きまぐれな日々

 先週もネットにあまりアクセスしなかった。何日か何も書かない時のパターンとして、最初は忙しかったり調子が悪かったりで休むのだが、何日か経つと記事を書くことが空しいと思われて何も書く気がしなくなる。今回もそうだった。

 2012年末に第2次安倍内閣が始まり、2014年末からは第3次になっているが、この3年あまりで言葉が通じなくなったとつくづく思う。それは言葉の力を無化する厚顔無恥な人間が最高権力者の座に居座り、あろうことか4割だか5割だかの内閣支持率をずっと保っている(大手紙各社最新の世論調査では、読売49%、朝日40%、毎日42%)。

 私自身は、2002年に安倍晋三という人間が視野に入って以来、一貫してこの男を全否定の対象としてきた。2002年にこの男が売り出したのは対北朝鮮強硬派としてだったが、その当時から私はこの男が拉致問題を政治利用しているとしか思わなかった。どこかの保守的な反安倍・反自民ブロガー氏のように、「拉致問題への対応にみられるように、本当はいい人」だなどと思ったことは一度もない。安倍晋三は私にとって常に全否定の対象だったし、それは今も変わらない。安倍晋三に対して嫌悪以外の感情を催したことはない。

 日本国民は、一度はこの男を異物として体外に排泄した。2007年のことだ。これまでの人生において、政治のニュースであの時ほど心から喜んだことは後にも先にもなかった。あの日の新聞もあの当時の週刊誌も今も保存してある。しかしその5年後、あろうことかあの男は総理大臣の座に舞い戻ってきた。そこから現代日本の「崩壊の時代」が始まった。

 あの男を全否定の対象とする言説は、いまやほとんど見聞きすることはできない。昨年読んだ田中慎弥の小説『宰相A』(新潮社)か、さもなくば辺見庸くらいのものだ。田中慎弥の『宰相A』は、明らかにジョージ・オーウェルの『1984』を下敷きにしていた。戦争法(安保法)を「平和安全法案」と呼ぶ安倍晋三は、まさにオーウェルの世界の独裁者だといえる。

 また、最近人気の「SEALDs」を批判したことで世の「リベラル・左派」から悪評を買った辺見庸も、安倍晋三を全否定する人の一人だ。先週末、昨年末に買ったまま読んでいなかった辺見の『もう戦争がはじまっている』(河出書房新社)を読んだ。いや、実は最後の30頁ほどはまだ読んでいないのだが、本の9割近くは読んだ。その大部分は、2014年に『辺見庸ブログ』に書かれた「日録」(現在は削除されている)の再録だが、2014年当時には私は「日録」はごくたまにしか読んでいなかった。だからその多くは初めて読む文章だった。

 以下『もう戦争がはじまっている』からいくつか引用する。

 わたしはやつのツラがきらいなのだ。(略)Aの顔の場合、とりわけ「取り返しのつかない仕方で露出している」のは、無知と暴力と嘘と劣等感である。アゲハの幼虫の顔はどれも、わたしの知るかぎり、無知も暴力も嘘も劣等感も感じさせたことはない。こうした言い方でわかるように、わたしは市民的、民主主義的見地からAに批判的なのではない。顔がいやなのだ。あの顔(と声)とともにあらねばならないことが堪えがたいのである。わたしはあの顔(と言葉)を、臆面もなく差別する。(63頁, 2014.08.08)


 堀田(善衛=引用者註)が生きていたら、もちろん、首相Aに危険を嗅ぎ、はげしく嫌悪したはずだ。埴谷も武田も野間も梅崎も、AとA的なるものだけはきびしく拒絶しただろう。Aは敗戦後社会の産んだもっとも恥ずかしい愚昧だからだ。とんでもない落第生。落第生でも勉強家はいる。人格の高潔な落第生もいる。だが、Aはちがう。無知にいなおり、無知を仲間とし、無知を増殖し、無知を培養し、ひたすら無知にのみ依拠している。右でも左でもそのことに気づかぬ者は、かつてなら、いなかったろう。いまは右も左もほとんど死んだ。(102-103頁, 2014.11.03)


 ものごころついてからこれまで、これほど危険な政権をわたしはみたこともない。弱者、貧困者をこれほど蔑視し侮った政権を知らない。この国の過去をこれほど反省しない政権は自民党でさえめずらしい。これほど浅薄な人間観、これほど歪んだ歴史観のもちぬし、これほどのウソつきに、ひとびとがやすやすと支配されているのをみるのは、ものごころついてからはじめてだ。(160頁, 2014.12.06)


 ここに挙げたどの文章も、本当にそうだと思える。というより、言葉が通じなくなっていることを訴えるこうした言葉に接することさえ今ではもうすっかりできなくなってきている。2012年末に安倍晋三が政権を取り戻して以来、日本国民の箍(たが)が緩んだどころか外れてしまったと思うのだ。

 このブログは2006年4月に開設した。この記事が10年目の最後の月に最初に公開する記事になるが、10周年というゴールを目の前にして、果たして来月まで書き続けることができるだろうかと思うほど気が重くなった今日この頃なのである。
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そう言えば、今週になって辺野古での基地建設をめぐって政府と沖縄県が“和解”して建設が(一応)ストップしたそうですけど、これを受けてのTBSの世論調査 http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2719875.html「(和解を)評価する」と回答したのが6割以上にも上っているんですよね。一方で内閣自体は僅かながら支持率が減り自民党も支持率を減らし(それでも野党よりは差をつけている)、(東日本大震災の)復興の道筋も「見えない」と回答したのが7割もあり、憲法改正にも参院での自民党絶対多数にも否定的なのが多い中で、“和解”ということで批判の矢を鈍らせているとこがあるとも思えます。

寧ろ、この“和解”が「オール沖縄」に痛撃を与えた面は少なからずあるでしょう。何より直近の(翁長現知事が当選した)知事選でも実はあまり差がついてない中での“勝利”でしかないし、沖縄市長選や宜野湾市長選など「オール沖縄」でない側も少なからず支持されている面がある訳です。そして樋口耕太郎氏が以前から指摘した http://politas.jp/features/3/article/327 様に沖縄自体の社会的貧困 http://www.asahi.com/articles/ASJ334F1HJ33UTFL009.html という内部矛盾が現に存在するんですよ。今の今まで辺野古だ普天間だと兎に角「オール沖縄」で一致していたけど、その一致点が急に(一時的ではあれど)消えてしまうと、その内部矛盾が噴出さえしてしまい下手すれば(間近に迫る)沖縄県議選や参院選では敗北を喫してしまうって嫌な予感がします。そもそも、それこそ「オール沖縄」で熱狂していた県民大会で、安倍を批判するどころか激励とも取れる発言していた https://youtu.be/tC5z3G_kFWY?t=48s 翁長知事だったりするのですから・・・・・

2016.03.07 08:39 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]

まったく同じ思いです。アベクロノミクスの円安、株高によって「景気」が良くなったように見えただけなのに、「決める政治」で「結果」を出したと過信している人たち。一番嘆かわしいのは Aをとりまく人たちの「(陰謀)歴史観」。加えて Aを利用しようとする志の欠如した無能な官僚たちの(策謀)。反知性主義だけでなく、「正義」さえも失われつつあるのに「物を言えない」マスコミの能力低下。ため息ばかり

2016.03.07 08:53 URL | 四国遍路 #- [ 編集 ]

辺見庸の件の指摘 http://amzn.to/1LKtVqN に関して思うのは、ひょっとしたら「崩壊の時代」は安倍が舞い戻って来た頃以前の鳩山政権の頃から“兆し”があったのではないか?ってことなんですよね。安倍と鳩山が以前から行動を共にしていたことが多かったことは既に指摘されています http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20090513/1242155544 し、何というのか「無知にいなおり、無知を仲間とし、無知を増殖し、無知を培養し、ひたすら無知にのみ依拠している」ってとこも似ている気がするんですよ。ただ鳩山は東大卒で海外留学して博士号まで持っているだけに、その“教養主義的”装いに幻惑されたのが多かっただけで。

で、「無知にいなおり、無知を仲間とし、無知を増殖し、無知を培養し、ひたすら無知にのみ依拠している。右でも左でもそのことに気づかぬ者は、かつてなら、いなかったろう。いまは右も左もほとんど死んだ」って行、恐らく流行りの言葉を使うなら反知性主義への批判ってことなんでしょうけど、政権批判側にまで気がつけば反知性主義が蔓延しているとまで見抜いた辺見の指摘には改めて敬服させられます。政権批判側でタレント扱いされている内田樹が『日本の反知性主義』 http://amzn.to/1FW2MM8 なんて本をご立派にも編纂してますけど、それとて山形浩生からかなり辛辣な批判 http://cruel.hatenablog.com/entry/2015/10/16/184914 をされてますし、何より内田樹自身が(それこそ山本七平的な)亜インテリで反知性主義の体現者みたいなもんだったりするでしょう。内田に限らず、孫崎享に矢部宏治・白井聡・平川克美、更には三橋貴明に岩本沙弓・・・・・こんなのが政権批判側で持て囃されてるとしたら、そりゃ辺見が絶望するのも当然ですわ(呆

