きまぐれな日々

今日は短いエッセイです。

東京都知事選への出馬が取り沙汰される浅野史郎さんについての弊ブログの記事に、多数のコメントやトラックバックをいただき、どうもありがとうございます。管理人はコメントにはすべて目を通してはおりますが、多忙でもあり、必ずしも反応はできかねることをおことわりしておきます。

さて、現在の言論状況を考えているうちにふと思い出したのが、中国の政治家だった小平(とう・しょうへい)の言葉です。一部の日本語環境で「」の字が表示できないので、通例ネットでは「トウ小平」と表記しますので、当ブログでも以下これに従います。

トウ小平はかつてこう言いました。

『白猫でも黒猫でも、ねずみを捕るのが良い猫である』

中国の文化大革命で、トウ小平が「走資派」(=資本主義に走る者)として批判されていた頃、この言葉も槍玉に挙がっていましたが、私は当時からなかなか良い言葉だと思っていました。私が子供時代、政治に興味を持つようになった頃、まだ毛沢東は存命で、文革時代の中国の話題は、しばしば新聞の紙面を賑わせたものです。「歓喜の歌」で知られるベートーベンの第9交響曲さえも「ブルジョワ的」として批判の対象となるほどの、でたらめな毛沢東の圧政時代、「四人組」が猛威をふるい、トウ小平は追放されましたが、毛の死去後復権しました。今では、文化大革命は、内政に行き詰まった毛が、国民の不満をそらすために国内に「抵抗勢力」を作って、徹底的にこれを弾圧するとともに、国民を大虐殺した、きわめて悪質な犯罪だったというのが通説になっています。それにしても、毛沢東の発想や手口は、誰かにとてもよく似ていますね(笑)。

トウ小平は復権後、日本でも人気が高く、1978年の大平首相との会談も好意的に報じられました。当時は日中関係がもっとも友好的な時代だったと思います。しかしトウ小平は、のち1989年の「天安門事件」の際には、弾圧者としての側面も見せました。

功罪相半ばするトウ小平ですが、「白猫黒猫論」は、私はたいへん気に入っています。とにかく、ねずみを捕らないことには何も始まりません。

『トウ小平 - Wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3


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最近の猫は、人間の作ったフードを食べるので、ねずみを追いかけなくなった?そのフードも、インド洋などで大量に取った魚だそうで、現地の漁民の漁場荒らしになっていると聞いたことがある。真偽の程は確認しなければならないが、ドッグフィードもキャットフードも原料はどこか?ワーキングプワやホームレスの日本で、このような食べ物があることそのものが、「豊かさ」と「貧しさ」を象徴しているように思います。

この話、関係ないようだけど、独立国ニッポンの現状の背景に日米安保条約があることを示しているのでは?この日米安保条約の法体系と日本国憲法の法体系は敵対的矛盾です。この二つの道について、どのような立場をとるのか、それも現在の政治的争点ですね。

猫をどこの政党にたとえるか、それはお読みになった方にお任せいたします。

2007.03.02 17:12 URL | コミュニスト #- [ 編集 ]

ダグラス・ラミスさんが、講演で、「護憲派の人で、基地反対の人でも、日米安保反対とは言わないね」とおしゃいました。

つまりコミュニストさんが書かれた様に

>この日米安保条約の法体系と日本国憲法の法体系は敵対的矛盾です。

とラミスさんは、言いたかったのです。

そして、「復帰前、本土が沖縄の人に聞かずに結んだ日米安保条約のもとで、基地の75%が沖縄に押し付けられた。基地問題を沖縄の問題にすることで、本土政府も国民も、
憲法9条が守られていたと思ってきた。沖縄には憲法9条がない状態だ」とおっしゃいました。

さて、今、都知事選やこの基地問題などで、

>白猫でも黒猫でも、ねずみを捕るのが良い猫である。

の意味を考えています。自分で、白猫、黒猫、ねずみをいろいろな政党、人物にたとえながら。猫が白、黒、以外のがぞろぞろ出てくるのかな。

2007.03.02 17:46 URL | 非戦 #tRWV4pAU [ 編集 ]

少なくとも社民党や共産党は、ぜんぜんネズミを捕れなかった猫だということは、よーく反省する必要があるでしょうね(笑)。

魚住昭さん曰く、戦後実質的に憲法を守ってきたのは、社共などの「護憲勢力」などではなく、自民党内の「汚れたハト」たち(宏池会の流れなど)だとのことで、これには私も同感なのですが、ひたすらパッシヴに「護憲」なるお経を唱えるだけではなく、能動的に未来を切り開く力を身につけない限り、「護憲勢力」に未来はないと思います。

2007.03.03 01:17 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

1.「社民党や共産党は、ぜんぜんネズミを捕れなかった猫」論もあるんですね。政権を取れない猫なのはわかるけど、政権を取っているネズミと政権を一度とった猫もひどいネズミと猫でしたね。国民いじめのネズミと猫だったんですから。そのネズミと猫もしたたかですが、必ず変わると確信しています。中南米のような時代か必ず来ると思います。

2.「戦後実質的に憲法を守ってきた」のは、社共などの「護憲勢力」なんですよ。ここに結集した「国民」、これらの国民を支持した「名もなき国民」を愚弄していませんか?60年代から70年代などの革新勢力の運動をどう評価します?とても「自民党内の「汚れたハト」たち(宏池会の流れなど)だと」という議論にはなりえないのでは、事実からして。

3.「ひたすらパッシヴに「護憲」なるお経を唱えるだけ」という評価は「憲法を暮らしに生かす地方政治」「非核自治体宣言」をあげてきた地方の運動、毎年ヒロシマとナガサキで行われている原水爆禁止運動、60年代から70年代のベトナム反戦運動(ベトナム人民は日本の人民の運動に励まされたことは周知の事実)、沖縄をはじめ全国各地で展開されている基地撤去の運動(最近では岩国の住民投票)などが全く見えていないように思うのですが、誤解でしょうか?

3.最近の「9条の会」の運動や「全国革新懇」の運動などもあります。名もない民衆の正義と良心と平和を求める運動は、実に多様に展開されてきていると思います。

2007.03.03 13:50 URL | コミュニスト #- [ 編集 ]

要するに、ひどいネズミから順番に駆除していって、ちょっとずつよくしていけば良いものを、一足飛びに最善を求めて、勝てない戦いをしたってしょうがないってことです。

護憲運動については、「反動勢力に対するカウンター」でしかなかったのが弱いところです。もちろん、権力の横暴というのは常に存在するわけだから、それへの抵抗運動の意義は認めますけど、私が子供の頃から抱いていた憲法9条のイメージは、単に抵抗運動、反政府運動にとどまらず、新しい時代を切り開く理念だと思っていたのに、現実には反動勢力、復古主義勢力へのカウンター以上の意味が追求されなかったから、中曽根やナベツネといった改憲勢力の主張が、徐々に人々の心に食い込んでいったのを止められなかったのだと思います。

敵が30年かかってやってきたことを、一朝一夕に崩せるはずがないのに、崩せるかのような幻想を「護憲勢力」が いまだに抱いているという印象を、私は持っています。

いうまでもありませんけど、私は改憲には大反対ですからね。

2007.03.03 14:10 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

コミュニストさま

>最近の「9条の会」の運動や「全国革新懇」の運動などもあります。

最近の「9条の会」の運動とは、7月の参議院選で候補擁立を決めた、
「9条ネット」のことかな?(違ったら、ごめんなさいね...)
http://fujitak.at.webry.info/200702/article_2.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hikikomori9/28925570.html?p=1&t=2

はじめは、社民、共産を含めた、統一会派を作りたかったんだけど、
とくに共産党の、非協調的態度のせいで、
やむをえず、独自に会派を作ることになったそうですね。
(「実に多様に展開されてきている」じゃなくて、
「さらに分裂をきわめてきている」じゃないのかな...?)

2007.03.03 15:07 URL | たんぽぽ #ZiqE0vWU [ 編集 ]

1.それについては、「依存症」さんのブログが、結構的を得ているかも知れません。

2.「9条の会」とは、大江健三郎さんたちの「会」のことです。

3.社民党と共産党、民主党も部分的には共闘していますが、国政レベルになると、「政権構想」ということになりますので、現状では難しいでしょうね。

4.70年代初頭には、安保条約廃棄・大企業優先排除・憲法擁護で、公明党まで含めて政権構想が出そろったことがありましたが、結果的に実現できませんでした。地方レベルでは社会党と共産党、労働組合や市民団体・民主団体の政策合意と組織協定が一致し、東京・神奈川・埼玉・大阪・京都・滋賀・香川・福岡・沖縄などで、県政レベルで統一知事が誕生したことがありました。もちろん市当村レベルでも、いわゆる「革新自治体」が誕生しました。

5.でも80年の公民合意と社公合意(安保・自衛隊容認・共産党排除)によって、今日の事態となったのです。

6.70年代は保革逆転、80年代は与野党逆転、90年代は非自民政権、00年代は二大政党制による政権交代と、歴史が変わってきました。自民党亜流政権が二大政党制の「利点」なんでしょうね。70年代の「政策」で政権交代を実現するスタイルとは大きく違ってしまった!

2007.03.03 18:27 URL | コミュニスト #- [ 編集 ]

共産党は正しいのだ、悪いのは他党の連中だと、言いたいようだけど、
それを「非協調的」と言うんじゃないのかな?
(あと、「むかしは仲よかった」じゃなくて、
「いまは仲悪い」というお話ですので、ねんのため...)

公明や社民や民主との闘いは、アベ自民党という
大いなる敵を倒してから、存分にやっても間に合うことなのに、
自民党そっちのけで、護憲勢力同士でいがみあったりするから、
「ねずみを捕らない猫」なのではないのかな...?

(やっぱり、コイズミやアベと言った、「遠くの敵」より、
直接同じ票田を取り合う、「近くの敵」を倒すほうが、
共産党としては大事、ということかしら...?)

2007.03.04 17:04 URL | たんぽぽ #ZiqE0vWU [ 編集 ]

たんぽぽさんへ
1.[共産党は正しいのだ、悪いのは他党の連中だと、言いたいようだけど]なんていってないですよ。よく読んでくださいな。
2.「「いまは仲悪い」というお話」なんて一般論を言っているのではありません。政策的な相違点の問題です。最大の問題は。でも、でも、なんですよ。一番良いのは、沖縄の例があるように、共闘できる条件もあるということです!でもその場合は政策協定と組織協定が調印されなければなりませんね。これは歴史の事実です。
3.「自民党そっちのけで、護憲勢力同士でいがみあったりするから」って順序と事実が違うのではありませんか?最初に立候補し、政策も発表している「護憲勢力」の吉田氏が同じ「護憲勢力である浅野氏」がダメというのは何故か、なのです。でも浅野氏が護憲勢力かどうか、それは不明ですよ。彼は、この間この問題について明確に護憲って言ってましたっけ?調べてみますけど。少なくとも浅野氏を担いでいる人たちのなかには憲法「改正」を主張している人もいるようですよ。
4.そもそも、ものの順序からすれば、石原都政を転換していこうという点で一致しているのであれば最初に立候補を表明していなかった浅野氏が最初に立候補している吉田氏に呼びかけるべきではないでしょうか?一致してやりたいのですけど、どうでしょうかって。そうではなく、吉田氏が立候補するのはおかしい、いかがなものでしょうかって、おかしくないですか?
5.まぁ、どっちかどうかは、別にしても、選挙は政策・マニフェストで戦う訳ですから、最初に出している吉田氏ではダメなんだと言っているのは、浅野氏であり、その支援者の皆さんなのではありませんか?

2007.03.04 20:54 URL | コミュニスト #- [ 編集 ]

>でもその場合は政策協定と組織協定が調印されなければなりませんね。

その政策協定で、いちばん妥協しないのが、共産党じゃないのかな?
こんなのを見ると、やっぱりそういう感じだし...
http://news.www.infoseek.co.jp/society/story/08gendainet02030485/
|もちろん共産党が民主党と組んでも、うまくいかない。
|政策のすり合わせなどでグチャグチャになってしまう。

2007.03.06 23:43 URL | たんぽぽ #ZiqE0vWU [ 編集 ]













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