きまぐれな日々

 5日に大阪府知事選、昨日(8日)には大阪市長選がそれぞれ告示され、4年前に続いて「大阪ダブル選挙」が始まった。

 4年前は府知事選で橋下一派(大阪維新の会)の松井一郎が民主・自民相乗り候補の倉田薫に圧勝した。また、市長選では府知事から転じた橋下徹が民主・自民・共産の支持ないし支援を受けた当時の現職・平松邦夫にやはり圧勝した。この選挙で橋下は「既成政党との対決」を打ち出すポピュリズム戦術によって、大阪市民をまんまと騙しおおせた。

 前回はそれでも、当時谷垣禎一が総裁を務めていた自民党は橋下一派(大阪維新の会)とはっきり対決した。今回は違う。

 自民党大阪府連が大阪維新の会と対決しているのは前回と同じだ。だが、自民党総裁の安倍晋三と内閣官房長官の菅義偉は、半ば公然と「維新シンパ」であることを折に触れてちらつかせている。

 4年前の総裁で、現在は党幹事長である谷垣禎一は、このような官邸が率先しての「反党行為」について、大阪府連から激しい突き上げを受けていることは間違いない。谷垣自身も安倍や菅の動きに心穏やかではあるまい。一度など、近畿地方選出の国会議員らが国会内で開いた会合で、主語は明確に示さなかったものの暗に官邸を指して、「橋下と連携を一時模索」していたことを「暴露」したこともあった(10月27日)。この件を別々の角度から報じた産経朝日の記事を読み比べると、そのいきさつが想像できるのだが、これについては『kojitakenの日記』の10月28日付記事「表向き、大阪維新との全面対決を打ち出した安倍晋三だが…」に、産経・朝日両紙の記事を引用してまとめた。その記事についた下記のコメントが、妥当な推測かと思われる。

axfxzo 2015/10/28 09:37

(前略)恐らく、実態はこうだろう。
谷垣が、関西、ことに大阪から突き上げられ続けていて、改めてとりあえず安倍晋三にお伺い、てか、苦情を取り次ぎしたということ。
安倍晋三から、最低限の言質を取りましたよという、谷垣のメンツを誇示したところというのが実態。
本質的には、何も変化はない。
安倍晋三がなんで橋下徹を撃破して得がありましょうや(笑)?
大阪の自民党とか、岐阜の自民党みたいなのがムカついてたまらないのが安倍晋三であり…たかだが街頭インタビューで連続してアベノミクスなり景気なりに否定的な声が示されただけで、色をなして生放送最中に文句を垂れまくる男だぜ(笑)…壊憲大好きな新自由主義者にして、野党を兎に角引っ掻き回す騒動屋の橋下徹を、苦しめる道理はゼロ!(後略)


 まあそんなところ、というか、この推測には誰しも納得するところだろう。谷垣が出席したのは、朝日の記事には明記されていないが、産経の記事によると「近畿地方選出の国会議員らが国会内で開いた会合」だそうだから、大阪自民党の谷垣に対する突き上げはさぞかし激しいものであったに違いない。

 「壊憲大好きな新自由主義者」であることにかけては、安倍晋三だって橋下に一歩もひけはとらないのだから、コメント主の言う通り、安倍が橋下を苦しめることは安倍にとって何のプラスにもならないから、総理総裁自ら公然と「反党行為」をやらかすって寸法だ。

 だから今回の大阪ダブル選挙は、明らかに「立憲主義と地方自治に対する反逆者(=橋下・安倍同盟軍)」と、それを止めようとする(橋下や安倍との比較においては)はるかにまっとうな勢力との対立構造なのである。このダブル選で、反逆者同盟軍を退治する必要があるのは当然だ。

 ところで、今回の選挙に出馬はしないものの、橋下が事実上の主役の1人であることはいうまでもない。しかしこの橋下、必ずしも保守や右翼にばかり育てられてきたわけではない。むしろ、「リベラル」が育ててきたモンスターであると言っても過言ではない。

 このことは、『kojitakenの日記』の記事「大阪ダブル選挙と『リベラル』と『クーデター』と」にも書いた。そこでは、橋下を時たま「橋下くん」と呼ぶ「リベラル」ブログの悪口を書いたが、当該ブロガーに限らず橋下に靡いた「リベラル・左派」ないし「左翼」の著名人は少なくない。それは橋下が「脱原発」を唱えた頃に特に顕著だった。

