きまぐれな日々

安倍晋三内閣が倒れてから、不活性になったブログが多い。危険極まりない「ネオコン・ネオリベ」の安倍内閣が倒れて安堵した方、目標を見失った方、忙しくなってブログを更新する暇がなくなった方など、理由は千差万別だろう。

安倍内閣が倒れた今、ブログの方向性をどうするかということを日々考えているのであるが、当ブログとしては新自由主義の打倒を最大の目標としたい。ブログ管理人は護憲派であるが、硬直した教条的左翼のような、護憲が自己目的化しているようにしか見えない言論には、どうしてもなじめない。私は単に現在の改憲派が目指している改憲の方向性より、日本国憲法が目指している方向性のほうがずっとすぐれているから、当面現在の日本国憲法を守るべきだ、と考えているに過ぎない。そして、近い将来、憲法改悪が行われる危険は遠のいたと思う。

もちろん、民主党は護憲を掲げた政党ではなく、党内には改憲派と護憲派がいて、参院選前のアンケートでは護憲派の方が多かったが、いつ寝返るかわからないというのは、十分承知している。だが、私がやりたいのは、イデオロギー的な「護憲」を叫ぶことではない。それは、安倍晋三がイデオロギー的な「改憲」路線をまっしぐらに突き進んでいった姿の鏡像に過ぎないように思える。

そうではない。私がやりたいのは、サッチャー、レーガン、中曽根康弘らが始めた新自由主義・新保守主義が人間を不幸にするものであることを示し、そうではない方向性を指し示すことだ。だから、最近、来し方行く末というのを毎日ずっと考え続けている。考えすぎて憂鬱な気分にとらわれてしまうこともしばしばである。

とにかく、ネオコンとネオリベは一体である。コイズミ内閣時代、その「構造カイカク」路線は社会を荒廃させた。内閣に対するカウンターの言論としては、イラクに自衛隊を派遣するなど憲法9条を踏みにじったことへの批判ももちろんだが、何より「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と謳う憲法25条を踏みにじるコイズミの政策が批判された。安倍内閣では、もっぱら9条改憲を目指し、生活問題をほったらかしにした政治姿勢が叩かれ、そのイデオロギー政治が民意とかけ離れてしまって崩壊した。だから現在の福田内閣に対しては、再びその経済政策への批判をカウンター言論の中心的なテーマに据えるべきだと考える。

実際問題、実生活で90年代以来ずっと新自由主義的な方向性と、それが生身の人間に与える影響をずっと見てきた私としては、それを無視して「憲法9条」のことしか語らない人たちは、極楽トンボにしか見えない。ベートーベンの交響曲第9番(「第9」)の最終楽章、「歓喜の歌」が始まる前の部分で、ベートーベンがそれに先立つ3つの楽章に対し、バリトン独唱が「おお友よ、この調べではない」と否定する箇所があるが、私が護憲原理主義の言論に対して、まさしく同じことを感じる。違う。「9条護憲原理主義」では「歓喜の歌」は歌えない。

ベートーベンは自らの3つの楽章を否定したわけだが、私が否定したい言論の方向性は他にもいくつかあって、その一つは「旧来自民党の政策への回帰」だ。私の子供時代、1970年代の日本は高度成長期で、今のように「格差問題」が叫ばれることはなかったが、重化学工業の発展に伴って、ひどい公害問題が生じていた。いくらなんでも、いまさら田中角栄の政策に戻るわけにはいかない。

田中角栄で思い出したのだが、ロッキード事件での田中角栄逮捕がアメリカの陰謀であるという説が、まことしやかに「AbEnd」や「自End」にトラックバックされるブログなどを通じて流されているが、私はこれも眉唾ものだと思う。ロッキード事件に関しては、かつてそのような「陰謀論」を右派論客である渡部昇一や小室直樹が唱えて田原総一朗もその尻馬に乗り、それに対して立花隆が渡部昇一を徹底的に批判したことがあった。かつては田中角栄は右翼論客に擁護される存在であったのが、今は左翼系の陰謀論者に擁護される存在になっているようだが、それはともかく、ブログ言論に陰謀論を取り込んではダメだ。今はやりの、「年次改革要望書のプログラムに沿って日本政府がアメリカの意図通りに政策を進めている」、という論も、最初に関岡英之が提示した仮説としては議論の対象になるものだったが、いまやそれが原理主義化しているように思える。これに対してもまた、「この調べではない」と言いたい。

