終戦記念日というと毎年騒ぎになるのが閣僚の靖国神社参拝である。終戦30周年の1975年に、三木武夫首相が「私人として」参拝したのが、終戦記念日に総理大臣が靖国に参拝するようになった発端だが、3年後に福田赳夫首相が「内閣総理大臣」の肩書きをつけて「私人として」参拝して以来、終戦記念日の総理大臣参拝がトレンドとなった。続く大平首相(1979年)は終戦記念日の靖国参拝は避けたものの、鈴木善幸(1980?82年)、中曽根康弘(1983,84年)と5年連続で総理大臣が「私人」として参拝し、1985年、ついに中曽根が靖国を「公式参拝」した。しかし、これが中国・韓国の反発を受けると、翌1986年に中曽根は靖国神社を取りやめた。すると、今度はこれが踏襲すべき前例となり、以後2006年に小泉純一郎が参拝するまで、終戦記念日に靖国を参拝する総理大臣は現れなかった。中曽根は「裏切り者」とばかり、右翼に攻撃のターゲットにされた。
総理大臣は参拝しないものの、閣僚やその他の国会議員には参拝する者が多く、例年ニュースになった。たとえば安倍晋三は、総理大臣在任中(2007年)は参拝しなかったものの、退任後、これ見よがしに終戦記念日に靖国を参拝するのが恒例だ。安倍自身はナベツネに釘を刺されて終戦記念日の靖国参拝を避けておきながら、政争の具にしようとする。そんな人間だ。
今年、菅内閣の閣僚は誰一人として靖国に参拝しなかった。これは、靖国問題が騒がれるようになった1980年以降では初めてのことらしい。ここぞとばかり、靖国に参拝した安倍晋三や平沼赳夫は民主党政府を攻撃したが、産経新聞などごく一部のメディアを除いて、大きくは報じられなかった。先の参院選で自民党は勝ったが、安倍らが力を入れた山梨選挙区では敗れ、安倍のお仲間・平沼赳夫が与謝野馨と野合して立ち上げた「たちあがれ日本」は獲得議席1議席と惨敗し、山田宏と中田宏が立ち上げた「日本創新党」は獲得議席ゼロに終わった。右翼イデオロギーを前面に出した政治勢力が国民に支持されていないことがはっきりしてきて、大手メディアもあまりイデオロギー対立を煽らなくなったし、城内実のように「機を見るに敏」な政治家は、右翼色の強い「地」を隠すようになってきた。
イデオロギー論争が大きく扱われなくなったおかげか、今年は静かに戦争を振り返るという視点が、メディアにも戻ってきたように思える。ようやく終戦記念日らしい空気が戻ってきたともいえるが、戦争を知る人々が高齢化して、生きているうちに真実を伝えておきたいという気持ちになられたことも影響しているかもしれない。戦争に限らず、同様の心境になられたのではないかと私が推測しているのが、元外交官の吉野文六氏であって、90歳を目前にした頃に、沖縄返還をめぐって交わされた日米の「密約」について証言を始めた。同様のことが戦争体験についてもいえて、たとえば元プロ野球選手の張本勲氏は、4年前から自らの被爆体験を語るようになった。
昨夜NHKで「龍馬伝」のあとに、「NHKスペシャル」の枠として放送されたドラマ「15歳の志願兵」は、昭和18年(1943年)に現実に起きた、愛知一中で生徒達が予科練志願に総決起した事件を下敷きにしたフィクションだそうだ。調べてみると、NHKがドラマの下敷きにした本が見つかった。江藤千秋著『積乱雲の彼方に 愛知一中予科練総決起事件の記録』である。ドラマに合わせてということなのか、先月「新装版」が出たようだが、原著は1981年に出版されている。江藤氏は1928年生まれで、愛知一中を卒業し、のち同校の後身・愛知県立旭丘高校で化学の教鞭をとった。2003年に逝去されている。上記リンクを張った法政大学出版局のウェブページの「内容紹介」には、
と書かれている。蛇足ながら、愛知一中は、東京府立一中(現日比谷高校)、神戸一中(現神戸高校)とともに「一中御三家」と並び称され、現在(旭丘高校)もそうだが、当時から中京の俊英が集う学校だった。「征く者は立て」──戦雲急をつげる昭和18年7月、県内屈指の進学校・愛知一中で生徒達が予科練志願に総決起した。実際に56名が入隊し、5人が戦没、征かなかった者も心に傷を負う。本書は、この渦中にあった著者が事件の意味を問い、学友を鎮魂するため、幾多の証言と遺された日記をもとに、“中学生学徒動員”の軌跡を追った貴重な記録である。
私はこの本を読んでいないので、どこまでが事実に基づいていて、どこからがNHKの創作なのかはわからない。だが、インターネットの威力というべきか、この本の内容を紹介する、5年前に東京新聞(中日新聞)に掲載された記事を転載したブログが見つかった。
http://wind.ap.teacup.com/people/470.html
上記リンク先記事に、こんな記述がある。
南洋で特攻・戦死した愛知一中出身の成瀬謙治さんは、海軍兵学校時代に母校の事件を新聞で知り、「全校生徒の予科練志願は無意味だ。生徒の能力に応じた道に進ませることが、本当に国に報いること」という手紙を校長あてに出した。「校長は当時、権威の象徴。真に勇気のある発言だった」と、同級生たちの語りぐさになっている。
さらに調べてみると、故成瀬謙治氏が読んだ新聞とは、朝日新聞だったことがわかる。
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kai-naruse.htm
昭和18年、朝日新聞が大見出しで「愛知一中の快挙、全四、五年生 空へ志願」と報じた。
成瀬の母校の愛知一中の四、五年生全員が予科練を志願するというものだった。
海軍兵学校に在学中だった成瀬は、一中出身者代表として校長に手紙を送った。
昭和初期までは政府に批判的な新聞として知られていた朝日新聞は、日本が国際連盟を脱退した頃には、「連盟よさらば!我が代表堂々退場す」という見出しで、松岡洋右(安倍晋三と縁戚関係にある)の演説を称揚するようになっていた。これが1933年のことだから、その10年後の朝日新聞が「愛知一中予科練総決起事件」を大々的に称賛したのは、当然の成り行きだった。
とはいえ、朝日新聞が(昔も今も)「巨悪」であることはあまりにも当然だ。昨夜のドラマでもっとも辛辣な描かれ方をしていたのは、主人公の愛知一中生の父親である英語教師だった。学校の方針に疑問を抱きながら、強くは逆らわないこの教師は、強く学校の方針に反発した歴史教師と対比されて描かれ、家では息子に志願するなと「本音」を口にして「卑怯だ」と反発され、教師宅を訪ねてきた生徒の母親が「止めてくれ」と嘆願するのに対しては「私の息子も一中生で、志願する」と言って引き取らせる。もちろん戦争が終わると転向し、教室で民主主義の伝道者であるかのように振る舞う。それが彼にとっての「戦争責任」の取り方なのだろうが、おそらく当時の日本国民の多くが、こうした腰の引けた振る舞いによって、犠牲者を増やしていったのだろう。もちろん、戦時ではない今だからこんな書き方ができるのだが、果たして私だったらどういう対応ができただろうかと自問すると、あのようには振る舞わなかったはずだと自信を持って答えることはできない。
流れに抗するのはたやすいことではない。今の政治家を見ていてもよくわかる。だから、小沢一郎のような「剛腕」の政治家が、自らの意に沿う政権の時にはこれを遠隔操作し、意に沿わない政権の時には引っかき回すことができる。本当に自己の主張を貫く者などそうそういないし、たまにいても、小泉純一郎のように暴走して、日本を間違った方向(新自由主義)に引っ張ったあげく、「郵政総選挙」のような暴挙を行い、それを国民が熱狂的に支持する。
あの時小泉純一郎を熱狂的に支持したのと同質のものが、日本を無謀な戦争へと突っ走らせ、いかに戦局が泥沼化しようとも、原爆を投下されるまで止めることができなかったのである。
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第一次世界大戦直後に戦争を描いた「西部戦線異状なし」で
クラス全員が志願するシーンがあります。
大人たちが愛国心を煽りまくった結果、
学生たちは「嫌です」と言えなくなるのです。
でも結局この名作も、第二次世界大戦の始まりを止めれませんでした。
