きまぐれな日々

17年前の悪夢を思い出した人も多いだろう。

昭和天皇が死の床にあった1988年(昭和63年)12月7日、「天皇に戦争責任はあると思う」と発言した本島等長崎市長(当時)は、それから1年あまり経った1990年(平成2年)1月、右翼の凶弾を浴びた。

当ブログでは、昨年11月25日の記事 『「言論の自由」その1?本島等さんの勇気』 を皮切りに、何度も本島さんのことをとりあげ、それをきっかけに「言論の自由」シリーズの記事を連載したこともある。

17年前の本島さんは一命を取りとめたが、昨日(4月17日)、長崎市内で山口組系暴力団員に銃撃された伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)は、18日午前2時28分死去した。4選を目指す選挙期間中に起きた異常な事件だ。少なくとも私は前例を知らないし、社民党の福島瑞穂党首も「前代未聞だ」と言っている。

政治家へのテロというと、2002年には民主党の石井紘基議員がやはり暴力団員に刺殺された事件や、最近では加藤紘一議員の実家が放火され全焼した事件があった。

その加藤代議士は、さっそくこの件についてホームページでメッセージを発表している。
http://www.katokoichi.org/

以下引用する。


長崎市長銃撃について 平成19年4月17日

今日(平成19年4月17日)、午後8時前、長崎市長の伊藤一長さんが、背後から拳銃で撃たれました。
深刻な話です。どういう経緯かはまだわかりませんが、政治家が政治活動中(選挙活動)に後ろから問答無用で撃たれるということは、絶対にあってはならない許されないことです。
暗い事件です。
長崎市長が撃たれたと聞くと、平成2年に当事の本島等市長が銃撃されたことを想起し、政治テロとの思いがよぎりますが、そうかもしれないし、別の要因かもしれません。
そこは、冷静に見ないといけないと思います。
ただ、考え方の違う者に対しすぐ暴力を振るうことに対する怒りを、社会全体で共有しなければなりません。そうでないと、こういう事件が続発するでしょう。政治家や言論人が、言論活動を控えるようになってはなりません。しっかり発言できる社会を取り戻さなければならないのです。
この事件をどう捉えるか、国民が、メディアが、政治家が問われているのだと思います。
伊藤市長の一時も早い回復を、心からお祈りしております。

衆議院議員 加藤 紘一


日付や文章末尾の記述からわかるように、伊藤市長が銃撃を受けて間もない時間に発表されたメッセージだ。

一方、安倍晋三首相のこの事件を受けての最初の感想は、「捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」というものだったそうだ。伊藤市長が亡くなった今日となっては、いくら安倍でももっとまともなコメントを発するものと思うが、普通ならまず口をついて出るはずの「法治国家ではあってはならないこと」 「言論の自由への挑戦で、断じて許されないこと」 などの言葉が自然に出てこないあたりが、いかにも安倍らしい。

安倍は、加藤紘一氏の実家が放火された時は、小泉純一郎内閣の官房長官だったが、コイズミともどもなかなかメッセージを出さなかった。
このことについては、昨年12月3日の当ブログの記事 『小泉純一郎と安倍晋三が発した言論の自由への「負のメッセージ」』でも取り上げたことがある。この記事に掲載した加藤紘一氏のメッセージを以下に再掲する。


放火事件当時の小泉首相、安倍官房長官のテロ行為に対する反応が遅かったのではないかとよく問われることがあります。実際、私にもなぜだったのかはわからない。けれどテロに対して、政府が一定の「沈黙」を置いたことである種の負のメッセージが広がったようにも思います。
 あの事件以降、テレビや新聞などの言論の場で積極的な発言をする人が少なくなったような気がします。実は、いま政治家だけではなく、評論家やジャーナリストのもとに脅迫の手紙が届くようになっているそうです。

(月刊「現代」 2007年1月号掲載 加藤紘一「反言論テロのシンボルとしての覚悟」より)


どんなに控えめな言い方をしたって、安倍晋三は「テロに鈍感な政治家」だと言わざるを得ないだろう。

繰り返し指摘されているように、安倍晋三は、暴力団との黒いつながりの噂が絶えない男だ。黒い人脈も祖父(岸信介)や父(安倍晋太郎)から「世襲」したのかもしれない。安倍の非公式後援会「安晋会」の理事だったエイチ・エス証券の野口英昭副社長が、ライブドア事件に絡んで沖縄で謎の死を遂げ、それが「自殺」として片づけられてしまったことは記憶に新しい。

東京都知事選で三選された石原慎太郎も、「テロに鈍感」どころか、テロを積極的に肯定するような発言をしたことがある。石原は、2003年に田中均・外務審議官(当時)の自宅に爆発物が仕掛けられた事件について、「当たり前の話だ」と言い放ったのだ。

安倍を国政の長に、そして石原を都政の長にいただくような社会だから、こんな異常な事件が起きるのだろうと思う。

最後に、朝日新聞記事に掲載された伊藤一長さんの市長時代の略歴を紹介したい。
http://www.asahi.com/national/update/0418/SEB200704180001.html


 伊藤市長は、同市初の戦後生まれの市長。原爆投下の2週間後に疎開先の山口県で生まれた。長崎市議、県議を経て、95年に本島等氏を破って初当選した。

 就任後は、被爆地の市長として国際会議などでも発言してきた。当選した年の11月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での証言で、広島市長とともに「核兵器の使用は国際法に違反していることは明らか」と陳述。「違反とまでは言えない」との立場の外務省からは、文言をめぐって直前まで働きかけが続いたが、曲折の末、「違法」を明言した。

 02年8月には「原爆の日」の「平和宣言」で、同時多発テロ後の米国の核政策を「国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行している。こうした一連の独断的な行動を断じて許すことはできない」と述べ、初めて米国を名指しで批判した。

 05年5月、米ニューヨークの国連本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の本会議場で発言。長崎の原爆で黒こげになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と訴えた。

 今年3月、前年に続いて被爆地・長崎の反対の声を押し切り、米海軍のイージス艦が長崎港に入港。「核搭載の疑惑もある軍艦なので、残念の一言に尽きる」と語った。

 市役所内の裏金問題で自らの減給処分を決め、4月の市長選へ出馬を表明。不正に終止符を打つ構えを示した。

(asahi.com 2007年04月18日 03時48分)

伊藤市長のご冥福を、心からお祈り申し上げる。


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 私のブログからは、なぜかTBが通らないので、コメント欄で紹介させていただきます。
 もう一つの記事とあわせ、是非お読みください。
ブログ記事URL
http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/39122423.html
別記事 http://atbb.jp/abend/viewtopic.php?t=335

2007.04.18 07:34 URL | 眠り猫 #2eH89A.o [ 編集 ]

選挙期間中の候補者を殺すつもりで襲撃したのですから、「テロ」と言っていいでしょう。「テロとの闘い」と普段は声高に言うアベ首相から、いち早く非難の声明が出されないのは、アベ政権の本質を現しています。
言論の自由がない国は、全体主義国家です。
そうなれば、これから進む道は、歴史が教えていますね。

2007.04.18 09:54 URL | 非戦 #tRWV4pAU [ 編集 ]













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伊藤一長長崎市長が銃撃され心肺停止→死去【合掌】
17日午後8時前、長崎市大黒町の選挙事務所前で、伊

2007.04.18 19:38 | ネット社会、その光と闇を追うー

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2007.04.19 00:42 | アッテンボローの雑記帳