ところで、新自由主義ととことん相性が悪いのが製造業だと思う。イギリスでもアメリカでも、80年代以降の新自由主義政策の推進によって、製造業は没落した。イギリスでは、労働生産性は向上したが、苛烈なリストラによって生産高は「サッチャーカイカク」以前と比較して、伸びが大きく落ち込んだ。

同じことが、90年代以降の日本でも生じたと思う。バブル経済の崩壊機に、多くのメーカーで新自由主義的な施策が実施された。「成果主義」が導入され、すさまじいリストラが行われ、新卒の学生には就職口がなく、せっかく大学院の修士課程まで修了したのに、希望に沿う会社に就職できなかったために、人材派遣会社に登録して、希望の職が見つかるまでの間、派遣先で働くという若者が増えた。その一方で、「成果主義」を導入した大手メーカーが、2年連続で赤字を計上した時、社長が責任を取るどころか、責任を社員に転嫁する発言をしたこともあった。その社長は、現在も代表権を有する会長職にある。

これが、90年代半ばごろから今世紀初めにかけての日本の製造業の姿であり、新自由主義のしわ寄せはまず製造業にきたといっても良いかと思う。企業の拝金主義は、製品の品質を落とすことにもつながる。かつてと比較して、電気製品の寿命が短くなったと感じておられる方も多いだろう。

さらに、中曽根内閣時代に特に強められた「ゆとり教育」の弊害もある。「非才は勉強しなくて十分、エリートが非才を引っ張っていけばよい」という、三浦朱門らの愚かな思想に毒された政策が施行され、生徒や学生の学力は落ち、理系の進学者が激減した。今後、国際的な競争の中で、日本の製造業が生き残っていくためには、製品の高付加価値化が求められる、などというのは当たり前のことだが、それを担う若者を育てるどころか、その逆の政策を新自由主義者たちは行ってきたのだ。日本は、衰えたとはいえ今なお「技術立国」であると私は考えているが、新自由主義政策が続く限り、早晩その看板を下ろさなければならなくなるだろう。

こんなバカバカしい政策は、一刻も早く是正され、新自由主義の呪縛から脱した社会を作らなければならない。そのためには、「コイズミカイカク」の呪縛から絶対に脱することのできない自民党政権を打倒することだ。「自End」を達成することだ。いつしか「歓喜の歌」を歌える日を迎えるために。



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>新自由主義ととことん相性が悪いのが製造業だと思う
まったく正しい。というか、1970年代、イギリス製造業の業績不振に資本家(株主たち)が業を煮やし、労働者を切り捨てると同時に、肉体労働者に大きく依存する製造業自体も切り捨てるという選択を下したのが、サッチャー改革といわれているものです。典型的な階級社会でありながら、労働者に対して融和的だった戦後イギリスで、経済不振の70年代に階級闘争が激化し、最終的に勝利を収めた資本家の勝利宣言が新自由主義思想だといえるでしょう。したがって、世上いわれている製造業と新自由主義の関係とは順序が逆なんですけどね。

2007.10.19 13:20 URL | arataku00 #- [ 編集 ]

お邪魔します。
「新自由主義の打倒が「自End」最大の課題だ」に120%賛同します。
新自由主義は第3世界に対する新植民地政策を先進国に適用したものと理解しています。その特徴は企業の繁栄、盛んな金融活動、福祉の削減、格差の拡大もしくは貧困の増大です。
日本は過去を引きずっているので新自由主義はまだ始まったばかりです。国民の抵抗もまだ大きいです。状況はどんどん悪くなりますので早く手を打ったほうがはるかに楽です。
 暴論ですが私の「鎖国の奨め」を読んでいただきたいと思います。

2007.10.19 21:41 URL | 飯大蔵 #mQop/nM. [ 編集 ]













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