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きまぐれな日々

 今回は簡潔にいきたい。アクセス数のすっかり減ったこのブログに、ねちねちと「リベラル」への批判を書いても骨折り損のくたびれもうけなので、今回はそれは『kojitakenの日記』に書いた。

 昨日(8/30)、友人に誘われて安保法案反対集会に参加した。帰りの電車で話題になったのは、NHKが報道したかどうかだったが、どうやら報道したらしいので、NHKニュースのサイトから引用する。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150830/k10010209801000.html

安保法案 国会周辺で最大規模の反対集会
8月30日 18時43分

安全保障関連法案に反対する、これまでで最も規模の大きな集会が国会周辺で開かれ、参加した人たちは「戦争法案を今すぐ廃案に」などと訴えました。

集会は30日午後2時ごろから国会周辺で開かれ、主催者の発表でおよそ12万人、警視庁の調べで3万人余りが集まり、これまでで最も規模の大きなものとなりました。

このうち、国会の正門前では参加者が歩道だけでなく車道にも広がり、プラカードを掲げて、「憲法9条を壊すな」とか、「戦争法案を今すぐ廃案に」などと訴えました。

集会には音楽家の坂本龍一さんも参加し、「憲法の精神、9条の精神がここまで根づいていることを皆さんが示してくれ、勇気づけられている。憲法や民主主義を取り戻すためのとても大事な時期で、僕も一緒に行動していきます」と述べました。

続いて若者の代表として大学生の寺田ともかさんが発言し、「私の払った税金が弾薬の提供のために使われ、遠い国の子どもたちが傷つくのだけは絶対に止めたい。『やられたらやるぞ』と威嚇するのではなく、そもそも敵を作らない努力を諦めない国でいたい。戦争法案は絶対に止めることができると信じています」と訴えました。

看護師を目指す学生は

集会に参加した東京の佐竹美紀さん(23)はボランティア活動で、戦争で傷ついたアフガニスタンの子どもたちの医療支援をした経験から、「正しい戦争などない」と考えるようになったといいます。自衛隊員が誰かを傷つけたり、傷つけられたりする事態を招くべきではないと、法案に強く反対していて、看護師を目指す勉強の合間を縫って集会に駆けつけました。

佐竹さんは、「これまでの海外派遣で、自衛隊が武力を行使しないことで築いてきた信頼を、法案が崩してしまうのではないかと危機感を抱いています。一度、武力を行使する方向にむかうと歯止めがきかないと思うし、日本は人道支援や技術の提供で各国からの信頼を地道に得ていくべきだ」と話しています。

若者グループのメンバーは

安全保障関連法案に反対する若者たちのグループ「SEALDs」の中心メンバーの1人で大学4年生の元山仁士郎さんは、「きょうは多くの人たちと声を上げられることができ、勇気をもらった。今後も全国の若者と連携し、法案に反対の声を上げ続けていきたい」と話していました。

また、沖縄県出身の元山さんは「ずっと平和を求めてきた沖縄の思いが本土でも広がってきていると思う。これからもっと連携していけたらと思う」と話していました。

著名人も法案撤回求める

集会には安全保障関連法案に反対する著名人も参加し、ステージから法案の撤回を求めました。

作家の森村誠一さんは「戦争で最初に犠牲になるのは若者たちです。私はかつて戦時中に女性が竹やりを持たされ、訓練させられる光景を見てきました。だからこそ、絶対に戦争可能な国家にしてはいけない」などと訴えました。

このほか、宇宙物理学者で総合研究大学院大学の池内了名誉教授は「科学の軍事利用が具体的に始まり、海外に出かける兵士たちに武器を与える研究を科学者にさせるという状況が生まれつつある。今の段階でこうした芽を取り去るべきだ」などと主張しました。

