今思い返しても、「はだしのゲン」が少年漫画誌に載った70年代というのは、戦後日本の歴史でももっとも反戦の思想が人々に共有された時代ではなかったかと思う。もう少し前の時代には、戦記漫画が結構あったし、80年代以降に入ると、ラブコメが全盛となって、戦争などという重いテーマを扱う漫画はすっかり下火になった。
手塚治虫(1928-1989)の数ある漫画のうちにも、戦争を扱った作品がある。先頃、それらを集めた祥伝社新書 『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』 が出版された。
![]() | 手塚治虫「戦争漫画」傑作選 (祥伝社新書 81) 手塚 治虫 (2007/07) 祥伝社 この商品の詳細を見る |
収録された作品は、下記の7編だ。
「紙の砦」 (「週刊少年キング」 1974年9月30日号初出)
「新:聊斎志異 女郎蜘蛛」 (「週刊少年キング」 1971年1月17日号初出)
「処刑は3時に終わった」 (「プレイコミック」 1968年6月創刊号初出)
「大将軍 森へ行く」 (「月刊少年マガジン」 1976年8月号初出)
「モンモン山が泣いているよ」 (「月刊少年ジャンプ」 1979年1月号初出)
「ZEPHYRUS(ゼフィルス)」 (「週刊少年サンデー」 1971年5月23日号初出)
「すきっ腹のブルース」 (「週刊少年キング」 1975年1月1日号初出)
手塚治虫は、1945年6月7日に「学徒勤労動員」によって働かされていた軍需工場で空襲を受け、地獄図を見た。大阪・淀川の堤には焼け焦げた死体がいくつも転がっていた。女の人が燃え上がるのを見たのは、特にショックだったそうだ。
手塚の戦争漫画には、この時の体験が色濃く反映されている。だから、時にグロテスクな表現もいとわない。上記の本には収録されていないが、手塚には「カノン」(「週刊漫画アクション」 1974年8月8日号初出)という印象的な作品があるが、この作品にもショッキングなシーンがある。
今回紹介した 『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』 でもっとも印象的だったのは、巻頭に収録された「紙の砦」で、主人公の少年が傷ついた米兵に復讐の一撃を加えようとしたが、米兵の傷ついた無惨な姿にショックを受けて果たせなかったくだりだ。少年は「だ、だれのせいだよ、こんな戦争」とつぶやく。
手塚は、「大将軍 森へ行く」に登場する少年にも、「正義の軍隊なんてどこにもいない」と語らせている。本の解説(漫画評論家・中野晴行氏)も指摘しているように、これは手塚作品に一貫するメッセージだ。もし手塚が存命だったら、「テロとの戦い」という名で、現実には理不尽な殺戮を行っている米軍を正当化する言論がまかり通っている現状をどう思うだろうか。
それにしても、『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』 に収録されているような漫画が少年誌に普通に掲載されていたのが70年代という時代だった。繰り返しになるが、学生運動が燃え盛った60年代と若者が政治に関心を失って急速に社会が右傾化していった80年代(自民党の全盛期)にはさまれた70年代は、戦争の悲惨さ、平和の大切さがもっとも普通に語られた時代だった。
その時代に少年期を過ごした人間として、日本が再び戦争への道を突き進んでいくことだけは、なんとしてでも阻止したいと日々考えている。
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60年代後半から70年代前半にかけて、漫画もかなり社会派のものが多かったように思います。巴里夫さんが引退なさる前にも、数作戦争物を描いておられました。掲載誌は「りぼん」でした。「りぼん」では、もりたじゅんの「キャー!先生」という、被爆者の女性教師が主人公の漫画もありました。
山上たつひこもこの頃に「光る風」を描いていますね。
手塚さんの漫画では、生徒をかばって戦闘機の機銃に頭部を吹っ飛ばされたシーンがいまだに印象に残ってます。
水木しげる大先生の、「戦争はいけません。腹が減るばっかりです」は名言だと思います。
2007.08.07 12:54 URL | 黒木 燐 #J0678RqY [ 編集 ]
kojitakenさん、よい本をご紹介してくださってありがとうございます。
大好きな手塚治虫が書いた戦争漫画が7編も入っているこの本、是非、買って読みたいと思います。
>「正義の軍隊なんてどこにもいない」
そうですね。
小田実も、「軍人の論理が、『正義の戦争はある』であって、市民はこれにのるな」という事を言っています。
つまり、「正義の軍隊もなければ、正義の戦争などない」。どちらの国も正義の戦争だと思ってやるのが戦争です。本当は、正義の戦争などないのに。踊らされるのは、庶民です。死ぬのも庶民。
2007.08.07 12:54 URL | 非戦 #tRWV4pAU [ 編集 ]
はじめまして
手塚作品傑作選のご紹介、ありがとうございました。
ジョージ秋山の「アシュラ」
永井豪の「バイオレンス・ジャック」
も強烈でした。
でもなんといっても石森章太郎の「サイボーグ009」
戦争の原因を「死の商人」の暗躍、突き詰めれば人間の欲望に起因する、と描いた作品でした。TVアニメは幼稚園の時に観ましたが、
核戦争の被災者が未来からやってくる話とキューバ危機をモチーフにした最終回の衝撃は忘れられません。
TVアニメの中で日本国憲法9条が謳われたのもあの時代ならではなのでしょうか。
2007.08.07 22:00 URL | だじゃらん #- [ 編集 ]
黒木 燐さん
ごぶさたしています。弊ブログでははじめまして。
「生徒をかばって戦闘機の機銃に頭部を吹っ飛ばされたシーン」が描かれているのが、記事本文でぼかした書き方をした「カノン」です。主人公があこがれていた女性教師の無惨な死に方の表現を通じて、手塚治虫は戦争の本質をえぐり出したと思います。
2007.08.07 22:15 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]
そうですね。私も同時代の人間です。
「紙の砦」は、何度も読みました。手塚の戦争体験。特に敗戦になり、夕方に灯火管制が無くなり、町にともる電灯の明かりに、平和を感じるシーンが好きです。
今はオカルトマンガばかりで、社会派はなくなりました。石坂啓さん(手塚氏の直弟子)が、たまに読みきりで書くくらいです。
最近は、マンガの中の悪役を北朝鮮を髣髴とさせるような描写も増えています。
天国の手塚氏は、今の漫画家のポピュリズムに怒りを持っているでしょう。
2007.08.08 03:10 URL | 眠り猫 #2eH89A.o [ 編集 ]
非戦さん、だじゃらんさん
コメントありがとうございます。本の紹介をしても、この程度の規模のブログでは誰にも影響を与えられないのではないかと思ってしまうことが多いので、コメントにはとても勇気づけられます。
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