2016.03.07 08:57 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]

私は崩壊の時代は橋本政権期に既に始まっていたと思いますね。
バブルが崩壊し、日本がデフレ化したにも関わらず緊縮に次ぐ緊縮を繰り返してきたせいで、日本人の知性も劣化していった面はあるでしょう。
まさしく貧すれば鈍する。その結果が小泉であり、民主党政権であり、安倍であるというだけです。

2016.03.07 12:07 URL | グッドマン #- [ 編集 ]

私と同じ考えを持ってる人が正直ホッとしています。
私も最初からこの男が視界に入ってきてから信用できない男だと思い続けてきました。
滑舌の悪さも相まって自信のなさそうに聞こえる話し方、不適切な言葉を使うことによる知性のなさ。
他人から批判されると逆切れする寛容性のなさ、国会が怖くて逃げだしたくせに、病気で入院したとミエミエの嘘を平気で言う厚かましさ。
こんな男が首相でいられるのは要するに「担ぐ神輿は軽くてバカがいい」を地で行く中身のない人間だからでしょう。

2016.03.07 14:18 URL | 斎藤 #- [ 編集 ]

もうブログはやめたのかなと思ってました。
日本人が分配ファシズムに取り込まれたのは安倍になってからですが、その芽は2009の政権交代の時にあったと思います。その背景には人口減と経済成長の希望が持てない閉塞感がある。何でもいいから何かやって欲しいという半分ヤケクソの欲求が民主の大勝をもたらし、それが失望に変わった時、強力リーダー、ファシスト安倍の出番だった。インフレターゲットという新しい試みの導入を実現し、民衆は期待を持ち喝采を浴びせた。その期待とリーダー願望はまだまだ消し飛んでいないと思う。
今から思うと、民主にもこの期待と願望に対応するチャンスはあった。それを台無しにしたのが消費税増税を突然言い出した菅直人。そして増税に邁進した野田。
まさにその頃、リーマン後の2010から2012はリベラルが声を大にして分配を叫ぶべきだった。経済を何とかしろ、消費税増税など冗談ではないと。
で、リベラルはなにをしていたかというと、大したことはしていないまま右も左もない反原発運動で頭が一杯になっていったのだ。辺見も含めて。

2016.03.07 15:14 URL | 野次馬 #mQop/nM. [ 編集 ]

“分配ファシズム”とやらをでっち上げて悦に入っているバカが湧いて出てます(多分、 #保育園落ちたの私だ で国会前でデモした主婦たちにも冷ややかな目でしか見ていないんでしょう)けど、ふと思いついて辺見氏と脱原発についてググってみたんですよね。で、なかなか読ませる一文を目にしました。

http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-452.html
いったん持ち上げた神様を台座から引き下ろすことは日本の戦後思想はできなかった。日本のファシズムの一番の悪いところは、みんなそれに気がついているということなんですよ。吉本(隆明)さん晩節の重大なブレに気がついているくせに揚言はしない。自分は吉本を信じていないけど、特集を組めばそこそこ売れるだろうという発想。だから死んでも使い回す。それがどうも気に食わない。誰も彼と原発の関わりを語ろうとしないし、9・11同時多発テロや3・11後にメディアに寄せた原稿や談話の呆れるような中身のなさをだれも指摘しようとしなかった」
日本の左翼には本当の怨恨というか怨みの強さがないから、簡単にファシズムに転換する契機がいまもあるし、かつてもそうでした。吉本という思想家が右か左かというより、行動しない、闘わない人間たちを肯定してきた。昔は俺だってというような、左翼的ノスタルジーを自慢する哀れなオヤジども、つまり団塊の世代の知的お飾りとして吉本隆明は使い回された。それは彼と関わったぼくの自戒もこめてですけどね。吉本さんには優れたマルクス読みであった時代があるのですが、それがこの先行きが見えなくなった21世紀現代のなかでも発揮されたかというと、これが見事なまでにまったくない。結局、小沢肯定論みたいに、永田町話が好きな長屋のおじさんとほとんど同じような話になっちゃう

何というのか、野次馬とか「風太」とかいう輩に限らず飛び入りの某とか元大阪府民の某とか、このブログに湧いて出ては独善的に自説を雄弁に語り出す面子・しかも自分たちが“意識が高い”存在で愚かな人間を教えてやってるという清談的物言いをする面子をこの批判で想像しましたよ。

そう言えば、以前に辺見氏が『朝日新聞』のインタビューで「戦争法(安保法)なんて、突然降ってわいたみたいに思われるけど、長い時間をかけて熟成されたものですよね。A級戦犯容疑の岸信介を祖父に持つ安倍(首相)は、昭和史をいわば身体に刻み込んだ右派政治家として育ってきたわけでしょ。良かれあしかれ、真剣さが違いますよ。死に物狂いでやってきたと言っていい。何というのか、気合の入り方が尋常じゃない。それに対して、野党には『死ぬ覚悟』なんかないですよ。これからもそうでしょう」って言及していたのをこのブログで取り上げていました http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1425.html けど、野党やSEALDs界隈に限らずここにも湧いて出てくる“意識が高い”面々にも突き刺さる批判だと改めて感じますね。辺見氏自身さらにはkojitaken様も危惧している様に憲法9条の平和・反戦のイシューと25条の生活保障のイシューが下手すればワンセットで危うくなっているのに、“分配ファシズム”と騒いでいる輩にはその手の危機感が欠けている・というのか両者のどっちかが守られればめっけもんというお気軽さしか感じられないのです。それこそ憲法改正がリアルの政治で議論になった段には憲法9条は改正されたけど、“立憲主義”は守られた家族や地域での扶養・共助義務が盛り込まれたけど、反戦・平和の原則は守られたとか自己欺瞞に陥っては結果的にアベ政治への側面からの援護射撃を続けるんでしょうね(嗤

2016.03.07 22:41 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]

このコメントは管理者の承認待ちです

2016.03.07 23:17  | # [ 編集 ]

>反原発運動で頭が一杯になっていったのだ。辺見も含めて。

辺見庸氏が反原発運動で頭が一杯になったとは、何をもってそう判断しているのですか。
辺見氏のブログ、書籍、インタビュー、エッセイんを読んだ事があるなら、そういう解は導かれないと思いますが。

政治家が奇妙な言葉遊びをしている、と感じたのは、1999年5月の周辺事態法の成立。
そ、自民党政権下の意味がわからない気持ち悪い法律。
言葉が本来の意味を成していないと怪訝に思う間に、一気に政治家による言葉遊びが顕著になった気がします。
確かに、胡散くさい反原発運動も、反政府運動もありますけど、最も胡散くさいのは言葉遊びを繰り返す政治家だと思います。
辺見氏は、それを見抜く知力のない主権者をきびしく批判するのです。

2016.03.08 01:09 URL | とらよし #Xvzk4Y3Q [ 編集 ]

安倍さんの顔を見ているだけで、むかつく。品性がない。こんな首相を国民の5割が支持しているって、日本国民は、みんなどうかしている。日本が壊れていくのは、国民のせいでまある。

2016.03.08 07:39 URL | baka-inu #bfksjZRg [ 編集 ]

はだかの王様 バカの壁 誰がはだかの王様に「王様は裸だ」と言うのか、誰が王様の頭に箍をはめるのか。誰が箍の呪文を唱えるのか。

安倍帝国を普通の国にするために、みんなで王様は裸だと叫ぼう

2016.03.08 16:14 URL | 竹林泉水 #- [ 編集 ]

辺見が反原発にのめり込んだとは思わないけれど、それにとらわれていたのは事実。一流の言論人ならもっと先が読めるはず。

2016.03.08 17:36 URL | 野次馬 #mQop/nM. [ 編集 ]

>で、リベラルはなにをしていたかというと、大したことはしていないまま右も左もない反原発運動で頭が一杯になっていったのだ。辺見も含めて。
>2016.03.07 15:14 URL | 野次馬

>辺見庸氏が反原発運動で頭が一杯になったとは、何をもってそう判断しているのですか。
>辺見氏のブログ、書籍、インタビュー、エッセイんを読んだ事があるなら、そういう解は導かれないと思いますが。
>2016.03.08 01:09 URL | とらよし

>辺見が反原発にのめり込んだとは思わないけれど、それにとらわれていたのは事実。一流の言論人ならもっと先が読めるはず。
>2016.03.08 17:36 URL | 野次馬

てきとーこいて、悪びれもせず、偉そうぶる。…でも、この人、ひょっとして、「しばき隊」じゃないか?と思ってたけど、違うかもね。少なくとも、野間氏直系じゃなさそう。

2016.03.08 20:56 URL | suterakuso #- [ 編集 ]

〉一流の言論人ならもっと先が読めるはず。

では野次馬氏にとっての一流言論人は、どこまで先が読めればいいのかな?
どんな人物?どういう理由なら一流の言論人と野次馬氏は認めるの?
どうもヤンバルクイナに空を飛べ!みたいな要求の感じがします。

2016.03.08 21:36 URL | 一般的ウロタ #- [ 編集 ]

野次馬氏の粘着度は、緊急事態、、、もとい。
周辺事態!w

2016.03.11 01:03 URL | とらよし #- [ 編集 ]













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