判ることは「愛国心」を叫びだすと「平和」が「戦前」になるということです。
過剰な「愛国心」を唱える韓国・北朝鮮・中国に囲まれた日本は、
どうすれば良いのでしょうか。
(この映画は500円で買うことができます。是非見てください。)
2010.08.16 11:39 URL | 太郎の嫁 #czwcMj9s [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
2010.08.16 11:41 | # [ 編集 ]
はじめましてでしょうか。私もドラマ観ましたがちょうど名古屋市公会堂の平和のための戦争展で成瀬さんの勇気ある手紙なども紹介されていました。舞台版もあったようです。
ドラマロケに使われた学校は地域の方により死守されたヴォーリズ建築の滋賀の小学校です。取り壊される所、柱にしがみついて守った女性たちがいたとか。昨年見学に行きました。
2010.08.16 12:28 URL | hitomi #l9joRyaI [ 編集 ]
>太郎の嫁
>過剰な「愛国心」を唱える韓国・北朝鮮・中国に囲まれた日本は、
どうすれば良いのでしょうか。
「過剰な愛国心」を煽ってるのはお前。
ついでに言えば、韓国はもちろん、中国でさえお前のような奴は、一般の人から生温かく見られてるんだよ。
(特に中国では『糞青』と呼ばれて蔑まれている)
お前にゃただ一言で十分だ。
「お前が言うな」
2010.08.16 15:12 URL | てあとる☆北極の支配人 #DdiHOXp. [ 編集 ]
大本営発表を鵜呑みにはせず冷静に受け止めていたはずの一中生が、いかにして軍国少年化していったのか、出演者全員の熱演によって見事に描かれていたと思います。
そして、全体主義の流れに簡単に迎合する者と抵抗しようとする者両方の心情をよく表現していたと思いました。
Kojitakenさんが指摘されるように、藤山少年の父親であり、愛知一中の英語教師でもある藤山順一の「腰の引けた」と形容せざるを得ない姿勢が、当時の日本人の大半だったのでしょうね。
その役を演じた高橋克典が番組HPに寄せたメッセージ
http://www.nhk.or.jp/nagoya/jyugosai/message_cast/takahashi.html
の最後に、
「親子で、3世代で見てください!」とありましたが、本当にいろんな世代の人間が見るべきドラマだと感じました。
私には15歳に達するにはまだ数年ある子どもが2人います。今回は録画することができなかったので、再放送があれば録画をして、15歳になる頃に見せたいと思います。上の子は夏休みの自由研究で、広島・長崎の原爆のことを調べたい、と言い、自分なりに調べて事実を知り衝撃を受けながらも一応まとめていましたから、先の戦争についての関心は大いにあるようなので。
全体主義の大きな流れに巻き込まれた個々人がどんな生き方を選択できるのか。
朝日新聞をはじめとするマスコミは戦時中、国・軍部の方針にあっさり迎合し、弱い立場の個人を扇動する役割を演じました。その罪を真摯に反省しているのならば、アジテーターのような小泉純一郎が郵政民営化のワンフレーズで煽り立てたときそれを後押しするような論陣を張り続る、などということが起こるはずがありません。
そして今、財務省・財界の望む、富裕層がますます優遇される社会の実現に邁進しているとしか思えない朝日の論調には辟易します。
戦時中と一番違うのは、当ブログのような、個人からの発信が自由にできるようになっていることでしょう。
マスコミの扇動に惑わされることなく、自らの思いを臆することなく発していきたいものです。
2010.08.16 21:24 URL | sweden1901 #SVqLzQOU [ 編集 ]
この頃この類の映画を見ていると、全く親近感が湧かないというか、リアル感が欠けた俳優の仕草などが、許容できなくなってしまった。
彼らの体系が先ず、カッコ好過ぎる。背が高く小顔でハンサムである。女性も同様で、もんぺが似合う女優がいない。
台詞に現代言葉が出てくる。「やっぱ」とか「それって・・」などの言葉は最近の言葉である。
第一兵士が泥臭くなく、切迫感がない。この裏番組の「真夏のオリオン」など、上官への言葉など全く検証されていない。
戦争を演ずるに相応しくない世代となったのか、それとも我々が彼らから遠く離れたところに来てしまったのであろうか。
2010.08.16 22:56 URL | そりゃないよ獣医さん #RbQvinRU [ 編集 ]
残念ながら、昨夜のNHKドラマは見なかったのですが、今日のエントリを読んで、連想したのが太郎の嫁さんと同じくエーリッヒ・マリア・レマルク原作の「西部戦線異状なし」でした。原作・映画とも何度か読み、鑑賞した作品です。
高校生でドイツ兵として第一次世界大戦に出征した作者レマルクが自身の体験を綴った原作も名作ですが、1930年にハリウッドで映画化され、アカデミー作品賞・監督賞を受賞、今でも反戦映画の金字塔としての評価がゆるがない映画のほうが一般には有名なようです。
冒頭で見せるクラス全員が志願するシーン。
教師に煽動された生徒たちがひとりまたひとりと「入隊しよう」となっていく。気が進まない学生も周囲に従わざるをえなくなってしまう怖さ。
気のいい郵便配達夫が訓練係の鬼軍曹と化すエピソードも印象深いものでした。市井ではずっと年下ではあるけれどエリート候補ともいえる高校生にこびていたかのような彼が日頃のうっぷんをはらすかのように豹変してしまう。軍隊は人間を変えてしまうのです。
しかし、作者がもっと唾棄すべき人間として描いていたのは、やはり自分は安全な場所にいながら生徒たちを煽り立て戦場へと送り込んだ教師だったように思えます。映画の制作者も作者の意図を察し、冒頭にその場面をもってきたのでしょう。
そして有名なラスト(休戦間際、戦闘のないおだやかな戦場でひらひらと舞う蝶に塹壕から伸ばした手が、敵の標的とされあっけない最期となるあのシーン)。映像ならではの表現でした。一方、原作では「ここまで書いてきたパウル・ボイメルも1918年○月○日遂に戦死した。その日の戦況報告は<西部戦線異状なし>と記されたほどおだやかな日であった」と淡々と書かれており、それはそれで国にとって一兵士の死などものの数ではないという非情さが伝わってくるものでした。
>そりゃないよ獣医さん
>この頃この類の映画を見ていると、全く親近感が湧かないというか、リアル感が欠けた俳優の仕草などが、許容できなくなってしまった。
同感です。長髪の日本兵なんか出てくるとどっちらけです。仮にテーマはよくても脚本の粗雑さ・低レベルの演技力・それをカバーするかのような過剰な演出や音楽の使い方など見るにたえない作品が多いですね。反戦云々以前に、映画作品としてだめ。かっての深作欣二の「軍旗はためく下に」や小林正樹の「人間の条件」山本薩夫の「戦争と人間」等と比べても仕方がないのはわかっていますが。最近では黒木和男監督が良い仕事をされていましたが、亡くなられてしまって残念です。後に続く人がでてきてほしいものです。
2010.08.16 23:36 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]
終戦記念日時期だけでも戦争の無い現代にこのドラマ放送は良いと思います。
御ペイジのおかげで史実と知りました。
ドラマの高橋さん演じる英語教師「建前しか言えない」立場、家庭で「本音」を言う父親、それをに疑問を言う息子。その時の気持ちの高揚で決起して結局辞退した「少年と親達」平田さん演じる教練教官の「帰還した自慢」校長の「息子を出征させた父親としての不公平憾」戦後、その教練教師が野球をする姿を苦々しく思うが何も言わない英語教師。正にその父親達の年代としての自分はこの時期しか考えない正に無力な庶民ですが、志願した少年は夏川さん演じるお母さんの元に還って欲しかった。
2010.08.16 23:55 URL | 中年 #- [ 編集 ]
太郎の嫁さん
「西部戦線異状なし」に感動しながら
>過剰な「愛国心」を唱える韓国・北朝鮮・中国に囲まれた日本は、
どうすれば良いのでしょうか。
となんでなってしまうのでしょう?
