きまぐれな日々

いま話題の画家氏の盗作事件は、腹立たしいというよりは哀しさを感じさせる。

画家氏の名前でググると、一番上で有名小説家氏のサイトが引っかかり、画家氏が小説家氏や有名政治家と一緒に納まった写真を見ることができる。
だが、そんな虚栄は、果たして画家氏にとって幸福を感じさせるものだったか。いつ盗作が露呈するかとびくびくしながらの日々だったのではないか、と想像すると哀れを催すのである。

しかし、本当に気の毒なのは、画家氏の「作品」に感動したファンの方々だろう。
画家氏に騙されたことがわかって傷ついているであろう彼らのブログに、薄っぺらな正義感(実際のところは単なる群集心理)を振りかざした思慮の浅い輩どもによって、画家やファンを糾弾するコメントがつく。

個人的には、犯罪にあたるであろう画家の行為以上に、こうした無思慮の群集の行為に腹が立つ。

(続きは↓をクリック)
ところで、芸術と犯罪は無縁どころか、文学や美術、音楽にかかわっている人間が犯罪を犯す割合は、一般人よりはるかに高いだろう。

筒井康隆などは、「作家たる者は、虞犯者(ぐはんしゃ、犯罪を犯すおそれのある者)でなければならない」という極論を述べているが、私は、今回の画家氏の事件によって、名前のよく似た「和田則彦」という作曲家のかつての犯罪を思い出した。
この作曲家は、70年代に、シンセサイザー等を用いた電子音楽の作曲や、クラシック音楽の評論活動で有名だったが、ある時、長期にわたって無言電話をかけるいたずらを行った罪で、警察に逮捕された。その後しばらく謹慎した後、現役に復帰している。

画家氏と発音がよく似ているので、もしかしたら兄弟ではないかと疑ってググってみたが、結局わからなかった。まあ、「和田○彦」なんてありふれた名前だから、赤の他人に違いなかろうけど。

この程度の犯罪ならまだかわいいものだが、16世紀の作曲家・ジェズアルドに至っては、妻とその不倫の相手を虐殺するという大犯罪を犯している。そういや、現代の日本でも、故永山則夫死刑囚の文芸家協会加入をめぐって、筒井康隆が同会を脱退する騒ぎがあった。

だが、それよりもっと重い罪を犯した者もいる。戦争犯罪というのは、そういう罪だろう。
オーストリアの高名な指揮者・故ヘルベルト・フォン・カラヤンは、自ら進んでナチ党に入党した筋金入りのファシストである。ナチとドイツの音楽家の関係というと、作曲家のリヒャルト・シュトラウスや指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラーがしばしば議論の対象になるが、彼らは決して心から積極的なナチの協力者ではなかった。

しかし、カラヤンは違う。彼は、確信犯的なナチの党員だった。戦後の早い時期から復権した彼は、政治力にも長けていたのであろう。確信犯のナチ党員だったということは、自ら手を下していなくとも、実質的に多くの人々を殺した責任がカラヤンにはあることを意味すると私は思う。カラヤンは、権力志向をむき出しにした人物であった。これほど全的な拒絶反応を禁じ得ない音楽家を、私は他に知らない。

盗作画家氏の犯罪に哀れを催すことはあっても、カラヤンの戦争犯罪を許す気にだけは絶対になれない。
関連記事
スポンサーサイト
2006.06.01 23:30 | 時事 | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク