きまぐれな日々

一昨日の記事で、60年代に創価学会の批判をした故藤原弘達氏に賛辞を呈した。

藤原氏は、70年代に「時事放談」で故細川隆元氏と二人して毒舌を撒き散らしていたことで知られる。当時は右派評論家として色眼鏡で氏を見ていたが、まさか自民党と公明党の連立のファッショ的性格まで見抜いていた慧眼の士だとは思いもよらなかった。

その藤原氏が世を去ったのは1999年のことだが、Wikipediaによると、「藤原の葬儀の際、創価学会員からの大量の祝電が殺到したことは広く知られている」そうだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E5%BC%98%E9%81%94
私が創価学会なる宗教団体をどうしても許せないのは、こういったところにも一因がある。いくら生前に宿敵だったからといって、葬儀に大量に祝電を送るなどというのは、まともな人間のやることではないだろう。

たとえば、かつてなら自民党と社会党に分かれた論敵の政治家の片方が死去した時、対立陣営に属する相手方が、心のこもった弔辞を読み上げるなどというのは、普通に行われていたことだ。
しかし、創価学会、公明党にはそれがない。ひたすら狂信的なのだ。
彼らの宗教上の敵である日蓮正宗に対する創価学会の罵詈雑言のすさまじさは、ネット検索をしてみれば、すぐにわかることだ。

そんな創価学会、公明党が自民党の首根っこを押さえてしまったのが、現状だろう。公明党と連立を組んで以来、自民党は変質してしまった。

私自身は昔から自民党は不支持で、選挙では自民党と公明党にだけは投票しないと公言している人間だが、それでも、価値観の多様性を認める自民党の懐の深さだけは認めてきた。

しかし、公明党と連立を組んで月日が経つうち、自民党は、郵政民営化法案に反対する議員を公認しないどころか、当該候補に刺客を送り込む政党に変わり果ててしまった。

今は、自民党が公明党化してしまった状態だといえるだろう。戦後民主主義の最大の危機。そんな気がする今日この頃なのだ。
関連記事
スポンサーサイト
2006.05.11 23:45 | 時事 | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク