きまぐれな日々

しばらく東電原発事故の問題にかまけている間に、アメリカやヨーロッパの政治経済の状況が悪化しており、為替レートがまた円高に振れている。特に最近ニュースをにぎわせるのはアメリカの財政赤字の問題であって、27日付の朝日新聞6面(東京本社発行最終版)に、アメリカの財政赤字問題で、共和党内で力を増す「ティーパーティー」が、財政赤字の削減幅や債務上限の引き上げ幅に関して強硬な主張を行って、共和党と与党・民主党との折り合いがつかない原因を作っているとの記事が出ていた。茶会とは、朝日の記事の表現を借りれば、巨額の財政赤字や増税に強い危機感を抱き、「大きな政府」による市民社会への介入を極端に嫌う人々の集まりのことである。

「茶会」と聞けば反応しないわけにはいかない。アメリカで「茶会」の躍進が伝えられたのは昨年。日本でも、河村たかしが名古屋で地域政党「減税日本」を立ち上げ、副島隆彦や中田安彦(「アルルの男・ヒロシ」と自称する、ネットでは有名な反米系陰謀論者)が河村を「日本版ティーパーティー」の旗手として持ち上げ、民主党の小沢一郎一派が河村の名古屋市議会リコール運動を援助したのだった。

そんな風潮に危機感を抱いて立ち上げたのが「鍋パーティー」。リンクを張ったブログを立ち上げたのは今年1月だが、その少し前の昨年11月4日にmixiのコミュを開設した。この日が「鍋パーティー」の創立記念日だ。

東日本大震災の直前、名古屋市議会のリコールを受けた市議会選挙を控えて、なんとか「鍋パーティー」の運動を離陸させようと躍起になっていたものだが、3月11日の東日本大震災と、同日発生した東電原発事故の影響で、「鍋パーティー」が当面のターゲットにしていた河村たかし一派も大ダメージを受けて、4月の統一地方選では大阪の橋下徹一派(「大阪維新の会」)は大躍進したのに河村一派は伸び悩んだ。

ターゲットとしていた河村たかし一派の凋落に加えて、私は東電原発事故発生と同時に「脱原発」の主張や「原発推進勢力」への批判の記事を大量に書くようになって、「鍋パーティー」にかかわる度合いは大きく減少した。

しかし、私が「鍋パーティー」に飽きたとか、忘れたなどというわけでは全くない。ただ、人間の時間には限りがあって、自由時間の半分以上を、当ブログや『kojitakenの日記』に割いている私でも、「鍋パーティー」にまではなかなか手が回らなかったのだ。

そうこうしているうちに、アメリカがまた怪しくなって、ティーパーティーが突っ張るせいで米国債が債務不履行に陥りかねないとまで報じられるようになった。仮にそんなことになったら日本もただではすまないのは当然だ。

ところで、なぜ今日の記事でティーパーティーに言及するかというと、昨日さる有料の有名ブログ(公開直後のみ無料)を読んでいたら、

茶会に共感を寄せている中の少なくない部分が、実は3年前にオバマのChangeに熱く期待した者たちだ

と指摘されていて、これは当を得た分析だと思ったからだ。このブログは有料部分の引用を禁じているのだが、この一節は無料部分であるコメント欄に投稿されたコメントに引用されており、そのコメントは承認され、表示されているものなので、ここで引用してもかまわないだろう。

なぜこれが当を得た指摘だと思ったかというと、日本でも河村たかしの「減税日本」に共感を寄せている中の少なくない部分が、実は一昨年の鳩山由紀夫と小沢一郎の「政権交代」に熱く期待した者たちだからだ。しかも、日本においてはオバマの "Change" とティーパーティーの「減税真理教」の担い手が同一の政治勢力(民主党小沢派)であることが特異的だ。私は、さる知人から「小沢一郎というのは何でもかんでも取り込む人だ」との小沢評を聞いたことがある。だから、90年代には「規制緩和」と「小さな政府」を、2000年代半ばには社民主義的な政策を、10年代になると再び「小さな政府」指向の「減税」を取り入れた。その小沢一郎が「脱原発」の取り込みにはあまり熱心でないことには、むしろ奇異の念を抱くくらいだ。

そして、そんなカメレオンのような小沢一郎に根強い支持があるのも、現在の日本の「閉塞状況」があればこそだと強く感じる。前回のエントリにいただいた杉山真大さんのコメントは、そんな状況を的確に表現している。

何と言うのか、批判精神も責任感も無しに参加民主主義に突っ走った挙句の果て、って気がしますよね。自分の「民意」が実現されるエクスタシーに酔って、目先の政局で「裸踊り」しているとしか思えません。

「私たち一人一人が『脱原発』をなしとげるんだ」とは言っても、結局その意思を反映させるシステムが機能不全に陥っている訳で、そうなると(デモなどで声を挙げるにしても)「批判的な観客」であることでしか政策実現できないてのも何か寂しい気もします。

2011.07.25 10:32 杉山真大


「民意を反映させるシステムが機能不全に陥っている」というのは本当にその通りで、底なし沼のような原発災害の深刻さに慄然とした国民が、その7割とも8割ともいわれる人々が「脱原発」、もしくは消極的にでも「減原発」を求めているのに、議会で大部分を占める二大政党には原発推進派や原発維持派ばかりが大量にいる。菅政権は「減原発」へ工程表を作る、などと今朝(7/29)の朝日新聞一面が報じているが、2050年頃までの工程表などと書いていて、そんな頃には現在稼働中の原発が一基残らず耐用年数を迎えるではないか、政権はまだ原発を新規に建設するつもりなのかとうんざりしてしまう。しかも、その案に基づいて年末までに閣議決定することを目指すというのだが、その時の総理大臣はむろん菅直人ではあるまい。民主党代表選に名乗りをあげた馬淵澄夫も、「脱原発」を標榜していながらも、菅首相が口にした「原発がなくてもやっていける」方向性はとらない、原発を選択肢として残すなどと言っているし、以前から代表選に出馬すると見られ、仙谷由人一派も支援しているらしい野田佳彦に至っては、もっと積極的な「原発維持派」だ。これでは、民主党政権のエネルギー政策が今後どうなるか、少なくとも明るい展望は全く持てない。さりとて、野党第一党の自民党に至っては、これはもうゴリゴリの原発推進勢力だ。河野太郎は、そんな自民党に所属し続ける自身をどう思っているのか、それに関しては全く何の意思表示もしない。

こんな状況だから、誰か力の強い者に頼る傾向が強くなる。「原発を否定するわけではないが、原発は過渡的エネルギー源に過ぎない」としか言っていない小沢一郎に異常なまでの期待をかけるのもその表れだろう。「力の強い者に頼る」というのは、自分の願望を実現するためのもっとも短絡的な道の選択だ。「知識のありそうな者に頼る」というのも同じことである。私が思い出すのは、「小沢信者村」と縁を切ろうとしていた頃に、さる小沢信者の有力ブロガーから言われたことだ。ブロガー氏いわく、あなたは自分でもわかってもいないことを難しく書こうとする。植草さんはそうじゃない。私たちにもわかりやすく記事を書いてくださる。

私は、そういう態度こそ私が一貫して批判してきたものなんだけどなあ、と思いながら反論せず、ただ「小沢信者村」と化した「自End村」と訣別しただけだった。私はずっと以前から「わかりやすさの落とし穴」を指摘して、これを批判してきた。その当時はターゲットは小泉純一郎やその支持者たちに向けていたのだが、当時小泉純一郎や安倍晋三を批判していた同じ人間が、小泉信者や安倍信者(そんな人間がいるのかどうかは知らないが)と同じ思考パターンで小沢一郎や植草一秀を崇め奉るのを見て、「ダメだこりゃ」と思った次第だ。

小沢一郎にはまだ「鵺」的性質がある。河村たかしは、所詮その「鵺」と運命をともにする小物政治家でしなかった。今後の政治においてもっとも警戒すべき「敵」は橋下徹だ。「鍋パーティー」以上にお留守にしてしまっている橋下徹批判だが、今後は「鍋パーティー」に戦線復帰するとともに、以前橋下を批判していた頃にもまして橋下を厳しく批判していなければならないと思う今日この頃だ。
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小沢さん、また内閣不信任案出したいみたいです。表http://goo.gl/GlLy2
前回さっさと自分は敵前逃亡、筋を通した二人の部下を見殺しにしたくせに。再提出するならなぜ敵前逃亡したの?除名された二人に一体どの面向けるの?開いた口がふさがりませんでした。
ほんとにこの人はラップ音が騒がしいだけの実体なき幽霊としか思えないです。

2011.07.29 09:41 URL | 秋原葉月 #449pMq2M [ 編集 ]

 どうも自分が思っていたより早く脱原発の機運はなくなりそうです。ブームの終わりは早いものですが、それにしてもと思います。

 よく国民運動とか一人一人の心がけなどという言葉がでます。それはとても美しい言葉ですしそれ自体は否定しませんが、現実にはほとんどの場合成果も得られません。信念をもって活動すればいつか多くの国民は分かってくれるようになる、国民運動になるというのは幻想だと思います。そういう例がないわけではありませんが、そういう例は非常に少ないものです。ただそういう例が浮き上がるから目立つだけです。特に日本ではそうだと思います。戦後そのようなことになったのは安保くらいなものでしょう。これだけ右傾化しているのに尖閣の時でも大きなうねりになりませんでした。反原発などは風前の灯でした。世論調査で7,8割が反対といってもそれは聞かれれば反対であるというだけで経済活動などに影響が出てくるようになればそれは逆転すると思います。ですからブームの時にさらに大きな熱狂と作って一機に目的を達成できなければ物事は進まないと思います。

 私は小泉改革を否定します。彼のブームを作る方法論も正当なものではないと思います。ですが彼はブームを作って持論の郵政を通しました。間違ったものとはいえ結果は出しました。今回の政権交代でもあれはブームに民主党が乗っかっただけです。ブームを作るような政治は民主主義政治として否定されるでしょう。ですがその効果は絶大でだからこそ批判されながらも現在でも使われているのだと思います。

 結局のところ民主主義の王道を歩んで成果がないか、邪道を歩んでも少しでも成果を切り取るかということになるのだと思います。もちろんブームに乗っても成果は出ないかも知れませんが少なくともそうでない方法よりは可能性はあります。王道を歩んで成果をとるというのは理想論であり現実論ではないと思います。私は脱原発に関して美しいまま現状維持が続くのであれば汚れても少しでも脱原発に関して成果を切り取るほうを選びたいと思います。
 

 

2011.07.29 10:05 URL | 比嘉 #- [ 編集 ]

>今後の政治においてもっとも警戒すべき「敵」は橋下徹だ。

まったく同感です。別のエントリーのコメント欄でどなたかが、
橋下がさほど右でもないとおっしゃっていましたが、彼ははっきり
極右ですよ。この社会をファシズムとナショナリズムへと誘う極めて
危険な人物だと認識しています。

2011.07.29 12:23 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

小沢、橋下両氏に共通するのは「選挙巧者」であることですね。
特に後者に関しては、先の統一地方選挙の動向をみてかなり驚きました。
複数候補者同士の票割りもうまくできていますし。
身近に優秀な選挙コーディネーターがいるのでしょう。
他党からの鞍替えで維新の幹部に収まった議員がその役割を果たしているようですね。
表層的なポピュリズムよりむしろ、注目そして注意すべきはこの点かと思います。
河村が失敗したのは、自党の候補の大半が新人だったことが大きいでしょう(鞍替えはごく数名だけ)。

2011.07.29 12:44 URL | 元大阪府民からの伝言 #- [ 編集 ]

本題と異なるため、気が引けるですが、皆様に以下の記事をお読みいただきたいと思い、投稿します。

http://imadegawa.exblog.jp/

このブログの酒井徹さんは名古屋ふれあいユニオンの委員をなさっている27歳の若者です。時折、酒井さんのブログを訪問するのですが、このような方が国会に行くべきと実は思っています。