警視庁 約2倍の警察官動員

安全保障関連法案を巡っては、国会の周辺で、これまでにも定期的に反対集会が開かれていますが、警視庁は今回、集会の規模が最も大きくなると予想されたため、これまでの2倍近い警察官を動員して警備と参加者たちの誘導に当たりました。
警察官は参加者たちに一か所にとどまらず進むよう呼びかけたり、不審な物がないか国会周辺をパトロールしたりしていました。警視庁によりますと、参加者たちは、当初の想定を超えて国会前の車道にまで広がりましたが、けが人などは出ず、大きなトラブルはなかったということです。

全国各地で反対集会

30日は国会周辺だけでなく、全国各地で安全保障関連法案に反対する集会やデモが行われ、名古屋市では、母親らのグループの呼びかけで名古屋駅前でデモ行進が行われ、参加者は「子どもを守れ」などと声を上げていました。

また、北九州市では参加者たちがサッカーの「レッドカード」をイメージしたという赤い服などを身に着けて中心市街地を歩きました。
広島市でも市民グループの呼びかけで集会が開かれ、参加者は街頭でチラシを配ったり、「戦争反対」などと声を上げたりして法案への反対を訴えました。

国会周辺での集会を主催した団体によりますと、30日は把握しているだけで全国のおよそ300か所で法案に反対する集会やデモが行われたということです。

(NHKニュースより)


 もしかしたら普段安倍政権べったりの「報道」が目立つNHKとしては破格の扱いかもしれない。

 意地の悪い見方をすると、参院での採決の日程(9月11日とも、9月14日の週ともいわれる)が報じられるようになって、法案の可決成立の目処が立ちつつあるから、反対運動も報じているよというエクスキューズの意味で報じたのかもしれない。

 私がこの種の集会に参加したのは、2012年の脱原発デモ以来3年ぶりだが、率直に言って高揚感はその時には及ばない印象があった。また、動員は主催者発表で12万人、「警視庁の調べ」で3万人とのことで、おそらく実数はその(等比数列での)中間である6万人程度と思われるが、実際多くの人が来ているなという印象はあったものの、「身動きがとれないほど」ではなかった。

 何が言いたいかというと、6月4日の憲法学者たちの「違憲」発言で「潮目が変わった」と言われた安保法案反対の流れだが、その後攻勢の決め手を欠くうちに、『kojitakenの日記』に先ほど書いた記事「安倍晋三の『積極的平和主義』の何が問題か」でも批判したように、「ネトウヨの多くが高く評価する『安倍談話』に『理解を示す』腰抜けの『リベラル』」が少なからず現れたことによって安倍内閣の支持率が下げ止まったばかりかやや上昇し、再び潮目が変わってしまったように思われるが(自民党総裁選で安倍晋三の無投票再選の流れが固まったのもその影響だろう)、それをはね返すためには、もはや野党や知識人は頼りにならず、われわれ一般人がより強い圧力をかけていくしかないかもしれない、ということだ。

 いや、それでもダメかもしれないが、一度成立した法案を廃棄することは、何度も指摘するけれども2006年に第1次安倍内閣が改悪した教育基本法が今もそのままであることからもわかるように、きわめて難しいのだ。

 だから最後まで諦めてはならない。
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NHK、一番多かったコール「安倍はやめろ」を報じてないのだから、充分配慮してますね。

国会周辺は決壊後も歩道しか通れなかったので、15時過ぎまで身動き取れませんでした。よって、国会前までたどり着けず。

2015.08.31 18:00 URL | 星たべよ #- [ 編集 ]

終戦70年の節目に発表された「安倍談話」の概要。
(1)自らは「侵略」を認めず、「おわび」はせず。
「侵略」「おわび」は入れたくなかった。
しかし内外の世論を考慮していやいや入れたということをまざまざと見せつけられました。
(2)日本帝国主義の侵略戦争「日露戦争」を正義の戦争と大嘘を抜かす。
日露戦争により日本帝国主義は、朝鮮を植民地にし、南サハリン、遼東半島、満鉄を強奪しました。
(3)「積極的平和主義」と称して、戦前のように日本が戦争をする国にすることを宣言、そして目指すは大東亜共栄圏復活です。

