きまぐれな日々

私は、70年代末から80年代初頭にかけて、政治への関心が旺盛だったものの、思い描く方向に政治が進むどころか、その逆方向に進んでいくのに失望して、1984年頃から次第に不活性化していった人間である。

途中、90年代末から2000年にかけて、当時全盛を極めていた「グローバル・スタンダード」に対する対抗言論が勃興し始めた頃、政治への関心を取り戻した時期があったが、私の全く好まない小泉純一郎政権が異様な人気を博したのを見て、再び「世捨て人」的なスタンスに戻ってしまった。その小泉がついに自滅するかと期待し興奮した2005年の「郵政総選挙」では、解散当時誰もが予想した自民党の下野が起きるどころか、逆に、小泉自民党の圧勝を許してしまった。これはとんでもないことになると、危機感を本格的に強めたが、それでもものぐさな性格ゆえ、翌2006年4月になってようやくブログを開設した次第である。

私の手元には、小野善康著『景気と経済対策』(岩波新書、1998年)がある。見ると、レシートがはさまっていて、2000年1月4日の日付が感熱紙に印刷されている。つまり、コイズミが異常人気を博して私が政治に失望する前の年の新年早々に買ったのだった。同じ日、私はナベツネ(渡邉恒雄)の論説をまとめた『ポピュリズム批判』(博文館新社、1999年)を購入したことを覚えているが、これは「敵」が書いた本として読んだ。一方、小野善康氏の本は、考え方の指針を得ようと思って買ったのだった。もっとも、ナベツネの著書と同じ日に小野氏の著書を買っていたことは、本にはさんでいたレシートに昨日気づくまですっかり忘れていた。

この本については、当ブログの一昨年(2008年)10月3日付エントリ「ようやく『脱コイズミカイカク』を打ち出した毎日新聞の社説」で取り上げたが、この本で小野氏は、不況期にこそ財政出動をせよ、不況期の財政赤字は余剰資源の有効活用ができるからかえって好ましい、不況期に必要なのは、政府が民間では吸収し得ない余剰労働力を積極的に使って、意味のある公共財を供給することである、国債発行は将来世代の負担になるというが、この議論自体にも多くの誤りがあり、特に不況期には負担にならないなどと主張している。

さらに小野氏は、「官から民へ」というスローガン(中曽根以来の新自由主義政権が使い続けた)を痛烈に批判する。以下引用する。

 不況期には、「官から民へ」といわれ、官が介入せずに、自由に民間活力に任せよといわれる。しかし、需要が不足し、民間に活力が生まれないからこそ不況になったのであり、ただ民間活力を使えといっても使いようがない。そのため、余っている貴重な生産資源を有効活用するには、官が介入せざるを得ないのである。そのとき、官から民へと騒げば、官は何もしないことになり、失業が放置されてかえって無駄が発生する。

(小野善康 『景気と経済政策』 (岩波新書、1998年) 195頁)


「政府の借金」と「国の借金」を混同するな、国債発行によって財政赤字が累積することは、政府部門の民間に対する負債がたまっていることを意味するのだ(前掲書84頁)と、菅直人首相のブレーンたる小野氏は言っているのだが、菅首相は惨敗した参院選に向けた演説で、「日本をギリシャにしていいんですか」と有権者を脅した。こりゃダメだ、参院選では負けるだけ負けろ、と私は匙を投げた。

本来の小野理論では、不況期に景気を刺激するためには、「需要側」の考え方に立って、働くインセンティブよりも使うインセンティブを促進する方が重要だ、不況期には供給が過剰なのだから、高給取りのやる気を削ぐ最高税率の引き上げなどをやって、高給取りにはむしろやる気をなくして余暇をとってもらい、お金を使ってもらった方が良い、逆に好況期には(供給が足りなくなるから)最高税率を下げて高給取りの働くインセンティブを促進すればよい、とされている(前掲書113?116頁)。先月、読売新聞が課税最低所得の引き下げによる課税対象の拡大を行えと社説で主張したが、これにも小野氏は「低所得者から高所得者に対して、所得の再分配が行われる」と批判している(同114頁)。小野氏は「需要側」に立つケインジアンであり、読売新聞、というよりナベツネは、「供給側」に立つ新自由主義者なのである。ただ、社会正義の観点から再分配を推進せよというのではなく、景気を制御するために、「不況期には」累進性強化を行うという処方箋を提示する点が、小野氏が高福祉高負担の社会を目指す神野直彦氏と異なるところだ。

小野氏で批判されるべきは、最近のテレビ番組出演などで、「政府が雇用を創出するための財源としては所得税と消費税のどちらがよいか」と聞かれた時に、「所得税が望ましいが、消費税でも良い」と答えて、菅首相の消費税増税政策を後押ししたことだろう。実際に「日本をギリシャにするな」と叫ぶ菅首相が消費税の増税分を何に使おうとしているかは明らかだが、少なくとも「需要側の経済学」の視点から「供給側の経済学」一辺倒の自民党政府(当時)の政策(やマスコミの論調)を批判した、もともとの小野理論には見るべきものがあると思う。

問題はやはり菅首相自身にあって、ケインジアンのブレーンの思想をつまみ食いしながら、菅首相の周囲を固めている新自由主義者(民主党議員、官僚、財界人など)の気に入るような政策に換骨奪胎してしまう。最初に余分な期待を抱かせるだけ、ゴリゴリの新自由主義者よりたちが悪いと思えるほどだ。