2011.07.29 16:33 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

「小沢一郎というのは何でもかんでも取り込む人だ」言い得て妙ですな。
何と言うのか、小沢って凄腕営業マンではあっても政策通とか理念派とか言うのとは違うって気がするんですよね。重要なのは、自分の勢力を如何に伸ばすかってことだけで、そのためなら有権者が何を欲するかという「顧客満足」を掴むのに秀でていると言うのか。
だからこそ、民主党が伸びたとも言えるのでしょうけど、そのツケが今になって出ているのかも知れません。

2011.07.29 17:39 URL | 杉山真大 #5oClqcV. [ 編集 ]

もう一度、投稿させていただきます。あまりにも腹が立ったので。
今朝、たまたま見ていたフジテレビの「とくダネ!」で、深沢真紀(草食男子の命名者らしい)というコメンテーターが「政府が検討している震災復興のための約10兆円の所得税と法人税に対する増税」を批判して、「被災地域も増税される」というお馬鹿な発言をしています。これに対して司会の小倉は何のコメントもなく番組は進行。

フジテレビはわざとこんな嘘の発言をさせるのですかね。法人税自体を支払っていない企業が数多くあるといわれているのに、被災した企業に法人税がかかるなんて考えること自体あまりにもナンセンスであり、収入を失った被災地の人々に所得税がかかるなんて考えること自体もさらに馬鹿げている。こういう馬鹿がテレビで幅を利かせて、嘘を振りまいて、それを信じる人々がいるとなるともうこの国はおしまいですね。

2011.07.29 19:20 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

河村についてですが、在名メディア、特にテレビでの河村(&大村)の取り上げ方(持ち上げ方?)はホントひどいですね。

市政(&県政)ネタでは必ずといっていいほど河村・大村を映しています(前市長&前知事ってそんなにテレビには映らなかったような…)。

議会報道も煽る煽る。「首長vs議会」の構図で「議員報酬削減」関連報道ばかりやってて、それよりももっとやらなければいけないことがあるだろう、と思うのですが・・・

東海広域圏の隣県(元経産官僚で資源エネルギー庁勤務経験のある知事の県)に住んでて、うんざりの毎日です。

2011.07.29 19:36 URL | ウサギの耳アカ #- [ 編集 ]

>今後の政治においてもっとも警戒すべき「敵」は橋下徹だ。

私も同感です。しかし、もっと警戒すべきは、橋下そのものより彼を担ぎ出している人々と時代の空気でしょう。わけても「脱原発」のポーズを見せられただけで「リベラル」を自称する少なからぬ人たちが彼との「共闘」になびくという現象に暗澹たる想いを感じています。

6月6日の北海道新聞に辺見庸氏が「幻燈のファシズム ──震災後のなにげない異様」と題したエッセイを寄稿しています。北海道新聞のサイトにはアップされていないようですが、詩人の河津聖恵さんが自身のブログ「詩空間」に転載してくださっています。

http://reliance.blog.eonet.jp/default/2011/06/post-d5f0.html

公立校の教職員に君が代の起立斉唱を義務づける全国初の条例案大阪府議会で成立した直後に書かれたものです。
以下に結びの一節を引用します。
────────
かつて君が代をうたわなかった先生たち、起立しなかった人びとが、いまはすっくと立ち、明らかな声にしてうたうのだそうだ。そのような人びとの内面はあまりにもつらく、たわんではいないか。そうさせているものはなにか。あの歌をうたわないですむ会社や組織に同質の異様はないのか。うたいたくない者に直立不動でうたわせる社会はまっとうだろうか。石川淳はファシズムの季節の光と影のゆがみについて書いている。「ひとびとの影はその在るべき位置からずれてうごくのであろうか。この幻燈では、光線がぼやけ、曇り、濁り、それが場所をゆがめてしまう」。問題はむろん、テレビが放(ひ)りだしたガスのような大阪府知事ひとりにあるのではない。わたしたちひとりびとりの、あるべき位置からのずれを、醒めて見つめるべきではないか。

2011.07.29 23:19 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]

最近「自身の給与の削減」をうたう候補者が首長選挙で目立ちます。
「自分はこんなにも街の財政に真剣に取り組んでいるんだ」という単純な人気取りですが、私はこの手の政治家を信用しないことにしています。
むしろやるべきことをやってくれるなら、首長の給与は相応の額であるべきだと思います。

さてそんな「報酬半減」をぶちあげて当選した河村名古屋のお隣に大治町という町があります。
「町」とはなっていますが、人口は3万以上、人口密度は5000人にもなるかなりの過密な町です。
ここの町長は岩本好広。元中日ドラゴンズ選手でもあり、一方では何度も不祥事を起こした人物でもあります。

岩本氏は自分を河村にたとえ、自分の報酬を削減すると公約を出して、あの「税金を使わない社会が良い社会」という世迷い言の政党「みんなの党」の推薦を受けて当選しました。
ところが岩本町長は公約を翻したのですね。理由は「町議が一緒に給与の一部を返上しないなら自分もやらない」ということのようです。

何を言っているのですか、この町長は。
公約は「自分の給料を減らす」と言っていたのだから、どうしてもやりたいのなら自分だけ返上すればいいじゃないですか。
「他人の給料も減らないから嫌だ」というのは、言いかえれば「貧困の横並び」を望むルサンチマン層と何ら変わらない言い分です。

河村の劣化コピーの正体とはこんなものなのです。

2011.07.29 23:19 URL | 飛び入りの凡人 #mQop/nM. [ 編集 ]

福島市議会選挙は日曜日投票も、一部全国紙が報じた通り「放射線」「放射能」一辺倒。
ポスターは共産党・社民党に加え公明党も「もう原発はいりません」。
無所属は若手中心に「放射線に負けない」等々。
選挙広報はこれに加え「除染」。
「ああ、脱原発解散なんてやったらこうなるんだろうな」と思った。
皆が同じことを言っても「行政にも限界があるから除染は自己責任」とか温度差はあるだろう。
もちろん他にも課題はあるし。
さらにたちが悪いことに震災を理由に選挙カー自粛の陣営がいる。
そんなのは自己満足だし、自ら訴える術を捨てるのは不誠実でしかない。
果たしてまともにこの先取り組んでいけるかは疑わしい。
ちなみに地元紙アンケートで放射線対策を問われ「一時避難」を訴えたのは意外にも保守系無所属候補。

2011.07.29 23:56 URL | 観潮楼 #- [ 編集 ]

>飛び入りの凡人さん

岩本好広、久々に思い出しました。
確か昭和最後の年くらいに、阪急ブレーブスから中日に移籍してきた選手だったと記憶してます。
控え選手でしたが、乱闘が起きると先頭切って大暴れしてた武闘派でしたよね。
なんと、町長になってたんですか。。。
それにしても、全くいい加減な奴ですねえ。
私も、報酬削減を公約にあげ、それをことさら強調する候補は信用できません。
報酬は下げなくてもいいから、金額に相応しい働きをしてくれる首長や議員のほうがよっぽどいいです。

元プロ野球選手がらみのネタなんで、ブログ主さんが「日記」のほうで既に何か書いておられたりして。。。

2011.07.30 01:20 URL | 元大阪府民からの伝言 #- [ 編集 ]

橋下知事の態度は、とてもスポーツ的な態度だと思います。
スポーツの世界では、かっこよさが求められます。努力することが求められます。瞬時に判断することが求められます。統一した行動が求められます。カリスマ的なリーダーが求められます。組織にすべてを捧げることが求められます。仲間を大切にすることが求められます。理性的であるよりも情緒的であることが求められます。
いっぽうで、「そもそも何のため?」ということが忘れられがちです。

スポーツの魅力は、「感動したい」「興奮したい」「一体感を得たい」などの「日常では満たされにくい欲求」を満たしてくれることにあると思います。また、「優越感を得たい」「力を誇示したい」「勝負をしたい」「暴れたい」などの「現代社会で抑圧されている欲求」を満たしてくれることにもあると思います。ここで、なぜ、スポーツがこれらの欲求を満たすことができるのかというと、それは、スポーツがあくまでもバーチャルの世界だからだと思います。

こう考えると問題は、「人びとが、バーチャルな世界だからこそ求めてもよいものを、現実の現代社会で求めている」ことにあると思います。

最近、スポーツ的な態度が好まれる傾向が強くなっている気がします。これではよりよい政治になりそうもなくて、心配です。

2011.07.30 15:24 URL | suterakuso #- [ 編集 ]

私は自らの「報酬削減」を述べる首長がすべて悪いとは思いません。ほとんど報道されていませんが、例えば、浦島郁夫熊本県知事。全国で最小所得の知事です。彼について報じる全国紙はあまりありませんが、彼のことを調べると、この人が首相であったら、もう少しまともな政治が行われると思います。やはり、すべてを一律に論じることはないと思いますね。以下に彼について参考になる記事を載せます。

http://morikazuya.exblog.jp/10539352/
http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010063001000338.html
http://ameblo.jp/masa0106fff/entry-10897026613.html
http://blog.goo.ne.jp/hiroharikun/e/0cd3632b5258c7e6cd62e822eeaf04a8
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/254359

やはり、人です。橋下を知事に選ぶ民度、浦島氏を知事に選ぶ民度。すべては民度です。

2011.07.30 17:20 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

みなさん日本は本当に政治家で政治が動いている様な、そんな民主主義の国なのですか?

もしそうならば、もっととっくに民意が国政にストレートに反映されているはずだと思いますが。
でも現実は決してそうはならない。
こういっては何ですが、この国は非常に特殊な国なのだと思っています。

私はこの国を列車に例えれば運転席には確かに運転手が座っていますが、実際には彼は運転はしていないでただ座っているだけなのだと思っています。
運転はコンピューターで自動的に動いているだけなのではないでしょうか。

橋下がどうたらとか、小沢がどうたらとか、これってもう何十年も語り続けられてきた事ですよね。
政治家が巨悪が霞が関の役人が、そして財界が・・・・。
でも結局殆どこの国は変わる事が無かったと思います。
原発とて40年間もずーと同じ事を続けてきただけですよね。
他の国は少なくともチェルノブイリの事故以後は安全面に最大限の投資をしてきたというのに、日本はまるで変わらないままだった。
これって何かおかしいとは思いませんか?

