きまぐれな日々

高き屋に

 のぼりて見れば

        煙り立つ

 民のかまども

  にぎはひにけり


天皇が民を貧困から救い、高台から見渡すとどの家のかまどからも立ち昇る煙が見えた、というこの和歌を詠んだことで知られる仁徳天皇が、ずっとのちの未来に、やはり天皇として転生されました。

その国では、かつてと同じように、多くの家ではその日に食べる食料すらなくなり、人々は飢えに苦しんでいました。天皇は「民のかまどより煙が立ち昇らないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうだから、地方はなおひどいことであろう」と仰せられました。

しかし天皇が発せられた詔(みことのり)は、かつてとは違って、「向こう3年、税を免ず」ではありませんでした。

天皇は、古代と今では社会の構造が全く異なっていることにお気づきだったのです。その国では、普通の民家からは全然煙が立ち上らないのに、土豪が住む大きな家のかまどから立ち上る煙の勢いだけは強かったのでした。

その国では、少し前の時期まで、税はお金や土地などをたくさん持っている土豪たちからはより多く、貧しい人々からはより少なく集められたうえ、一部は民に平等に分け与えられ、他には民が病を得た時のための病院や、子供たちの通う学校の建設や、都から遠い僻地までの道路の整備などのために使われていました。もちろん病気の治療費や子供たちの学費も免除されました。天皇家の軍隊を大きくするためなどに勝手に使われていた古(いにしえ)とは全然違っていたのです。

ところが、どういうわけかその国の税は、ある時期から土豪が払う分が減って、貧しい人々が払う分が増えていました。土豪たちが国の長(おさ)とつるんで、自分たちの都合の良いように勝手に制度を変えさせていたのです。天皇は、これこそが民のかまどから煙が立ち上らなくなった原因だと見抜かれました。

もちろん、民から集めた金をねこばばしたり、道路を整備するためと称して必要のない工事を行い、そのためのお金を一部かすめ取る不届き者もいました。国の評議員の中にも感心しない人たちはずいぶんたくさんいたことも確かです。

勢いよくかまどから煙をたちのぼらせている大きな家に住む土豪は、それに乗じて一計を案じました。国の長と謀をめぐらせて、そんなことなら税を免じて、評議員も半分にしてしまえ、評議員の給料も半分にしてしまえ、あいつらがぜいたくをしているから民のかまどから煙が立ち上らないのだと長に大声で叫ばせ、各地を説いて回らせたのでした。長は弁の立つ人気者でしたから、だまされる貧しい人たちも次々と出てきました。

しかし、そんな嘘の宣伝にだまされる天皇ではありませんでした。天皇は、昔のように土豪からはより多くの税を、貧しい人たちからはより少ない税をいただく、という詔を発せられました。

その後3年たって、天皇が同じ高台から見渡すと、どの家々からもかまどの煙が立ち昇っていたそうです。

もちろんその間天皇は、民のために使うべき税をねこばばするような不心得者を追放しました。でも、評議員の数を減らしたり、報酬の総額を減らすことはしませんでした。不心得者に横取りされていた分を取り戻した天皇は、これを民のために使いました。土豪の屋敷で奴隷としてこき使われていた人たちを解き放してやり、天皇家で直接雇ったりもしました。そのせいで、皇居の大殿はぼろぼろになり、あちこちから雨漏りがするほどになりましたが、どの家々からもかまどの煙が立ち上るようになった頃には、天皇家で直接雇わなくとも人々の仕事が見つかるようになり、集まる税も増えました。

でも、その国では周りの国々との関係もあって、仕事を変えなければならない人たちが出てきました。そうした人々を援助するために税を使うことにしたために、皇居の大殿を修理するのはもう少し先になりそうです。

それでも天皇は、「私は豊かになった。もう心配ないよ」と仰いました。

それを聞いた皇后が、「皇居がこのように朽ち果てているというのに、何故豊かとおっしゃるのでしょうか。今お聞きしたら、あと三年、さらに民のためにだけ税を使うという話ではないですか」と聞き返すと、「天皇の位は、そもそも人々のために作られたもの。だから、人々が貧しいということはしなわち私が貧しいということであり、人々が豊かであるということはすなわち私が豊かになったということなのだ」と天皇はお答えになりました。

「天皇とは、そもそも人々のために立てられたもの」、そう天皇は仰いました。

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上記の新編「民のかまど」は、小沢一郎の著書『小沢主義』(リンク先より孫引き)、「小沢一郎ウェブサイト」、河村たかしの著書『この国は議員にいくら使うのか』(リンク先より孫引き)、野田佳彦『かわら版』を下敷きにして新たに編み直したものだ(笑)。

民主党の政治家は、皆さん「民のかまど」の昔話がお好きなようだ。だが、現代の(修正)資本主義国家における税金は、仁徳天皇の時代はもちろん、江戸時代の年貢とも違う。税金を減らせば国民(自治体の市民)の暮らしが良くなるというのは、甘い言葉で有権者を釣る新自由主義者の「騙しのテクニック」に過ぎない。

『広島瀬戸内新聞ニュース』は書く。

古墳時代は、税金は大王家の家計と軍事力をまかなうためにあった。(いわゆる「家産国家」でもあった。)

しかし、近代、とくに先進資本主義国においては、財政は再分配機能を果たしています。お金のある人ほど、能力に応じて負担する。それを国家が福祉や教育などのサービスに回し、人々の暮らしを支える。これが、日本であれ、アメリカであれ、欧州であれ、程度の差はあれ、先進資本主義国の財政の基本的なあり方です。(ちなみに、共産主義国は租税国家ではない。また失業が想定されていないから、先進資本主義国よりも失業保険などのセーフティネットも不備。税金=社会主義、共産主義、という議論が時々あるが、とんでもない間違いです。)

古墳時代に税金をなくしても、困るのは天皇だけ。しかし、租税国家、福祉国家となった現代において、税金をなくしたら、困るのは一般庶民です。


仁徳天皇も、今ご存命であれば、新自由主義に自らのお言葉が悪用されたことをご立腹でしょう。

もちろん、景気対策として、一時的に財政出動するのはいい。しかし、基本的には、むしろ、いまよりも大きめの政府にする事が、貧困の解決につながります。

仁徳天皇がもし今、総理なら、当然、いまよりも大きめの政府にする事をお選びになるでしょう。


実は、このエントリにヒントを得て、小沢一郎・河村たかし・野田佳彦三氏の文章を下敷きにして、現代版「民のかまど」を編んでみた次第だ。

当ブログコメント欄常連のぽむさんからいただいたコメントには、

「民のかまど」ですが、要するに「税とは人民が権力者に貢ぐもの」としているわけで、発想からしてずれているとしか言いようがないです。
納税とは相互扶助の精神で社会を創っていくための財源というのが民主主義社会の常識だと思うのですけど。
小沢一郎や河村たかしの新自由主義云々以前の陳腐さにあきれました。

と書かれているが、これが必ずしも人々の間で「常識」になっていないから、河村たかしが主導する名古屋市議会リコールに向けての署名運動が、成功しかねない一歩手前まできている。

実は、当ブログは先週の金曜日、この件をテーマにしたエントリを公開予定で準備していたが、9割方書き上げた時点でうっかり消してしまった。それで公開を取りやめたのだが、その後河村たかしについていろいろなことを知った。

まず、今日(9月27日)が最終日になる署名運動が、予想外の急ピッチで進んだこと。25日付中日新聞記事を見ると、9月14日から22日までの間、9日間で15万件人分の署名を集めた市民団体「ネットワーク河村市長」が、残り5日間で最低必要数にあと6万5千人分に迫っており、これを超えることは間違いない。「ネットワーク」が記入の不備や同一人物の二重署名などによる無効分を考慮して、高めに設定した目標の43万人に到達するには、さらに6万5千人、つまり5日間で13万人の署名が必要だが、これとて不可能な数字ではない。

市議側には、リコールを見越して、「市長側の候補者の準備が整う前に、自主解散して年内に市議選をした方がいいのではないか」という声まで出ていることを、やはり中日新聞が伝えていた。

同じ中日新聞記事には、

民主党の松木謙公農林水産政務官や三宅雪子衆院議員らが応援に駆けつけ、「皆さんの手で議会を変えましょう」と呼びかけた。

とも書かれている。ともに「小沢一郎親衛隊」というべき議員である。私はこの署名運動における小沢一郎の役割が最初よくわからなかった。というのは河村たかしが名古屋市長選に出馬した時には確か河村は小沢一郎に弓を引いた形だったと報じられたことがあるからだが、その後いろんな情報を入手するにつれ、小沢一郎が河村たかしを後押ししているという観測に傾きつつあった。それが確信に変わったのが松木謙公と三宅雪子の応援だった。彼らが自らの意志で河村たかしを応援する活動をしているとは、まず考えられない。間違いなく小沢一郎が直接指示している。

魚住昭や森永卓郎は、菅直人の政策が「新自由主義的」であるのに対して、小沢一郎は「社会民主主義的」だと位置づけていたらしく、森永の言を真に受けた池田香代子が小沢一郎は民主党の「サハッ」だなどと書いていたが、彼らの目はどこについているのかと思う。同じ「民のかまど」の昔話を用いて「小さな政府」論を開陳する菅内閣財務大臣の野田佳彦同様、小沢一郎も「ウハッ」なのではないか。どこが「社会民主主義的」なものか。

有名ブログの間でも、ある有名左派ブロガーは小沢一郎をマイケル・サンデルのコミュニタリアニズム(共同体主義)を取り入れていると評価したが、ある有名右派ブロガーは、民主党代表選での小沢一郎氏の演説は、日銀法改正とインタゲに触れる以外は昔からの持論と何も変わっていない、小沢一郎の持論の核である「構造改革」と「規制緩和」のキーワードこそ口にしなくなったが、内容はそのまま残っていると書いた。私の意見は有名右派ブロガー氏に近い。だから、左から転向して新自由主義に寄ってきた菅直人と、もともと新自由主義寄りだった小沢一郎の政策議論では、両者の主張が似通っていて対立軸が見出せず、両者の主張が似たり寄ったりなら代表選には現職が勝って当然だったと私は考えている。ただ、当面の積極財政と、普天間問題で含みを持たせた分、わずかに小沢一郎の方が買えるだけだというのが、私の主張だった。

だが、こうして露骨に河村たかしを支援する小沢一郎を見ていると、やはり小沢一郎は菅直人以上に新自由主義志向が強く、ずっと危険だという気がしてきた。

もう一つ、河村たかしがトンデモ学者として悪名の高い武田邦彦をアドバイザーとして迎え入れているという情報を、東郷ビールさんからお寄せいただいたコメントで知ったが、東郷ビールさんのコメントは先日『kojitakenの日記』で紹介させていただき、これが同ブログの人気エントリになった。興味がおありの方は下記URLをクリックしてご参照いただきたい。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20100925/1285400512

ちっとも名古屋市民のためにならない上、武田邦彦のごときトンデモとつるむ河村たかしが呼びかける名古屋市議会リコールに向けての署名は、4億5千万円もの税金の無駄遣いを招くもので、決して名古屋市民の方々にはこれに応じてはならないと当ブログは訴える次第だが、今回のような件では、そもそも署名運動を知らしめること自体、敵(河村たかし陣営)を利することになりかねないのが書き辛いところだった。

だが、新自由主義と大衆迎合主義を兼ね備える政治勢力との闘いは、長丁場になりそうだから、河村批判は続けていかなければならないし、それとともにリベラルや左派を自称される方々が小沢一郎を応援し続けることの理不尽さを今後も指摘し続けたいと考える次第だ。


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パチパチパチ…。力作(?)新編「民のかまど」楽しませていただきました。

小沢一郎や河村たかしの近代市民社会とそれ以前の社会における税の違いもわかっていないかのような感覚にまずあきれかえってしまいました。「明治以来の官僚政治からの脱却」が十八番の小沢さんですが、こんなたとえ話を得々とするようでは税金についての認識は明治以前ということになります。
もっとも彼らはわかっていて、一般大衆はこんな程度でだませるとでも思っているのかもしれません。悪代官をやっつける水戸黄門のノリでいけば受けるとでも思っているのでしょう。河村たかしなんか本当に「減税」と刻んだ印籠を振り回しかねないですものね。

2010.09.27 18:24 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]

