もちろん、こちら側からも「書かれていないことを読み取った」例があるとは思うが、「共感派」による例よりはずっと少ないはずだ。

思い込みによる誹謗中傷は政治ブログの世界の特徴ともいえるかと思う。また、イデオロギーに固執しやすいとか、ポピュリズムが蔓延しやすいなど、政治ブログの言論が普遍性を獲得するために解決しなければならない課題は山積している。

つまり、政治ブログの言論は未成熟であると言う認識が私にはあり、それが上記のような印象批評につながったものだ。つまり、政治ブログの言論を「下」に見る意識は、私自身にあった。だからこそ、あのようなひがみっぽい印象批評になった、とは正直に認めなければならない。

ところで、apjさんのコメントの核心は、その後半部分だろうと思う。

 で、ちょっと教えていただきたいのですけど。

>だが、人間を切り離しての議論などできない、それが「政治批判系」の「水伝」批判派の何人かの主張だし、それには当ブログも賛成だ。

 なぜ、この制約条件をわざわざ課すんですか?人間を切り離した方が議論は自由になると思うのですが。この制約条件を課した場合に得られるメリットは何ですか?
 普段、ニセ科学批判をしている側から見ると、さっさと終わる筈の水伝騒動が、こちらでは元の水伝を離れて延々続いていて、しかも議論している対象への理解が深まったという形跡もないのを見ると、人間を切り離さない議論をする利点が見当たらないのですが。

(apjさんのコメントより)


「議論している対象への理解が深まったという形跡もない」と書かれていることから伺われるように、apjさんは「水伝問題」を念頭に置かれていることと思う。

そもそもの騒動が、「水からの伝言」を肯定的に取り上げたブログに対する批判に端を発している以上、それは当然の姿勢ともいえるが、私が「人間を切り離しての議論などできない」と主張する時に念頭に置いているのは政治のことだ。

政治とは何ぞや、というとさまざまな定義があるが、どの定義によっても人間と関係づけられている。すなわち、政治を人間を切り離して論じることはできない、ただそれだけの話だ。政治は極端な例かもしれないが、人文・社会に多少なりともかかわりのあるどんな分野でも、人間を切り離した議論は不可能だというのが私の認識だ。

わかりやすいたとえ話をすると、選挙で選ばれるのは候補者、すなわち人間だ。選挙において各政党は「マニフェスト」を発表する。しかし、多くの場合、選挙後にその公約は平気で反故にされる。政治を論じる際、「郵政総選挙」に圧勝したあとのコイズミはどんな政策をとるか、「国民の生活が第一」と訴えて参院選に圧勝したあとの小沢一郎はどのような行動をとるか、それは本当に国民の生活のためになるのか、極右の平沼赳夫などと結びついて国民を不幸にする方向に走ったりしないか、などということを予測し見極めて、彼らがあらぬ方向に突っ走ろうとした時にすかさず声をあげなければならない。その際、人間について考察することは不可避だ。そして、その考察の対象はブログ間で論争になった場合は相手方のブロガーに及ぶことも止むを得ないと私は考える。

つまり、「人間を切り離さないと言う制約条件を課した場合に得られるメリット」というよりは、否応なしに「人間を切り離さないわけにはいかない」宿命を、現実の政治を語る者は持っていると思う。

属人的議論は、論者に予断を与えてしまうというデメリットはよく指摘される。それは論者が十分心しなければならないことだ。だが、私は安倍政権を批判して昨年の総選挙では民主党を筆頭とする野党を応援する論陣を張っていたにもかかわらず、昨年秋の「大連立」騒動の際には、参院選の時に応援していた民主党の小沢一郎代表を批判する論陣を張った。その際、読者によっては「大連立」の仕掛け人と言われたナベツネ(渡邉恒雄)を私が弁護しているように読める文章があったらしい(これのことかなあ?)。つまり、私自身は、誰が発話したかということより、どのような発話であるかを重視して議論しているつもりだ。しかし、その一方で、誰の発話であるかということも考察から絶対に抜かしてはならないと考える。そのバランスが大事なのだ。

ちなみに大連立騒動の時は、当ブログのような主張は、民主党支持の多いこの界隈では少数派だった。「水伝騒動」における「共感派」の取り巻きのブログのコメント欄などを見ると、「kojitakenは大連立の時に小沢一郎を批判し、ナベツネを弁護していて、何を考えるんだと思った」と悪口を言っている者があった。これは、属人的考え方にのみとらわれすぎた悪例であって、われわれは属人的議論の問題点を十分に踏まえた上で議論しなければならない。しかし、政治というものの性質上、人間を切り離した議論はそもそも不可能なのだ。