だからこの国は人が動かしている国ではないと私は思うのです。
この国を動かしているのは結局は国体を形成する国策であり、国策は国民の意思とは無縁に国家の中枢にいる者達が前例に従って、そして戦後はアメリカの意向にも沿ってプログラミングしているだけのことではないのでしょうか。

私にはそうとしか思えません。
結局この国を変えるには国体を解体して国策を我々国民が決めるシステムを構築するしかないと思います。
個々の政治家を論じるのも大事だとは思いますが、いまのままでは誰が政権についても絶対に120%変わらないと思いますよ。

皆さんきっとわかっていてこのことに触れるのをタブー視なされているのだと思います。
古寺さんも以前この事に少し触れたのにまた元に戻られておられます。
やはり怖いのですか?
私もそこに触れるとどうなるのか、身近で起こったあることで承知しているつもりですが、それでもあえてこの事に触れずにはおられません。
そこを一度は通過しないと、何も変えられませんよ。

2011.07.31 00:58 URL | 風太 #seTEoywg [ 編集 ]

「報酬削減」について
「報酬の適正さについて話しましょう」とか、まず議論を設定しようとする(その上で「皆さんどですか」と問うならまだまし)首長ならいいんですけど

「俺はこれだけ下げた、お前らも従え」では、議会は首長の諮問機関ではないのだから、反発するのが当然なんですが

それを口実に庶民のルサンチマンを煽るような橋下や(ここでは過小評価気味の)河村の、市長選のときから頭ごなしに「報酬削減」を連呼していた河村…それになびく「大衆」…大衆批判はいけないと思いつつ…それではだめだ、・・・ホント自分が情けないです…

やっぱり、負け組の矜恃さんのおっしゃるとおり、「民度」なんですねぇ・・・

(でも、大都市部ほど「民度が“低い”」のがホントやるせないです・・・)

(現在田舎暮らしで物理的な不便さはないが、文化的・知的なものに飢えている私からのある意味「都市批判」でもあります・・・)

2011.07.31 04:13 URL | ウサギの耳アカ #- [ 編集 ]

民度が低いのは当たり前です。
なぜならば政治は国民の意思とは殆ど無縁の存在だからです。
行政も立法も司法も変わりません。
司法を例にすればたとえ地裁レベルで民度に沿った判断が行政訴訟で下されても、その後は殆ど上級審で覆されます。
だいたいこの国で国策に逆らう最高裁判例など出たことがありますか?
ないでしょう。
下級審の判事は最高裁事務総局に管理され、国策に従わない判事は絶対に出世しないどころか、地方の家裁に飛ばされます。
じつに上手く出来ているのですよこの国の形を重視する仕組みは。
だから民度は低くて当たり前で、なまじまともな考えを持つ人がいたら逆にスポイルされて晒しものにすらされます。
この国ではすべての国民は自分の所属する組織の意向に従って生きているだけです。
そしてだからこそ無責任なのです。

2011.07.31 12:21 URL | 風太 #seTEoywg [ 編集 ]

橋下の、特にTVタレント時代の軽率で乱暴な発言は確かにいただけませんが、

日本にとって必要なのはやはり、ああいう存在でしょう。

ウィキに書かれていることだけで判断させてもらえば、彼は別にとんでもない特別な右翼とも思えない。

自身をあえて部落出身と告白し、在日参政権でもネトウヨみたいな排他的な主張はしていない。

彼は頭はいいんでしょうが、70年代までの政治常識や、空気を読んで「なあなあ」で済ますことが嫌いな、バブル世代の自信たっぷり「新人類」なんでしょう。

もちろん、真っ当な批判は必要ですが、「ヒトラー」などと言って唾棄するなかれ。

特に昭和以降、日本を悪い方向へもっていったのはだれか?ヒトラー型の成り上がりカリスマか?

違うでしょう。近衛文麿といい、東条英機といい、岸信介といい、組織人、名門の超エリートばかりじゃないですか。それから、あんな有名人ばかりではなく、現在も活躍中の、司法界や財務省、原発村に象徴される、目立たない国策エリートどもでしょう。

橋下のような軽薄な「新人類」こそ、日本を変える可能性があるのです。平松や共産党候補みたいな大人しいのを選んでいても、何も変わりませんよ。

2011.07.31 18:27 URL | cube #- [ 編集 ]

>cubeさん

>特に昭和以降、日本を悪い方向へもっていったのはだれか?ヒトラー型の成り上がりカリスマか?

戦前の日本でヒトラーやムッソリーニのような「下からのカリスマ」が出現しなかったのは、日本の民主主義の未発達のためです。
ドイツやイタリアも当時の西ヨーロッパでは民主主義が未成熟と言われた国で、それがファシズムの成立をゆるした一因だったことは確かです。しかし、それでも両国は日本よりはるかに発達した民主主義をもっており、だからファシズムも大衆的政治運動の結果、権力を掌握することになったのです。ナチスが当時最も進歩的といわれたワイマール憲法のもとで選挙を通じ、合法的に権力を握ったことはご存じでしょう。
「ファシズムは民主主義から生まれる」と定義すると、戦前の天皇制ファシズムは本当の意味のファシズムといえないと主張する学者もいるくらいです。
しかし、今の橋下人気には、正真正銘のファシズムといってよい条件がそろっているのです。皮肉な言い方をすれば、日本の民主主義はやっと「いわゆるファシズム」を生み出すくらいになったというところかもしれません。

2011.07.31 23:05 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]

Cubeさんへ。
橋下は同和地区で育ちましたが、実際には、東京都生まれです。父親は八尾出身とはいっても、祖父が八尾に移り住んだだけのことです。彼は同和地区出身でないため、むしろ、逆差別を受けたと自ら述べています。同和地区に対する優遇政策を見直すと述べたのもその恨みからでしょう。

橋下は軽薄な新人類でもありませんよ。そんな軽い人間ではありません。軽く見せているだけです。冷酷で、心の底に恨みを貯め込んだ人間です。同じ貧しい中で育った人でも、例えば、熊本県の浦島知事とは人格が違います。

2011.08.01 07:34 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

cubeさんへ

>有権者は目くらましに騙されてはならない。
>この第三極は自民別働隊の「偽装CHANGE」勢力である。

植草一秀氏は、かつて橋下らについてこう定義して国民に向かって
警鐘を呼びかけていたのですが、cubeさんは、植草氏のこの認識は
間違っているというお考えなのですね?

それと、小沢一郎支持者である風太さんは、君が代強制化には反対の
認識をお持ちであるようですが、cubeさんは逆の立場で、
これを肯定するお考えなのですか?

また、橋下が代表を務める大阪維新の会の市議団は、市教育委員会に対して、
“自虐史観”でない教科書を使うよう、要するに“新しい歴史教科書”を
使うよう要望し、それのみならず、市議会に同趣旨の決議案を提出し、
市内の公立学校で“新しい歴史教科書”を使うよう求める決議を通す
方針を固めています。これは独立性を求められる行政委員会である
教育委員会に対するあからさまな政治介入です。

この動きもcubeさんは肯定ですか?

2011.08.01 15:11 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

管首相及び民主党の極左団体・市民の党に対する迂回献金問題について、民放では報道されていますが、現時点でNHKでは報道されていません。

迂回献金が法律違反でないという理由で、報道を控えているとすれば、過去の小沢ゼネコン迂回献金や自民党政権時代の迂回献金でのNHKの報道を省みると、全くのダブルスタンダードとしか言いようがありません。国営放送の資格なしです。

NHKには速やかな報道を求めます。

2011.08.01 20:08 URL | やまとなでしこ #BlWMosmM [ 編集 ]

フリスキーさん

私は、今は反原発に最も注意して政治家を選ぶべき時だと思います。

もちろん、橋下の「反原発」が本物かどうかまで、私には保障できませんが、彼が平松より、関電に「反原発」方向で積極的に関わろうとしていることは、報道を読む限り、そうなんだろうと思います。
その他、市長選にだれが出るか分かりませんが、共産党系は、そもそも多数派になろうという戦略をもたない政党なので除外。

橋下の多数派形成能力も当然、選ぶ理由になります。私が社民なんかより、小沢に期待せざるをえないのもそれです。

つくる会の教科書は、私もろくでもないと思いますが、申し訳ないが、今回は反原発より優先度は低い。

学校の国旗国歌については、これはそもそも橋下一人の責任ではありません。

日本は戦後、ドイツのように戦前否定を徹底しなかった。行き着く先は、天皇制や天皇の戦争責任なんでしょうが、これも日本人は、ドイツほど外から攻撃されなかったおかげで「あいまい」にしてきた。
じゃあ、かつての「革新系」首長が、国旗や国歌を式典から排除してきたのはどうなのか、と言えば、あれも結局自分の庭だけに問題を限定するしかなかった点で中途半端だった。今、死刑サインをこばむ法相みたいなものです。
私は拒否する側にも、それ相応の理由があると思いますが、ここまで浸透し、あらゆる場面で多数の人が親しんでいるいる以上、もはや国旗・国歌を否定することも出来ない。今さらそんな議論をしても、皆一笑に付すだけでしょう。
結局、日本人全体の責任なのです。

橋下は行政官として、毅然とせざるをえないのでしょう?式典を行う側の教員が、国歌を歌っても歌わなくてもいいなんてことを、いつまでも続けていいわけないじゃないですか?

2011.08.02 07:33 URL | cube #- [ 編集 ]

Cubeさんへ。
あなたは、

ウィキに書かれていることだけで判断させてもらえば、彼は別にとんでもない特別な右翼とも思えない。

と書いていますが、本当にウィキを読んでいるのですか。もしそうなら、あなたの読解力に問題があるのではないですか。仮にウィキを読んで以下の文を書いたとしたら、

自身をあえて部落出身と告白し、在日参政権でもネトウヨみたいな排他的な主張はしていない。

あなたの読解力に問題があるか、またはことさらに橋下の「とんでもさ」を薄めるために(差別を受けた橋下だから、差別主義者ではそれほどでもないと暗に示そうとして)嘘を述べたのか、最初から結論ありきで適当に読み飛ばしたのではないですか。いずれのケースが正解であれ、あなたの主張は全く説得力がありません。

私もウィキを読みましたが、ウィキを読み、そこから多少の検索をするだけでも、彼の手法がほぼ以下の通りよくわかります。

彼はまず、敵を定めて声高に、感情をあらわにして、しかしあくまでも「スポーツ的に」一点突破の主張を述べます。主張してみて、それによって彼自体が不利な立場に追い詰められるかどうかを様子見して、不利とみるや、別の敵を作った上で、前の主張を撤回するのです。「元大阪府民からの伝言」さんが橋下に行政手腕がないことを指摘されていましたが、別に橋下にとってそれはどうでもいいのです。だから、彼はほんと簡単に自分の主張を引っ込めるのです。ただ単に引っ込めれば、批判が集まるでしょうが、その批判が集まる前に、別の敵を作って別の主張をするのです。それを見て、大阪府民は拍手喝采をするわけです。その一方で、彼は弱者を痛めつけるような政策はどんどん進めるのです。手強い相手には裏で、またはこっそりと妥協し、弱者や被差別者には、さらに過酷な政策を推し進める、自己責任の看板を掲げて。だって、多くの大阪府民は橋下の本質を見ずにあっさり橋下の足下にひれ伏すのですから。彼が「脱原発」をいち早く唱えた(本当はいち早くでもないですが)のも、関電を敵にしたのも、彼の手法の一環として当然の帰結です。彼は「脱原発」が成功したら、自分の功績だと声高に叫び、失敗したら、「脱原発」を主張したことなどなかったかのように別のテーマを主張していることでしょう。

その間も大阪の右傾化はますます進んでいくことでしょう。弱者はますます片隅に追いやられるのです。

なお、Cubeさん、そんなに「脱原発」が大事なら、なぜ、小沢一郎を今も支持するのでしょうか。私には、それが全く合点がいかない。「軽薄」とCubeさんが言う橋下に依存するよりも、小沢さんに「脱原発」を助言したほうがよほど手っ取り早いのではないですか。

2011.08.02 09:59 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

>cubeさん

フリスキーさんが書かれていた「大阪維新の会」の大阪市議団が中学校教科書に採択しようとした(先月末、大阪市教育委員会によって採択の対象から外されました)自由社や育鵬社のいわゆる「つくる会」系の教科書は、原発推進を露骨に明記してきた教科書でもあるのですよ。
育鵬社版は「地球温暖化の原因となる二酸化炭素をほとんど出さず」と、原発=クリーンなエネルギーであるというデマを平然と記載、「原料となるウランをくり返し利用できる利点がある」と、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを再利用の全面的な推進をうたっています。あげくに原発を「日本では重要なエネルギー源」と美化しているしまつ。
自由社版も似たようなものですが、加えて、福島原発事故の後、文科省への訂正申請も通らないまま、5月に発行した市販本で「東日本大震災にともなう原子力発電所の事故は、エネルギー問題について改めて深刻な問題をつきつけました」とこっそり差し替えるという厚顔ぶりです。
橋下がこんな教科書を採択しようとしたのは、原発問題とは関係なく両教科書の歴史観や国家観を重視したからかもしれません。しかし、元をたどれば、こうした歴史観や国家観を肯定するような政治勢力が今の惨憺たる「原発列島」を作り上げることに深く関わってきたのは歴然たる事実なんです。
同じ小沢支持者でも、風太さんは別エントリのコメ欄で

「私は橋下と共闘することは、その目的である脱原発とは自己矛盾であると感じます。
なぜならば原発推進政策は日本の非民主性・愚民政策そのものであり、橋下はその非民主制を府政で行う事を平然と豪語している者だからです。」

と発言されています。私も風太さんに同感です。

2011.08.02 14:30 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]

cubeさんへ

御返答を有難う御座います。
さて、

>私は拒否する側にも、それ相応の理由があると思いますが、
>ここまで浸透し、あらゆる場面で多数の人が親しんでいるいる以上、
>もはや国旗・国歌を否定することも出来ない。

浸透しているか否かの問題ではありません。
公権力による強制と処罰化が論点なのです。
cubeさんは、学校現場において国旗国歌への拝礼、斉唱を強制&処罰化している
国が、先進諸国では他に無いという事実を御存知ですか?
アメリカでは、学校で星条旗を前にしての忠誠の誓いという儀式が行われますが、
これでさえ、1943年のバーネット裁判で不起立の自由が認められて以来、
その後の判例としてこれが受け継がれてきました。
そもそも、入学式や卒業式の際に国歌斉唱などしないという国が世界では
大半を占めているようです。
日本でも1999年まではそうでした。この時点では入学式卒業式における
君が代斉唱率は、東京都で5.9%、大阪府で0%です。
それが、同年の国旗国家法の制定によって翌年には、東京で99%、
大阪で100%に一気に跳ね上がりました。ただこの時点では、校長の裁量で、
起立を自発性に委ねる自由告知を出す学校も少なくなかったようですが、
東京では2003年の10・23通達によって強制が徹底化され
今日に至っています。

東京都の教育現場では、1998年の通達で、職員会議が補助機関とされ、
校長、教頭、主任などによる企画調整会議の設置が義務付けられ、
これによって、それまで学校の運営方針が職員会議による議決で
決められていたことが改められ、管理職によって一方的に決定され、
職員会議は、管理職が決めたことを報告する場、単に教職員の意見を聞く場と
されてしまったのです。さらに、2006年4月の通知により、
職員会議による挙手、採択も禁止されました。
さらに、この管理職による企画調整会議も教育委員会の徹底した
管理化に置かれたのです。
つまり、
教育委員会で決めたとおりの決定を企画調整会議で校長以下現場の
管理職が下すことを余儀なくされ、教職員は、その内容に粛々と従うだけです。
これに逆らうことは許されません。この文脈の中で、日の丸君が代強制も
強められていった経緯があるのです。
卒業式、入学式の式次第、展示、設営の仕方も事細かに教育委員会に
よって決められるようになりました。君が代斉唱に際しても口パクや小声
ではなくて、ちゃんと大きな声に出して歌っているか測定器まで
持ち出すしまつ。また、文化祭においても、生徒による展示内容に
教育委員会が口出しをしてくるようになったということは、
三鷹高校の土肥信雄元校長によっても報告されています。
これは、現代の先進国には類を見ない、非常に後進性を強めている状況が
伺われます。東京都の教育現場ではもう既に全体主義化が
相当進んでしまっています。
この状況が他府県に波及していっている状況があるのです。
橋下知事がやろうとしていることは、この流れを受けて一気にエスカレート
させるものです。

国旗であれ国歌であれ国歌のシンボルに対して公権力が
拝礼と斉唱を強制し、従わないものを処罰する、クビにするという発想自体が、
民主主義と自由主義に照らし合わせるならば、時代を逆行させるもので、
他の先進諸国に類を見ないということは知っておきましょう。
このことにピンと来ない人が多いという状況があるというのは、
民主主義という点では、日本の後進性の表れで、この点では、
残念ながら先進国とは言い難いということを現していると思われます。

>橋下は行政官として、毅然とせざるをえないのでしょう?

保守の神奈川県黒岩知事でさえ、強制は良くないと言っているのですよ。
この問題においては、
行政官が下す命令の内容自体、政治家が制定しようとする法令の内容自体が
問われているのです。権力者が毅然としていれば、どんな内容の命令や法令にも
黙って従えじゃ、それって全体主義国家の発想ですよ。
国歌国旗への強制化&処罰化という内容が民主主義と自由主義を頂く国として
異常だから批判しているのです。
そもそも、
いつの時代でもどの国でも、国家がナショナリズムを強めていく時、
まず教育現場への統制を強めていくこと、国家を象徴するものへの
拝礼を強制していくこと、自国を礼賛する歴史観の強化から
はじめていく事は自国や他国の歴史を鑑みれば明らかでしょう。
橋下はそれをエスカレートさせようとしている意図がミエミエだから
危険なんです。
橋下とそれを支持する大衆の状況は、現代日本のナショナリズムの
エスカレートの度合いを見ていく上で格好のバロメータになると思います。
要注意だと思います。

2011.08.02 19:50 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

フリスキーさん、

妙ですね。式典で国歌を歌う、校歌を歌う、国旗や校旗に拝礼する。
こういったことを、もちろん個々の生徒にまでいちいち強制することはできない。
しかし、そこの職員である教員は「式次第」に従うのは当然でしょう?何のための式典なんですか?

国歌を式次第に入れる入れないも、もちろん学校の権力者が、伝統や価値観で決めることです。公立なら公立の、私学なら私学の、「職員会議」や「組合」が全てを決定する学校なら、その会議が決めることです。
で、決まったら、職員はその「式次第」に従うのは当然でしょう?

日本にとって今の国旗・国歌が相応しいか否かは別問題。天皇制と同じく、変えるなら、戦後すぐがチャンスでしたが、日本人はその機会を逸したわけです。が、今後も変えていけないなどとは思いません。

橋下は、確かに右翼なんでしょうが、
ウィキの
「外国人参政権について、「そんな簡単に結論が出ることじゃない」としつつも、「大阪府内には歴史的経緯のある特別な永住外国人が多く、歴史的に見ても特別永住外国人について、当然これは参政権を与えるべき」とし、かつて日本の領土下にあった朝鮮及び台湾が独立する以前から日本本土に居住していた在日韓国・朝鮮人・台湾人及びその子孫に限って(つまり特別永住者に限って)、外国人参政権を容認している[66]。ただし、それ以外の外国人(一般永住外国人)の参政権に関しては「絶対反対」とし、民主党が提出使用している法案は一般永住外国人も含めているため「大反対」としている。その際、「民主党は拙速しすぎている。日本国民(の存在)を忘れ去っている」と述べている」

こういった記述や、下記サイトの、
http://nishiha.blog43.fc2.com/blog-entry-964.html
こういった、発言を読む限り、石原慎太郎や櫻井よしこ、ネトウヨみたいな、単純な反中反朝隷米ではなく、彼なりの合理性をもっていると思います。少なくとも、言葉にも、思想にも、歴史認識にも、デリカシーや合理性を完全に捨て去ったバカではなさそうです。もちろん、彼流の合理性が必ず正しいというわけではないでしょうが。

私はいくら多数派形成能力を重視するといってもさすがに石原慎太郎には投票できません。

つくる会と原発については、他の教科書を採用しているだろう、福井県知事などから、反原発をたしなめられるんだから、議論しても仕方ないでしょう。

言っておきますが、私自身、反中反朝隷米色の強い教科書などまっぴらで、そんなものは反対でしかありませんが、ここではあくまで「反原発」を優先すべきだと思っているのです。

少なくとも、彼の有力対抗馬である平松は、「脱原発については、橋下氏に決して劣りません」ぐらいの発言をしてほしいものです。
橋下が関電に脱原発提案をする、と言っているんだから、私もする、とどうして言えないのか?それこそ、だれかさんみたいに「言いっぱなし」であっても、少なくとも反原発世論の追い風にはなるのに。

2011.08.03 06:46 URL | cube #- [ 編集 ]

cubeさんへ。

それでは、あなたは今は反小沢ですね。だって、平松市長には「脱原発」を要求して、小沢さんには、要求しないのですか。所詮、大阪には原発がないのですよ。小沢さんには、少なくとも多くの議員が支持しているのですから、影響力は橋下の比ではないでしょう。

是非、小沢さんに意見してください。ここへコメントするよりましではないですか。

もう一度、言いますが、この点について、答えてください。あなたが反原発といったところで、橋下の「脱原発」と同じくらい信用できませんよ。

2011.08.03 07:58 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

cubeさんへ

私のレスをちゃんと読んでいますか?
私が指摘したことを片っ端からスルーしているじゃないですか。
いわゆる思考停止というやつですか?

>妙ですね。式典で国歌を歌う、校歌を歌う、国旗や校旗に拝礼する。
>こういったことを、もちろん個々の生徒にまで
>いちいち強制することはできない。
>しかし、そこの職員である教員は「式次第」に従うのは当然でしょう?
>何のための式典なんですか?

ですから、上で決めたことだから、“その内容も問わず”ただ黙って従えという
思考回路が全体主義的発想なんです。強制化の通達、命令、条例それ自体の
妥当性を問題にしているのです。ましてや国家の象徴に対する公権力に
よる拝礼の強制と処罰というのはナショナリズムへと結びつきやすいのです。
だから、民主主義の成熟した国ではどこもそんなことをしていないのです。
いちおー日本は先進国でしょ?こんなことをしているのは日本だけだという
歴然とした事実からどうして目をそむけるのですか?

米国の判例では、以下のようにあるとおりです。

1943年 バーネット事件 連邦最高裁判決

「国旗に対する敬礼および宣誓を強制する場合、その地方教育当局の行為は、自らの限界を超えるものである。しかも、あらゆる公の統制から留保されることが憲法修正第1条の目的であるところの、知性および精神の領域を侵犯するものである」(ウエスト・バージニア州 vs エホバの証人)

1970年 バンクス事件 フロリダ地裁判決
「国旗への宣誓式での起立拒否は、合衆国憲法で保障された権利」

1977年 マサチューセッツ州最高裁

「公立学校の教師に毎朝、始業時に行われる国旗への宣誓の際、教師が子どもを指導するよう義務づけられた州法は、合衆国憲法にもとづく教師の権利を侵す。バーネット事件で認められた子どもの権利は、教師にも適用される。教師は、信仰と表現の自由に基づき、宣誓に対して沈黙する権利を有する。」

1977年 ニューヨーク連邦地裁

「国歌吹奏の中で、星条旗が掲揚されるとき、立とうが座っていようが、個人の自由である」

1989年 最高裁判決(国旗焼却事件)

「我々は国旗への冒涜行為を罰することによって、国旗を聖化するものではない。これを罰することは、この大切な象徴が表すところの自由を損なうことになる」

1989年 最高裁判決

上院で可決された国旗規制法を却下。「国旗を床に敷いたり、踏みつけることも、表現の自由として保護されるものであり、国旗の上を歩く自由も保証される」

1990年 最高裁判決

「連邦議会が、89年秋に成立させた、国旗を焼いたりする行為を処罰する国旗法は言論の自由を定めた憲法修正1条に違反する。

http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/aoyama-col1200.html

ギイ・モケの手紙というのは御存知でしょうか。
これはフランスのレジスタンスの闘士で17歳にしてナチスによって処刑された少年なのですが、彼が死を前にして綴った名文があるのですね。この内容は大変感動的なものなのですが、サルコジ大統領は就任早々に、ギイ・モケの命日の日に全国の高校で、この手紙を朗読させることを義務化することを決めたのです。
しかしこの手紙を利用しての政治的儀式化、つまり、これを政治利用、ナショナリズムを喚起するための利用であるとして、全国の学校現場で反発が起こりました。そして、サルコジはギイ・モケの母校である高校に訪問予定であったにも関わらず、
同校から抗議文を突きつけられキャンセルを余儀なくされました。
結局、ギイ・モケの手紙を強制することに対して、職務命令とはいえ、
現場から批判と反発の声が上がり、強制化ましてや処罰化などあちらでは許さない状況があるのです。民主主義と自由主義とはそういうものです。
ギイ・モケの母校の生徒やOBたちは、以下のような文書を学校に送っています。
「……あなたがたの中には、国家の命令に従うのが公務員の義務だと思う人がいるかもしれません(そして、それがいちばん楽でしょう)が、私たちが従うべき唯一のものは、自分自身の良心です。あなたがた教師は、手本としてそれを私たちに示すべきです。時には、より高い理想のために命令に背くことが必要とされるのです。」
そして教師たちはこれを受けて職員総会を開き、大統領と教育省の命令を拒否する声明を可決しました。

公務員なんだから上司の命令に従うのは当たり前とかそういうテンプレートコメントを多々目にしますが、命令の内容も問わず、命令だから黙って従えというのでは、まさに全体主義的発想でしょうに。(苦笑)
そういう思考停止がまだまだ日本においては多々見受けられるのは、
この国の民主主義の後進性に他ならないと思います。
フランス在住の方からの公務員への国家国旗への拝礼と斉唱の強制と処罰化など考えられないという報告も読んでいます。

cubeさんは、日本を民主主義と自由主義において、先進国にしたいのですか?
それとも、後進国でかまわないというお考えなのですか?
私は、前者の立場に立っていますので、このような強制化に対しては断固反対の立場を貫くものでございます。

君が代強制化問題については、この国の世論はあきらかに後進的なムードに
流されて集団思考停止状態に陥っていると思われます。

P.S

既述したことですが、もう一度同じ質問をさせていただきますね。
お答えいただけないでしょうか?

>有権者は目くらましに騙されてはならない。
>この第三極は自民別働隊の「偽装CHANGE」勢力である。

植草一秀氏は、かつて橋下らについてこう定義して国民に向かって
警鐘を呼びかけていたのですが、cubeさんは、植草氏のこの認識は
間違っているというお考えなのですね?

2011.08.03 08:07 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]


cubeさんへ2

風太さんのおっしゃった、

「私は橋下と共闘することは、その目的である脱原発とは自己矛盾であると感じます。
なぜならば原発推進政策は日本の非民主性・愚民政策そのものであり、橋下はその非民主制を府政で行う事を平然と豪語している者だからです。」

このコメントについて、同じ小沢支持者としてのcubeさんはどう思います。
私は風太さんのこの見識には共感しているのですが。

2011.08.03 08:20 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

「何のための式典なんですか?」

それをしっかりみんなで考えることが大切だと思います。

そうすると、

「何のための公教育なんですか?」

ということにもなると思います。

経済的生産性を上げるための公教育なのですか?
経済的組織に順応するための公教育なのですか?
それが国民の本当の福祉や豊かさにつながるのですか?

2011.08.03 08:37 URL | suterakuso #- [ 編集 ]

フリスキーさん、

仏大統領の命令に対し、フランスの教員は団結して抗議し、大統領も圧倒され、それで引いたのでしょう?その話は、フランス人が国家権力に団結して強力に対抗する例ではあっても、日本の学校のこの例とは状況が少し違うでしょうね。

アメリカの法令をもってきても、学校で歌わないことの職務命令違反の言い訳にはならない。そんな無原則を言い出したら、はっきり言って「何でも有り」となる。
卒業式に先生がジーンズで着ても、あるいは追悼式などでジーンズを着てもOK。
国歌も歌わないし、校歌もめんどうだから歌わない、歌うふりすらしない。出席すらサボる。
サボり常習の教師を、学校が左遷でもしたら、それは人権無視になるのか?

人権擁護の定理はともかく、現実に現場が混乱したら、いったいだれが責任をとるのか?
まして、大阪は在日や華僑などが多いところ。

もちろん、国歌斉唱がないならないで、私は特に意見はありません。しかし、橋下はタレントの時から「右寄り」でならしてきたんだから、当選したら当然、国歌を歌わせる方向でいくでしょう。

それから、小沢は原発推進派というのが、ここの管理人さんはじめ、ここではなにか「常識」のようにされてますが、私も小沢の現在の「過渡的」云々のスタンスにいらだちや不満は感じますが、だからって、彼が他人よりも原発推進派とは判断できない。少なくとも、菅とどっこいどっこいか、与謝野を仲間にしてない分だけ、小沢の方がまだ期待できると思います。

もちろん、共産・社民よりは主張は徹底してないでしょうが、共産・社民(特に共産党)は、前に述べたように、戦略がないから「絵に描いたモチ」。

2011.08.03 09:36 URL | cube #- [ 編集 ]

>小沢の方がまだ期待できると思います。

小沢信者の「小沢なら何とかしてくれる。」
これこそ「絵に描いたモチ」そのものだな。

2011.08.03 17:44 URL | 八式墓塵 #mcysHnnM [ 編集 ]

cubeさんへ

>仏大統領の命令に対し、フランスの教員は団結して抗議し、
>大統領も圧倒され、それで引いたのでしょう?
>その話は、フランス人が国家権力に団結して強力に対抗する例ではあっても、
>日本の学校のこの例とは状況が少し違うでしょうね。

>アメリカの法令をもってきても、
>学校で歌わないことの職務命令違反の言い訳にはならない。
>そんな無原則を言い出したら、はっきり言って「何でも有り」となる。
>卒業式に先生がジーンズで着ても、
>あるいは追悼式などでジーンズを着てもOK。

cubeさん、論理がまったく通っていませんよ。(^^;;
同じ立憲主義に連なる民主主義国なのに、
公権力によって下された命令に対する抗議と拒否をフランスや米国と、
日本では違うというのはまったくの屁理屈です。
いずれも、儀式の場においての公権力による強制とそれに対する
拒否の事例です。
いずれも、その強制の内容が、政治的儀式化、ナショナリズムの
エスカレートへとつながるがゆえの拒否の事例です。
単なる服装の話と類比されるような次元の話ではありません。
服装云々を持ち出すのは、この問題の本質の根の深さから目を
背けさせようとする印象操作の類です。
ただし、フランク・パブロフの寓話『茶色の朝』によって全体主義が
どのようにして社会を蝕んでいくのかが象徴的に描かれていますが、
http://www.tunnel-company.com/data/matinbrun.pdf
服装にまで権力がやたらと細かく口を言い出してきたら、
これもまた要注意ですよ。
どうもそれも始まっているようでして。ジーンズで式典に出席する
教師などいもしないのにね。

cubeさんは私が先の投稿で以下のように書いたところを
読み飛ばしたのですかな。

『国旗であれ国歌であれ国歌のシンボルに対して公権力が
拝礼と斉唱を強制し、従わないものを処罰する、クビにするという発想自体が、
民主主義と自由主義に照らし合わせるならば、時代を逆行させるもので、
他の先進諸国に類を見ないということは知っておきましょう。
このことにピンと来ない人が多いという状況があるというのは、
民主主義という点では、日本の後進性の表れで、この点では、
残念ながら先進国とは言い難いということを現していると思われます。

いつの時代でもどの国でも、国家がナショナリズムを強めていく時、
まず教育現場への統制を強めていくこと、国家を象徴するものへの
拝礼を強制していくこと、自国を礼賛する歴史観の強化から
はじめていく事は自国や他国の歴史を鑑みれば明らかでしょう。
橋下はそれをエスカレートさせようとしている意図がミエミエだから
危険なんです。 』

戦前の日本において、日の丸掲揚君が代斉唱、御真影の奉戴、宮城遥拝など
学校現場において国家の象徴、国家元首への拝礼が徹底して強制され
ここからナショナリズムと全体主義がエスカレートしていったわけで、
歴史的な時間軸から言えば最近の出来事です。このことの反省から
独立性を有する教育委員会の設置(当初は公選制)、
職員会議での議決による民主的な運営などが戦後始まったのですが、
ごく最近になって、これを急速に破壊して逆行させる事を右派政治家と
この意を受けた役人によって強行されていっているのです。
これは、きわめて不自然な動きであって、
伝統とか価値観とかのレベルの話ではありません。

ですから、ジーンズ云々の話とは次元が違うんです。民主主義と自由主義の
根幹に関わるゆえに問題なんです。

土肥信雄氏の著作『それは密告からはじまった』(七つ森書館)
西原博史早大教授の『『学校が「愛国心」を教えるとき』(日本評論社)

このあたりの著作を読むことをお勧めします。私が言っている事が
少しはお判りになるかと思います。wikipediaと自分の先入観で分かった
つもりになるよりは、はるかに賢明な態度かと思いますよ。
私はこの問題についてはずいぶんと肯定派と議論を重ねてきました。
一ついえることは、肯定派には圧倒的に情報不足の傾向を感じています。
そこまでこの問題について肯定論を主張するのなら、本の一冊でも
読みましょうと言っています。先入観と思い込みで思考停止しても
賢明とは言えません。

そもそもあなたが、君が代強制化を肯定化する理由は、以下のものです。

>そこの職員である教員は「式次第」に従うのは当然でしょう?
>何のための式典なんですか?

>国歌を式次第に入れる入れないも、
>もちろん学校の権力者が、伝統や価値観で決めることです。
>公立なら公立の、私学なら私学の、
>「職員会議」や「組合」が全てを決定する学校なら、
>その会議が決めることです。
>で、決まったら、職員はその「式次第」に従うのは当然でしょう?

ここですけどね、
国歌斉唱を式次第に入れたのは、学校の権力者でも、職員会議でも、
組合でもありません。合議制で決められてのでもありません。
教育委員会という行政機関によって一方的に定められたものです。
ここは認識しておきましょうね。
また、伝統や価値観を持ち出すのならば、1999年までほとんどの
学校で君が代斉唱は行われていませんでした。既述した様に
強制化が徹底されたのは2003年の10・23通達によってです。
ですから、
上述したように伝統や価値観ではなく、行政によって
ごく最近になってから一方的に定められたものです。

ところで、cubeさんは、

>私はいくら多数派形成能力を重視するといってもさすがに
>石原慎太郎には投票できません。

こうおっしゃっていますが、君が代強制の本家は石原都政下にあるのですが、
これに追随して、(石原を尊敬している)橋下が、さらにエスカレート
させている君が代強制政策を肯定できるということは、
石原都政下で行われてきた学校現場の統制の強化及びその文脈での
君が代強制化も肯定ということでOK?

2011.08.03 18:28 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

cubeさんへ追伸

一水会の元代表の鈴木邦夫という新右翼の論客を御存知ですよね。
彼は、君が代強制化を強く批判していまして、以下のようなエッセーを
書いています。ここにも引用させていただきますね。
私が議論してきた保守の中のリベラル寄りの人はこれを読んで
目からウロコだったとおっしゃっていました。

〈鈴木邦夫著『愛国者の座標軸』(作品社)より引用開始〉

『 しかし、不思議だね。国旗・国歌が法制化された時「これは強制するものではありません」と政府や(当時の)文部省は言っていた。つまり、「日本の旗は日の丸ですよ。日本の歌は君が代ですよ」と確認するだけだ、と言っていた。
しかし、法律を作ると、急にそれを拡大解釈しようとする人が出る。
 「じゃあ、国旗・国歌にふさわしい扱いをしよう」
「じゃあ、公立の中学・高校では生徒に歌わせよう」となる。
さらには、「全員で歌った方がいい」となる。全員が立ち上がり、
全員が口を開けて歌う。そこに「統一美」を感じるんでしょうな。
また、それが「愛国心」だと錯覚する。いかんですな。
 さらに、「歌わない人間は困る」 「処分しろ」という発想になる。
いやいや立っても「歌ってないじゃないか」と責める人がいる。
「あら探し」が始まる。都内の高校で本当にあった話で、
「実際に口を開けて歌っているかどうか」を写真に撮って歩いている人間が
いるという。教育委員会や保守派の議員だ。やだね。
法律ができるとこんな人間が出てくる。
でも、写真を撮っている人間は少なくとも歌っていない。
じゃあ、そいつが一番「君が代」を侮辱している「国賊」だよ。
違いますかね。
 さらに「口を開いて、歌っているフリだけしている人間がいる。
だから、本当に声を出しているかどうかを調べよう」という人もいる。
つまり、音声を計るわけだ。いやだね。よくこんなことを考えつくもんだ。
 これじゃあ、君が代がかわいそうだ。ただ「強制」の道具にされているだけだ。左翼教師や「内心の自由」を持った教師を苛めるための道具にされている。
「国歌」として大事にされていない。尊重されていない。
まるで「拷問の道具」だよ。「踏み絵」だよ。
 それに「何でもいいから歌え!」と言っているだけだ。
いや「何でもいいから」なんて言っていない、
と「強制派」の人は言うかもしれない。しかし、違う。
「君が代」を今まで5000回は歌ってきた私が言うのだから間違いない。
 ・・・・・・・
 ここで思った。よし、私は、これから教師になってやる。
今から大学に入り直し、教職課程をとり、公立高校の教師になる。
それで、入学式や卒業式の時、君が代で起立しない。当然、処分される。
しかし、今まで5000回、君が代を歌ってきた「愛国者」である私を、
誰が処分できるのか。そう言ってやりますよ。
「じゃあ、あなたは何回君が代を歌いましたか?」と。20回ですか? 
30回ですか?その程度で「君が代を愛していると言えるんですか」。
20回しか歌わん人が、5000回歌った私を処分できるんですか? と。』

〈引用終了〉

以下、推察と質問ですが、
cubeさんは、左翼嫌い、とくに日本共産党嫌いな方だと思いますが、
不起立教師や強制化に反対する陣営にはcubeさんの嫌う思想信条を
持っている人たちがいるというイメージを持っていて、
これが強制化されることで、左翼叩きに利するし、
ざまあみろ的な心情が御自分の中にあったりしません?

ちなみにそういうのは思い切り非民主的態度です。
鈴木氏の言うようにイジメ、排除の道具として国歌を利用している
だけです。国歌を愛しているとは言えません。
むしろ国歌を汚しています。そういう態度を取るという事は、
せいぜい右派政治家、官僚、“マスゴミ”に誘導されるだけの
愚鈍な羊の群れの中に入るだけのことです。
あと、ル・サンチマンの仮初の解消にもなってるんですかね・・・(^^;;

あなたは、日本を民主主義の先進国にしたいと思わないの?
それとも、
後ろを見て中国よりはマシだからと、後ろ向きの基準に合わせるタイプ?

2011.08.03 18:29 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

cubeさんへ。

だから、言っているじゃないですか。私は小沢さんの事務所などへご意見を言ったらどうですかと。小沢さんは原発について何も具体的な見解を述べていないですよ。いらだちや不満を感じるのなら、小沢さんの事務所などに何か働きかけたりしたことがあるのですか。まず、そちらを優先的にしたらどうですか。

あなたの文は突っ込みどころ満載ですよ。あなたは次のように書いていますね。

「国歌も歌わないし、校歌もめんどうだから歌わない、歌うふりすらしない。出席すらサボる。サボり常習の教師を、学校が左遷でもしたら、それは人権無視になるのか?」

一体、どこの国のことを書いているのですか。私には小学生の息子がいますが、入学式などでは、新入生や親の記憶に残るよう先生たちは一生懸命ですよ。

「何のための式典なんですか?」

もちろん、子どもたちのためですよ。ふざけちゃいけない。国家、国旗のために式典があるわけないじゃないですか。

「人権擁護の定理はともかく、現実に現場が混乱したら、いったいだれが責任をとるのか? まして、大阪は在日や華僑などが多いところ。」

全く何を書いているのかわからない。私は大阪に10年以上住んだことがあるからよく知っていますが、私が住んでいた当時、周辺で「そんなことで(あなたは何について混乱といっているのかわからないのでこうしておきます)」混乱が起こったことなどありませんでした。周辺には同和地区もありましたよ。在日や華僑などが多いところだから、混乱が起こるというのですか。「など」とは何のことですか。部落出身者を言っているのですか。あなたは橋下を部落出身だと勘違いしたように、部落についてもろくな知識を持っていないのではないですか。表現の仕方があまりにも乱暴です。「華僑」なんかを持ち出して、誤魔化して。確かに大阪も華僑は多いが、それは大都市に共通することですよ。関西の部落問題や在日の問題はひとくくりにできる問題ではないですよ。

今年の4月、大阪府内のある小学校で前代未聞の出来事が起こりました。何と新一年生のクラスの担任が入学式当日にも決まっていないのでした。契約教師を増やしすぎた結果です。これこそが橋下の政策ですよ。国歌、国旗よりもすべきことは、子どもたちにしてあげることはたくさんあります。

さらに、これはTBSの報道特集だかで知ったのですが、契約教師の待遇の悪さです。私は唖然としました。実際に給与明細がテレビ画面に映し出され、それを見れば、10万円を割っているのです。通常の教師と同じような仕事をして10万円。その番組で取材を受けた契約教師は教師の職に真面目に情熱的に取り組んでいることが画面からもわかりました。この真面目さ、情熱を逆手にとった政策が一年契約教師制度です。この政策を推し進めてきたのも橋下です。10万円の教師と、例えば、その三倍の給与を得ている教師が同じ職員室で席を並べ、同じように教鞭をとるのです。教育の現場ですよ。職場環境は最悪になっていくのは明白でしょう。大阪の児童の学力を嘆いて教師を責める前に橋下は自分自身を責めろといいたい。

2011.08.03 19:27 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

このコメントは管理者の承認待ちです

2011.08.03 21:22  | # [ 編集 ]

橋下氏を右翼だというのには異論があることは何度も述べましたので、ここでは繰返しません。
しかし百歩譲って、
「学校教育に対してのみ右翼」
というのならまあわからなくもないです。
これとて、彼が小中学校時代を過ごした地域(大阪市東淀川区)の事情を考えれば、私怨ではないかと思います。

大阪府ではかつて府下のごく一部地域において「地元集中受験」という悪名高きできごとがありました。
学区に所属する高校を自由に受けさせず、教師が中学校近隣の2~3校に生徒を割り振って強制的に受験させてしまうというものです(興味があれば詳細はウィキでみて下さい。私は当該学区出身ではないので具体例までは示せません)。
これが実施された当時、大阪府は9学区制をとっており、地元集中受験は、
・第2学区(大阪市東淀川区、三島地域)全域
・第4学区(北河内地域)全域
・第7学区(大阪市東住吉区、平野区、南河内地域)
のごく一部の市
で行われました。
橋下氏はおそらく、地元の低偏差値高の受験を勧める教師たちからのプレッシャーを振り切って、隣の学区の北野高校を学区間調整枠を利用して受験したのでしょう。
彼が公立学校教員の統制にここまで拘るのは、私には地元集中受験をめぐるトラブルが原因になっているとしか考えられません。
ネット上での橋下信者のなかには、地元集中受験批判もしばしば見受けられること、知事選得票率一位の門真市が地元集中受験の実施地域であったことなどもやはりなんらかの関係があるでしょう。

悪いことに、地元集中受験は同じ大阪府下でも当該地域以外には実体があまり知られていなかったこともあり、府民全体で問題を共有できなかった時期が長かったのです。
橋下氏の知事就任により、一部地域住民の怨念が一気に爆発した感があります。

因みに彼の出身地とされる八尾市は第5学区に属し、地元集中受験は行われていません。
橋下氏もこの市にはほとんど居住していなかったようです。
ここには複数の知人がいるのですが、聞くところによるとたいていの人は橋下氏には概してあまり関心を示さず、熱い支持のようなものは感じられないそうです。
知事選の得票率も府下のほぼ平均なみで、大した特徴はありません。

彼にはあまり深い政治的思想を感じることが私には出来ません。
ここではあまり話題になりませんが、大阪都構想にも同じことがいえます。
まず政令都市制度の問題点を論じたのちに大阪市堺市の解体を主張するという手順をとらず、最初に大阪市批判からはいっている点なんかはまさにそうです。
まず最初に個人的な嫌悪感情からはいって、大義名分をあとから探しているわけです。

こんな人と脱原発共闘、できますか?

2011.08.03 22:41 URL | 元大阪府民からの伝言 #- [ 編集 ]

小沢信者のよくある発言
「私は小沢という人間には危険があると思う。
だが現在小沢に代わる政治家がいるだろうか? 小沢政権だったら今よりずっとましな原発対策を行っていただろう。小沢なら官僚を上手に使いこなせるだろう。
小沢が橋下などのポピュリズムと共闘するといっても、それは政策実現のためやむを得ないことだ・・・・」
以下延々と小沢擁護・賛美の言葉続く。最初の「小沢は危険」とやらはどこかへ行ってしまったような文章になっていく・・・。

橋下についても同じような傾向が見られますね。
「サボリ教師を左遷したら・・・」「在日参政権でもネトウヨみたいな排他的な主張はしていない」「橋下のような軽薄な「新人類」こそ、日本を変える可能性があるのです」
まるで「中道」を名乗るネトウヨと同じ論法ですね。「私は全面的に賛同していないが・・・」と述べながら擁護論をひたすら並べ立てる手口が。

「職員である教員は「式次第」に従うのは当然でしょう?」
教育現場に君が代が必要でしょうか? なぜ以前はそんなものがなくても式は行われていたのですか?
「決まったことだから従え」というのなら、“卒業式ではひょっとこの面をかぶって東京音頭を踊れ”という支持が来たなら従うのですか?

バッカみてぇ(笑

2011.08.03 22:56 URL | 飛び入りの凡人 #mQop/nM. [ 編集 ]

ここでは国旗国歌をめぐる話に終始する傾向がありますが、それ以外に橋下氏の主張している事項については皆さんどうお考えなのでしょうか。
首相公選制は?
私は嫌ですね。
何でもかんでも直接選挙なんて、選挙オタじゃないんだからいちいちやってられない。
そこまで政治べったりになれるほど暇じゃないし。
地域毎の自由な都市制度(大阪都構想とか中京都構想とか、河村氏や新潟県知事とかとやってるやつです)は?
一国多制度は認めたくない。
彼の主張には、
・代議制の否定
・一国多制度肯定
という、今の日本の根幹を崩す二つの大きな要素が含まれています。

脱原発さえできれば首相公選制はオッケーなんですか?
日本が都道府県ごとに大きく異なるローカルルールを持つようになっていいのですか?
私はどっちもお断りですね。
これらと脱原発とは全く関係ないんですから。

2011.08.04 00:23 URL | 元大阪府民からの伝言 #- [ 編集 ]

>cubeさん

>人権擁護の定理はともかく、現実に現場が混乱したら、いったいだれが責任をとるのか?
>まして、大阪は在日や華僑などが多いところ。

では「国旗・国歌法案」が成立し、事実上、公立の小・中・高校の入学式及び卒業式での国旗掲揚、国歌斉唱が義務づけられた1999年以前は、現場が混乱していたのでしょうか。
むしろ、フリスキーさんも書かれているような君が代をちゃんと大声で歌っているかを測るための測定器まで持ち出したり、あげくに障害を持った生徒を教師が介助してまで立たせたりといった式典を乱すようなことが起きているのは1999年以降なのです。
また、「在日や華僑」は日の丸・君が代強制のような締め付けがないと現場を混乱させるかもしれないのでしょうか?なぜ、このようにお考えになるのかその理由を説明してください。

>つくる会と原発については、他の教科書を採用しているだろう、福井県知事などから、反原発をたしなめられるんだから、議論しても仕方ないでしょう。

ひどい屁理屈ですね。原発推進でない教科書を採用しているだろう福井県知事が反原発でないのだから、原発推進をうたう教科書を採用しても原発推進というわけではないということでしょうか。



>言っておきますが、私自身、反中反朝隷米色の強い教科書などまっぴらで、そんなものは反対でしかありませんが、ここではあくまで「反原発」を優先すべきだと思っているのです。

原発についてもこれらの教科書がろくでもないことは、私は先のコメントで書いたとおりですが、それはさておき、cubeさんも歴史修正主義には批判的なようです。であれば日の丸・君が代強制には一定の理解を示すというのは、明らかに矛盾していませんか。
日の丸・君が代強制に反対するのは、思想・良心の自由に反するからというだけではありません。日の丸・君が代を軍国主義や天皇制絶対主義、アジア諸国への侵略を美化した戦前の大日本帝国につながるシンボルであるとみなし、そうした国家観や歴史観を拒否する意味もあるのです。

2011.08.04 00:26 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]

入学式や卒業式を混乱させる可能性があるのは何も教師だけではなかろうに。
別に国旗国歌に対して嫌悪を持っていない生徒であっても、式を混乱させたいという悪意を実行に移すためだけに国歌斉唱を拒否するのが出てくるかもしれない。
また、教師や生徒以外の来賓や父兄も国歌斉唱をするとしたら(そういう例があるのかどうか知らないが)、彼らの歌いぶりはチェックしなくて良いのか?
彼らの中に頑として歌わない者がいたら、式の進行の妨げにならないか?
そのような事態を想定した場合、結局は「式典に参加する者全員」を対象にした条例とならざるを得なくなるのではないか?
だからこそ法制化などされなかったんじゃないのかな、と。

条例化することで、教師や生徒以外の人を対象とした新たな問題が持ち上がりそうですが、どうでしょう?

2011.08.04 00:56 URL | 元大阪府民からの伝言 #- [ 編集 ]

>むしろ、フリスキーさんも書かれているような君が代を
>ちゃんと大声で歌っているかを測るための測定器まで持ち出したり、
>あげくに障害を持った生徒を教師が介助してまで立たせたりと
>いった式典を乱すようなことが起きているのは1999年以降なのです。

それと、不起立の教員がいると、マイクで「~先生、起立してください」
と会場に響き渡る音量でアナウンスされるという事例もありますね。
どう考えても、騒いでいるのは教育委員会側でしょうに。(苦笑)

斉唱中に教育委員会の人間がカメラを持って教員の前を撮影して
回ったり、(これは記念撮影ではなく、斉唱しているかどうかの
ビデオチェックのためです。)、

ここってどの時代のどこの国?みたいな錯覚に陥りそうですね。

この状況に違和感を感じない人は全体主義との相性ばっちりですね。

P.S
ちなみに、それまで君が代斉唱を肯定し、自発的に歌っていた教員の中で、こういった状況に異様さを感じて、逆に不起立という態度を取って抗議の意思をしめした教員がいたということを土肥信雄氏は述べていますね。

2011.08.04 00:56 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

妙ですね。

どうして国歌だけ特別視し、「歌わない権利」を頑なに主張されるんでしょうか?

もちろん、歌を一曲歌う歌わないは、社会にとっても人生にとってもどれほどの意味があるのか、と問われれば、大した問題ではとしか言いようがないが、

歌え、と主張する側を「強制的だ」というならば、絶対歌いたくない、と言う側もどうしてそんなに頑ななのか、と問いたい。

社歌とか社訓を毎朝歌ったり唱えたりする職場もありますが、あれも社員に「歌わない人権」はあるんだろうが、ついぞそれで衝突したなんて話題は聞かない。

歌いたくもない歌を歌うのは、ほとんどの社員にとって苦痛だろうが、日本人はそこでは反抗しないんでしょうね。

それから、くり返しになりますが、私なんかは、田舎育ちで何十年前の話ですから、式典は皆静粛にしていましたが、

全部ではないにしろ、今の「崩壊」学校では、生徒を集めたら、ところかまわず私語する、騒ぐ。たぶん、大阪に限らず、卒業式なんかでもなかなか静粛にはいかないんじゃないでしょうか。

成人式で来賓が切れた、説教したとかニュースになりましたが、各学校内のことはさすがにニュースにならないだけで、ひどい状況だろうと思います。

卒業式で国歌斉唱といったところで、生徒がサボるのはもちろん、仮にある教師が立ち上がらなかったら、逆にヤンヤの拍手喝采が起こるとか、とんでもない状況が容易に想像できる。

私ももちろん、何でも「強制」とか「厳罰」とかは嫌いだし、なるべく避けたいが、もう少し現実的に考えるべきじゃないでしょうか。

民間企業のサラリーマンは、社歌・社訓で2、3分強制されても、文句は言わないでしょう、普通。
なら、公立の教師はどうしてがまんできないのでしょうか?

2011.08.04 06:45 URL | cube #- [ 編集 ]

大阪府泉南市の市立砂川小学校のプールで小一年生の児童が溺れて亡くなりました。小学校のプールですから、市の教育委員会の管轄であり、府(橋下)の福祉・教育の予算削減がもろに出た形です。このプール、何と一般人にも開放して少額ですが、入場料も取っていたようです。開放するのはいいが、それにしても入場料を取っても、予算を浮かそうと考えたのでしょうか。

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201108030035.html
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20110803-OYT8T00856.htm

大阪府民はこれでも橋下を支持するのでしょうか。たぶん、支持するでしょうね。

2011.08.04 08:29 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

cubeさんへ。

あなた馬鹿じゃないですか。学校には、校歌があり、学校ごとに社訓(みんなの誓い)のようなものがあります。あなたは、自分の住む学区の小学校を訪問したことがありますか。恐らく、近所の小学校や中学校も授業公開日なんかやっていると思いますよ。抽象的な屁理屈を述べるよりも具体的に見たらどうですか。

「全部ではないにしろ、今の「崩壊」学校では、生徒を集めたら、ところかまわず私語する、騒ぐ。たぶん、大阪に限らず、卒業式なんかでもなかなか静粛にはいかないんじゃないでしょうか。」

とあなたは述べていますが、それと「国歌・国旗の強制化」とどう結び付いているのですか。学校崩壊は国家・国旗の強制化と全く関係ありません。

もう一度、お尋ねしますが、早く小沢さんに助言なり提言なりしてください。その時は、お知らせください。国歌・国旗の強制化って、あなたのような人間を育てるには確かにいい方法かもしれません。おお、こわ・・・

2011.08.04 09:17 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

管理人よりお詫び

私の手違いによりコメント承認の順番が前後してしまいました。どうもすみません。

2011.08.04 11:13 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

負け組の矜持さん

あなたや、フリスキーさんの議論を読んでると、日本の「サヨク」ってだからダメなんだな、と思いますね。

どうしてそこまでして空理空論を振り回すのか?
現実に国歌というものがあり、いろんな場面で歌われている。それを主催者側で、給与まで得ている組織構成員が、どうして拒否できるのですか?

それなら、校歌も社歌も全部拒否しろよ、できるはずだ、というのはもちろん「たとえ」として言ってるんですが。

空理空論といえば、日本は再軍備すべきじゃない、というのもそう。現実にもう自衛隊という大きな存在があって、いろんな意味で必要とされているのに、再軍備=No、憲法訂正=Noとわめく。

もちろん、同じ軍備にしろ、規模の大小や核の有無など、各論があり、議論の余地はあると思いますが、「9条とは非武装のことだ」「その9条を守れ」だ、なんてのは、形而上の論争としては成り立っても現実にはほぼ存在できない空理空論である。

よく言えば、戦後の戦前反省教育、憲法賛美教育を純真に受けとって、一切疑問を感じなかった。

ところが、現実はスイスなど平和を守っても軍備にも怠りない国がほとんどなのに、井の中の蛙になってしまっているのです。

もうちょっと地に足をつけて考えましょう。

「共産党」「社会民主党」なんて、名前からして変えた方がいい。はっきり言ってある程度のインテリでないと、何の意味かわからない。「新党平和」とか、「日本みどりの党」とか、もっと「B層」でもわかる名前にすべき。

この名前からだけも、彼らが多数派形成を真剣に考えてないことがよくわかります。

「君が代」なんて、歌わなくてよい権利が俺たちにはある、なんて主張は、あまりに抽象的、形而上学的で「B層」にはちんぷんかんぶん、笑い話にしかなりませんよ。
また、仮に形而上学的に通る話であっても、現実にそれをあてはめたら、混乱を引き起こすだけです。はた迷惑。

2011.08.04 11:27 URL | cube #- [ 編集 ]

cubeさんへ。

私が「サヨク」だと思う固定観念。何を言っても、屁理屈で対応。空理空論はあなたでしょうが。

それよりあなたは全く私の質問に答えていません。「反原発」であるらしいあなたは、小沢さんに是非、意見、提言をしてください。これについてはっきりと答えてもらいましょう。

2011.08.04 12:43 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]


ずいぶんちっぽけな箱だな、と思っていたけど。

なかなか深いか。
蓋を開けても底が見えない。

ん?
なんだ、よく見りゃ底抜けかあ。

やれやれ…


2011.08.04 14:02 URL | ぱぱん #- [ 編集 ]

○国民の大半はB層である。
○私は、今、実現すべきことを理解している。
○私の支持する政治家は、今、実現すべきことを実行できる政治家である。

2011.08.04 14:20 URL | suterakuso #- [ 編集 ]

cubeさんへ

>あなたや、フリスキーさんの議論を読んでると、
>日本の「サヨク」ってだからダメなんだな、と思いますね。

>どうしてそこまでして空理空論を振り回すのか?
>現実に国歌というものがあり、いろんな場面で歌われている。
>それを主催者側で、給与まで得ている組織構成員が、
>どうして拒否できるのですか?
>空理空論といえば、日本は再軍備すべきじゃない、というのもそう。
>現実にもう自衛隊という大きな存在があって、
>いろんな意味で必要とされているのに、
>再軍備=No、憲法訂正=Noとわめく。

あのね、君が代斉唱強制に反対しているのは、左翼だけではありませんよ。
たとえばフジサンケイグループ出身の神奈川黒岩知事や、野中広努は、
保守派ですが反対派です。私が議論してきた保守の方も私との議論の中で
君が代強制への疑念を表明されていきました。
また、日教組はもちろん反対の立場ですが、現在日教組は連合の構成メンバーで
民主党の大きな支持母体の一つです。あなたは小沢一郎支持者ですが、
その小沢氏の選挙区では、岩手教祖が小沢の最大の支持母体であるということを
お忘れなく。
だから、小沢一郎は、君が代強制化についての考えは表明してはいない
ようですが(知っている方いたら教えてください)、
まず間違いなく、肯定する発言はしないはずです。
ですから、cubeさんは、
小沢さんの支持母体の主張に反したことを言っているんですよ。
また、私は、非武装中立論者ではありませんので、
そのように、サヨクって括って十把一絡げにまとめて思考停止しないでね。(^^;;
鈴木邦夫、黒岩、野中広努ってサヨクだっけ?

さて、ここでcubeさんに是非答えていただきたい質問です。
たまには答えてほしいなあ(^^;;

2007年の都知事選挙において、石原の対立候補として民主党は、
浅野史郎元宮城県知事に白羽の矢を立て立候補を要請しましたね。
最終的に彼は立候補して敗れたわけですが、
この時、浅野が掲げたマニフェストには、『日の丸君が代の強制を改める』
という項目が入っているのです。つまり、浅野さんは日の丸君が代強制
には反対を掲げて立候補したのです。

cubeさんは、このマニフェストの件の項目は間違った主張である
というお考えですか?
一方で、
石原都政下で強行された日の丸君が代強制化は正しいというお考えですか?

石原に批判的で彼には投票できないと公言しているcubeさんにはこの点は
是非お答えいただきたいなあ。

2011.08.04 16:15 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]





cubeさんへ2

まず、

>どうしてそこまでして空理空論を振り回すのか?
>現実に国歌というものがあり、いろんな場面で歌われている。
>それを主催者側で、給与まで得ている組織構成員が、
>どうして拒否できるのですか?

どこがどう空理空論なんですか?
私の主張のどの部分がどういう理由によって空理空論なのか、
きちんと箇所と根拠をあげて、批判の論理構成をしてくださいね。
あなたは、今まで私が主張してきた点、質問もすべてスルーして、
結局は、
こちらの言い分を空理空論だと切って捨てるだけ。
それを、思考停止といいます。

私はあなたを批判する時に、常に具体的箇所を指摘して、理由付けを
しています。なんであなたにはそれが出来ないの??

>どうして国歌だけ特別視し、「歌わない権利」を頑なに
>主張されるんでしょうか?

>もちろん、歌を一曲歌う歌わないは、社会にとっても人生に
>とってもどれほどの意味があるのか、と問われれば、
>大した問題ではとしか言いようがないが、

>歌え、と主張する側を「強制的だ」というならば、
>絶対歌いたくない、と言う側もどうしてそんなに頑ななのか、
>と問いたい。

だから、
国旗国歌は単なる歌ではありません。国家を象徴するものです。
だから、国家を象徴するものに対する拝礼、斉唱を強制するというのは
どういう問題があるのか、私がさんざん過去ログ指摘してきたでしょう。
ぽむさんの投稿でも書かれている通りです。
あなたは、誠に不誠実で、この点を、ぜーんぶスルーしているんです。
人を批判するのならば、まず人の書いたものをちゃんと読みましょうね。

さて、
企業の例を出されているのでお答えしますが、
たとえば、社員研修や会社の創立記念日に際して、社歌を斉唱する会社が
あるとしますね。その際に、あるAという社員が、
どうしても宗教的な理由により、歌えない内容があるとして斉唱を拒んだとして、
それを理由に社員に処罰を与える会社など、まともな会社じゃないですよ。
営業職であれば営業、商品開発担当であれば新商品の研究開発、経理担当であれば
会計処理、人事担当であれば人事管理など、その職務の本分に関わる内容であれば、
そこを怠っているのであれば処分も妥当な場合が出てきますが、社歌の斉唱など枝葉末節に過ぎません。どうしても思想良心によって歌えないのならば仕方ありません。 それを理由に辞めさせたりする会社など全体主義的なロクでもない会社です。 あなたは、日本を全体主義的な国にしたいのかな。

そもそもですね、
学校教育の場を、企業に例えること自体がナンセンスなんです。
企業の目的は、モノを生産したり、モノを売ったり、各種サービスを顧客に
提供してその対価としての利益を得ることです。
モノやサービスにはバラツキがあってはいけません。
安定的に均一で画一的であることが要請されます。
一方、
学校教育の目的は、子供の教育です。子供の教育を受ける権利を
充足させることです。子供とは一人一人かけがえのない存在であって、
決して、企業のモノに例えられるような均一な画一的な対象として扱われるべき
ものであってはなりませんね。このかけがえの無い対象である一人一人の
子供に教育するのが学校です。だから、それだけ実際に子供と接している
現場の教師の意見が重要なのであって、職員会議が重要とされてきたのは、
その現場の声をたたかわせ、集約することによってより民主的であるのみならず、
子供に寄り添った教育に資するからなのです。

ところが、
昨今は、子供と接することは無い、都庁舎や府庁舎のオフィスの中で
教育委員や行政官によって、政治と行政の思惑のみによって一方的な
意思決定と徹底した上意下達によって、現場の職員会議の機能を無効化させ、
現場の声を封じ込める形で、事細かな通達と職務命令を連発することで、
有無を言わさず現場を統制するという状況にさせられてしまったのです。
異常としかいいようがありません。
繰り返しますが、学校教育という場は、企業の論理で事が動いて良い訳が
ないじゃないですか。
全体主義国家では、画一的な思想形成を強制するために、
まるで厳しく品質管理された工場でモノを生産するように
教育が行われていくことをお忘れなく。公権力による国家のシンボルへの
拝礼の強制はベクトルとしてはそこに向かっているのです。
だから、茶色の朝の寓話のようにならないよう絶えず注意していかないと
いけないのです。

ジーンズとか会社とか社歌を持ち出すあたり、
cubeさんは、この問題について、ネトウヨが使っているような論拠に
頼っているようですね。
思考停止状態から一歩前に出ませんか?

>それから、くり返しになりますが、私なんかは、
>田舎育ちで何十年前の話ですから、式典は皆静粛にしていましたが、

何十年前っていつの時代か分かりませんが、
その頃、日本のほとんどの公立学校では、君が代斉唱など行われて
いません。ちなみに組合が非常に強かった時代ですね。
で、式典では皆静粛にしていたんですね。
なんの問題もないじゃないですか。
それと、君が代強制肯定論とどういう関係があるの??

ちなみに、現在の公立校の卒業式では、良くも悪くも粛々として
行われていて、騒いだり荒れたりという状況にはないことは、
現場の教員から聞いています。
非常に統制と管理が進んでいて、そんなことは許さない状況に
あるのです。
ただ、騒ぐ時があるのは、教育委員会の側です。(笑)それは、
私が引用した鈴木邦夫のエッセーや
私の、2011.08.04 00:56 URL | フリスキー #iMBi6aScの投稿を
読んでね。
単に立たない、歌わないという不作為をもって騒いでいる、秩序を
乱しているということになるのならば、不起立の来賓や父兄がいた場合も
そうなってしまいますね。そんな訳ないだろう。(笑)
単なる不作為なんだから。

この問題を論じていくうえで、cubeさんは圧倒的に
情報不足です。先入観と思い込みで論じていくことは賢明とは
言えませんよ。

結局ね、cubeさんには思考を貫く芯が無いんですよ。
上っ面で理屈をこねくり回しているだけ。
左翼嫌い、日本共産党嫌い、kojitakenさんに厭味を言いたいだけというだけで、
一貫した思考態度などどこにも見当たりませんね。
軽佻浮薄なコメンターって感じですね。
      ↑
こう言われると心外でしょ?
ならば、
私の主張のどの部分がどういう理由によって空理空論なのか、
きちんと具体的箇所を指摘し、根拠をあげて、批判の論理構成をしてみて
ごらんなさい。

2011.08.04 16:54 URL | フリスキー #iMBi6aSc [ 編集 ]

大阪府の君が代起立条例案には、府議会では共産党から自民党まで反対に回ったのです。しかし、維新の会は単独過半数を占めているため成立してしまったのです。自民党まで反対したということからもいかにこの条例が異常なものであるかがわかります。戦後の民主主義と憲法の精神を根こそぎ踏みにじるものですからね。まさに「戦後レジームからの脱却」です。
cubeさんは、もはやそれでかまわない、小沢さんや民主党でもだめだ、このくらいのことをやる政治家でないと日本は変えられないという考えに至ったのでしょうか。

また、cubeさんは「サヨク」の理想主義を「形而上学的」と馬鹿にされていますね。しかし、「豊かな自然と安心して暮らせる環境を子孫に残したい」という「形而上的」な反原発派の訴えを、交付金バラマキという「形而下的」なやり方で踏みつぶしたあげくの「原発列島」ではないですか。

2011.08.04 19:23 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]

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2011.08.05 00:53  | # [ 編集 ]

>「サヨク」の理想主義

なんだか悪い冗談を聞いている気分だ。
私は「サヨク」をかたり「反権力」っぽいことを言う勢力にはすぐになびく連中を散々批判してきました。

今の政治家は自分の利権だけ、官僚は省益しか考えていない・・・等々、一見反権力めいたことを言い出す奴らの多くはネオリベだったのに、簡単にそういう連中に同調してしまう「バカサヨ」を批判してきましたよ。

それが「反原発」のひとことだけで、何でも支持してしまうのなら、それはネオリベポピュリズム政治家を無批判に褒めそやした「バカサヨ」とどこが違うんでしょうか?

2011.08.05 22:40 URL | 飛び入りの凡人 #mQop/nM. [ 編集 ]

飛び入りの凡人さんへ。

>「サヨク」の理想主義

と書いたのは、ぽむさんへの批判でしょうか。文の内容から、そうとしか読めません。ぼむさんのコメントは、cubeさんのコメントに対する批判として書かれています。ぽむさんは橋下との連携などまっぴらごめんの立場です。

お節介ながら、このエントリのぼむさんのコメントをすべて読んでみてください。

お節介ながら、書かせてもらいました。

2011.08.06 09:48 URL | 負け組の矜恃 #- [ 編集 ]

負け組の矜恃様

いいえ、違います。
ぽむさんがcubeさんの主張表現を端的に「「サヨク」の理想主義」と書かれたのでそのまま使わせて頂いただけです。
誤解を招くようでしたらこの場を借りて訂正いたします。

私の考えは今までの投稿で述べたとおりです。
「河野太郎の脱原発だけは支持するが、ネオリベ的な思想とは相容れない」「社民党の大半の政策には賛成だが、普天間の一件だけで感情的に政権を離脱したのは愚か」などと同じく、是々非々です。
cubeさんは橋下が脱原発を唱えた途端に、その他の危険な思想まで擁護し始めた。これこそ「○○信者」と同じ姿勢だということに対して私は批判的になるのです。

2011.08.06 22:37 URL | 飛び入りの凡人 #mQop/nM. [ 編集 ]

単純に考えて、「社歌」に相当するのは「校歌」だろ。

2011.08.09 00:06 URL | Executor #- [ 編集 ]

>90年代には「規制緩和」と「小さな政府」を、2000年代半ばには社民主義的な政策を、10年代になると再び「小さな政府」指向の「減税」を取り入れた。

抽象的すぎだと思います。
何の税を減税するかぐらい書いてもらえますか?
>「小さな政府」指向の「減税」
意味が分からない。
大手マスコミの適当な報道みたいなことを言わないで下さい。

2011.08.12 09:32 URL | #ZJmJft5I [ 編集 ]

2011.08.12 09:32の無記名コメント種へ

あんたのコメントへの反論を含むブログ記事を『kojitakenの日記』に書いてこのブログにもTBしといたよ。どうせ一見さんでもう来られないだろうとは思うけど、もし来られたら下記のURLを参照してくれないか。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110813/1313170310

それにしても思うんだけど、小沢信者って自らが信奉する政治家の政策もろくすっぽ知らないのかよ。開いた口が塞がらないよ。

2011.08.13 02:42 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

高岡蒼甫がTwitterで韓流に傾倒するフジテレビを批判し、エスカレートしたそうですが、震災以降、フジテレビは「放射能は安全だ」という主張を繰り返してきたのも、フジテレビで監査役を務めた南直哉氏は元東電社長で他局が東電批判や脱原発を打ち出しはじめても、フジテレビだけは一貫して東京電力を擁護してきた。そうした中、民主党の小沢一郎や鳩山前首相達と黒い密約があったと報道されてましたね。

2011.08.13 12:51 URL | 智太郎 #- [ 編集 ]

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2014.10.27 17:32  | # [ 編集 ]













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2011年7月26日付、しんぶん赤旗の三面に『原発推進 お手盛り“国策”』という見出しの記事がありました。 そこには『原子力の長期計画の策定に関わってきた財界・産業界・電力会社の首脳』の一覧表が載っているのですがweb版「しんぶん赤旗」にないようなのでこちらに一部

2011.07.30 10:09 | Transnational History

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あんまり人のブログのコメント欄の話ばかりするのもなんだが、『日本がアブナイ!』のコメント欄はなかなか面白いので、ついつい読んでしまうのである。 Commented by 赤塚男 at 2011-08-09 14:50 相変わらず<独自の解釈>のように思えます。菅首相が安保政策に無関心だっ

2011.08.13 02:32 | kojitakenの日記

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2011.08.13 14:35 |