きまぐれな日々

今日は朝日新聞の記事の紹介でお茶を濁そうと思う。
当ブログ管理人は、朝日新聞読売新聞もあまり好きではないのだが、ナベツネのことを何度か肯定的に取り上げている(もっともナベツネは反靖国だけど改憲論者だから、後者についてはいずれ批判したいと思っている)のに対し、朝日新聞についてはもっぱら悪口ばかり書いてきたから、たまには朝日の記事を肯定的に取り上げてやっても良いだろう(笑)。

取り上げるのは、ナベツネとの対談本で、当ブログでも何回か取り上げた朝日新聞論説主幹の若宮啓文氏が執筆している「風考計」というコラムである。

放火への沈黙 「テロとの戦い」はどうした
朝日新聞 2006年8月28日付朝刊コラム「風考計」より)
以下引用する。

 ずいぶん古いことだが、総選挙の取材で山形県鶴岡市にある「精三会館」を訪ねたことがあった。加藤紘一氏の地元活動の拠点であり、集会所にもなっていた。

 1961年、落選中だった父・精三氏のために支持者たちがカンパして建てたのだった。父を引き継いだ加藤氏が72年に初当選して以来、12回分の選挙ポスターが壁に張られていたという。二代の政治家の歴史がしみこんでいた。

 その会館が8月15日夕、隣り合った加藤氏の実家もろとも灰になってしまおうとは……。右翼団体の男が油をまいて火をつけたのだ。男は腹を切ったが、一命をとりとめて入院中だ。

 散歩中で無事だったとはいえ、実家には97歳になる母の於信(おのぶ)さんが住んでいた。政治家の妻として、母として、この地で生きてきた末の、何とも胸の痛むできごとである。

 加藤氏は近年、靖国神社のありようを鋭く批判してきた。日中関係の大切さを唱え、小泉首相の参拝にも反対の論を張ってきた。新たな国立追悼施設の建設を提唱した議員たちの中心メンバーでもある。

 それが、よりによって8月15日に火を放たれたのだ。一連の言動に向けられたテロというしかない。その後も党内にアジア重視の研究会を作るなど、くじけぬ姿勢を見せる加藤氏だが、家族にまで及ぶ危害を覚悟しての活動は口で言うほど楽ではあるまい。

    ◇

 事件の翌日、衆院議長の河野洋平氏が東京の加藤事務所に電話を入れて、見舞いの言葉を贈った。決して仲のよい間柄ではないが、靖国や中国への考え方は極めて近い。15日の全国戦没者追悼式で河野氏はこんな「追悼の辞」を語っていた。

 「新生日本の『目覚め』を信じ、そのさきがけとなることを願って犠牲を受け入れた若い有為な人材たちに思いをはせるとき、戦争を主導した当時の指導者たちの責任をあいまいにしてはならないと思います」

 特攻隊として散った若者に涙する小泉首相に対して、「それを命じた者を許してもいいのか」と放った矢であろう。もちろん、A級戦犯を合祀(ごうし)する靖国神社への異議でもあった。

 これも何かの因縁か。河野氏の父・一郎氏が建設相だった63年、地元神奈川県平塚市の私邸が放火され、全焼している。日ソ国交回復の立役者だった一郎氏を「容共的だ」と、かねて攻撃してきた右翼の犯行だった。

 犯人の一人は、名を野村秋介といった。服役後も経団連襲撃事件などを起こし、93年、東京の朝日新聞社に社長を訪ねて面会中に短銃で自殺した。

 戦前はもとより戦後日本にもテロの歴史がある。左翼の過激派が暴れた時代もあったが、右翼のテロも陰惨だ。

 60年、社会党委員長の浅沼稲次郎氏が、東京・日比谷公会堂の演壇で右翼少年の刃に命を奪われた。61年、中央公論の嶋中鵬二社長の家が右翼に襲われ、お手伝いさんが死に、夫人が重傷を負った。87年の憲法記念日には朝日新聞の阪神支局が襲われ、散弾銃によってふたりの記者が死傷している。どれも言論が狙われたものだ。

    ◇

 卑劣な脅迫はいまも絶えない。

 昨年1月、「新日中友好21世紀委員会」の座長・小林陽太郎氏(富士ゼロックス会長)の自宅玄関脇に、火のついた火炎瓶が2本置かれていた。首相の靖国参拝について「個人的にはやめていただきたい」と語ったあとだ。

 この7月には日本経済新聞社の玄関に火炎瓶が投げ込まれた。昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀に不快感を示したという元宮内庁長官のメモを、同紙が報じた直後である。

 こうして靖国参拝について、異議を唱えにくい空気ができていく。それがテロの狙いなのだ。

 ニューヨークのワールド・トレード・センターなどが襲われた「9・11」から間もなく5年がたつ。あれ以来、「テロとの戦争」を宣言したブッシュ大統領にこたえて、小泉氏は自衛隊のイラク派遣まで断行した。「テロとの戦い」は小泉時代のキーワードだったはずである。

 だが、足元の「右翼のテロ」とは戦わなくてよいのだろうか。

 官房長官や自民党幹事長などを歴任した政治家の非常時なのに、小泉首相にせよ、内閣スポークスマンの安倍官房長官にせよ、事件に憤る言葉も、取り締まりを強化する言葉も、国民に向けて一言も発しなかった。

 折からのお盆休みで、小泉氏は公邸にこもっていた。定例の記者会見から解放された安倍氏は、総裁選の準備に忙しかった。だが、談話のひとつ、なぜ出せなかったのか。あれから10日余、加藤氏のもとにも見舞いや激励の言葉は来ないというから驚きだ。

 情の有無を問題にしているのではない。国家の責任者として、これでよいのだろうか。沈黙は、テロを黙認するに等しくないのか。

 よもや、この沈黙に意図があるとは思わない。だが、これでは「テロとの戦い」が泣くのである。
朝日新聞 2006年8月28日付朝刊コラム「風考計」より)

新聞も、ようやくまともなことが書けるようになってきたようだ。この記事が掲載された8月28日、小泉純一郎安倍晋三は、ようやく重い口を開いて、加藤紘一の実家へのテロを「言論封殺」だとして批判した。だが、小泉はマスコミに逆切れし、安倍はいかにも嫌々コメントしている様子がありありだったことは、前にも書いた。

今日は最後っ屁をかます。ますますまともでないことを書くようになった、某自称「コラムニスト」のことである。もうすぐ累積アクセス数で「きっこの日記」に抜かれる彼は、朝日新聞を批判してこんなことを書いている。


<自民総裁選/派閥の哀れな末路>http://www.asahi.com/paper/editorial20060811.html
(註:リンクは既に切れている)
タイトルだけ見れば派閥政治の崩壊を喜んでいるように見えるが大違い。<ひそかに参拝していた安倍氏を推す理由がどこにあるのか>と安倍支持に雪崩を打つ各派に地団駄を踏み朝日が頼みとする反安倍勢力を擁立できなかった派閥の根性なしを叱っているのである(爆笑)。

安倍晋三を熱烈に支持している自称「コラムニスト」氏の高笑いが聞こえてきそうである。
だが、「コラムニスト」氏の喜びも、長くは続かないだろう(笑)。
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