>でも結局この名作も、第二次世界大戦の始まりを止めれませんでした。
確かに優れた反戦映画を見て感動しても、まず我が身をふりかえることをせず、「悪」を外側にありとしてしまうのでは戦争は止められないでしょう。
この映画、制作直後の1930年にドイツ・日本でも上映されていますが、戦争への道を歩み始めていた当時の日本では、検閲で大幅にカットされての短縮版上映、ドイツでも台頭していたナチスの妨害がひどかったことは有名です。その後、日独では上映禁止、原作本をおおっぴらに持つことさえできなくなってしまいました。オリジナル全長版が日本で初めて公開されたのは1965年ですが、当時見た人の多くは、日本がたどった過去を重ね合わせたことでしょいう。
人それぞれ感じ方はいろいろとはいえ、「西部戦線異状なし」への感動が「韓国・北朝鮮・中国の脅威」に行き着いてしまう思考経路は、私には先日の武田邦彦センセイの「25条」持ち出しにも共通する不思議なものに思えてしまいます。
2010.08.17 15:33 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]
ぼくもあのドラマ見ました。
最初のほうで将校が学生達に、総決起を呼びかけるのを見てぞっとしました。
今の日本においても北朝鮮の核・ミサイルの脅威を煽り「抑止力」の必要性を訴えて年5兆円もの軍事費を正当化しようとしている人たちがいます。彼らとこのドラマに出てきた将校はある部分にていると思いました。
中国が最近日本国債を買うようになりました。これは何を意味するのでしょうか?このまま中国が大量に日本の国債を保有すれば大変なことになってしまいます。中国が日本国債を買うのは経済戦争を仕掛ける第一歩かもしれません。ルールのある戦争でしたら、誰も文句は言えないです。中国は軍事的に日本を支配することが難しいことは十分わかってます。それに戦争になってお互いの国が傷ついても困るわけです。第一、中国と日本はお互い大切な市場なのです。
北朝鮮の打ち上げたテポドンミサイルの1段目が、中国製ミサイル「東風」か「長征」だと韓国国防研究院が言っているそうです。もし、中国の軍事技術が北朝鮮に流れていたら大変なことです。その場合、なぜ中国は北朝鮮に軍事技術を提供したのでしょうか?日本は北朝鮮のミサイルに備えて、非常に高価なミサイル防衛システム(MDS)をもちました。しかし、実際にこのMDSが相手のミサイルを撃墜する命中率は低いものであると専門家は指摘しています。
さらに前回の北朝鮮のミサイル発射実験で、日本とアメリカは有事に近い状態でMDSを実働させてしまいました。このときロシア空軍の電子情報収集機「IL20」が偵察していたことがわかってます。中国も日本の動きを観察していたはずです。手の内(レーダー波周波数帯など)がロシアと中国にばれてしまってます。
上で述べたように、このような北朝鮮に対する「抑止力論」によって日本は年間5兆円もの軍事費を投じています。日本はいまや大変な赤字財政であるにも関わらず「抑止力のためなら」とこれほどまでの巨額の予算を投じているわけです。これではいつか日本が破綻してしまいます。
破綻すればIMFの配下に日本は入れられ、発展途上国並の生活レベルにまで引き下げられてしまうでしょう。そうしたとき、中国が日本の財政支援に乗り出し、高金利で金を日本に貸してきたところでゲームオーバーです。
日本は中国に頭が上がらない状態に耐え続けることになります。さらに日本の少子化によって借金の返済は困難な物になるでしょう。
ここに中国のしたたかさがあるように思います。
中国が北朝鮮に軍事技術提供をする目的を考えたとき、北朝鮮は中国のおとりであると考えれば理解しやすいでしょう。
