きまぐれな日々

前回の記事の末尾で予告した五輪の件だが、結局東京が選ばれてしまった。

私は東京の落選を強く願っていたのだが、観念したのは前日の新聞のテレビ欄で、NHKやテレビ朝日をはじめとして各局が五輪の特番を組んでいたことを知った時だ。前回の五輪開催地選考の時には、私は東京に住んでいなかったから知らないのだけれど、新聞記事によるとやはり特番の数などは段違いだったそうだ。この時点で私は、ああ、マスコミは「予断を許さない大接戦」なんて言ってるけど、本当は東京五輪招致を確信してるんだなと思った。この時点で東京の落選を諦めた。

それでも、初めテレビ朝日、続いてNHKをつけながら、番組を見るでも聞くでもなく、本を読んだりPCでネットにアクセスしたりしていたが、時折テレビの音声が耳に入ってきた。耳を引いたのは、テレビ朝日の番組で池上彰が言っていた「IOCというのは私的な団体であって、NGOの一つだ」ということ。その後のNHKの番組は全く覚えておらず、知らぬ間にテレビをつけっぱなしで寝てしまった。

そのせいか五輪選考の夢を見た。IOCの総会に居合わせ、東京の落選に周囲が落胆してブーイングしている中、一人ほくそ笑んでいるという都合の良い夢だったが、明け方4時頃、「マドリードが除外されました」という、NHKのアナウンサーの素っ頓狂な叫びで目が覚めた。その後4時半頃まで、マラソンの有森裕子だの、NHKアナウンサーの廣瀬智美だのが、ウキウキしながらなにやら喋っているのをぼーっと見ていたが、東京が選ばれる瞬間だけは見たくなかったので、テレビのスイッチを切ってそのまま朝8時まで寝た。目が覚めてテレビのスイッチを入れたら、案の定東京が選ばれたことを知ったが、すぐチャンネルをTBSに変えた。しかしTBSの『サンデーモーニング』もほぼ奉祝ムード一色の番組構成だった。

安倍晋三がプレゼンで「(東電の)福島原発の汚染水は制御下にある」と言ったことを岸井成格がとらえて、そう言った以上は汚染水対策をしっかりやらなければならないと言ったり、司会の関口宏が安倍晋三に直接汚染水問題について聞いたりしていたが、せいぜいその程度の注文をつけたにとどまった。その後テレビ番組は、夜のスポーツニュースを含めて全く見ていない。

歴史をたどれば、オリンピックは1936年にベルリンで開催されて、ナチスドイツの国威発揚に利用されたあと、1940年には東京で開催される予定だった。しかし現実には五輪は開催されずに終わった。日中戦争を受けてのことだった。Wikipediaを参照すると、河野一郎が日中戦争直前の1937年3月に、「今日のような一触即発の国際情勢において、オリンピックを開催するのはいかがと思う」と発言した。その後現実に日本が対中戦争を引き起こすと、陸軍が軍内部からの選手選出に異論を唱えたという。結局東京は1938年に開催権を返上した。

こう振り返ると、石原慎太郎が五輪招致に狂奔した一方で、何としても日中戦争を起こそうとして尖閣諸島購入に動いたことは、自ら相矛盾する行動をとっていたことになる。もし本当に日中戦争が起こったなら五輪開催どころではないことは当然であろう。

世間でよく言われるのは、東京電力福島第一原発の汚染水とのからみだが、それもさることながら、国際関係と国内経済、特に雇用問題が、現在の安倍政権の政策で持続可能なのかと私は懸念する。特に安倍晋三が「ブラック企業」の経営者を参院選の自民党候補に立てたにもかかわらず、有権者がそんな自民党を勝たせてしまったことは、今後の日本を大きく傾ける選択だったとして後世の歴史家から批判されるだろう。

先日、昨年出版された今野晴貴の『ブラック企業 - 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)を読んだが、ウェザーニュースやワタミが社名を挙げて「ブラック企業」として批判されているほか、本には実名が挙げられていないユニクロが、著者に下記のような脅しをかけてきたという。
https://twitter.com/konno_haruki/statuses/343925814867398657