なお、今回の議論については、本エントリで締めくくりにしたい。正直いって、かなり消耗してしまった。


(注) 「不本意ながら政治ブログの世界に身を置く」と書いたのは、3年前の「郵政総選挙」の結果および当時次期首相就任確実といわれていた安倍晋三の危険な体質に危機感を持ち、微力ながら現在の政治のあり方に異議を唱えるブログを立ち上げるしかないと思ったからだ。つまり、私が政治ブログを開設した動機は、安倍晋三という人間の属人的性質と強く関係する。
ブログを開設した最初の年には、政治思想や経済学を専門に勉強したわけでもない人間の書くこんなブログなど早々と押しのけられるだろうと予想していたのだが、そうはなっていない。嘆かわしい限りだ。
早くブログで好きなことだけを書ける時代が到来しないものか、それを願う今日この頃だ。


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apjさんには普段の政治の話題のときに
出てきて意見をいってもらいたいなと
思います。

科学者の方ってなぜか
ニセ科学がからむような
話題のときにしかここには来ない。笑。
他の方は知りませんがapjさんは
政治に無関心ではなさそうだけど。

2008.05.31 23:47 URL | JMaEND #RpRZ5X7E [ 編集 ]

「政治を論じる時に人間を切り離せないワケ」
うーむそういうことでしたか。限定句を後からつけるのは後だしでずるい??という気もしないでもないですが、十分に議論を熟成させるためにkojitakenさん的に必要だったんでしょうか…。
前のエントリには私もハテナ?があったので、今回のエントリでかなり納得できました。

私はずかしながらこれまでの人生ちっとも選挙に赴かず、なかなか政治に興味が持てなかったのですが、安部政権のときに疑問を感じ、少しずつ政治に興味を持ち始めたところです。

ぜひ今後はkojitakenさんの本来の興味の赴くままに書いて欲しいです。

2008.06.01 17:03 URL | alice #9fzzMrak [ 編集 ]

「属人的議論」が必要な例として、わかりやすい(?)ものに、
こないだお話した、9.11同時テロ自作自演説があると思います。
これを、本国のアメリカ人が言うか、外国人である日本人が言うかで、
意味合いが変わってくる、ということだけど。
http://taraxacum.seesaa.net/article/97074952.html
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/4466588.html

それで、日本の平和運度が、9.11陰謀論になびくと、
意識せずして、アラブ・イスラムの視点を無視してしまう事態が、
問題視されることになるんだけど、これは「属人的議論」を
排していては、絶対に出て来ない論点でしょうね...

2008.06.09 22:46 URL | たんぽぽ #ZiqE0vWU [ 編集 ]

 下記のような文章を読みました。apjのことは打ち切りにしたいそうですが。まあお読みください。

 >掲載すると都合の悪い内容は闇に葬られるというように思えてならない

 そりゃあ仕方ないでしょう。新聞だってそれなりの主張もあるし、紙面の制約もありますから、新聞の主張に沿う投稿を採用することは当たり前。

 ブログのコメントだって、管理人の主張とは著しく異なるコメントなどは仮に掲載されても削除される事はまあまるし、ひどい場合にはそのブログを読む事を禁止することさえありますから。

 例えば、apjというHNを使っている山形大学自然科学系准教授の何とか優子というお博士様は、私が第三者のブログにコメントしたらそこに勝手に割り込んできて、釣れたとか釣ったとか言い出し、それに私が文句をつけてapjのブログにコメントを書いたら、たちどころにアクセス禁止にされました。

まあ、何の得にもならない(有名にはなるだろうが)悪徳水商売撲滅に孤軍奮闘努力している事は大いに評価しますが、何の利害関係も無い私を誹謗中傷し、それに文句をつけたら、後々のために証拠として取っておくというようなことをほざいて、アクセス禁止(仕方ないので私もあく禁されるまでの投稿文を全部ちゃんと保存しています)。裁判をいくつも歩やりになっているようで、何か問題になりそうな気がすると、条件反射的に証拠保全するという気の回りようは悲しいね。

 よっぽど    なのかなあ。お可哀そう。写真で見るとまあ10人並みの容貌で、かなりのお年ときちゃあ、やたらと八つ当たりしたくなるのも仕方ないか。

2010.06.22 22:37 URL | 新井 #mQop/nM. [ 編集 ]













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東京大学五月祭「護憲×改憲 徹底討論映像
東京大学五月祭の憲法論議についてはすでに詳しく記した。 その内容がオーマイニュースにも掲載された。

2008.06.01 01:02 | 大津留公彦のブログ2

よき友人が欲しければよき友人になること
ネトウヨのブログというそのまま名前が右翼のブログにクラスター爆弾禁止条約についてのこんな記事があった

2008.06.05 23:36 | 大津留公彦のブログ2

あいさつと整理整頓
長沼健さんが亡くなった。 日本のサッカーをここまでしたのは長沼健さんでしょう。

2008.06.07 01:34 | 大津留公彦のブログ2

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後期高齢者問題への批判が主因なのは間違いないだろう。 ハマコーのCMも野党の支援になったのではないかな・・・

2008.06.10 00:24 | 大津留公彦のブログ2

「ネトウヨのブログ」さんへ
私はあなたの記事のトーンを少し評価しています。 しかし記事の内容には全く賛同できません。

2008.06.10 23:04 | 大津留公彦のブログ2