つまり中国は「北朝鮮への抑止力」のために、日本、アメリカに膨大な軍事費を使わせ、経済を疲弊させるのが目的ということです。まず中国が北朝鮮に軍事技術を提供している事実を公にしなくてはなりません。中国が北朝鮮を裏であやつることをやめさせ、北朝鮮を六カ国協議にひきもどして、北朝鮮問題を解決することです。北朝鮮の核・ミサイルを取り上げるためにも中国に責任のある行動をとってもらうのです。同様に中国軍による挑発行為もやめさせなくてはなりません。中国軍の核保有もやめてもらいましょう。中国がアメリカ・日本に対して軍事的脅威とならないことを態度で示してもらわなければだめです。そして「抑止力論」によって正当化された軍事費5兆円を削減することです。そうしないと気がついたときには日本は中国の思いの通りに踊らされていたと言うことになるでしょう。長文失礼しました。
注:上記のことは中国経済が破綻しない前提で書いています。
2010.08.20 14:57 URL | Takky-tk #lqZcrvkk [ 編集 ]
終戦記念日のNHKドラマは毎年再放送があったようなのでそのうちあると思ってはいましたが、
「15歳の志願兵」の再放送が決まった旨、番組のweb siteに告知がありました。
11月17日(日)16:00からNHK総合
です。
http://www.nhk.or.jp/nagoya/jyugosai/
今回は特に反響が大きかったはず。もっと番宣をしてもらいたいものです。
kojitakenさんが紹介してくださった原案本『積乱雲の彼方に』を、通販ですぐに注文していたところ、先日ようやく届きました。(今はどこも品切れのようです)
「原作」ではなく「原案」とあることから想像されるように、ドラマと本とは登場人物の設定などかなり違ってはいましたが、基本的骨格 (たとえば、総決起に場面については、昭和18年7月5日午前に時局講演会があり、校長、派遣将校などが講演。その直後に一旦各教室に戻った生徒たちが"自主的"に生徒大会を開き総決起した、など)は同じでした。
つまり、ドラマの中で、誰がどうしゃべったかは多少の脚色があったにせよ、「愛知一中の3年生、4年生、5年生の全員が、総決起し予科練入隊を宣言するに至った」ことは厳然たる事実であったということです。(そのこと自体は、kojitakenさんも紹介されていた朝日新聞の記事ですでに示されていましたね)
また、kojitakenさんがエントリー記事の最後に書かれていたような、
>あの時小泉純一郎を熱狂的に支持したのと同質のものが、
>日本を無謀な戦争へと突っ走らせ、いかに戦局が泥沼化しようとも、
>原爆を投下されるまで止めることができなかったのである。
このような一種異様な雰囲気がどのようにして形成されていったのか、ドラマで描写されていたよりもさらに緻密に、事実に基づいて淡々と記されていました。
『積乱雲の彼方に』の中では、多くの新聞記事が引用されています。朝日新聞だけではなく毎日新聞も随分あります。
権力と結びついたマスコミが、国民に対していかに大きな影響を与え得るのかを改めて思い知らされます。
また、出版元のweb siteに、
【この渦中にあった著者が事件の意味を問い、学友を鎮魂するため、幾多の証言と遺された日記をもとに、“中学生学徒動員”の軌跡を追った貴重な記録である。】と紹介されていることをkojitakenさんも書かれていましたが、自らも総決起の渦中にいた筆者が、後世にきちんとした記録を残すべきと考えて(動機についてはあとがきにもさらに詳しく書かれていました。かいつまんで言うと、生徒たちをそそのかした責任の一旦は教師たちにもあるはずなのに、戦後、まるで他人事のように振り返っている元教師たちの証言を聞き、この本を書き上げる意思が強固になった、とあります)、母校の化学教師の業務の傍ら、地道に資料を集められたことがよく分かりました。
