きまぐれな日々

昨日の記事にも書いたことだが、フジテレビの番組で、いつも腹立たしい発言ばかりしている右派評論家の竹村健一が、従軍慰安婦をめぐる安倍晋三首相の発言がアメリカのメディアに批判されていることに関して、「日本人は、自分たちが拉致されるなど人権を侵害された時は大騒ぎするが、他の民族の人権が侵されること(筆者注:暗に従軍慰安婦を指す)には鈍感だという印象を与えてはいけない」という意味の、竹村の発言とは思えないまっとうな発言をした。

同じ非難を中国や韓国だけから受けている時には、竹村は確かそれに反発していたような気がするが、アメリカが騒ぎ始めると掌を返すあたりが親米右派の竹村らしいなと思った。しかし、今回の竹村の主張が正論であることは確かだ。

さて、人権に鈍感な政治家というより、意識的に人権を軽視する発言を繰り返しているのが石原慎太郎である。有名な身体障害者に対する差別発言や「ババァ発言」は、「世界に晒す日本の恥」としかいいようのないものであるが、これまで私は、これらについて改めて取り上げるのもあほらしいと思ってきた。

しかし、前記竹村の発言を聞いて、一度はこの石原の人権蹂躙(じゅうりん)の暴言を復習しておかなければならないと思い立った。そこで、今日の記事はこれらの暴言を蒸し返すところから始める。

まず、身体障害者に対する差別発言から。
Wikipediaの「石原慎太郎」から、「障害者に対する姿勢」の項を紹介する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%85%8E%E5%A4%AA%E9%83%8E#.E9.9A.9C.E5.AE.B3.E8.80.85.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.99.E3.82.8B.E5.A7.BF.E5.8B.A2

以下引用する。

障害者に対する姿勢

1999年9月に東京都知事として府中療育センター(重度知的・身体障害者療育施設)を視察した後、記者会見で「ああいう人ってのは人格あるのかね。ショックを受けた。ぼくは結論を出していない。みなさんどう思うかなと思って。絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状態になって」と発言した。次いで「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。そこは宗教観の違いだと思う。ああいう問題って安楽死につながるんじゃないかという気がする」と発言意図を説明した。「人格あるのかね」については、即日「文学者としての表現」と弁明した。(朝日新聞1999年9月18日より。)

東京新聞はさらに詳しく発言を採録しており、視察の帰りがけに「入所者は自分がだれだか分からない。(彼らに)人生がない、というくくり方をする人もいるが、それなりの人生があるんだという一つの確信を持って仕事をしているのは、素晴らしいことだ」と発言していることを報じた。

石原はこの発言について大阪府豊中市の知的障害者団体から抗議された。

石原の発言を差別発言として報道した朝日新聞社に対して石原は産経新聞紙上で次のように反論した。「私の発言の真意は、行政の長というよりも一人の人間として、みずからも思い悩むことを感じさせられ、そのことを自分自身にも、記者の皆さんにも問いかけたものであります。ある新聞が、現場にも同行せずに、この発言を意識的に曲解し、あたかも私が障害を持つ方々の人格を傷つけたと、多くの読者に印象づけたことは、報道の正確性にもとり、許せぬ行為でもあります。これは卑劣なセンセーショナリズムであり、アジテーションであり、社会的には非常に危険なことだと思います」

(Wikipedia 『石原慎太郎』より)


次は「ババァ発言」。これも、Wikipediaの 『石原慎太郎東京都知事 「ババァ発言」 事件』から。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%90%E3%82%A1%E7%99%BA%E8%A8%80

問題とされた石原慎太郎の発言は以下の3つである。

1. 「これは僕がいってるんじゃなくて、松井孝典がいってるんだけど、“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァ”なんだそうだ。“女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です”って。男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を生む能力はない。そんな人間が、きんさん・ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害だって…。なるほどとは思うけど、政治家としてはいえないわね(笑い)。」
(「週刊女性」 2001年11月6日号より)

2. 「この間すごい話をしたんだ、松井さんが。私は膝をたたいてその通りだと。女性がいるから言えないけど…。本質的に余剰なものは、つまり存在の使命を失ったものが、生命体、しかも人間であるということだけでいろんな消費を許され、収奪を許される。特に先進国にありうるわけだ。でね…、やっぱりやめようか(笑)。あれが実は地球の文明なるものの基本的な矛盾を表象している事例だな。」
(「都政新報」 2001年10月26日号より)