今野晴貴@konno_haruki

ユニクロから、「訴える」と脅しの通告書。『ブラック企業』(文春新書)で名誉棄損しているというが、私はこの本で、ユニクロには言及していない。「この書籍において貴殿が摘示されている「衣料品販売X社」なるものが通告人会社らを指すものであることは…明らかであるものと認められます」。

2013年6月9日 - 20:01


ワタミやユニクロなどの「ブラック企業」は、就職難が続く昨今、「なんとしても正社員になりたい」若者の弱みにつけ込んで、彼らを使い捨てにする。一方で、非正規雇用の労働者の生活難は続いている。そんな中、安倍晋三以下の自民党は、ワタミを参議院議員にし、財界が要望するままに非正規雇用を拡大しようとしている。

著者は、ブラック企業の第一の問題点として「若く有益な人材の使い潰し」を挙げ(本書148頁)、第二の問題として「コストの社会への転嫁」(同155頁)を挙げる。後者で、ブラック企業が引き起こし、社会全体が引き受けるコストとして、鬱病に罹患した際の医療費などのコスト、若年過労死のコスト、転職のコスト、労使の信頼関係を破壊したことのコスト、少子化のコスト、サービスそのものの劣化のコストなどを挙げる。要するにブラック企業とは公的支出を増やし、税収を減らす悪の権化のような存在なのだ。たとえばブラック企業の多くは、本来労災として自らが負担しなければならないコストを、労災隠しをすることによって公的部門に押しつける。ブラック企業によって心身を破壊された若者たちが増えることが人口減に直結することはいうまでもない。

以下本書より引用する。

 (前略)若者が将来を設計できず、次の世代の再生産ができなくなれば、どうなるか。ただでさえ高齢化社会であるのに、ますます少ない若者で、ますます多くの高齢者を養うことになる。そうすると、ますます子供を育てる余裕がなくなってしまう。当然、国家財政を圧迫し、将来的な財政悪化の要因ともなる。

 それでも、ブラック企業にとっては大きな問題ではない。いくら日本の若者が鬱病になろうが、高齢化が進展して日本の市場が縮小しようが、いざとなれば日本で稼いだ資産を持って、海外市場に進出すればよいからである。

 私たち若者がブラック企業に対して「戦略的思考」を持たなければならないのと同じように、本当は日本社会全体が、こうした傾向に「戦略的思考」をもって望まなければならない。日本を食いつぶすブラック企業に対処できなければ、日本社会は滅びてしまう。

 ■国滅びてブラック企業あり

 実は、ここまで個別企業の成長と実質的な経済の違いに言及してこなかったが、社会問題としてのブラック企業を考える上では、これが決定的に重要な視点である。なぜなら、一部の論者は「ブラック企業でも成長すれば日本経済のためになる」と主張しているからだ。ここまで見てきて明らかなように、ブラック企業がいくら成長しても、それは一時的なものでしかない。額面の上で大きな利益をたたき出したとしても、その後には使い捨てられた若者が横たわるのである。しかも、ブラック企業の「成長」それ自体が、日本の医療費等の直接的な、あるいは朗氏関係の信頼という間接的な財産を食いつぶして成立しており、実質的な意味では、「一時的な成長」だということすらできない。(中略)

 一国の経済発展を考えるとき、それが持続可能な実質性を担保しているのか、それとも「数値のまやかし」であるのかは、決定的に重要なのである。経済成長も「質」が重要なのだ。

 実際、このままでは日本は「国滅びてブラック企業あり」という状況になりかねない。

(今野晴貴『ブラック企業 - 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書, 2012年)175-177頁)


そんなブラック企業の経営者を与党の参議院議員にしてしまったのが安倍晋三である。実質的にブラック企業を支援するようなことをやっていては、いくら金融緩和をしてインフレ目標を設定したところで、日本経済が回復するはずがなかろう。

ましてや、オリンピック開催くらいで立ち直るはずがない。2004年に五輪を開催したアテネを首都に持つギリシャの例を引くまでもなかろう。

唯一私があてにしているのは、1959年に東京五輪招致に失敗した岸信介が、翌年安保闘争騒動を引き起こした責任をとって辞任に追い込まれたことである。

祖父を誰よりも尊敬(崇拝)する安倍晋三は、これこそ祖父に倣ってもらいたいものである(笑)。
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2013.09.09 09:03 | 安倍晋三 | トラックバック(-) | コメント(8) | このエントリーを含むはてなブックマーク

こんにちは。

今の所は…代表的な「ブラック企業」のリストに加わっていない私が勤務する会社でも、景気変動へのリスク回避として非正規雇用形態は広がっており、こうした資本主義的な構造的限界に起因する、社会に存在する財へのアクセス権や、本人の責任に帰す事が不可能な出生家庭の状況やら生まれつきの格差や教育課程において育まれた能力の格差による、個人が享受できる生活を含めた人間的な豊かさの格差は広がる一方です。

この【資本主義の構造的限界】の一つとして、マルクスの流れを汲む我々は「搾取」というものの存在を挙げ、数理的マルクス派経済学(AM派)では、それが一般的な数理的資本主義経済モデルの元で、確実に存在している事を(存在証明を)、厳格な(一般の経済学者でも認めざるを得ない)形で、最近になって証明する事に成功していますが、この資本主義の「桎梏」から人類が解放されて、自由な個人の自由な発展が社会の発展の基礎となる様な望むべき未来社会への展望は、未だオープン・クエスチョンとして、大いに議論して実行可能性も検討しつつ具体化していかねばならない所でしょう。

ブラック企業の登場と拡大は、こうした資本主義の限界の元で(一種の)必然的に産まれた奇形児の様な存在だと、私は見ています。
将来の社会像は未だにオープン・クエスチョンであったとしても…つまりは資本主義体制の中でも、こうした奇形児の跋扈を許さない為には、非正規労働が企業にとって「安価」であるという構造そのものを、変えていかねばなりません。
(その意味で、私は「非正規雇用にこそ従来型正規雇用よりも高い賃金を」とも訴えました)

それは経済体制の変革以前にでも、出来る事ですし、逆にそうした矛盾の解決の積み重ねの過程こそが、真に人間が人間らしく生活する権利を含めた普遍的な人権(一部の特権では無い)の社会的な確立を元来は目指す【左翼】の使命であり、そうした現実の運動の果てにこそ、理論だけでは解決できない未来社会の有り方といったオープン・クエスチョンの答えも見えてくるものだと、私は考えています。
(もちろん将来を見据えた学術的な議論自体は、それはそれで重要では有るとも考えますが)

人類の文明が始まって1万年の中で、奴隷などが居た時代も長く、資本主義が普及して未だ300年にも満たないのですが、この資本主義の中でこそ、普遍的な権利や平等という「概念」が産まれました。この「概念」を単なる概念で終らせないで実現する人類の飛躍の必要性と、資本主義の行き詰まりにおける平等「概念」そのものの崩壊に瀕して、それに代替できる実行可能性を持った具体的な政策パッケージを持った集団=つまりは「全く新しい潮流」の登場に対する潜在的な要求は切実さを増しています。

現実に存在して人々を苦しめる理不尽と闘う人々の、広範な連帯や健闘と成長を、私もそれを自己の課題としつつも、祈念し行動していきたいと思います。

2013.09.09 11:01 URL | 伊賀篤 #Xk9Ues7M [ 編集 ]

追記として、こうした資本主義に対する批判を、科学的=数理的方法で、1970年代から追求・貢献されたのが、古寺多見さんが日記でも紹介された、故・森嶋通夫氏であり、神戸大の故・置塩氏でもありました。

それを引き継いだのは(拙ブログの宣伝になり恐縮ですが)…

文明批判としての資本主義批判の現代における有効性について | 伊賀篤のブログ
http://blue.ap.teacup.com/nozomi/126.html

…でも紹介した学問的な潮流です。

現実の社会運動としては、まだまだ日本では未熟で、道は遠いと言わざるを得ませんが、科学的(経済学的)に見た可能性は、着実に広がっているので、御参考までに…

2013.09.09 11:20 URL | 伊賀篤 #Xk9Ues7M [ 編集 ]

まず、オリンピック開催内閣として、安倍政権は長期政権化していきます。
http://wondrousjapanforever.blog.fc2.com/blog-entry-69.html

2013.09.09 21:45 URL | #- [ 編集 ]

>東京五輪と安倍晋三 - ブラック企業を育成し、国を滅ぼす

この、滅ぼされる「国」とは、回り回った結果、安倍流の「美しい国」や「強い国」になるのだと思いますよ。

まあ、7年後をお楽しみにw

2013.09.10 14:46 URL | バッジ@ネオ・トロツキスト #CrLMSZ1k [ 編集 ]

五輪憲章では、オリンピックは、可能な限り未開催国、未開催都市で開催されなければならないと謳われています。
東京は64年に開催済、今回立候補した他の2都市は未開催。
このことを考えれば東京は落選候補NO.1のはずでした。
本来なら、未開催国、未開催都市、初のイスラム圏であるイスタンブールが圧勝しなけらばいけないケースでしたが、何と!東京が圧勝。
結局のところ投票が『黒い利権』によって左右されてしまいました。
祖父の岸信介を崇拝し「富国強兵」「殖産興業」政策を推し進め大日本帝国の復活、戦前の体制へのカムバックを目指す安部晋三にとっては笑いがとまりません。
東京五輪は、それを実現するための格好の国威掲揚の場として利用できます。
東京五輪は、ナチスドイツの国威掲揚に利用されたベルリン五輪と同質の大会となることが確実です。

2013.09.10 23:02 URL | 風てん #- [ 編集 ]

 藤原紀香なんぞネット界隈でゴリ押しとか言われてるゴーリキーと似たり寄ったりだ!!ゴーリキーと違って威張り腐ってるところがいただけない。ただゴーリキーは悪くない。マーが王全盛期に投げてたなら対王3打席連続被本塁打を記録されてただろう、威張るなョ・・・。ほんとに‘金本’クラスさえ現役でいたならあんなにいいようにやられていなかったものを情けない。

2013.09.15 22:37 URL | 世に倦む手抜きサンデー呆棄て #- [ 編集 ]

ブラック企業ねえ・・。

確かにブラック企業の名に値する酷い企業はあるが、それは労働基準局に訴え出て規制してもらう問題。
往々にして、実力主義を追求している会社とブラック企業を混同しているケースもあるのではないのかな?
ここに挙げられた企業がどうかは私は知識なくてわからないが、今の若い人の話を聞いてると、ベンチャーやIT、外資系企業はほとんどブラックに分類されてしまいそうですね。

2013.09.16 16:47 URL | 新参者 #HVFxKgL. [ 編集 ]

ウェザーニューズもワタミもなぜブラック認定されているかは検索すれば誰にでもわかること。「知識なくてわからない」などは言葉での逃げ。ブラック認定されて訴訟をちらつかせるなど、まさにSLAPPである。

ベンチャーやITだからブラック認定されているわけではなく、そうした企業は商品を安くするために過重な労働を強いているケースが多いから。SEなどはひどい待遇が多いらしいが、あとはスマホアプリゲームのプログラマーとかかな。福利厚生もろくにないところが多く、ブラック企業認定されても仕方ないだろう。無料配信ゲームなんてどれだけの犠牲の上に成り立ってんだよ、利用者も気づけよって感じか。

しかしなんといってもブラックで多いのは外食産業。ちょっと誤解を招きかねない言い方ながら、特別なスキルを要しない職種ほどブラック企業は多い。「嫌なら代わりは掃いて捨てるほどいるんだ」という企業側の態度が露骨だから。

なお企業体質に問題はあるものの、東電はブラック企業ではない。少なくともその定義には当てはまらなかった。なぜなら社員にそれなりの報酬を保障していたからだ。しかし給与が感情的に減らされ、ブラック一歩手前のところに来ている。離職者も多い。
原発事故収拾をさせねばならぬ企業の待遇を落とし、対応に支障が出れば本末転倒である。

「これくらいはブラックじゃない。甘えるな」的な言質も目立つし、「こんなやつらは薄給でこき使えばいい」とのブラック推奨とも言える発言が目立つのは危険だ。
断じて言うが、競争主義だから実力主義だからブラックになるのではない。それを隠れ蓑にしている企業がブラックなのだ。

2013.09.18 23:01 URL | 飛び入りの凡人 #mQop/nM. [ 編集 ]













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