きまぐれな日々

昨日のエントリに、秀太郎さんとみちるさんからそれぞれ長文のコメントをいただいた。ブログ管理人としてはありがたい限りである。

秀太郎さんのコメント
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-507.html#comment2314

みちるさんのコメント
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-507.html#comment2315

みちるさんのコメントを、以下に再掲する。

kojitaken様、昨日コメントさせていただいたみちるです。
御丁寧なコメント返しを頂き、恐縮です。「あんなこと書くんじゃなかった」と後悔していたので、感謝と恐縮でいっぱいです。

>当ブログは「庶民」を切り捨てるのではなく、ああでもない、こうでもないと考えながら仮設を立て、それが現実に合っているかを検証し、仮説に修正を加えていくという方法論を取っている。これは、自然科学、社会・人文科学を問わず、オーソドックスなアプローチだと考えている。決して庶民を切り捨てるなどという考え方をしているわけではない

kojitaken様のブログの趣旨を拝見し、改めて仮説も現実もよく分かっていないのに浅はかな書き込みをしたことを恥ずかしく思いました。それなのに、丁寧なコメントを返していただき、お心遣いとお手間をとらせてしまったことを申し訳なく思います。

kojitaken様のブログを読むようになったのは、政治を知りたいけどどうすればいいか分からず、とりあえずネット検索で「政治 ブログ」と入力したら、色んなランキングが出て来て、そこからだったと思います。ホントのドシロウトの自分が読むには高度だと思ったけど、興味深く思え、今まで勉強させていただきました。

昨日、あんな感情的なコメントを書いてしまったのは、昨日のkojitaken様の記事を読んだ時、ちょうど「やっぱ自民党じゃなきゃダメだ」とすぐに言うおじいちゃんと3時間お留守番をした後だったからです。子どもが同じ保育園に通っているママ友達のお舅さん(酒屋さん/骨折中)です。「なんで自民党?」というと「他のはダメだ」と言うので「民主党は?」と聞いたら「あんなん、ワケ分からん」、「共産党は?」「冗談じゃない、客来んようになるわ」、「社民党は?」「社会党?まだあったんかい」、という感じで、公明党、と言おうとしたら手首を叩かれました。あまりに地域に多すぎて口に出すと差し障りがあるようでした。

「選挙どうしよう、悩むね」と話したのはそのママ友の彼女だったのですが、彼女は結局、当日おじいちゃんの具合が悪く投票に行けませんでした。みんな行けないのです。事情があって。「そこまでして投票に、、、」という感じです。でも行かなきゃ、と思うのですが、何て言えばいいのか。「新自由主義についてどう思う?」とは言えないです。それが諸悪の根源じゃないか、とkojitaken様のブログなどで薄々思うようにはなりましたが、話しても通じないどころかドン引きされるに違いないです。

皆、自分が具合悪くても病院にもいかず働いてます、でも不安でいっぱいです。ママ友の彼女には「貧乏ヒマ無しなのにもう一人できちゃった」のこの前言われました。おめでとう、と言いたかったのになんか泣けそうになってしまいました。後頭部にすごい白髪が見えて、美人なのに。保育園のクラスの半分近くが母子(父子)家庭です。補助金のカットや、都加算補助のカットで、ますます苦しく、鬱病になって薬もらってる、と聞いたママ友もいます。その家の子は夕方になると泣くのでどうしたのと聞いたら「ママが死んじゃうんじゃないかこわいの」と言いました。なんでみんなこんなに不安な思いをしなきゃならないのか。

平日も仕事で期日前投票もままなりません。当日だって行けなかったり、そもそも「投票したってなんになる」とやっぱり皆思ってるみたいです。保育園の民営化をやめて(すごく事故が多いし)、と市に陳情に行ったら、市長には会えなくて嫌々出て来たみたいな児童課の課長がバカにしきって対応してくれました。母親ばっかりだったから。まあ、父親は仕事で忙しくて平日に市役所になんか行けないのですが。母子家庭のママ友も「私みたいなのが何か言ったら補助無くされちゃうかも」と怖がって陳情には参加しません。