 テレビ朝日の『報道ステーション』で「I'm not ABE」と書いたフリップを見せて安倍晋三批判派から拍手喝采を浴びた古賀茂明や、2011年の東電原発事故を機に「脱原発の論客」として一時脚光を浴びた飯田哲也らは、「大阪府市特別顧問」になって橋下に取り込まれたし、「脱原発に頑張る橋下市長を応援しよう」と言い出した(元?)共産党系出版人(過去に共産党公認で参院選に立候補したこともある)もいた。ちなみに、この人は「左派(サハッ?)」界隈でいま流行(?)の「新9条」にも一枚噛んでいるのではないかと私はにらんでいる(ちなみに、彼が書いた憲法9条や集団的自衛権に関する平凡社新書の帯には、内田樹や池田香代子の推薦文が麗々しく飾られている。「新9条」は昨日今日急に出てきた話ではないのである)。

 あるいは、前記『kojitakenの日記』の記事にも書いたように、小沢一郎は2012年に民主党を離党して「国民の生活が第一」を立ち上げた頃、しきりに「私の考えは橋下市長と同じ」と言っていた。いわゆる「小沢信者」はもちろん、小沢支持者の中にもそんな小沢を批判する者は、私の知る限りほとんどいなかった。

 小沢一郎自身は自分が「リベラル」だとも「左派」だとも思っていないだろうが、「小沢信者」や小沢の支持者の中には、「リベラル・左派」あるいは新左翼の範疇に入る者が大勢いるだろう。そんな彼らがなぜ橋下に心引かれたり、そこまでいかずとも容認したりしたのだろうか。

 それは橋下が「反逆者」だからだろう。

 最近、1970年にジョン・トーランド(1912-2004)が書き、今年になってハヤカワ文庫の新版として刊行された『大日本帝国の興亡』(全5巻、単行本初出毎日新聞社1971, ハヤカワ文庫初版1984)を読んでいるが(まだ読了していないが、広島原爆投下直前のあたりまで、全体でいうと9割ほど読み終えた)、太平洋戦争の通史として書かれたこの本の第1章(この本の表記に従うと「一部」)の副題は「燃え上がる『下剋上』」であり、1936年の2.26事件から記述を始めている。

 ここで著者は下記のように書いている。

 反乱を起こそうとしていた青年将校たちの動機は、個人的な野心から生まれたものではなかった。以前にも、いくつかの集団が反乱を企てて失敗した例があったが、こんども日本社会の不正を正すために、武力と暗殺という手段を通じて彼らは立ち上がろうとしていた。日本には伝統的にそのような行動を是認する風潮があり、日本人はこれを「下剋上」と特別な名称で呼んでいた。この言葉は、地方の豪族は将軍の命に服せず、将軍はといえば天皇の命令を無視するという、反乱がどの階層にも頻発した十五世紀ごろに最初に用いられたものである。

(ジョン・トーランド(毎日新聞社訳)『大日本帝国の興亡』(ハヤカワ文庫,2005)第1巻32頁)


 著者は続いて「2.26事件」のイデオローグにして事件に関与した罪で処刑された北一輝に言及し、北を「社会主義と帝国主義を混ぜ合わすことに成功した民族主義者」(前掲書33頁)と評している。

 著者(私の見たところ、特にリベラルでも何でもないアメリカの「フツーの保守」であり、随所に反共的な記述も見られる)は、「下剋上」を日本社会の特質ととらえているようだ。「下剋上」を今の新聞は「下克上」と書くが、「克」に刃物を表す「刂」をつけた「剋」という文字を用いることによって、「武器を用いた『克(よくす=〜できる)』」、すなわちクーデターを意味する言葉であることが了解される。トーランドは「下剋上」という言葉にネガティブな意味合いを込めているようである。たとえば著者が「下剋上の権化」として挙げているのは辻政信だが、陸軍で「作戦の神様」との異名を取ったらしい辻政信は、しばしば暴走して敵味方の多くの戦闘員を不必要な死に追いやった極悪人として描かれている。辻は「ノモンハン事件」(実質的には「ノモンハン戦争」)でも大本営の指示を平然と無視して勝手に無謀な作戦を進めたあげく、敗軍の将に自決を強要したという鬼畜のような人間だが、受けた指示を平然と無視するようなところが「下剋上」好きの日本人の琴線に触れたのか、重大きわまりない戦争責任を負うべき人間だったにもかかわらず、戦後国会議員に立候補して何度も当選した(辻は、さすがに最後にはラオスで行方不明になって果てた)。

 私は本に描かれた辻政信から橋下を連想した。橋下は、憲法で戦争を放棄している現代日本の人間だから武力こそ用いないものの、「下剋上」で成り上がった人間だ。しかし、「下」から自分の力で這い上がった人間にしばしばあることだが、橋下は弱者に対して実に冷酷だ。橋下に関する出来事で私が忘れられないのは、大阪の私立女子高校生と論戦して彼女らを泣かせたことだ。橋下の嗜虐性には恐れ入ったが、橋下の大阪府政や大阪市政全体も、弱者に対して徹底的に苛酷なものだった。橋下と辻政信は、「下剋上」という言葉で括ることができる。

 そんな橋下を「同じ改憲派でも、立憲主義を無視する自民党と違って立憲主義を理解しているから、自民党の改憲案に対する批判勢力として活用したい」だの、「脱原発に頑張る橋下市長を応援しよう」だの、「私の考えは橋下市長と同じ」だのと言って甘い顔をし続けていたのが「リベラル」ブロガーであり、左翼の出版人士であり、(かつては「新保守」のエースだったが)今では「リベラル・左派」層を主な支持者とする政治家だった。

 つまり、橋下は「リベラル」「左派」「左翼」らが育てたモンスターであるといえる。

 これというのも、日本の「リベラル」「左派」「左翼」の意識が低く、為政者に力で取って代わる「反逆者」に依存し、その反逆者に無力な自己を同一化して溜飲を下げて事足れりとしてしまう受動的な体質からいつまで経っても脱却できずにいるからではないかと思う。

 橋下に限らず、小沢一郎なども「反逆者」といえる。小沢は竹下登の「創政会」結成に参加し、社会党を潰す目的で小選挙区を導入させた「政治改革」の流れで自民党を割って新生党を結成して細川護煕の日本新党と組んで政権を奪うなど、民主党入りして政権交代をなしとげる以前から、一貫して「クーデター」体質の政治家だった。その小沢に、[リベラル・左派」の支持者や「信者」が多数現れたばかりか、「社民」を党名に掲げる政党が、よりにもよってそのルーツである社会党を選挙制度の改変によってぶっ壊した張本人の「衛星政党」みたいな存在と化すという、想像を絶する倒錯ぶりを見せたあげくに、現在では絶滅に瀕している。

 小沢が、まだ政権を狙える立場にあった2012年に「私の考えは橋下市長と同じ」というのを口癖にしていたことは示唆的だ。つまり、小沢一郎とは「人気のない橋下」ともいうべき政治家だった。

 その小沢が頼りにした橋下は、落ち目の小沢を平然と袖にして石原慎太郎と組み、今また安倍晋三と実質的に手を組む人間である。それが橋下の正体なのだが、そんな橋下に空しい期待をしたのが、少なくない「リベラル」、「左派」、「左翼」の面々だった。

 もっとも橋下人気のピークは2012年であり、それ以降は基本的には衰勢にある。しかし、選挙戦における橋下の人心収攬術にものをいわせて、選挙の度にかんばしくないマスメディアの情勢調査を覆して延命してきたのが橋下一派だった。

 そう、2011年の統一地方選、2012年と2014年の衆院選などで、(大阪の)維新は、不利、苦戦などといわれた情勢調査をいつも覆してきた。

 松井一郎の圧勝が予想されている府知事選のみならず、接戦が予想されている市長選も、楽観は全く許されない。
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「『リベラル』が育てた」で思い出したんですけど、今年松下圭一と篠原一という二人の政治学者が相次いで鬼籍に入りましたね。で、この二人っていわば現在言われている「地方主権」とか「市民参加」等の理論づけをした方だったりします。

そもそも、この方々がそうしたことを言い出したマクロ的背景ってのがあって、高度経済成長のひずみ的なモノで社会政策が等閑になったり都市部や農村部の格差・環境破壊など様々な問題が起き、そこから1960年代半ばの美濃部都政などの一連の「革新自治体」ブームが起きた訳です。しかし高度経済成長が終わって経済成長が以前ほど望めなくなってくると、その「革新自治体」を支えていたリソース(=税収)とかにも限りが出てきてしまって更には「大きな政府」ならぬ「大きな自治体」として無駄だ何だとの批判まで起こり、結局「革新自治体」が保守・中道の官僚系の首長に取って代わられる傾向になった訳です。で、そうした「革新自治体」の行き詰まりに対し、中央が財源や権限を握っているから問題なんだ・自治体が自らのことを自らで決めれば好いんだ・自治体でリソースが足りなければ地域の団体や市民を巻き込んでやれば好いんだと、いわば「第3の道」的なとこで松下や篠原の議論が登場した訳だったりするのです。

その松下や篠原の議論や主張は、当時の「革新」→「リベラル」に多くの影響を与え菅直人辺りなんかその直弟子みたいな存在だったりした訳ですけど、その考えが寧ろ「保守」に換骨奪胎される危うさも同時にあったのが問題だった訳です。実際、かつて全共闘運動に参加して「リベラル」で活動していた方々が時期の経過で何時の間にやら体制側のおエライ地位にいたってのも少なからずいますし、体制側ってか「保守」の側からすれば松下や篠原の主張は"ムラ社会"の現状維持ないし恣意的な"改革"の理屈づけにもなっちゃうんですよ。実際、橋下のみならず竹原信一や樋渡啓祐等そういう恣意的な"改革"が「地域主権」の下で推進された訳ですし、民主党政権下の「新しい公共」にしてもその影響が多分に濃かったんですよね。この辺りの詳細な批判や検討は松尾匡の一連の論考 http://synodos.jp/authorcategory/matsuotadasu に譲るとして、松下も篠原も最初に主張した際にはその時代背景ってのがあるが故のことだったとしても、結局それが「保守」やネオリベ・更には「極右」を助ける結果になったことはもう少し批判されるべきではないかと思います。

2015.11.09 09:01 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]

ところで朝日新聞と朝日放送が大阪府民を対象とした世論調査を実施しました http://www.asahi.com/articles/ASHBV2TKBHBVPTIL002.html けど、5月に大阪市民の住民投票で僅差ながらお蔵入りとなった「大阪都構想」への支持が再び反対を上回っているんですよね。大阪市民に限っても賛成が反対を上回っているとのことで。

朝日新聞などは、この結果を「自民が都構想の対案として提唱し、住民投票後に設置された大阪府・市、堺市の首長と議員でつくる『大阪戦略調整会議』(大阪会議)の紛糾が影響している可能性がある」と分析してますけど、(その紛糾に維新の会が多くの原因を作っているとはいえ)大阪府民というか日本人って「衆議」で長く議論を尽くして物事を決めるよりは「クーデター」的にスピード早く物事を決める指導者が好きなんだなって思いましたね。

というのか、内田樹が「衆議」について一文をモノしてます http://blog.tatsuru.com/2007/01/13_0958.php けど、結局日本人にとっての「衆議」はボス同士の談合的なモノか或いは(内田が言う様な)爾後で承認を得るためのもので「皆で話し合って物事を決める」ってのではなかったりするんですよね。で、内田は最後に「会議を減らしませんか?」とそれこそ今なら橋下への援護射撃を与える様なことを言ってエントリを〆ている訳ですが、こういう人間が「リベラル」や「左派」に(そう言えば「大阪都構想」反対派でもあった訳ですが)好感を持ってリスペクトされているのを見ていると、途通しの感しか抱けませんよね(嘆

2015.11.09 09:23 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]

朝方書いたコメントで書き漏らしたことなんですけど(爆 真の意味での革命と言えるモノが不在なまま"反逆者"の"下剋上"が拍手喝采され支持されるのって、実は「民度が低い」「意識が低い」という劣化言説と裏返しの関係にあるって気もするんですよね。

「大阪都構想」の住民投票の際に寮美千子氏がTwitterで指摘していた http://togetter.com/li/823349 し、以前にこのブログでも取り上げられていた際に自分もコメントした http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1392.html#comment_head んですけど、「民度が低い」「意識が低い」という社会観の中で自分たちは「彼ら・彼女らとは違う」という優越感を抱くことで「意識の高い」自分たちが"改革"="反逆"・"下剋上"するんだって意識になりがちなんですよ。「大阪都構想」を推進した橋下の支持者に限らず反「都構想」の側にもそのような傾向が顕著で、互いに相手側をバカ呼ばわりするばかりで「怨念と大衆賎視とメディア誘導による"民主主義"の限界点を示した・・・それだけの話で、賛成側も反対側も勝ってはいない」 https://twitter.com/syuu_chan/status/600049288987545600 って指摘がまさに正鵠を射ている訳です。

こうした劣化言説による大衆蔑視から来る「クーデター」志向って、下手な無関心や棄権よりは害が大きくて、そうした歪んだ政治意識から「参加」してしまうと下手すれば「下からの全体主義=独裁」になる危うさがあるんですよね。これも以前にtogetterでまとめたこと http://togetter.com/li/760231 なんですけど、政権を批判する様な写真家にしてさえ「国家の主権者である国民が"意識の高い独裁者"にもっと本気でなれば良い。それが民主主義であり、それを支える個人ですから」 https://twitter.com/ohnojunichi/status/546261180612751360 なんて言う始末。「民主主義」って言葉は使っていても、その内実はまさに「クーデター」志向の言説そのものなんですよ。"意識の高い独裁者"たる人たちの"民意"とやらが絶対化され、それに参加し得ない・或いは参加しない方々は無責任として非難される。それこそ、ヤンキーやオタクなど社会的・政治的"無関心層"まで弾圧されたナチス体制と、殆ど同じじゃありませんか。

「大阪都構想」のエントリでのコメント欄では、ずっと後にバッジ氏と向日葵氏とでスペインの「ポデモス」のことで論争(?)になったんですけど、その中で引用されていた「『勝てる左派』と『勝てない左派』」 http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20150603-00046261/ の以下の記述は、ある意味このエントリに対しても示唆的なとこがあると思いますね。

「右傾化する庶民を『バカ』と傲慢に冷笑し、切り捨てるのではなく、その庶民にこそ届く言葉を発すること。スペインの学者たちがやっていることは、実はたいへん高度な技だ。だがそれに学ばない限り、左派に日は昇らない。

2015.11.09 21:31 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]

橋下を「成り上がり」と見なす感覚を、相変わらず私は理解できないでいる。
知人の現役大阪府民も、私と同じことを言っていた。
何度もいうけど、なんせ東京の私大しかも一浪一留ですよ。
出自?
あんなの嘘かもしれませんよ。
大体、どうやったら出自が証明できるんだろ?
あんなのは仕組まれた作り話かもしれないんですから。
奴の出身だとされる府下の市に知り合いがいくばくかいるんだけど、リアルでその手の話を聞いたという人間を誰一人知らない。
全部マスコミの創作という可能性もなくはないのに、無垢に信じるほうもどうかしてるんだけど。
本人の出自がそうでなくても、そういう方面になんらかのコネクションがあるだけかもしれないのに。


2015.11.09 22:54 URL | 元大阪府民からの伝言 #- [ 編集 ]

篠一とか力石が書き散らしていた議論と維新の議論が似ているとしても、因果関係があるんですか?それがなければ維新を可能にしたとかいう批判は無意味。

それよりも、アベノミクスを可能にしたクルーグマンのインフレターゲット論こそ叩かなければいけない?こっちは因果関係大ありだけどね。

2015.11.10 08:19 URL | 野次馬 #mQop/nM. [ 編集 ]

