きまぐれな日々

待望の逮捕だったといえなくもない。

だが、現実に村上世彰が逮捕されてみると、なんとも気分が重い。

専門家が見れば一目瞭然だと思うが、私は経済についても金融についてもズブの素人である。
ただ、本来ハイリスクが伴うはずのハイリターンを、村上ファンドがあげ続けてきたとされていることが信用できなかっただけだ。

村上ファンドの実績が仮にフェアな手段で行われてきたと仮定したら、それは、たとえてみれば、室温で放置されたコップの中の水が、勝手に沸騰するくらいの確率でしか起こり得ないものではないか。

このようなことが起きる確率は、「数学的にはゼロではないが、物理学的にはゼロである」とされる(確率があまりに小さく、現実には起こり得ないという意味)。

同様に、金融の理論からも、村上ファンドの実績は説明できないのではなかろうか。

以上から導かれる結論はただ一つ。村上ファンドは、ずっと不法行為を繰り返してきたということだ。実に素朴な推論である。

これも、金融のど素人の勝手な思いこみかも知れず申し訳ないが、ヘッジ・ファンドとは、本来、投資に伴うリスクをできるだけ回避する(=ヘッジ)ファンド、という意味なのではないか。
インサイダー取引をして、不法なリターンをあげるファンドではないはずだ。

それが、どう考えても不法な行為をしているとしか思われない運用実績をあげ、それに巨額の資金をつぎ込む出資者がいる。
理念と現実のこれほどの乖離はないのではなかろうか。
もうひとつ、現在の村上ファンドのように、動かす資金が巨額になり、マーケット自体の大きさに比べて無視できないくらいになると、ランダム・ウォークの理論は当然成立しなくなるとも思うが(誰だったかが、村上世彰の存在自体が株価操作だ、と言っていたが、言い得て妙だと思う)、このこと自体が新自由主義(市場原理主義)の有効性を否定することにならないか。なぜなら、そういう局面では、「神の見えざる手」は働かないはずで、新自由主義が自己矛盾を起こすことになるからだ。

村上世彰は、自分が作った体系にもとづいて、そしておそらくは、意識的に抜け穴をつくって、自分で作った抜け穴を利用して投資活動をしてきたのだろう。だから、彼自身がうそぶくように、裁判で無罪になる可能性もかなりあるのかもしれない。
だが、少なくとも倫理的には真っ黒だ、と言わざるを得ない。

ここまで書いてきて、「きっこの日記」を開くと、私の言いたいことが平易な言葉で表現され、しかも豊富な裏情報が盛り込まれていた。そこに書かれていことの全部が事実かどうかはわからないが、少なくともそれに類したことを村上がやってきたであろうことは、容易に想像がつく。

とかくこのサイトのセンセーショナルな表現に目を奪われがちだが、誰もが疑っていることでありながら、誰にも書けない記事だろう。そして、実に秀逸な新自由主義否定論になっているのだ。
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2006.06.05 23:11 | 村上世彰 | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク