きまぐれな日々

死んだ男の残したものは ひとりの妻とひとりの子ども

昨日のブログは、ドミニク・ヴィスと石川セリの2種類のCDで、武満徹の「死んだ男の残したものは」を聴きながら書いた。

この歌に歌われる死んだ男、死んだ女、死んだ子供、死んだ兵士は、いうまでもなく戦争の犠牲者だが、おととい書いた、大事件に絡んで「自殺」した人たちは、政治犯罪・経済犯罪に伴って命を落としたといえるわけで、彼らも戦死者に匹敵するほど痛ましい犠牲者だと思う。

たとえ犯罪にある程度加担していたと仮定しても、彼らの死は他の誰かを守るためのものであり、それが自殺であろうと他の死因であろうと、本来死ななくてもよかった人間の死である。

だからなんともいえず痛ましいのだ。もし、自分が彼らの立場だったらと思うと、これほど恐ろしいことはないだろう。

野口英昭さんには、ひとりの妻とふたりの子供がいた。
5月21日の「きっこの日記」が、久しぶりに、野口英昭氏怪死事件に関する記事をアップしている。
立花隆が、野口氏が怪死し、その遺体の解剖を沖縄県警が行わなかったという大失態によって、事件の闇につながる手がかりは永久に失われたと書いたが、それでもなおきっこさんは果敢に事件の真相に挑んでいる。

立花隆は、以前、耐震強度偽装問題を追及するきっこさんを、「事件を表に出そうとする強い意志を感じる」と評したが、それは、ライブドア事件についても当てはまるだろう。
きっこさんは、命を賭けて情報を発信しているという印象を受けた。

今回の「きっこの日記」情報が、今後の捜査や裁判の行方に影響を与えるかというと、悲観的な予想に傾かざるを得ないし、村上ファンドや東大中退男にまで累が及ぶとも思えない。

ただ、村上ファンドは外資となったし、中退男については、某蹴球団をめぐる話の真偽はともかく、男のいかがわしさを指摘する情報はずいぶんあるのだ。

とにかく、非業の死を遂げる人間がひとりでも少なくなることを願いつつ、事件の今後に注目していきたい。
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2006.05.22 22:41 | 野口英昭怪死事件 | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク