きまぐれな日々

 このところずっとそうなのだが、月の半ば、特に5日から15日頃にかけてあまりネットに時間をとれない。今月は特にひどくて、ここ数年では最悪の状態だった。今ではこのブログよりもずっとアクセス数が多くなった(というよりこのブログのアクセス数が減っていったという方が正しいが)「kojitakenの日記」さえろくに更新できない日々が続いた。と言いながら、実は日曜日(12日)に千葉のQVCマリンフィールドにプロ野球を見に行っていたのだが(ひいきのヤクルトはロッテに大敗した)、そのプロ野球観戦と、それに出かける直前に「kojitakenの日記」に駄文を2つ書いたこと以外は、私としてはまことに珍しいことだが、ほぼ仕事オンリーの日々が続いた。プロ野球の試合はデーゲームだったが、それが終わると日曜日でも夜遅くまで開館している東京都内某区の図書館に行って閉館間際まで仕事の準備をして、月曜日から昨日までは昼食もコンビニ弁当をつまみながら仕事をやる始末で、週明けからの3日間はネットはおろか本も読めなかった。ただ夜に遅い夕食をとりながら報ステの後半とNEWS23を見る時間くらいはあったが。その仕事漬けの日々に、昨日ようやく一段落つけて、久々にブログに記事を書いた次第だ。

 前振りが長くなったが、NEWS23では、異様なほど東京都知事・舛添要一の問題に長く時間を割いていた。この番組は、先週末には市川海老蔵夫人の小林麻央氏の不運な進行性乳癌罹患にやはり異様に長い時間を割くなど、単にキャスターが岸井成格から星浩に代わっただけにとどまらない番組の劣化が目を覆うばかりであるように思われるが、TBSだけではなく朝日新聞も連日一面トップは舛添要一で、一昨日(14日)の朝刊一面トップの見出しが黒字白抜きで最上段横書きの「舛添知事 辞職不可避」とあっては、これがいわゆる「新聞辞令」というやつか、舛添はもう持たないなと思った。結局舛添は昨日辞意を表明した。

 報じられた舛添の公私混同ぶりは確かにひどいといえばひどいもので、それが問題視されれば退陣不可避となったのは止むを得ないとは思う。ただ、いくつか気になることがある。

 先月のことだが、例によって仕事の山がピークを越えた下旬の週末から月曜日にかけて、2泊3日で本物の山に歩き(登り)に行っていた。その山から下りて、麓で地元のおじちゃんおばちゃんたちが雑談していたのを小耳に挟んだ時、おばちゃんが出し抜けに「舛添さんみたいなもんだよねえ」と口にしたのだった。おお、舛添批判はそこまで浸透しているのかと思った。それが5月23日。この時期にはテレビのワイドショーで連日舛添が叩かれていたと推測される。

 ワイドショーが連日舛添を叩き続けると、舛添やめろの声が高まり、最後には自民党も庇い切れずに舛添退陣と相成った。もしかしたら2013年末の猪瀬直樹の時も似たような経緯だったのかもしれないが、今回は自民党の極右の連中が「舛添おろし」をやろうとしたことが発端だったという指摘がある。以前にも「kojitakenの日記」に取り上げたが、政治ブログ「日本がアブナイ!」の5月14日付記事「舛添おろしがスタートか。舛添に問題あるも、石原との扱い方の差に怒」が、リテラの5月9日付記事「舛添より酷かった石原慎太郎都知事時代の贅沢三昧、登庁も週3日! それでも石原が批判されなかった理由」(著者・宮島みつや氏)を引用しながら、自民党極右勢力の動きを批判している。

 ただ、そのリテラの記事中の下記のくだりには違和感がある。以下引用する。

 ご存知のとおり、石原氏は芥川賞選考委員まで務めた大作家であり、国会議員引退後、都知事になるまでは、保守論客として活躍していたため、マスコミ各社との関係が非常に深い。読売、産経、日本テレビ、フジテレビは幹部が石原べったり、「週刊文春」「週刊新潮」「週刊ポスト」「週刊現代」も作家タブーで批判はご法度。テレビ朝日も石原プロモーションとの関係が深いため手が出せない。

 批判できるのは、せいぜい、朝日新聞、毎日新聞、共同通信、TBSくらいなのだが、こうしたメディアも橋下徹前大阪市長をめぐって起きた構図と同じで、少しでも批判しようものなら、会見で吊るし上げられ、取材から排除されるため、どんどん沈黙するようになっていった。

 その結果、石原都知事はどんな贅沢三昧、公私混同をしても、ほとんど追及を受けることなく、むしろそれが前例となって、豪華な外遊が舛添都知事に引き継がれてしまったのである。

(「リテラ」5月9日付記事「舛添より酷かった石原慎太郎都知事時代の贅沢三昧、登庁も週3日! それでも石原が批判されなかった理由」(著者・宮島みつや)より)


 この指摘は、2007年の東京都知事選当時の状況には当てはまらない部分が多い。当時、右寄りの週刊誌として悪評の高い「週刊文春」や「週刊新潮」は確かに石原を批判する記事はほとんど載せなかった。文芸出版社の大手である文藝春秋や新潮社には、確かに「作家タブー」があったといえるかもしれない。

 しかし、2007年当時には、「週刊現代」(講談社)や「週刊ポスト」(小学館)は「サンデー毎日」(毎日新聞社=当時。現在は毎日新聞出版)に負けず劣らず活発な石原批判を展開していた。ブログで政治について書くようになって日の浅かった当時の私は、それらの週刊誌を買ってはブログ記事で紹介することをかなりやったし、当時の週刊誌の石原批判記事は今でも持っている。一部はスキャナーで読み込んでpdf化したのち廃棄したが、現物かpdfかのいずれかは今も手元にあるのだ。そもそも石原など大家に数え入れられるような作家ではなく、私が文庫本を買うようになった1974年には既に多くの文庫本が絶版になっていたありさまだった。その後は弟・石原裕次郎について書いた本や盛田昭夫との共著『「NO」と言える日本』、最近では再評価の進む田中角栄ブームに当て込んだつまらない小説などの際物が時に話題になる程度の四流作家に過ぎない。だから「作家タブー」も文藝春秋や新潮社止まりで、講談社や小学館にまでは及ばないのである。

 むしろ、リテラが「批判できるのは、せいぜい」と書いた朝日新聞や毎日新聞や共同通信やTBSが石原批判をほとんどしなかった。たとえば毎日新聞などは石原批判は「サンデー毎日」に任せていると言わんばかりだったし、朝日新聞に至っては新聞本体でも「週刊朝日」でも石原批判の記事を読んだ記憶はほとんどない。

 それよりも何よりも、東京都民が石原批判に反応しなかった。当時私は四国(香川県)に住んでいたが、東京都民の知り合いが「浅野さん(浅野史郎元宮城県知事)は東京向きじゃないよねえ」と言っていたのを聞いたことがある。おそらく石原に投票したのだろう。都民の感覚とはそんなものかと呆れたものだ。それどころか都民は「佐々淳之が編み出した「反省しろよ慎太郎、だけどやっぱり慎太郎」などというふざけたキャッチフレーズになびいた。「だけどやっぱり慎太郎」キャンペーンの協力者には、その少し前に「9条護憲派」として「リベラル・左派」の熱い応援を受けていた藤原紀香も一役買った。

 私は、あれだけ週刊誌で悪行三昧が書き立てられている石原は負けるのではないか」と期待していたのだが、それは無惨にも裏切られた。これ以降、東京都民のほか、橋下徹を支持し続けた大阪府民及び大阪市民の選択には毎回裏切られ、そのたびに彼らに悪態をつく繰り返しが(既に東京都民になって久しい)今に至るまで続いている。

 石原に限らず橋下徹もそうだが、彼らマッチョ的な指導者を日本人の多数が排除したことは一度もなく、それどころか民主党政権時代に、朝日・毎日・TBSなどを含めて「決められる政治」を求める声が起きた始末だ(朝日新聞社内でその論陣を張った中心的な人物が、現在TBSでNEWS23のアンカーをやっている星浩である。この4月以降のNEWS23の激しい劣化もむべなるかな)。石原に関しては、わずかに1975年の東京都知事選で美濃部亮吉に敗れたことがあるだけだった。石原は、その敗北をトラウマとして長年抱えていたが、1999年に東京都知事選に当選して宿願を成し遂げると、公私混同をやりたい放題だった。この記事で批判した「リテラ」の記事だが、

石原都知事はどんな贅沢三昧、公私混同をしても、ほとんど追及を受けることなく、むしろそれが前例となって、豪華な外遊が舛添都知事に引き継がれてしまったのである。

という指摘だけは文句なく正しい。なにしろ、人間社会に働く最大の力は惰性力(イナーシア)である。東京都知事の公私混同をイナーシアにする力を最初に与えたのはほかならぬ石原慎太郎だった。単に都民のみならず、マスメディア、特に石原の公私混同を、猪瀬直樹や舛添要一に対して行ったような「ワイドショー攻撃」を行わなかったテレビという媒体に、私は深い病根を見る。

 なにしろテレビが「ワイドショー攻撃」で力を与えると、それはイナーシアどころか2005年の郵政総選挙や2009年の政権交代総選挙で見られた「バンドワゴン効果」を思わせる加速がついて、最大会派の自民党をもってしても歯止めがきかなくなる。前回の猪瀬直樹辞任劇に続く今回の舛添要一辞任劇はそのことを示しているように思われる。

 マスメディア報道で異色を放っていたのは、昨夕職場で読んだ日経夕刊の一面記事だった。日経の記事はネットではかなり厳しい[登録制のために冒頭部分しか読めないので引用できないが、都の非正規職員の正規化、障害者雇用の促進、介護保育人材の確保などの実績が指摘されていたかと思う。ネット検索をかけると、民進党の鈴木けんぽうという渋谷区議会議員のサイトの「活動日記」に6月15日付で「今更ながら、舛添都政の2年間は都政関係者からどう評価されているのか、ご紹介」という記事が公開されている。この記事に、日本経済新聞社編集委員兼論説委員・谷隆徳氏が「都政研究」誌2016年3月号に書いた「『安定軌道』に乗り始めた舛添都政」と題する記事の要約が、箇条書きの形で掲載されている。この記事の多くは、舛添要一の主張の受け売りなのかもしれないが、「障害者を正規社員として雇い入れる事業者を支援する制度などは石原・猪瀬都政では考えられない」などと書かれている。但し、民進党渋谷区議の鈴木けんぽう氏自身は、「舛添さんの弁護をする気はさらさらない」とは書いている。私も、多少都政が石原慎太郎や猪瀬直樹よりましだったとしても、今回の舛添の辞任自体は致し方なかったとは思う。

 しかし、これだけは自信を持って言える。今、マスコミで次期都知事候補として名前が取り沙汰されている具体的な人名に即していえば、橋下徹はむろん論外だが、小池百合子が都知事になったとしても、都政は舛添時代より確実に悪くなる。丸川珠代でも同様だ。

 それどころか、民進党右派で、かつて「事業仕分け」に辣腕をふるった蓮舫でも、舛添都政よりましになるかどうかは大いに疑わしい。報棄てで(腹立たしいことに)後藤謙次が好意を持って名前を挙げているように聞こえた長島昭久では舛添より悪くなる可能性が極めて高い。宇都宮健児が都知事になるのであれば、(2014年の都知事選で指摘された問題は棚に上げるとして)舛添都政と比較しても確実に良くなるだろうが、そもそも当選を期待しづらい。

 東京都知事選はどうやら7月31日の投開票になりそうだが、石原慎太郎の4選を易々と許した2011年の都知事選から6年目で早くも4度目になる都知事選に、もういい加減にしてくれないか、うんざりだと思うばかりの今日この頃なのである。
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以前にTwitterで議論した http://togetter.com/li/760231 ことがあるんですけど、参加民主主義が観客参加番組のノリになってて権力との距離感や批判感覚も無しに人気投票や陶片追放(今回の舛添辞任の一件にしてさえそういう形容が見受けられましたから)レベルに堕した帰結って気もするんですよ。その際自分と議論した相手は国家の主権者である国民が「意識の高い独裁者」にもっと本気でなれば良い。それが民主主義であり、それを支える個人ですから。 https://twitter.com/ohnojunichi/status/546261180612751360 まさに今回の舛添の一件なんてそのまんまそうじゃないか!って言いたくなる代物でした。

何というのか(既にtogetterでまとめたのですがw http://togetter.com/li/987321 )東京都にしても大阪府・市にしてもそうなんですけど、経済的にも予算的にも規模的にもデカくなり過ぎて一方で首長を掣肘する筈の議員はその役割を果たしているのかが疑問符がつくばかりで議員の待遇や定数をバッサリ切り捨てるのが拍手喝采される風潮。そんな中で自治体の施政に対する不満は鬱屈する中で反映させる手段は殆ど不全に陥っていて、結果的に「怖い」けど「リーダーシップがある」“剛腕”なイメージのある人間が選ばれて、しかも参加民主主義とやらの反動で棄権や白票が責任放棄の様に言われては独善的な政策を行って少なからず住民が支持してしまうってことが目立っている感があるんですよ。何しろ自治体が過大なだけに不満や批判を反映させる身近な手段が殆ど無く、個別の政策課題を冷静に検討するという機会も存在も殆ど無し、おまけにメディアやネットで有名になって“社会派”ぶったことを口にすればリスペクトして公職に登用されたり候補者として擁立されたら支持が少なからずついてしまう訳ですから。返す返すも「大阪都構想」が実現しなくて良かったと思うとともに、東京都自体を解体して幾つかの政令市や府に分割・さらに政令市と道府県を完全に分離した方が好いんじゃないか?とさえ思いたくなります。

ところで、舛添の“次”に関してですが、自分は民主党政権下で(政務官として)教育政策に携わり今では政権で文科相補佐官(!)に納まっている鈴木寛辺りを政権与党や“おおさか維新”辺りが擁立するのではと踏んでます。官僚出身である訳ですし、おまけに民主党でも鳩山友紀夫とか前原誠司に近い立場、加えて内田樹とも意気投合 http://togetter.com/li/531700 した御仁ですし、“政権批判”な面々が投票するばかりか応援したりする(それこそ内田や孫崎享・安冨歩辺りなんかそうなる可能性大きいんじゃないですか)って嫌な予想図しか思いつかないんですよね(嘆

2016.06.16 08:56 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]

舛添の人柄、政治信条は大嫌いな私だが、少しそうした感情を引いてみると、石原や猪瀬、そしてマスコミが顔写真を用意して都民にアンケートするような人々より、段違いで格上なのではないかとも思うこの頃である。
正直言って、甘いと言われるかもだが、猪瀬や慎太郎より
不快感がないのだ。舛添と言えば、ギラギラした権力欲と
権謀術数をこよなく愛するキャラという印象が強く、こんなのが都知事になったら暗黒政治が強化されると危惧していた。
ところが、公用車で福祉関係の見回りなどはろくにせずに
趣味三昧だったと(公明党が
鬼の首を取ったように吠えたてていたのとは対照的に!)
今回のコジタサンの紹介のようなことなどもやっていたように…やって当たり前だが…
案外な感じもするんだよな。
そう言えば彼が当選した時に
やたら滅法『きめ細かい福祉』というフレーズを繰り返していたと記憶する。
ああ、これは公明党との約束ごとだったんだろう。と当時も思っていたものだが、日常の地味な仕事の中で、舛添は
彼なりの仁義を公明党に通していたのかもしれない。
こう書いたら福祉関係の人から厳しく批判されるのだろうけど。不勉強だぞ!と。
ただ、慎太郎がそんなことに目配りしていたのだろうか?
甚だ疑問である。
察するに、彼が出馬する時の公明党からのリクエストが福祉の強化ポーズであり(笑)、それはもしかしたら、慎太郎時代の公明党の不満だったのかもしれない。猪瀬は慎太郎のパシリであり、そのまま引き継いだだけだろうし。
舛添側から漏れた数少ない発言に『公明党に裏切られた』
なるものがある。そりゃあんた、身から出た錆だろなんだけど、彼らの器というか世界の中では、結構なことなのだろう。あえて次元を落とせば
舛添の気持ち、察するところありでもある。
先日の『セッション22』での
やり取りで興味深いものがあった。
都議会自民党側はあれでも都知事を庇おうとしていたが、あれだけ支援してきた公明党が、自分たちは都知事に裏切られたと怒って掌を返して攻撃を始めた。これは
私たち有権者がそう思うのと
(弁明するのと)は次元が違う。そんな無責任な言い訳は通用しないのに、公明党は酷いものであると言わんばかりの話を局の記者だろうか、司会者に報告していたくだり。
きちんと聴いていなかったから正確には書けないが、概ねこんな話だった。
裏切られたから都知事が許せないというのは、果たして日々の福祉行政だったのだろうか?公明党的な基準で?
公用車で福祉の現場に立ち寄らないことと、デスクワークなどで管理、指図することは
また別であろう。また嫌みを言えば、創価関係の美術館などにも通っていたのではないか、公用車で?
公明党が世間体、ただそれだけのために舛添を見捨てたのが実際の話だが、都知事にしてみれば『俺は石原よりはお前らの話を聞いてやっていたぞ』という自負があったのではないかとも思った。
低次元な信頼関係と言えばそれまでかもしれない。しかし
、石原の長きにわたるやりたい放題な時代で所謂ひとつの地道な内政?なされてきたのだろうか?
今回、行政とわざわざタイトルをつけたのは、単純に何かの仕事をこなされるという点で比較した場合、舛添のほうが遥かに処理能力が高いのではないのかという疑問からである。
ペットボトルに黒い粉を入れて振り回した慎太郎。
あの居丈高な口ぶり、他人を文字通り、上から視線で小バカにしつつ道路公団ダメ、改革改革と古舘の番組で売り込んでいた猪瀬。
こいつら、これだけやんけ?
世間的に評価されたものってのは?俺は評価してないが。
右翼とからんで挙げ句は怪しげな病院のボスから闇金をもらった猪瀬には、批判したくてもネタすらないが、慎太郎には極悪な仕事ぶりは枚挙にいとまなし。
してみると、舛添、セコい金づかい(それも都知事時代の
ことは少ない)以外、都政として悪政をしまくっていたのだろうかと公明党に質問したいほど。ま、しないけどね。
少なくとも公明党レベルでの失政、悪政をである。
訳のわからん銀行をこさえたり、尖閣諸島を買うとか放言してバカどもから無責任な募金を煽ったり、我が友人の母校をエヴァンゲリオンかよと
突っ込み入れたくなるような
フザケた大学名にしたりなど
、狂ったことはしていない。
そして、何よりも肩透かしだったことは、あの鷹派な国際政治学者が、あんな立場になったのに鷹の爪を思った以上に…ポーズだとしても…隠していたこと。
舛添の本質、これは間違いなく改憲派で危険な奴だ。
でも、そこを抑えているかのように振る舞っている感じを
抱かせるのは、慎太郎や安倍とはえらい違いだし、ここにも公明党とのシガラミがあったのではと思えるこの頃である。
全国の嫌われものとなったこの男の後をつぐらしき候補者どもと比べても、政務は格上だろう。
例えば淫交前科のあるタレント県知事経験者などが仮に当選したとして、児童ポルノに特に厳しい欧米社会も参加しているオリンピックの引き継ぎに行かせられるのか?
はいはい、勿論『法的に』問題はございませんですよ。要は世間体であり、道義的な面である。現都知事と同じことではないか?
その他の噂の人々もろくなのはいない。小池百合子に何の政治的な信念があろう。細川から小沢一郎、これがポシャればそそくさと小泉に鞍替えである。根無し草もたいがいなもの。彼ら三人が尋常な人ではない(道義的に!)のは確実である。パラリンピックの責任者に『イロウはエイリアン』発言をやってのけるあいつは道義的にどうか?あの親父にしてこの愚息あり(笑)。
相対的にみて、実はセコい都知事がましなのかもしれぬ。
またいくら都民がバカでもある程度は都議会与党に悪印象を抱いてもいよう。なかなか
舛添よりも使えそうなものがいないのだろう。
そこでおそらく、桜井なる芸能人の父親が出馬するであろう。
行政能力があり(どこかの役人、あ、極右女の総務省か)
手あかがついていないし、女性から広範な支持がとれそうなものがある。もっとも高市早苗や菅官房長官が絶賛するのだから、本当のことはあてにならないが。
人気者は視聴率と購買冊子数に直結する。マスコミは橋下礼賛時代の扱い方みたいに、軽い批判でアリバイを作り、結局は橋下礼賛に論をまとめるという手口を、この候補者などにもちいるのではないか。タレント、有名人かっこいいではいけない。よく考えましょうと述べつつも、である。
宇都宮さんが当選すれば実務もこなせそうだが、この場合は自民党と公明党が噛みつきまくりの日々となる。
あ、これで都議会解散の(技術的に可能かは別として)流れにはなるか?
でも、ユートピア(笑)。
あれは人気者ではない。
しかし、他にいなければ宇都宮さんとしか私には選択肢はない。またまた前向きな発言をしているが、さて、野党共闘の今で宇都宮さんはどうなるか?
東京のバーニーになれるか?


2016.06.16 10:02 URL | axfxzo #ePfhgX1o [ 編集 ]

リベラルといわれている人の中に、舛添要一を擁護する声があるのは悲しい限りです。
リベラルもここまで落ちぶれてしまったというか、いやエセリベラルとでも言うべきでしょう。
舛添都知事の辞任は当然です。
舛添要一=悪
問題はそれ以上の悪、石原慎太郎、橋下徹がバッシングを受けなかったところに最大の問題があります。
舛添以上のバッシングを受けてしかるべきの人物でした。
それににしても、当ブログで次期都知事候補として名前が挙がっている人はいずれも極右候補ばかり。
名前を聞くだけでげんなりさせられます。
極右全体主義化する日本を象徴しています。
名前が挙がった中でしいてまともな候補者は宇都宮健司ぐらいでしょう。
彼が当選できないところに東京の悲劇があります。

2016.06.19 23:29 URL | 風てん #- [ 編集 ]

左翼もリベラルも右翼も安倍晋三びいきなメディアも、日本全国こぞって舛添バッシングに勤しんでいるじゃんか。
誰だ?舛添擁護する奴?
何だかよくわからんコメントが出ていて笑ったが、舛添要一=悪と成敗してお仕舞いという感覚こそ、一等ヤバいのではないですかね?底が浅いような気がします。

ようやく都議会の奴等に批判の矛先を向けてきたメディアだが、コイツらが実は舛添をつけあがらせた原因でもあると言いたい。
石原都政のやりたい放題には
常にゆるく批判していたのは
テレビメディアであった。
石原慎太郎の無駄づかいには
殆どノータッチ。
その罪の償いみたいにドッと
舛添に襲いかかっているかのよう。奴の分かりやすいキレ方もテレビ番組的にはウエルカムに違いない。慎太郎がゴルアとやったら萎縮するくせに、えらい変わり様だ。
舛添要一のみならず、テレビメディアは日本中に偏った解説を繰り返し、国民に変な錯覚めいたものを与えていたのではないか?
嘘ではなくても、報じ方の積み重ねである。
つまりは東京は欧州の一国なみの財政力がある。都知事は大統領なみの実力ありと、さんざん解説していた。加えて
交付も受けていないお金持ち自治体であると持て囃していた。こうしたことが慎太郎の無駄づかいなどを当然視させていたのではないか?
無駄づかいを指摘する人々などを殆ど相手としなかったから、舛添も当然と、どうせ法的にはセーフだしとつけあがり続けたのだろう。
ご都合主義的なテレビメディアのありかたを考えさせられたこの騒動。
公明党の振る舞い、情にも理にも言語道断だと思うがね。
ヤクザにもヤクザの道理がある。私たちカタギに無論、ヤクザの道理が許されるわけがないのだが、あそこまで舛添が修羅の如き形相で去っていったのも、田原総一朗のような見立てだけではないものがあったのではないか?

ついでに田原のコメントに強い違和感ありとも述べておきたい。
二回、奴のコメントを聞いたが、なぜか青島の悪口を連呼していた。
青島が一発屋であり、都市博中止の英断以降、唯々諾々と官僚の指導のもとで仕事をこなしていっただけな奴だったことをごまかしてはいけないと思う。
しかし、得意気に『彼はギリギリで落選したかったと僕に話してくれた』と連呼する田原の発言を聞くと、何かコイツには底意があるのか?と勘繰りたくなってもくる。
単なるじじいの自慢話?
もしかしてセンターレフト的なものの当選の可能性を潰したいのか?
巨大な無駄づかいであった世界都市博を止めさせたことは
青島でなければできない芸当だったと断言しておく。
あの政治状況で日本共産党系の候補者では力不足も甚だしかったし、青島以外にあれをやれる人はいなかった。
田原がああ連呼すると、そうした青島の政治判断そのものすら遠く霞んでしまう。
青島の本心が仮にそうであれ
、都市博を止めさせたことは
事実であった。一応、タレントに無条件について踊ることへの批判コメントとは言えようが、日頃の彼の言動と照らし合わせると、こうも言いたくもなってくる。
しかも、畳み掛けるように舛添以外、都知事選挙で都政を語れる候補者はいなかった、
細川も宇都宮もと主張していたので、あれ?これは??と
違和感を覚えたわけだ。
瞬間原発男小泉と『改革バカコンビ』でシャシャリ出た細川はどうか知らないが、宇都宮さんは、いかにも左翼的なものとはいえ、堂々と論じていたではないか?左翼で何が悪いとは思うが、こうしたところが田原のいかがわしい所である。
はじめに青島の批判をやって
、しかも死人に口なしの人格否定的なやり口でもって、返す刀でバカ殿も宇都宮も一刀両断である。
だから古事記女も山際も彼にはウエルカムなのかと皮肉りたくもなる。時代におもねる
老害自称ジャーナリスト。
朝生放送中に死にたいらしいが、それはテレビメディアへの甚だしい固執ぶりの裏返しでもある。
舛添の行政能力を買っているのは私というよりかは田原なのかな?
まあ、私に言わせればあんな性格とはいえ、猪瀬や慎太郎
、小池百合子や東国原などと
比較して、どちらが物事をテキパキと処理できるか、善悪は兎も角としてとなると、舛添の圧勝ではないかとも思えるが。あくまでも、一連の報道で都庁内での評価を聞くにつけではあるが。
舛添憎しで視聴率稼ぎに騒いだマスコミでさえ、猪瀬の時のオリンピック費用をうんと削減しただのとほざいていたではないか。
あと、極めて政治的な物言いだが、ポスト舛添が新安倍晋三都知事になる確率の高さを考えた場合、安倍晋三らとギクシャクしていた舛添の方がマシとも言えなくないか?
悪だけど(笑)。
『茶目っ気があって』などと
桜井の親父を持て囃していた女って誰だよ?
ネオナチ野郎とつるんでいた高市早苗ちゃんじゃんか!
官房長官もシャシャリ出ていたな。
彼がどんな政策に関与し、行政官としていかなスタンスで
やって来たのか?こんなのを
それなりに理解している都民がどれだけいるのか?
多分、この親父さんが推薦されて出てくるのだろう。でなければ小池だろうが、どちらにせよ安倍晋三にとってとても都合のよいのが当選する確率が高いということ。
事態はますます悪くなるか。

2016.06.21 17:36 URL | axfxzo #ePfhgX1o [ 編集 ]

舛添要一=悪と成敗してお仕舞い。
そんなことは言っていません。
しかし舛添要一=善ですか?
否、否、断固否です。
彼が悪であることは明らかです。
彼の不正について幕引きなんてとんでもない、これからも徹底的に追及しなければいけません。
また、舛添都政の与党であった自公の責任は重大です。
問題は更なる悪の石原慎太郎の悪事が追及されなかったこと。
甘利明の不正、寝たふりについては、誰も追求しないことに等々に最大の問題があります。
どんな悪であれ、悪は追及されなければ、しなければいけません。

2016.06.28 23:14 URL | 風てん #- [ 編集 ]













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