きまぐれな日々

今年の夏は、さほどの猛暑にはなりそうもないと思っていたら、一転して急に全国的に記録的な高温に見舞われ、皆さまも暑さでぐったりされているのではないかと思う。

さて、当ブログでは、参院選までは目の前の動きを追うのに精一杯だったが、参院選で安倍自民党の「惨敗」という結果が出た今、歴史的な観点から日本の政治の現在を見つめられないものかと考えている。

そこで、夏休みでもあったので、しばらく前に買い込んでいながら読めていなかった本をいくつか読むなどしている。

その中から今回は、石川真澄の「戦後政治史・新版」(岩波新書、2004年)を紹介したい。

戦後政治史 (岩波新書) 戦後政治史 (岩波新書)
石川 真澄 (2004/08)
岩波書店

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著者の石川真澄氏は、3年前(2004年)に亡くなられた元朝日新聞記者だが、データを緻密に解釈した選挙結果の解析が面白くて、70年代の昔から好きな新聞記者だった。この本は、1995年1月に出版された旧版に手を加えたものだが、著者の病状悪化のため、政治学者の山口二郎氏による補筆の手が入っている。そして、本には2004年参院選の結果までが記述されているが、参院選の行われた5日後の2004年7月16日、石川氏はこの世を去ったのだった。

生前から「政治改革」の欺瞞を喝破し、新自由主義的思潮を嫌って、社会党の現実化や自社さ連立政権に期待していた石川氏は、当時は世の中の流れから取り残された人のように思われていたが、氏の先見の明は、コイズミの「構造改革」のひずみが明らかになった今、はっきり証明されていると思う。石川さんが長生きしてくれたら、と何度思ったかしれない。

今年、没後3年の石川さんがずいぶん注目された。それは、「亥年現象」という仮説を石川さんが立てていたためだ。12年に1度の亥年、統一地方選と参院選が重なる年には、参院選の投票率が下がり、自民党が苦戦を強いられるというのがその説だ。

「亥年現象」は、統一地方選の運動に疲れた地方議員が、参院選に注ぐ力を奪われてしまうために起きるというのが石川さんの説明だった。しかし、今年の参院選は3年前より投票率が上がり、「亥年現象」のジンクスは破られた形になった。

ところで、「戦後政治史・新版」は、石川さんが主観を排して、できるだけ客観的な立場に立ってまとめているので、貴重な史料になっている。通して読めば、戦後政治の最初から、保守勢力は憲法を変えようとしていたし、保守勢力の約半分の規模を持つ革新勢力は改憲を阻止しようとしていたことがよくわかる。

「55年体制」の確立までは、保守は合従連衡を繰り返していたし、社会党も右派社会党と左派社会党に分裂したが、1955年の「保守合同」と社会党の統一によって、二大政党制、否、1と1/2政党制が成立した。その過程は、90年代から今世紀はじめにかけての政党の分立と、自民・民主の二大政党への再編成と二重写しになる。

欧州の社会主義勢力が社会民主主義に傾斜していったのに対し、日本の社会党は左傾・教条主義化して、政権担当能力を失っていった。私は1977年の社会主義協会(マルクス主義を信奉する社会党左派)と江田三郎派の抗争を今でも覚えているが、あの時「数の力」で江田派を圧倒し、江田を憤死させた社会党左派の非人間性には、今でも忘れられないものがある。江田は社会党を離党して社会市民連合を設立し、自らも77年参院選に立候補するつもりだったが、参院選を2か月後に控えた同年5月に、志半ばにして急逝したのだった。その江田三郎の息子・江田五月が参議院議長に選出されたことは、まことに感慨深いものがある。

社会党は、自民党・さきがけと連立政権を組んだことが有権者の支持を失って、議席を大幅に減らしたあげく、民主党に合流した人たちと、残って社民党を結成した人たちに分かれた。必ずしも右派が民主党に行き、左派が社民党に残ったわけではない。民主党には旧社会党の最左派の人たちもおり、一方でコイズミ以上に過激な新自由主義者もいるというおそるべき幅の広さを持った寄り合い政党だ。

それはともかく、自さとの連立政権当時、社会党が支持を失ったことについて、私は社会党が「左翼バネ」による安易な運動方針に安住し、肝心の政権をとった時の政権担当能力を失っていたからではないかと思う。自民党との政策協議において、従来の社会党の党是に背くような妥協を次々と行い、過去の左傾路線は単に同党が「易きに流れていた」結果に過ぎなかったことを露呈した。

民主党は、当時の社会党の轍を踏んではならない。当時の社会党とは対照的に、今の民主党で警戒しなければならないのは、前原誠司に代表される「右バネ」をもった勢力だ。30年前の社会党は、「左」の教条主義者に蹂躙されたが、今の民主党が絶対に陥ってはいけないのは、前原ら「右」の理想主義者に蹂躙されることではなかろうか。

よく思うのだが、「中道」とは、「性悪説」というか、苦い人間不信を底流に持つ、意地の悪い思想だ。理想論が好きな日本人は、社会主義協会みたいな教条主義や、コイズミ流の「カイカクファシズム」を好む傾向がある。これらは、いずれも「性善説」に基づく思想だ。「性善説」は受け入れられやすいけれど、現実からは隔絶している。

ところで、十年一日のごとく変わらないかのように思える政治の流れだが、実際には少しずつ動いていっているものだ。社会党が実質的に崩壊・消滅したのもその一つだが、自民党の終焉も、いよいよカウントダウンを迎えた。

自民党が敗北した04年参院選のあとにまとめられた「戦後政治史・新版」の末尾近くには、こう書かれている(おそらく、山口二郎氏の補筆であろうと想像する)。


 ポスト小泉のリーダー候補が存在しない自民党では、(2004年参院選の)敗北の責任を問う声は起こらず、自公連立の継続と小泉政権の続投が決まった。衆参両院議員の任期を考えれば、2007年までは国政選挙をする必要がない。したがって、自公連立で国会の安定多数を維持できる以上、小泉政権は安泰である。しかしそれは自民党にとってつかの間の、そして最後の安定でしかあるまい。

(石川真澄著『戦後政治史・新版』=岩波書店、2004年=より)


この後の、誰も予想しなかった2005年の「郵政総選挙」によって、自民党は安定を強化するかに見えたが、それは一過的なフィーバーに過ぎなかった。今年の参院選の方が、長期トレンドに沿った結果だった。一足お先に党勢を衰退させた社会党に続いて、自民党も歴史的役割を終えたと私は考えている。自民党はもはや、政権の座を維持することだけを唯一の運動原理とする政党であって、政権を持っていない自民党に存在意義はない。今後はますます民主党が強くなり、次の総選挙では政権交代が起きるだろうが、政権奪取のための寄り合い政党である民主党は、いずれ大きく分裂する。その時こそ、日本の政党政治が新しい段階を迎えるのではないかと私は考えている。


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 そうですね。石川さん及びkojitakenさんのおっしゃるとおりだと思います。
 立花隆氏も、似たようなことを日経BPのメディア・ソシオポリティークで述べています。
 いまや利権漁りのためだけに集まっている、政権担当能力を失った自民党はやや長い時間はかかるものの消滅に向かうでしょう。と言うか、政権を失ったら一気に解党だと思います。
 民主党も、政権を目指すために集まった集団で、政権を取ると、理想主義者から自民党の利権継承を目指す輩まで、異論が分州して分裂の危機を迎えるでしょう。
 その後、何を機軸とした政党ができ、政権を取るか。それが21世紀の日本を決めるのでしょう。
 反戦、平和、市民生活重視の勢力を勝たせるために、今後も記事を書いていきましょう。

2007.08.17 10:03 URL | 眠り猫 #2eH89A.o [ 編集 ]













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