さらには、ドラマではおそらく時間の都合上、予科練に入隊した一中生のその後については数人しか触れられていませんでしたが、『積乱雲の彼方に』ではかなりの人の、入隊後の足跡をできるだけ最後までたどっています。
第二次大戦の日本の戦死者数は、厚生省の資料によると310万人(うち、軍人230万人、民間人80万人)とされていますが、数が巨大すぎてリアリティーをもって認識することがかえって難しくなります。しかしこの本のように一人ひとりの生死をたどるという労苦をいとわずにしてくださった人がいるおかげで、我々の世代にとっても、戦争がいかに残酷で理不尽なものであるのか、心深く感じ入ることができました。
一気に読み終えたあと、改めてこの本の序言(書かれたのは昭和56年)を読み直してみました。
「戦争を知らない世代が日本の全人口の過半数を占め、戦争体験の風化という声を耳にするいまこそ、この本を世に出す意味があると思われる。証言や資料提供など、さまざまな形で協力して頂いた人びとに感謝し、本書を公刊するに当たって尽力してくださった法政大学出版局の平川俊彦君に謝意を表するとともに、戦没した友人たちの冥福を祈りつつ、序言に代える。」
という部分が特に心に残りました。
以上のことから『積乱雲の彼方に』もお勧めしますが、現時点では残念ながらなかなか手に入らないようですので、ドラマ『15歳の志願兵』の再放送を皆さんも是非ご覧になってください。
2010.10.18 22:57 URL | sweden1901 #SVqLzQOU [ 編集 ]
sweden1901さん、
コメントどうもありがとうございます。
せっかくの力作ですが、古いエントリへのコメントなので、読者の目に触れなければもったいないと思い、『kojitakenの日記』で紹介したうえ、このブログにもTBしました。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20101019/1287416963
なお、再放送される日は11月17日ではなく、7日ですね。
2010.10.19 01:30 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]
名門校愛知一中であったから全国放送されて注目を集めましたが 同じような現象は3学級編成で定員150名の田舎中学校でも見られました。私は 身体検査で陸軍幼年学校を門前払いされ以来 「軍隊は無縁の場」 と決め込んで造船技師を目指していました。 ところが4年生に進んで間もない昭和18年5月に 海軍徴募官の時局講演が終わるや否や会場は興奮の渦に包まれました。 私は突如沸き起こった学年挙げての予科練志願の渦に巻き込まれ 10月に松山海軍航空隊へ入隊することになっていました。 「予科練に行くのなら県から出願者を出すように要請されている陸士か海兵を受験しないか」 という担任教師の助言を受けて 「諸般の情勢から陸士受験以外には選択肢はない」 と判断して陸士に出願、 合格通知を手にして予科練入隊はなくなりました。 10月に入ると連日軽便鉄道のホームで予科練に入隊する友人を送る日が続きました。 彼らが入隊した後の教室は 三分の一ほど空席になって 空気が抜けた風船のような空ろな雰囲気に包まれていました。 幸い予科練に入隊した友人は出撃直前に終戦を迎えて 全員無事復員して再び学校に戻り 2年遅れて卒業証書を手にすることが出来ました。
陸軍予科士官学校の区隊仲間とは今日に至るまで親交が続いており 去る11月15日にも 「岡山駅前みよしの」 で夫婦同伴で19名が会食懇談して午後のひと時を楽しく過ごしました。
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