>元大阪府民~氏
「大阪都構想」の住民投票に関するエントリでのコメントの遣り取りでも思ったんだけど、貴方の物言いってボンダイ(このブログ自体、「B層」「ファスト風土」など平気で使っているんで読むのに注意が必要だけど)で指摘している様な「"自己中心的な枠組み"を離れてモノを考えられないマイルドヤンキーになり損ねた地方人」 http://gudachan.hatenablog.com/entry/2015/10/10/105016 のそれって気がするんだよね。「地元では~」と矢鱈言うけれど自分の経験やそれに基づくワークフレームでしか考えられず、それを相手側ばかりか自陣にも押し付ける言動、まさにボンダイの中の人の指摘通りですよ。以前に殊更安倍首相やガースー官房長官と橋下松井の関係をあげて、安倍批判と橋下批判を常にごっちゃにして叫ぶはかりで他に有効打を打てない外野のリベラルは正直足手まといとか特別区から吸い上げた税金が区に還流されず、大阪府の借金返済に充てられる可能性を指摘した藤井聡は反対派の信頼を得たとか言ってたけど、今となってはどちらも見当外れだったのは明白でしょう。橋下と安倍が何度もあっては意気投合したりしてるし、その安倍の内閣参与である藤井が大阪市の富を府に再分配させるな!とトリクルダウンの如く言ってる一方で(橋下の"軍師"だったりする)堺屋太一と殆ど変わりのないハコモノ建設を正当化するのを見てると、貴方は以前の言動をどれだけ総括しているんですか?と聞きたくなりますよ。

>野次馬氏
少なくとも官民の協働って考え自体は、出発点に於いて「革新」(ないし「リベラル」「左派」)に対し新しい方向性を見い出そうという問題意識や実践があったのだけど、それが「保守」や体制側にまで換骨奪胎されてしまって結果的に問題の多いシステムになってしまったってことが、自分の言いたいことです。というのか、そういう換骨奪胎で反って問題の多いシステムになってしまったってのは結構多かったんじゃないですか?陪審制や参審制が裁判員制度になったりワークシェアリングも然り、最近ではここのブログ主が「社会的包摂」にその危うさを見い出しています http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20151031/1446250621 http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20151031/1446298786 ね。

で、「アベノミクスを可能にしたクルーグマンのインフレターゲット論こそ叩かなければいけない?こっちは因果関係大ありだけどね」って言ってますけど、クルーグマンはインフレターゲットと同時に再分配や応能負担も主張してますよ。その程度で「因果関係大あり」って得意気に言う方が、政権批判側のみならず生活に切実な問題を抱えている方々からすれば迷惑千万極まりませんよ。

2015.11.10 18:07 URL | 杉山真大 #- [ 編集 ]

大阪ダブル選挙は、知事選、市長選とも極右ならず者集団「大坂維新」が大きくリードの予想です。
狂信的な極右ならず者「橋下徹」。
彼を育てたのは極右全体主義化した日本、そして有権者でしょう。
リベラルの中に当初、選挙目当てで彼が唱えた大嘘「脱原発」に踊らされた者もいましたが、リベラル自体が少数勢力になっていました。
しかし、彼が筋金入りの核武装論者であること、狂信的な極右、そして冷酷思想の持主であることは誰の目にも明らかでした。
リベラルとは対極にある最低、最悪の「橋下徹」とは、まず真っ先に闘わなければいけなかったはずのリベラルが、彼の大嘘に惑わされ、支持するとはリベラルの恥というべきでしょう。
また、最近リベラルの中にも名ばかりリベラルが増えつつあります。
厳重な警戒が必要です。
55年体制の頃だったら、「橋下徹」や「安倍晋三」といった狂信的な極右が支持を受けることはなかったでしょう。
こういった人物の登場を許すこと事体、いかに日本が極右全体主義化したか、退化したかということの現われです。
大阪の政党地図を見てみましょう。
「橋下維新」「安倍自民」の似た者同士の極右政党が一党、二党になり牛耳っています。
極右都市大阪。
日本の絶望的な近未来を暗示させられます。

2015.11.15 21:53 URL | 風てん #- [ 編集 ]

お久しぶりです。

大阪市長選、朝日新聞デジタルによると松井氏が優勢と伝えられていますね。
新聞が「優勢」と言う時は大抵、大差がついているもので、おそらく松井氏が楽々当選するのでしょうね。

そして頃合いを見計らってまた「大阪都構想」をぶちあげて…。
橋下の「演技」は見事なまでに成功しています。もはや大阪は絶望的ですね。

>庶民にこそ届く言葉を発する

ポピュリズムの前にはとんだ綺麗事にしか聞こえませんけどね。

2015.11.16 00:04 URL | 飛び入りの凡人 #mQop/nM. [ 編集 ]













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