 名古屋市民です。署名は昨日収集期日を終えました。法定数は超えて四十万近くは名簿上は確保したのではないでしょうか。
 しかし、現実は届かないということになるのではないでしょうか。
 繁華街では、テントの下で大勢の収集人が声をからしていますがその場所は2、3でしかありません。小生の近くの地下鉄駅頭では、一人の初老の男性が、ぽつんとよびかけるでもなく、ただ署名板を首から下げて立っているだけです。こんなことは初めての経験なのです。文字どおりの素人なのです。
 この一点で、小生は「リコール署名運動」を評価します。

2010.09.28 08:04 URL | 影丸 #- [ 編集 ]

久しぶりにコメントさせて頂きます。
「民のかまど」のたとえ話の誤りについて、なるほどと読んでいましたが、よく考えたら一つ視点が抜けていると感じました。

それは、大工や宮廷を相手とする商売人の存在です。
彼らは現代の公共事業により生計を立てる建設業などと同じく、年貢(税金)を元にした賃金の支払いがなされていたはずです。
ですから、仁徳天皇のように減税を行った場合は、当時でも彼ら受益者は職を失うか、給料を減らされたのではないでしょうか。
実際、引用されている古典でも
>でも、その国では周りの国々との関係もあって、
>仕事を変えなければならない人たちが出てきました。
>そうした人々を援助するために税を使うことにした
>ために、(以下略)
と書かれており、宮廷に関連した失業者は増加したことが示唆されます。
そして、「援助するために税を使うことにした」というのは現代で言う失業保険と同じですね。

ですから、『広島瀬戸内新聞ニュース』さんの
>古墳時代に税金をなくしても、困るのは天皇だけ。
>しかし、租税国家、福祉国家となった現代において、
>税金をなくしたら、困るのは一般庶民です。
という指摘は少し的外れだと思いますね。

過去に宮廷や幕府に関連した雇用者がどれだけいたかは分かりませんが、年貢の使い道が宮殿や城の建設や家臣・使用人の給与であることから考えると、現代の税金とそう違いは無いのではないでしょうか。

以前私は公務員の給与の高さを批判しましたが、江戸時代も財政難の藩は家臣や使用人の倹約強制などで藩の立て直しを図りました。
先日も、民間給与が大幅減となったニュースが流れていましたが、昔の家臣たちと同じように、現代の公務員・役人も倹約生活すべきだと思いますね。

そして節約した支出は、公共事業などへ回すべきです。

2010.10.04 16:31 URL | 弥生 #pYrWfDco [ 編集 ]

弥生さん

実際、引用されている古典でも
>でも、その国では周りの国々との関係もあって、
>仕事を変えなければならない人たちが出てきました。
>そうした人々を援助するために税を使うことにした
>ために、(以下略)
と書かれており、宮廷に関連した失業者は増加したことが示唆されます。

このたとえ話は全て原本を元にKojitakenさんが現代版に置き換えた創作です。特に引用された部分は国際化が及ぼす影響を度外視しては語れない現代版のために書き加えた全くのオリジナルと思われます。

2010.10.04 22:17 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]

ぽむさん

あら、すみません。
何か勘違いしていたようです。

ご指摘の通りなら、引用した部分に対する私の文章は意味が無いですね。
その辺りのコメントは撤回するということでお願いします。

2010.10.05 01:21 URL | 弥生 #pYrWfDco [ 編集 ]

戸別訪問までしてリコールの署名集めしてるんですから、署名集まるわなぁ。
河村を支援する市民グループの一人が会社役員ですが、活動資金でも提供してるんですかね?

2010.10.05 17:48 URL | 八式墓塵 #14xbR4M6 [ 編集 ]

ん~ん・・・

大変申し訳ありませんが、
小沢氏の本質的に言いたいことはそういうこととは違うのでは、と私は理解してます。
要は、細かな政策論ではなく、政治家としての根幹的哲学をそこに見ているのだと思います。

彼の著書では、「政治とは?政治家とは?」、という行で問うた応えとして、政治の使命、役割は次の仁徳天皇の話に【尽きている】と思う」としてこの逸話を引用しています。

そしてこう言っています。
「みんなが幸せな生活を、豊かで平穏な生活を送れるようにするために、何をするべきか。【それを考えるのが】政治の役割、政治家の役割であって、それ以上でもそれ以下でもない」
〈注〉【 】 ←これは私が、強調したいがため付け加えました

その意味で、最後にこう結んでいます。
「外交や環境~~問題も、そこを原点に据えて考えなければ、高説卓説・理想論も意味はない。どんな~でも、どんな~でも、そこに暮らしている人々が豊かで安心な生活を送ることができなければ、その政治はやはり失敗なのである」
「いくら立派なことを言い、それを実行したとしても、肝心な国民が不幸な生活を送っているのでは、それは正しい政治とはとうてい言えない。僕はそう思っている」
と。

そりゃ当たり前のことだろ、と一部で突っ込み入るかもしれませんが、この当たり前の理念が認識できてなく、官僚のような小難しい政策論をTV等で語ることが優秀な政治家と勘違いし満足して完結してる議員で蔓延してる現状があるからではないでしょうか。

河村氏や(特に)野田氏の真意は分かりませんが、聞くところによると河村氏は少なくとも、この目指すべき本質のところの認識は共有されてると推察しています。


その意味でも、未だ志し半ばの小沢氏はもちろん、いずれその結果を問われる立場の河村氏も、まだ目標に達していない(=成功してはいない)と言えますでしょう。

長文失礼しました。

2010.10.10 01:20 URL | 民 #mn6gys/M [ 編集 ]

前からこの記事にはコメントしようと思っていたのですが、なんだかんだと時間がたってしまいまして、今頃になってしまいました(反省)。

新編「民のかまど」を読むとある地域限定の話になってるとおもいます。
しかし、今現在の世界はグローバル化してしまって、税金の話は全世界を含めて考えなくてはならないところに来てしまっています。
例えば「法人税減税は国際競争力をつけるために必要!」としきりにテレビで宣伝してることです。テレビのスポンサーは大企業なんだから、メディアを使ってそういう流れを作ろうとしてるのは明白です。さらに日本政府は「みなし外国税額控除」など海外で活動する企業に対してものすごい優遇税制をしてますから、これでは日本の企業の空洞化を勧めているようなものです。しかし、こうした海外企業優遇税制がメディアで報道されずに「法人税減税」ばかりが叫ばれているのは、おかしなことです。

--
ところが、どういうわけかその国の税は、ある時期から土豪が払う分が減って、貧しい人々が払う分が増えていました。土豪たちが国の長(おさ)とつるんで、自分たちの都合の良いように勝手に制度を変えさせていたのです。天皇は、これこそが民のかまどから煙が立ち上らなくなった原因だと見抜かれました。
--


法人税を減税し、消費税を上げる流れは、ここのたとえ話がそれをうまく表現しています。
日本がだめになったのは政治・官僚・企業がくっついて企業や外郭団体に金を流し込んでいったわけです。そしてその見返りで、官僚は天下り先を確保していたことは、いまさら説明するまでもないでしょう。政権交代しても、こうした天下り、外郭団体への金の流れは政権交代前と比べて変わってないような気がします。

話を法人税について考えると、たしかにグローバル化しているなかでは、グローバル企業にとって、安い法人税の国に行くメリットはあります。しかし、実際に企業が海外に工場を持つことの第一の理由は、法人税の安さではなく、その国の労働賃金の安さです。「法人税減税」を唱えているのは、法人税を払っている三割に満たない黒字企業の口実にしか過ぎません。毎日新聞社エコノミスト(9/28)によれば

--
・金融政策で対処しがたいデフレ圧力
IT化にともない、経済のフラット化が進んでいること。賃金や不動産コストの圧倒的に安い新興国でも、自動車やハイテク製品の生産が可能となり、新興国へ生産拠点が大きくシフトしている。
日米欧など先進国ではそれだけ生産の空洞化が進み、国内の労働力や不動産が過剰となり、賃金、不動産価格、そして最後には製品サービス価格に下げ圧力がかかる。おそらく、新興国と先進国との価格ギャップが縮小してシフトが止まるまで、先進国でのデフレ圧力が続くことになる。
(中略)
フラット化に伴う新興国との価格競争は金融政策では止められない。せいぜい金融緩和で自国通貨を安くして、多少なりとも価格競争力をつけようということになるが、賃金格差などの大きなギャップは、通貨調整で穴埋めできる規模ではない。
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ぼく自身、実はグローバル企業で働いていて、中国、インドと一緒に仕事をしています。
いまのIT技術はすごくて、たとえば日本のぼくのPCからnetmeetingという遠隔操作するソフトを使い、インドの工場ラインにあるPCのソフトを書き換えたり動作チェックをしたりできます。
ぼくの会社の場合で説明しますと、日本で製品開発してラインで2~3年製造して、ノウハウを蓄積します。すると人件費の安い中国またはインドに製品移管します。
ぼくの会社の製品はある特殊なセンサを作っていて、ほとんどの工程を手作りしています。ですから日本人の手先の器用さというものが生かされているので、まだなんとか中国とインドにたいして、日本工場はパイロットプラントとしての地位を保っています。しかし、パイロットプラントですから、そんなに雇用は増えませんね。日本では労働集約型の物作りはもう無理みたいです。それに最近、中国工場は製品開発までするようになってますし、そのうち日本工場は中国工場に抜かれてしまうかもしれません。グローバル企業の中の工場間にも激しい生存競争があるわけです。

国というのは成長期には、労働賃金がどんどん上がっていきますが、ほかの国よりも労働賃金が高くなったとき、企業にとってその国は魅力がなくなってしまいます。つまり今の日本がそういうことですね。中国やインドもそのうち賃金が上がってくるでしょうから、そしたら企業にとってそれは魅力がなくなる。そしたら、また別の国に工場を移すということの繰り返しです。よくこれを「グローバル企業は宿主を渡り歩いている」といわれますが、まったくそのとおりですね。日本のメーカなどは、「日本で育ったのだから日本のためにがんばる」などとはまったく思っていません。残念ながら。

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4. 多国籍企業優遇を要求する経団連、こたえる税調答申
http://www.zsk.ne.jp/zeikei552/ronbun_b.html
グローバル化に対応とは、多国籍企業を支援することであって、それは決して国民生活の向上にはつながりません。藤田実桜美林大学教授は「キャノンを取材したとき、我々はグローバル企業だから、日本でダメなら中国、あるいはヨーロッパで稼ぐ体制をつくっていると説明を受けました。トヨタでも、国内市場の自動車販売は伸びていないけれども、最高益を上げている。企業レベルだけで言えば、国内市場だけを重視しなくてもいい、グローバル企業は国内経済のことはあまり考えなくなっている」と述べています。
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結局、日本のグローバル企業というのは、「国際競争力をつける」と言う口実で、法人税減税・労働者の非正規雇用(低賃金)を正当化してます。こんなことされていたら、日本はすべてを奪い取られて、経済悪化、超少子高齢化となり二度と回復できなくなるでしょう。日本が使い物にならなくなったら、グローバル企業はほかの国い行けばいいだけというのが現実と思います。実は企業だけではなく個人もグローバル化していることを最近知り驚きました。ほかの掲示板で知り合った人とメールでやり取りしていたら、
「今の状況のままでは、日本が破綻するのは時間の問題だと思うし、実際にみんな資金を海外に逃がしています。それが正解だと思います」「ボーダレス社会では、国家の敷居が低くなります。例えば、私は日本でなくても食っていけますし、実際に日本に全資産をおいていません。そういう人は沢山居ます」とお返事をもらって驚きました。メールをやり取りしている相手がお金持ちかわかりません。でも、大企業やお金持ち(土豪たちのこと)は「法人税減税!」「所得税減税!」「相続税減税!」を要求して、日本から取れるだけとったら、後はさっさと海外に拠点を移すということでしょうね。すべてをむしり取られた、そのあとに日本は破綻する運命にあるのでしょう。
これは日本一国だけの問題ではなく、グローバルでも同じことです。
土豪たちは宿主をもとめて、世界の国々を次々と渡り歩いていくでしょう。
グローバル化で貧富の差が広がり「富める者はますます富み、貧しき者は持っている物でさえ取り去られるのである」(新約聖書マタイ伝13章12節)とは、まさに今現在のことのようです。

2010.10.16 17:06 URL | Vitamin-C #lqZcrvkk [ 編集 ]













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