3. 「そして、他の動物、他の生命体とのかかわりの中で、人間が人間というものの存在を主張し過ぎたために、非常に横暴な存在になった。そして、彼が例を挙げたのは、ほとんどの動物は繁殖、種の保存ということのために生きて、それで死んでいくが、人間の場合にはそういう目的を達せない人でも、つまり、人間という尊厳の中で長生きをするということで、彼はかなり熾烈な言葉でいいまして、私はそのときに、なるほどなといいながら、しかし、それは政治家にはいえないから、あなたみたいな専門家じゃなきゃとてもいえませんなといって、そのときに慨嘆したんだ。(中略)私が思わずひざをたたいた所以の一つは、私の友人でもありました深沢七郎氏が書いたうば捨て山という、あの、要するに「楢山節考」という、年をとったそのおばあさんを、その部落の貧困のゆえに、あえて生きている人間を捨てに行くという、これは年をとった女の人が、他の動物の生存の仕方に比べれば、かなり横暴な存在であるという表現の、実は逆説的な一つの証左でありまして、私はいろんなことを思い合わせながら、その松井さんの話を非常に印象深く聞いたわけです。」
(「平成13年東京都議会会議録第16号」(2001年12月11日)より)

(Wikipedia 『石原慎太郎東京都知事 「ババァ発言」 事件』より)


なお、石原は「松井孝典がいってるんだけど」などとほざいているが、松井自身がこれを否定している。
以下、Wikipedia 「松井孝典」の「石原慎太郎ババア発言」より。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E5%AD%9D%E5%85%B8#.E7.9F.B3.E5.8E.9F.E6.85.8E.E5.A4.AA.E9.83.8E.E3.83.90.E3.83.90.E3.82.A2.E7.99.BA.E8.A8.80.E3.81.AB.E5.AF.BE.E3.81.97.E3.81.A6

石原慎太郎ババア発言に対して

石原慎太郎は「ババア発言(文明がもたらした最も悪しき有害なものはババア)」は、松井の「おばあさん仮説」を出所と主張しているが、松井は「石原氏の発言を見ると、私の言っていることとまったく逆のことだからね。私はこういう言い方はどこでもしたことはないし、おばあさん仮説という理論を私はいろんなところで話しているから、それを見てもらえば分かるでしょう。」(月刊『自然と人間』2003年2月号)と述べている。実際、松井の理論は、ヒトの女性が生物としては例外的に生殖可能年齢を超えて生存することで「おばあさん」が集団の記憶装置としての役割を果たし、そのことで文明の誕生が可能になった、さらに結果としてヒトの文明が地球環境を蝕む結果をももたらしているというものである。確かに「おばあさん」の存在が地球環境を蝕んだことを論じてはいるが、それは人類文明の発展は「おばあさん」によって可能になり、その文明が地球環境を蝕んでいるという逆説的現実を表現したものに過ぎない。また、この発言に対して損害賠償を求めた裁判の判決の中で東京裁判所は、発言が石原個人の見解であると認めたが、判決後もなお石原は松井の説を紹介しただけと主張している。

(Wikipedia 『松井孝典』より)


このような発言を連発する石原を、万一東京都知事選で三選を許したりしようものなら、日本は人権を軽視、蹂躙する国として国際社会の笑いものになるだろう。

さて、枚挙に暇のない石原の犯罪的人権侵害のうち、中でも呆れ返るのが1983年の総選挙において、対立候補の新井将敬を誹謗中傷した「黒シール事件」である。
これもWikipedia 「石原慎太郎」 より引用する。

1983年の衆議院議員総選挙の時には東京2区で対立していた自民党候補新井将敬の選挙ポスターに石原の第一秘書である栗原俊記が「'66年北朝鮮より帰化」というシール3千枚を貼って回り、その秘書は現行犯逮捕された。(いわゆる黒シール事件。石原本人の関与の有無は明らかとなっておらず秘書の責任ということになっている。)この件に対して民族派右翼の野村秋介が石原の自宅に押しかけ「日本民族の顔に泥を塗る破廉恥行為である」として抗議行動を行っている。

(Wikipedia 『石原慎太郎』より)


「石原本人の関与の有無は明らかとなっておらず」と書かれているが、これは政治家お得意の、責任を全て秘書に押しつけるやり口だ。石原の普段の言動を見ていれば、真相はおのずと明らかだろう。

なお、この新井将敬は1998年2月に死去した。「自殺」ということになっているが、死因に関して諸説があり、他殺説も根強く語られているが、真相は闇に葬られている。一昨年来、耐震偽装問題やライブドア事件に絡んで「自殺」者が続出したことを思い起こさせる、背筋が凍る話だ。

何はともあれ、日本人が人権を重んじる民族であることを世界に示すためには、石原慎太郎の三選だけは断じて許してはならないと思う。


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