みんな庶民です。会えば明るく挨拶しますが、一皮めくると不安でいっぱい、という人が多くて、自分もそうです。毎日疲れきって深夜に帰ってくる夫に「政治どう思う」と吹っかける気には到底なれません。在宅で仕事してネットする機会のある自分が少しでも勉強してパイプ役になれれば、と思うのですが、難しくて。でも、やらなきゃ、と思っている時「やっぱ自民党」という何を言ってもムダなおじいちゃんと話して疲れた後にkojitaken様のブログで「「庶民的」とか「庶民の感覚」っていったい何なのか」と書いてあるのを読んで思わずグサッときてしまい、ついあんな書き込みをしてしまいました。今は、自分がkojitaken様のブログの趣旨を理解していなかったことを分かって反省しております。申し訳ありませんでした。

庶民の私は、「大連立」って結局どういうことなのかもよく分かりません。全部まとめて自民党なんてイヤ、という気持ちと、でも「皆がダメと言うから大連立は無し、残念だが」という小沢さんに、イヤと言ったらやめてくれる人なら、なんでも強行採決してた前の安倍首相とかよりマシなんじゃ、、、というわずかな希望を感じるくらいです。とにかく、もうこれ以上ひどいことをしないでほしい、という気持ちでいっぱいです。子ども育てられない。こんなじゃ。


またしても長くなり、申し訳ありません。これからは、またROMのみの一読者に戻ります。今後もkojitaken様のご活躍をお祈りしています。

(みちるさんのコメント)

「でも、やらなきゃ、と思っている時「やっぱ自民党」という何を言ってもムダなおじいちゃんと話して疲れた後にkojitaken様のブログで「「庶民的」とか「庶民の感覚」っていったい何なのか」と書いてあるのを読んで思わずグサッときてしまい、ついあんな書き込みをしてしまいました。」とのことで、これに関しては誠に申し訳なく思う。

実は、この部分は、ブロガーに向けて書いた表現である。「庶民の感覚で」という言葉で、自らの不勉強を正当化してしまう程度の低い言論が幅を利かせている政治ブログの世界に苛立って、このような表現を使ったものだ。誤解を与えて、みちるさんを傷つけてしまったのは、もちろん管理人の不徳のいたすところである。心からお詫びしたい。

ところで、ワーキングプアという言葉が昨年あたりから言われるようになったが、私自身もごく最近、ワーキングプアに分類される方が起こした悲しいできごとに接する機会があった。さかのぼれば、過労死や働き過ぎによって心身の健康を損ねた例、さらにはリストラなどの現場を長年目の当たりにしてきたし、私自身も、おそらくは過労が一因となった大病を患って、手術および1か月あまりの入院を経験したこともある。

だが、悲しいかな多くの人々はそういった境遇に耐えて生きている。一方私自身は、幸運なことにブログを書く時間を持っている。前にも書いたように、私は子供の頃から政治に興味があり、1979?82年にサッチャー政権、レーガン政権、それに中曽根康弘政権が相次いで発足した当初から、彼らに対してネガティブだった。彼らはいずれも経済右派であると同時に思想右派でもあった。当時はまだ新自由主義とか市場原理主義という言い方は一般的ではなかったが、みちるさんのおっしゃる「それ(新自由主義)が諸悪の根源じゃないか」という結論に私が達したのは比較的早く、うすうすと感じていたのは80年代からで、90年代の後半にははっきりと意識していた。

新自由主義の弊害は、一部の業種では早くから出ていたのだが、それを極端に推し進めるコイズミ政権が、巧みな演出によって、自らが「改革者」であるかのごときイメージを大衆に植えつけ、大衆がそれを支持してしまったのは悪夢以外のなにものでもなかった。コイズミカイカクの結果、新自由主義は日本中をむしばみ、国民生活はガタガタにされてしまったのである。

新自由主義を蔓延させたのは、ポピュリズム(大衆迎合主義)とプロパガンダ(国策宣伝)である。だから、それを撃つ側がポピュリズムに走ってはならない。それは、コイズミをのさばらせてしまった反省から強く思うことである。ところが、ネット右翼系、リベラル・左派系を問わず、ポピュリズムに走りたがるブログが後を絶たない。それを私は厳しく批判しているわけである。

中でも、勉強するのが面倒で安易なポピュリズムに走りたがるのを、「庶民的」という言葉に置き換えて自らを正当化することは最悪である。厳しい日々を乗り切るのに精一杯の国民には、確かに勉強している暇もないかもしれないが、ブログを書く時間を持っている人間が勉強する暇がないなどということはあり得ない。トラックバックやコメントを返したり、アクセス数を稼ぐための新しいテクニックを覚えるのに忙しくて勉強をしている暇がないなどというのは本末転倒であり、そんな状態だったら政治ブログの運営なんか止めるべきだ。

とにかく、自らの意見を世に問おうという人間なら、それなりの厳しさを自分にも課さなければならない。それがあって初めて、勤労感謝の日くらいは心も身体も休める資格が生まれると思う今日この頃である。


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初めまして、何度かTBを送らせて戴いた黒猫亭と申します。kojitakenさんのブログは硬直的なスローガン一辺倒ではなく、情勢に応じて持論を身軽に修正されることもある辺りが信用出来ると思いますので、政治ネタを書く際にいつも参考にさせて戴いています。

一般人の一ブロガーの身で、必要な情報が必要なタイミングですべて入手出来るわけはないですから、新たな局面で適宜状況判断が変わるのは寧ろ当然ではないかと思いますので、どんなことが起こっても主張の内容が変わらないブログのほうが「どうなんだろう」と思うことがあります。ここ数日の、小沢や民主党を巡るご意見の揺らぎは、その意味で誠実に記事を書いておられると思えて興味深く拝読させて戴きました。

オレのブログは元々政治専門のブログではないので、こちらにコメントするのも筋違いかとも思いますが、オレが時々政治の話を書くのは過日の郵政選挙の苦い経験が忘れられないからで、言うべきことを言うべきタイミングでキチンと言うことが重要だと考えるからです。あの当時はブログを持っていませんでしたから、公的な場で意見を言わなかったというのは当然ですが、ではチャットや掲示板や現実生活の範囲内でちゃんと小泉政治に警戒すべきだという意見を発信していたかと言えば、可能な限り言葉を尽くしていなかったという反省があります。

そちらに比べるとオレのブログのアクセスなど知れたものですが、その範囲内でも伝えるべきことがあると思いますし、少ないながらオレの意見に耳を傾けようとして下さる方々に、政治については門外漢だからという理由でそれを控えるのも一人の社会人として違うんではないかなと思います。

ただ、普通一般に言う政治ブログと距離を感じるのは、オレがブログを公開する動機が合目的的な何らかの活動の為ではないからです。たとえば安倍晋三を辞任に追い込む、たとえば自民党政権を打倒する、その目的を実現する為の合目的的な言論を展開することが動機ではなく、オレという一ブロガーが、安倍晋三の政治をどう評価するのか、現在の自民党政治の何処がまずいと考えるのか、それを表明する言説を発信したい。

たとえば福田政権を打倒するという現実的な目的の為の言説においては、福田康夫に対して肯定的な評価を下すことは「不利」ですよね。だから、内心この人は割と有能でいい人なんではないかと思っていても鬼畜な悪党のように罵る。それは一種、小さな嘘を吐いていることになるんではないかと思うんですよ。福田康夫が悪い人間だからそいつのやることは悪いことなんだ、もしくはやってることが悪いことなんだから福田康夫は悪い人間なんだ、という持ち合いのロジックは、小泉純一郎は正義の味方だから構造改革は正義なんだというロジックと原理は同一で、いわば情報戦の範疇の事柄です。如何に福田政権を打倒したくても、オレという個人はその種の嘘は吐きたくないわけです。

