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きまぐれな日々

 2019年が明けた。今年もよろしくお願いします、と書きたいところだが、この記事をこのブログの最後から5番目の記事とする予定だ。

 そういえば今年は「平成」とやらも終わるとのことだが、1月10日付の『kojitakenの日記』にも書いた通り、年末年始のテレビで、普段西暦しか使わない民放各局が「へーせー、へーせー」と連呼していたのには本当にうんざりさせられた。個人的には「へーせーの終わり」なんかより「『はてなダイアリー』の終わり」の方が感慨深い。自分から終わりを決めているこのFC2ブログと違って、「はてなダイアリー」はブログサービスの方から終わりを強いられるからだ。ちなみに、昨年後半からブログ更新のモチベーションが目立って落ちていた私は、今年春と聞いていた「はてなダイアリー」の更新停止が1月28日に前倒しされたことを先週木曜日か金曜日だかになってやっとこさ知って慌てふためいているところだ(苦笑)。

 そんなこんなで、終わりか始まりかわからない2019年の幕開けとなったが、「終わりか始まりかわからない」といえば、安倍晋三政権がその最たるものだろう。

 安倍政権及び政権与党の自民党は、中身が腐ってきたばかりでなく、支柱までもがぐらついてきている。かと言って「反安倍」のたとえば「市民連合」が掛け声をかける「野党共闘」が安倍政権を倒すのではなく、何らかのきっかけでいつか政権が自壊するのだろうとしか私には思えないが、とは言ってもその「自壊」はそんな遠い未来のことではないことを感じさせる兆しがいくつも表れ始めた。

 「自壊」が何をきっかけにして起きるかは全くわからない。経済かもしれないし、外交かもしれない。ただ、「市民連合」が熱心な憲法問題から自壊することはないだろう。

 今の日本は、統治機構が溶解しつつある様相を呈している。その表れが、現在話題になっていることを例に挙げれば、たとえば厚労省の「毎月勤労統計」の改竄だし、東京五輪招致をめぐるJOC(竹田恒和)と電通の贈賄疑惑だし、日露外相会談後の共同記者会見への出席を外務大臣の河野太郎が拒否するという前代未聞の醜態だ。この河野太郎は、昨年終わり頃にも記者会見で質問に答えず「次の質問どうぞ」と言って逃げたが(この時河野が答えなかったのも日露関係に関する質問だった)、それと同質のことを日露外相会談後の共同記者会見への出席拒否というかたちでやらかしたものだから、ロシア側から強い批判を浴びた。以下、朝日新聞デジタルから記事を引用する。

https://www.asahi.com/articles/ASM1G0S5YM1FUHBI01G.html

ロシア「日本が共同会見を拒否」 外相会談を前に批判

モスクワ=石橋亮介 2019年1月14日09時28分

 ロシア外務省のザハロワ報道官は13日、ロシア国営放送のテレビ番組に出演し、モスクワで14日にある日ロ外相会談後の共同記者会見を「日本が拒否した」と語った。「日本は平和条約問題で情報の不安定な状況を作り出して人々を惑わす一方、協議の結果を記者会見で伝える意思はない」と主張。「奇妙で矛盾した行動だ」と批判した。

 ザハロワ氏は「最も驚いたのは、協議の前日になって日本が共同記者会見を開かないよう頼んできたことだ」と説明。日本側はその代わりに日本メディア向けの非公開の説明をすることにした、と述べた。

 日ロは昨年11月の首脳会談で、歯舞群島と色丹島の引き渡しを明記した日ソ共同宣言を基礎に、平和条約交渉を加速することで合意した。だが、ロシアは同宣言には引き渡し後の島の主権が「どちらになるのか触れられていない」(プーチン大統領)などと主張し、島の引き渡しに否定的な構えを崩していない。

 このため、日本で北方領土の引き渡しを前提とした議論があることにロシア側はいらだちを募らせている。ザハロワ氏の発言は、日本政府が交渉の進み具合について、自国向けだけに独自の解釈を広めようとしている、との警戒感を示したものだ。(モスクワ=石橋亮介)

(朝日新聞デジタルより)


 要するに、河野太郎というか安倍政権は、ロシア向けと国内向けに二枚舌を使おうとしているわけだ。

 「大本営発表」で日本国民を騙すことができた(?)戦時中ならともかく、世界中から情報が流れ込み、それをシャットアウトできない時代に、こんなことをやっている。ザハロワ報道官は「日本側はその(共同記者会見の)代わりに日本メディア向けの非公開の説明をすることにした」と皮肉っているが、この「非公開の説明」を日本国民に宣伝するのが、いまや平壌中央放送の女性アナウンサーと変わるところが何もないNHKの岩田明子による「外交の安倍」とやらの嘘宣伝なのだろう。

 これを、統治機構の溶解の結果と言わずして何と言おうか。

 もうだいぶはっきりしてきたが、現在の「崩壊の時代」は、前の戦争の時と違って、「終戦」(=敗戦)という形で、いわば爆発して終わるのではなく、徐々に溶解していって最後は混沌(カオス)に至るのだろうと思う。その結果、そこからの再建も、ゼロからの再出発に近かった「戦後」とは異なり、ドロドロに粘りつく溶け残りに足を取られながらの困難極まりないものになるに違いない。

 だから、どのような「再建」になるかは全く想像もつかないのだ。
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2019.02.08 00:19  | # [ 編集 ]













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