彼が心酔いしている狂信的な日本軍国主義者、日本帝国主義者でA級戦犯だった岸信介の亡霊であることを改めてさらけだしました。
安倍談話を聞きネトウヨが万々歳なのは当然でしょう。
リベラルなら激しく反発すべきでしょう。
理解を示すようでリベラルとはいえません。
名ばかりリベラル、ニセリベラルです。

2015.09.05 23:59 URL | 風てん #- [ 編集 ]

「積極的平和主義」という言葉自体は綺麗だから反論しずらいという意見の方には、
じゃあ、綺麗な言葉でコーディングしていれば、安倍や自公のやりたい放題を黙認という事ですか?と問いたいです。
安倍や自公のやりたい事に賛成なら、そう主張すればいい事です。
私は現状なら抑止力が高まる事より、他国の戦争に巻き込まれる可能性の方が高いと考えています。
また解釈変更で、という方法にも反対です。こうしたやり方は、国民の法律遵守の考えにも悪影響が出るでしょう。
また、集団的自衛権には「同盟国援助」という名目で、実質的には侵略戦争を行なえる危険性も持っています。
自公の案にはそうした危険性への歯止めもありません。
私は安倍がどんな美辞麗句を言っても、この戦争法案には絶対反対です。

2015.09.06 13:49 URL | 一般的ウロタ #- [ 編集 ]

第一次世界大戦も、オーストリアの皇太子がセルビアで殺されて、セルビアにオーストリアが宣戦布告して、セルビアの後見人のロシアが集団安全保障でオーストリアに宣戦して、オーストリアと同盟のドイツがそれらに宣戦して、ドイツと敵対するフランスとイギリスがドイツとオーストリアに宣戦して、「積極的平和主義」の仕組みである集団安全保障の枠組みをテコにして、どんどん広がったんだよなぁ。
役人や政治家でご立派な経歴の人がいたとしても、みんなテストに出るところしか覚えないから、年号以上に詳しい歴史を知らないの(苦笑)。

2015.09.11 16:32 URL | #- [ 編集 ]

 1902年の日英同盟締結は、多くの日本人が覚えていると思います。しかし、その廃止は何年か?ぱっと言える人は少ないでしょう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%8B%B1%E5%90%8C%E7%9B%9F
(日英同盟 ウイキペディアより)
「・・・・前半部分省略・・・・・・。とりわけ、国際連盟規約起草における日本の人種的差別撤廃提案が否決されたことは禍根として残り、1921年、国際連盟規約への抵触、日英双方国内での日英同盟更新反対論、日本との利害の対立から日英同盟の廃止を望むアメリカの思惑、・・・中略・・・・1923年、解消」

日英同盟が締結されていた時代が、日本は最も輝いていました。
http://www.datamax.co.jp/2013/09/30/post_16455_hmg_1.html (世界で最初に国際社会に人種差別撤廃を提案した国・日本) 「牧野伸顕といえば人種差別撤廃提案」くらいは学校でもっとしっかり教えるべきでしょう。

 当時アメリカは、オレンジ計画(という日本侵略計画)を作成、いやその作成前からの西部開拓の完結、ハワイ、フィリピンそして次は必然的に日本。日英同盟はアメリカにとっては絶対にやめさせたかったわけですね。日本は日英同盟の重要性をもっと認識すべきだった、しかし「人種差別撤廃提案」という正義の道を選んだ、仕方のない選択だったのかもしれませんが、結果論では残念なことだったのです。

 現在、日米同盟が破綻して喜ぶのは中国だということは誰でもわかると思います。中国が、「尖閣上陸(又は沖縄内部侵略)をしたい!」となるような誘惑は決してするべきではないのです。今まさに歴史をしっかり勉強する必要があります。

2015.09.12 23:37 URL | zappo #- [ 編集 ]













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