きまぐれな日々

このところ、全然コメントに返事ができなくてちょっと気になっていたので、今日は先月末に3日連続で公開した新自由主義批判のエントリに対するコメントをいくつかご紹介したい。

初めは、9月28日のエントリ「新自由主義が生み出した「負のスパイラル」」に2通いただいた、ぷーさんのコメント。2通を合わせて紹介する。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-459.html#comment2111
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-459.html#comment2112

アダム・スミスが市場原理を思いついたのは、大商人と政府が結託し、普通の人々の経済活動を疎外しているからでした。
また、アダム・スミスはすでに三面等価に気づいており、労働者の賃金は引き上げれば引き上げるほど良いと考えていました。
市場原理は、実は「原理」ではなく、中小零細市民を豊かにするための「手段」として構想されたものでした。

ところが、新古典派を名乗る連中は、市場原理を金科玉条に捕らえ、むしろ大資本の独占的な活動を奨励し、中小零細市民の衰退させる口実に使います。

スミスに帰れと喧伝する新古典派こそ、実はスミスの市場原理の対極にいる連中であり、自由主義経済への反逆者なのでした。

そんなものをありがたがっている日本の経済人はパァだし、政策として推し進めている政府はもっとパァです。

日本は自由主義経済をつづけていればよかったんです。
市場原理は、政府の介入によってその条件が整えられなければ機能しません。
民間に任せれば、競争は忌避され、情報は隠蔽され、消費者は愚民化します。
これでは市場原理など働かない。

”市場の失敗”のケースは高校教科書レベルの知識なのに、それが存在しないかのように振舞う経済人たちの厚顔に本当にうんざりする。

日本は自由主義経済に帰り、市場原理が働くよう、大企業の独占・寡占と戦うべきなのだ。
規制緩和は中小零細企業を後押しするためであり、規制は大企業を抑制するために行う。
賃金は高めに設定されなければならず、労働者の労働条件悪化には政府の権力が発動されなければならない。
自由貿易は拡大されなければならないが、ある国家に一定の不利益をもたらす場合には規制されて構わない。特に外国通貨での取引によって資本が流出する場合はそうだ。
こう言うことが「スミスに帰れ」と言うことなのだ。

新古典派にスミスの名を口にする資格はない。

(ぷーさんのコメント)

胸のすく新自由主義批判だ。そういえば、独占禁止法とは市場経済を守るための法律なのだが、これさえも新自由主義かぶれの馬鹿者に言わせれば「社会主義」ということになるのだろう(笑)。

空き瓶さんからは、「左派」ブログに対する批判のコメントをいただいた。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-459.html#comment2109

左派も劣化しているんですよ。
KYは実は左派のためにある言葉でしょ?

左派は、日本を良くしようとして、あるいは国民のためにと思って、声を嗄らしているが、国民の多くはそんな左派をバカにし笑っている。

参院選挙でも、自民党があまりにも頼りないから民主党が1人勝ちしただけで、共産党も、社民党も、9条ネットも惨憺たるありさま。
アベのボロ負けを笑っている自分たちのボロ負けに、きちんと向き合っているんですか?

都合の悪いコメントは削除ですか?それでは自民党のやっていることを肯定することになりますね。

小泉以降の自民党のみを批判しているブロガーの偽善性には反吐が出ます。
小泉以前の自民党は正常だったんですか?
そもそも、自民党は岸信介によって作られた政党と言っても過言じゃない。
これをドイツに当てはめれば、ヘスやゲーリングやレームやゲッベルスが厚顔無恥にも戦後、政党を結成しているようなものですよ。

このように、世界的常識とかけ離れたことを平気でやっているのが日本人ですよ。
こういう国民が、大政翼賛会に狂喜して加入し、喜んで戦争を行っていたんですよ。

つまり、国民そのものがオウムだったんですよ。

この国民の戦争責任が問われないことこそ、自民党なる本来ありうべからざる組織が存在している何よりの拠りしろでしょう?

小泉以降だけが悪い、などと言っているブロガーは自分の歴史認識を恥じるべきでしょう。

kojitakenさんの言うとおり、新自由主義の責任は中曽根に遡らなければなりません。
そこへの言及を行わないものは、小泉クラスの八百長詐欺師といえる。

(空き瓶さんのコメント)

日本における新自由主義政策は中曽根政権に遡らなければならないというのは、常識の範疇に属すると私は考えている。

コイズミ以前で、もっと厳しく批判されなければならない首相として、私は中曽根康弘と故小渕恵三の名をあげたいと思う。小渕氏は、アメリカの提示してくるグローバリゼーションを丸呑みしたばかりではなく、ネオコン的法律を次々と成立させた「A級戦犯」だ。前任の故橋本龍太郎内閣から小渕内閣にかけて急増した自殺者の数は、今も減らないが、それは小渕内閣以来続いた自民党内閣の経済政策のせいだ(小渕内閣成立前年の1997年に消費税率を上げた橋本内閣も重罪だと思うが)。

ただ、旧来自民党をよしとする意見の多くは、池田勇人や大平正芳ら「宏池会」系の、政治思想ではハト派、経済政策ではケインズ主義の「保守本流」を指しているのだと思う。また、「保守本流」をよしとする言論を「左派」というのは疑問だと思う(「保守左派」ではあると思う)。

9月29日のエントリ「「機会の平等」も「完全な市場」も存在しない」には、のとさんから、昨年出版された内橋克人氏の『悪夢のサイクル』を推薦するコメントをいただいた。

市場原理主義にについてより深く知りたい方は、
ぜひ内橋克人氏の”悪夢のサイクル”を読まれることをお薦めします。
市場原理主義批判のバイブルと言っていいぐらいです。
ネットで検索すれば書評がたくさん出てくるので詳しくは書かないけど、
これを読めば市場原理主義の愚かしさ、恐ろしさ、なぜ日本がこんな状態になってしまったのかがよくわかります。

ちなみに私がよく読ませていただいているブログでも紹介されています。
http://kihachin.net/klog/archives/2007/04/uchihashi.html
http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/32e676821ebfe9974ae2edf995b1fe59

(のとさんのコメント)


内橋氏の著書は未読だが、同氏は信頼できる人だと思っているので、機会を見つけて是非読んでみたい。

他にも多くのコメントをお寄せいただいた。読者の皆さまには深く感謝を申し上げたい。

今後も、たまにはいただいたコメントでエントリを構成してみたいと思っている。


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こんにちは、私も思うところが多大でしたのであえて書き込ませていただきます。

そもそも、新自由主義が金科玉条とする「自由競争による優勝劣敗」の原理を正解に当てはめるならば、前首相だった安倍晋三などは真っ先に「淘汰」されるべき対象であったことは多くの人が認めるのではないでしょうか(政治家としての語彙の不足、他人とのコミュニケーション能力の欠如、なにより自己の職に対する社会人としての最低限の責任感の無さ他)。
そのような人間を権力の頂点にすえてしまう時点で、中曽根にさかのぼり小泉が推進した「新自由主義」を標榜する自民党の「自己矛盾」は頂点に達した、と多くの人には思われたのではないでしょうか?

参院選自民党大敗の背景には、国民多くが抱いた「自民党が掲げる政策←→現に首相となっている人物の資質との矛盾への違和感」があったのではないか、と周囲の人々と政治の話題をしていると私は感じます。

2007.10.03 05:59 URL | 傍観者A #KnHW2vQ. [ 編集 ]

アダムスミスは、労働者の賃金を上げればあげるだけ良いなど言っていなかったと思います。
少なくとも、国富論を読んだ限りではそうでした。逆に、賃金は労働者が日々生活を送れる最低水準に落ち着くだろうし、それで良い、といったことが書いてありました。
アダムスミスは、決して労働者側にたった経済学者ではなく、むしろ当時の新興の製造業者・商業家を支持する立場だと思います。

2007.10.03 09:46 URL | めも #PefwKnF. [ 編集 ]

大きく紹介していただいてありがとうございます。
森田実氏のブログに掲載されている稲村公望氏の文章は、本を読まなくておおまかな内容がわかるぐらいまとめられているので、こちらも多くの方に目を通していただきたいと思います。
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/YU22.HTML

2007.10.03 21:43 URL | のと #- [ 編集 ]

>アダムスミスは、労働者の賃金を上げればあげるだけ良いなど言っていなかったと思います。少なくとも、国富論を読んだ限りではそうでした。逆に、賃金は労働者が日々生活を送れる最低水準に落ち着くだろうし、それで良い、といったことが書いてありました。

はて?

「国富論」においてアダム・スミスは大商人の高利潤を批判し、労働者への分配を増やすことを主張しています。
スミスはさらに、賃金など労働条件の改善さらたほうが、健康な方が、幸せに満ちている場合の方が、労働者はよく働くとまで述べています。
岩波版の第一巻です。250ページをすぎたあたり。

ご存知とは思いますが、アダム・スミスは実は倫理学者であって経済学者ではありません。
古典派経済学も、決してレッセフェールや富の偏在を正当化する理論ではなく、逆に国内の貧富の差を解消して貧困層の幸福を増大したいと言う動機に突き動かされた運動だったのです。(結局、失敗したのですが・・・)

思想史的には、古典派経済学の後継はマルクス主義かケインズ主義をあてるべきであって、完全雇用と底辺の人々の所得増大を考えない新古典派経済学は古典派経済学とは真っ向対立していると評価する方が正しいでしょう。

だから「スミスに帰れ」はこう本来次の意味であるべきなのです。

「利潤率を下げて労働者への分配を増やせ!」

これこそがアダム・スミスです。

2007.10.23 20:47 URL | ぷー #GCA3nAmE [ 編集 ]













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