月刊「現代」に、立花隆の「私の護憲論」が連載されている。7月号には、確か上下編の記事になると書かれていたと思うが、8月号を見ると「第2回」となっていて、どうやら数回にわたる連載に変更されたようだ。参院選の争点が「憲法」から「年金」へと変わったことの影響と考えるのはうがった見方だろうか。
ところで、立花さんの護憲論は、元東大総長の南原繁の思想に立脚している。コイズミが靖国に参拝した昨年8月15日、立花さんは東大で「8月15日と南原繁を語る会」という会を催した。会の少し前に、「メディア ソシオ-ポリティクス」に、『小泉政権最後の8月15日 南原繁の声に耳を傾けよ』 という記事も発表している。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/060725_815/
立花さんは、この会に参加した識者たちの講演や、南原繁の演説集をもとに、東京大学出版会から 「南原繁の言葉 8月15日・憲法・学問の自由」 という本を出版した。
その中で、帝国陸軍とGHQの本郷キャンパス接収計画を頑としてはねのけた東大の事務局長・石井勗(つとむ)氏の『東大とともに五十年』の抜粋が、とても印象に残った。『東大とともに五十年』は、石井氏の私家版の回顧録で、一般には入手不可能とのことである。
以下、立花隆編「南原繁の言葉 8月15日・憲法・学問の自由」から、立花さんの解説文を引用する。
軍国主義日本の敗戦末期において帝国陸軍に対して、また敗戦国の被占領時代に占領軍に対して、それぞれ毅然とした態度をとって「学問の自由」を守った当時の大学人に対し、憲法第21条で「表現の自由」が保障されている現代において、ジャーナリズムが政府・与党への批判を遠慮しているように見えるのは、実に情けないことだ。敵は、思想・信条の自由に平気で容喙する政策をとってきているのに、それに全力で立ち向かわないようで「ジャーナリズム」の名に値するのか、と思う。
きたる参議院選挙は、戦後民主主義を守るための最後のチャンスだ。ここで与党を惨敗に追い込んではじめて、戦いを継続することができる。万一与野党逆転さえ実現できないようなら、安倍晋三ではなくて、安倍に対抗する側が 『the End!』 になってしまう。野党第一党の党首が交代するどころの騒ぎではないのである。心してかからなければならない。
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ところで、立花さんの護憲論は、元東大総長の南原繁の思想に立脚している。コイズミが靖国に参拝した昨年8月15日、立花さんは東大で「8月15日と南原繁を語る会」という会を催した。会の少し前に、「メディア ソシオ-ポリティクス」に、『小泉政権最後の8月15日 南原繁の声に耳を傾けよ』 という記事も発表している。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/060725_815/
立花さんは、この会に参加した識者たちの講演や、南原繁の演説集をもとに、東京大学出版会から 「南原繁の言葉 8月15日・憲法・学問の自由」 という本を出版した。
その中で、帝国陸軍とGHQの本郷キャンパス接収計画を頑としてはねのけた東大の事務局長・石井勗(つとむ)氏の『東大とともに五十年』の抜粋が、とても印象に残った。『東大とともに五十年』は、石井氏の私家版の回顧録で、一般には入手不可能とのことである。
以下、立花隆編「南原繁の言葉 8月15日・憲法・学問の自由」から、立花さんの解説文を引用する。
陸軍がやってきたのは、1945年6月で、沖縄もすでに陥ち、あとは本土決戦をやるしかないという状況にたちいっていた時期である。
陸軍の説明によると、本郷キャンパスに、首都防衛本部を作り、ここから最後の首都決戦の指揮をとりたいということだった。
米軍が最初どこから上陸してくるにせよ、最後は、首都の攻防戦になる。そうなったときの防衛基本計画がすでにできていた。米軍が首都に迫ってきたら、隅田川と荒川をせき止めて、その上流で堤防を切る。そうすると、東京の下町一帯は洪水になり、海岸線まで水びたしになる。どこまで水がくるかというと、上野の西郷像のある台地と本郷の東大がある台地を結ぶ戦まで水がきてそこが波打ち際になる。
つまり本郷キャンパスは、そこでの攻防戦を上から見下ろす戦略的要地になるというのである。
軍部からそのような要求を受けて、どう押し返したかというと、次のような説得をした。この東大においても、日夜本土決戦にそなえて休みなく大切な軍事研究を行いつつある。また本土決戦になったら大量に必要になる軍医を急いで育てるべく、教授も学生も昼夜兼行で実習に励んでいる。そういう意味で、個々は既に最前線なのだ。指令本部用地にするわけにいかない。こういって押し返してしまうのである。
またGHQは、戦争が終わる前から、東大を接収してここに占領軍総司令部を置くつもりでいた。(中略)
これもまた、内田祥三総長、南原法学部長と石井事務局長が押し返してしまうのである。そのとき用いた理屈は、こうだった。日本は戦争に敗れた結果、文化国家として生きていくしか道がない。文化国家として生きるために必要なのは、なんといっても、教育と学術だ。教育も学術も、この東京大学が日本の中心になっている。それを接収するということは、日本の国に、もう滅びろというのと同じだ。そのような暴挙は日本陸軍すらあえてしなかった。それをお前たちはやるのか??。
ギリギリのところで、この論理が通り、占領軍は、東大の接収をあきらめ、日比谷の第一生命ビルに本拠をかまえることになったのである。
(立花隆編 「南原繁の言葉 8月15日・憲法・学問の自由」 所載 「『東大とともに五十年』 解説」 より)
軍国主義日本の敗戦末期において帝国陸軍に対して、また敗戦国の被占領時代に占領軍に対して、それぞれ毅然とした態度をとって「学問の自由」を守った当時の大学人に対し、憲法第21条で「表現の自由」が保障されている現代において、ジャーナリズムが政府・与党への批判を遠慮しているように見えるのは、実に情けないことだ。敵は、思想・信条の自由に平気で容喙する政策をとってきているのに、それに全力で立ち向かわないようで「ジャーナリズム」の名に値するのか、と思う。
きたる参議院選挙は、戦後民主主義を守るための最後のチャンスだ。ここで与党を惨敗に追い込んではじめて、戦いを継続することができる。万一与野党逆転さえ実現できないようなら、安倍晋三ではなくて、安倍に対抗する側が 『the End!』 になってしまう。野党第一党の党首が交代するどころの騒ぎではないのである。心してかからなければならない。
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はじめまして。
なるほど♪ママと申します。
こちらのブログを今日の記事でご紹介させていただきました。
不都合がありましたら、お知らせ下さい。
削除いたします。
宜しくお願い致します。
(★南原繁さんは、「祖国復興の為に友愛と責任を」と、東大の卒業式で語ったそうですね…。
戦後の教育基本法の制定に尽力され、教育による、日本の復興に尽力された、尊敬すべき人だと思っています。)
2007.07.06 16:30 URL | なるほど♪ママ #- [ 編集 ]
kojitakenさん はじめまして
下町を水浸しにして米軍を迎撃ですか
日本軍は国民の犠牲などおかまいなしに本土決戦するつもりだったんですねえ
2007.07.10 21:50 URL | 安倍助兵衛 #57/sxb6I [ 編集 ]
そのジャーナリズムも朝日をはじめ捏造のオンパレードですがね。あとマリアナ敗北時海軍は陸軍の停戦申しを蹴ったのはご存じでしょうか?
2007.12.01 12:05 URL | 歌部 #- [ 編集 ]
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