きまぐれな日々

今年は日本が世界に誇る作曲家、武満徹の没後10年に当たります。

1996年2月の寒い日、武満氏の訃報を知った時の衝撃は忘れられません。難解な音楽が多いため、熱心な聴き手というわけではありませんでしたが、神経を音楽に集中させて聴くと、必ず引き込まれる、そんな音楽を書いた人でした。

1996年は、司馬遼太郎(2月12日)、藤子・F・不二雄氏(9月23日)、遠藤周作(9月29日)と、わが国が立て続けに偉大な創作家を失った年でした。司馬氏と武満氏、藤子・F氏と遠藤氏は、それぞれ命日が近かったため、余計に立て続けに、という印象が強かったです。人間はいつかは必ず死ぬものだとは言え、四氏はいずれも日本人の平均寿命に達しない年齢での死でした。
創作活動には多大なエネルギーを必要とし、それが彼らの寿命を縮めたのかもしれません。

武満徹の話に戻りますが、私は彼の現代音楽作品のCDを何枚か持っていて、それを聴いていたのですが、2002年にドミニク・ヴィスというカウンターテナー歌手が、武満徹の「うた」を録音したCDを買いました。

武満の「うた」は、彼の書いた難解な現代音楽とは全く異なり、ポップス系の音楽です。武満は生前、流行歌に非常に詳しく、多くの歌をそらで歌えたそうですが、彼が作曲した「うた」も、そんな側面を表したものです。
ヴィスはクラシックの歌手(バロック期のオペラを得意としているそうです)なので、ピアノ伴奏で、クラシックの発声で歌っていますが、オリジナルの日本語の他、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語の5ヶ国語で歌っています。

中では、谷川俊太郎の詞に曲をつけた「死んだ男の残したものは」が超名曲で、肺腑を抉る音楽とはこういうものを言うのでしょう。谷川の詞がまた素晴らしい。但し、ヴィスは英語で歌っています。

これは、1965年に作曲された曲で、反戦集会でよく歌われていたそうです。若者の間で、不気味な排外主義的ナショナリズムが台頭している現在まで、武満が生きていてくれれば良かったものを、と思わざるを得ません。

ヴィスのCDを聴いたあとしばらく経ってから、そういえば武満が亡くなる前の年、1995年に石川セリが武満の歌を歌ったCDを出していたなあ、と思い出し、これも買い求めました。これは石川セリのファンだった武満の、たっての希望で実現した録音だそうです。ポップスの編曲によるものですが、もともとそういう発想で作曲された音楽なので、曲とよく合っていると思います。
ただ、「死んだ男の残したものは」を、石川セリは原曲のリズムを変えて歌っていますが、これについてはオリジナルのリズムで歌ったヴィスの方が気に入っています。
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2006.05.21 22:49 | 音楽 | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク