きまぐれな日々

あたらしい憲法のはなし。

昭和22年に文部省から出されたこの小冊子のことを知ったのは、たしか昭和46年版の「少年朝日年鑑」だったと思う。
昨年死去した私の父は、晩年は思想が極端に右に偏ってしまった上(「つくる会」にも加入していた)、頑固になっていたので、父と政治的な話題について会話をすることはなくなっていた。
だが、私は小学校低学年の頃、上記の「少年朝日年鑑」を買い与えられ、以後中学1年生の時まで、毎年「少年朝日年鑑」を読んでいたのである。家の購読紙は、「朝日新聞」だったのを、父が「朝日は『アカイ』から」と「毎日新聞」に変えたのだったが、その頃父は新聞社発行の週刊誌を買う習慣があり、家で「朝日新聞」をとっていた頃は「サンデー毎日」を、「毎日新聞」をとっていた頃は「週刊朝日」を買っていた。
なんのことはない、父は若い頃は「新聞といえば朝日か毎日」という人間であり、70年代は朝日新聞も毎日新聞も護憲を主張する新聞だったので、私は子供の頃、護憲を金科玉条として育ったのだった。また、そういう時代でもあった。
「1945年、昭和20年」を境に、日本国民は解放され、新しい憲法の理念の下に生まれ変わったという歴史観を私は植え付けられたし、「昭和22年」というと、新憲法が施行され、終戦後の物資難に苦しみながらも、新しい時代の到来の光が感じられる年というイメージを持っていたものだ。「少年朝日年鑑」に紹介された「あたらしい憲法のはなし」には、まぶしいばかりの平和主義の理想があった。
その後、父の思想は後年大きく右旋回して、購読紙も「読売新聞」「日本経済新聞」を経て、最終的に「産経新聞」に至ったが、幸か不幸か、私が「産経信者」になることはなかった。

しかし、変わったのは父だけではなかった。70年代末あたりから論壇には保守勢力の力が徐々に強まっていった。
それでも、「護憲」は何も社共の専売特許ではないという時代は、その後も長く続いた。自民党では、宇都宮徳馬などというつわものもいたし、三木武夫の系列だけでなく、大平正芳の流れを汲む政治家たちも、宮沢喜一に代表されるように、多くが護憲派だった。

それに対し、改憲派には、中曽根康弘や福田赳夫の流れの他、田中角栄から派閥を乗っ取った竹下一派の小沢一郎らもいた。90年代前半の政治改革は、小沢らが主導した。そのせいもあってか、細川連立政権、連立から離脱した自由党、その自由党と合流した民主党のいずれも、改憲を主張する勢力となっている。

それでも、右翼的思潮の主流はやはり中曽根や福田の系列にある。福田派は、さらに源流をたどると岸派になる。自民党の右翼的派閥の源流が、このA級戦犯・岸信介である。岸は、戦後日本における右翼団体や暴力団と自民党とのつながりを組織化した人物でもあるといわれている。その直系が安倍晋三だ。
それよりちょっと左に位置し、岸の直系ほど過激な右翼ではないのが福田康夫といったところだろう。
そして、佐藤栄作は、岸の弟でありながら、それより左派の吉田派から分かれた人物だ。麻生太郎は、その系列の人物であるといえる。現時点では、麻生は福田より右で、思想的には安倍に近いところに位置してはいるが。

72年の総裁選では、佐藤栄作は自派の田中角栄より福田赳夫を推していた。しかし、政権をとったのは田中だった。このことから、田中は吉田?佐藤の流れよりは若干左と位置づけることができる。

但し、以上の勢力は、基本的には昔からずっと改憲勢力だったと考えるしかないと私は思っている。
ハト派といえるのは、昔でいうと大平派と三木派くらいだろう。中曽根派は、岸の流れよりもっと右の、極右であると昔は考えられていた。

1978年の自民党総裁選で福田赳夫が大平正芳に敗北して以来、岸?福田ラインが自民党の主流を握ることは長年なかった。それが一変したのが2001年の小泉純一郎内閣の発足である。
小泉自身は一匹狼であるが、かつて福田の秘書を務め、思想的には岸?福田のラインにある小泉が絶大な人気を博すことにより、日本における支配的な思潮は、大きく右に変化したのだと思う。

そして、これを機に右派勢力が狙っているのが、実質的に岸信介の復活である、安倍晋三内閣の樹立なのだと思う。安倍から見たら、常識的な外交政策を持つ福田康夫でさえ、左派として切り捨てられてしまう。
これは、70年代の平和主義で育ってきた私などから見たら、とんでもない事態である。なにしろ、「A級戦犯である岸信介が首相になったことは、自民党政府の戦争への反省が不十分であった証拠」と私はずっと思ってきたし、その主張は自民党支持者の間にも、かつてはある程度通用したものだ。しかし、現在の事情は深刻であり、護憲を主張することさえはばかられる風潮ができつつある。
民主党が改憲勢力であるのが何より痛く、現時点では「護憲」と言っただけで左翼扱いなのである。マルキシストでもなんでもない私などからしたら、「いい迷惑」以外の何物でもない。

ネットの有力ブログサイトでは、「きっこの日記」が「護憲」の旗印を明確にしている。ともに影響力の強いこのサイトが、護憲を声高に主張してくれているのは心強い。
そして、「共謀罪法反対」「憲法9条堅持」を唱えるブログ群を、私は日々チェックすることにしている。

「護憲」が社共だけの専売特許で良いはずがない。平和主義とは、もっと普遍的な主張であるはずだ。
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2006.05.07 20:12 | 時事 | トラックバック(-) | コメント(-) | このエントリーを含むはてなブックマーク