TBPの活動も有意義だとは思いますが、ブログ言論の糾合それ自体が社会を動かして自民党政治を打倒するという青写真をリアルなものだとは思えないのですね。ブログというのはそこまで現実社会に影響力のあるツールではないと思いますが、それでも相応の影響力があるのであって、そのブログの記事を読んだ人間の現状判断に対して間違いなく大きな影響力を持っている。オレという個人は、そのような節度において自分の言説を捉えています。

kojitakenさんが仰るように、政治的言説は不特定多数の意志統一の為のスローガンと化した瞬間に正義としては胡乱なものにならざるを得ない。それは目的達成の為の規範でしかないわけですから、そのスローガンが目指す大同目的が妥当なものであるという前提においてしか成り立たないものです。だとすれば、スローガンを連呼して意見を付すという形でブログを書くことは、但し書き附きの投票用紙と同義になってしまうのではないかと思います。それが悪いということではないですが、ブログにはもう少し違う可能性があるのではないかとオレは思います。

ご紹介のあったみちるさんと同様、行き当たりバッタリに他人様に意見しても聞き入れてもらえるとは限りませんが、ブログで纏まった意見を公開することで、それを読んだ不特定多数の人間のうちの誰か一人でも意見を変えて下さるかもしれない。他人様の意見を変えるということは本当は物凄く大変なことですが、ブログにはそのような力があるのだと思います。草の根民主主義的に言えば、一人の人間が言葉によってもう一人の他人の意見を変えることが出来る、それだけでも凄いことなんではないでしょうか。

一人の人間がもう一人の人間を誠実に説得することの意義を否定したら、民主主義というのは意味がなくなると思うのですよ。そうでなければ、物凄い数の人間の意見を自由に操縦出来た小泉純一郎は物凄く偉いということになってしまいます。

おそらく、アクセス数の規模が大きなところにはその影響力なりの責任として合目的性というものが求められるのかもしれませんし、オレのところのように少ないところは少ないなりに、個としての誠実な言説を心懸けるのが相応かと思います。少なくともオレは、マジョリティを糾合する為のスピーディーなツールという側面だけを重視してブログを書いているわけではなく、有象無象の個人による床屋政談であろうとも意見を公開し得る、個が全体に対してハンディなく情報を発信し得る公正なツールとしての側面を重視して政治的な見解を書いています。

それでは、長文失礼いたしました。

2007.11.23 15:26 URL | 黒猫亭 #pSJ6Fihk [ 編集 ]

>ネット右翼系、リベラル・左派系を問わず、
>ポピュリズムに走りたがるブログが後を絶たない。

じつは、ずっと前から、そういう状況だったようで、
10年くらい前から問題視している人も、いたりするんですよね...
http://members.at.infoseek.co.jp/toumyoujisourin/jiten-hujioka.htm

藤岡信勝氏が話題の中心なので、「転向」批判とか、
「つくる会」批判とかに、関心が集中してしまいがちだけど、
いちばん言わんとしているのは、「ミギもヒダリもみんな、
ポピュリズムに走りたがる」だと思います。

わたしは、すごい興味を惹いたので、思わずくりかえし読んだし、
自分でも、前にこんなのを書いてみたんだけど...
(ぴんと来ないのか、あまり読んでもらえなかったりする...)
http://taraxacum.hp.infoseek.co.jp/teardrops/pseudo/planet.html

いずれにしても、1990年代でこの調子ですから、
2000年代の「郵政選挙」は、なるべくしてなったとも言えるでしょう。

2007.11.23 15:45 URL | たんぽぽ #ZiqE0vWU [ 編集 ]













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