ここ最近でいちばん失望させられたのは、菅首相が伸子夫人に対して、「中曽根康弘元首相の政権運営を参考に『本気でやり遂げたいのは、財政再建の糸口をつかむことだ』と決意していると明らかにした」らしいことだ。

このことを私は、「枝野は金持ち増税論者。小沢の方が新自由主義?+小沢との面会+菅夫人が本出版」と題された、『日本がアブナイ!』の記事で知ったのだが、菅伸子氏の著書に書かれていることらしい。

これを読んだら小野善康氏はがっくりと肩を落とすのではないかと思った。『景気と経済対策』で小野氏が批判しているのは、中曽根康弘が実行に移した、「供給側の経済学」に立脚した経済政策だったはずだからだ。

中曽根康弘に関する包括的な批判としては、『広島瀬戸内新聞ニュース』の記事「開発独裁強化とアメリカ従属深化を確定させた中曽根康弘さんの大罪」(7月22日付)と、同記事からリンクされている、同じ著者(さとうしゅういち氏)による『JanJan』掲載の記事「『民主勝利なら大混乱』と中曽根康弘さんに言われたくない ─ 彼こそが現在の格差と貧困を生み出したネオコン政治の源流である」(2009年7月6日付)をご一読されることを、読者の皆さまにおすすめする。

中道左派を出発点とした総理大臣に、「中曽根康弘元首相の政権運営を参考にする」と言わせるほど中曽根康弘の権威は絶大だし、マスコミ界ではナベツネの主張には誰も逆らえない。それではいけないのだ。

幸い、中曽根康弘も渡邉恒雄も健在だ。つまり、彼らが生きているうちに、彼らにレッドカードを突きつけ、これまでの人生において彼らが犯した誤りを反省してもらうチャンスは残っている。

中曽根康弘の目が黒いうちに「大勲位」の権威を失墜させよ。そうすれば、中曽根康弘はこれまでの人生を虚心坦懐に振り返る機会を得て、大往生を遂げることができるのではなかろうか。ナベツネについても同様である。


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『世界』で2007年に連載されていた「地域切り捨て  生きていけない現実」は、地方の苦境を調査したルポでしたが、そうなった原因として必ず出てくるのが中曽根政権下の「民活」です。
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/5/0238480.html

中曽根政権批判は、他の雑誌でも読んだ記憶があるので、これまでにも所々でなされているのでしょうが、なぜか持続して広がりを持ったり、盛り上がったりすることがないままになっていますね。

小泉改革は、この中曽根改革の延長線上にあって、さらに過激化させたものと見ていいのでしょう。現実にどのような作用を及ぼしたか、どんな影響が残っているのか。テレビではまず取り上げられそうにない。新聞ならその気になればやれそうですが。

テレビですが、コメンテーターを並べてどんな政治関連の話題でも、「改革」とか「ばらまき」とか「透明化」とか「無駄削減」とか、アイコン化した単語をつないでステロタイプなストーリーにまとめてしまうだけ。現状を伝えようという意志は最初からないようですね。一般人に共有しておいてもらいたいわかりやすい物語を広めたいだけなんでしょうね。そのほうが都合がいいんでしょう。

2010.07.23 12:01 URL | nessko #aIcUnOeo [ 編集 ]

中曽根が財政再建に成功だとでも?景気過熱させたあげく、大平以来の課題であった財政赤字を、全く削減できなかったではありませんか。

2010.07.23 16:06 URL | puyonyan #- [ 編集 ]

 菅さんが、中曽根さんをリスペクトする発言をしたのは、政策を踏襲するよりも、傍流から出て長期政権を維持した先例にあやかりたかったのと、中曽根政権を支援したハンドラーズに対して、私も同じことをやりますとメッセージを送ったのでしょう。
 若い頃の中曽根さんは、今の安倍さんも真っ青になるくらいの右翼夢想家でしたが、渡辺恒雄さんや早坂茂三さんを通じて、ハンドラーズと田中派の両方に渡りをつけ、田中派支援で総裁になり、ハンドラーズ支援で長期政権を維持しました。
 新自由主義的政策も、中曽根さんご本人の好みというより、レーガン政権傘下のジャパン・ハンドラーズと経団連の要求に従ったのでしょう。レーガン政権の政策も、ロナルドさん個人の嗜好というより、マーガレット・サッチャーさんに螺を巻かれたからでしょう。サッチャーさんは、ナンシー夫人に勝るとも劣らない凄腕のレーガン・ハンドラーでした。
 中曽根さんは政権獲得後もダブル選挙で圧勝するまでは、田中曽根の仮面をかぶって従順にしていました。それに比べて、今回の菅さんはあまりにも稚拙でしたが、おそらく、前原さんをライバルとして強く意識したのでしょう。
 もともと前原さんの方がハンドラーズとの親和性が高いので、菅さんとしては、前原さんよりもハンドラーズに従順であることを見せる必要があった。こういう絵を描いたのは、仙石さんでしょう。前原さんも「消費税増税&法人税減税」と記者会見で発言して煽りましたからね。
 「ギリシャ」という些か見当違いな刷り込みといい、菅さんは(官僚だけでなく)凌雲会にも嵌められた可能性があります。担いで落す、怖いです。

2010.07.23 16:51 URL | トホホ #/Amn5WiM [ 編集 ]

私は何よりバブルの発生について責任が大きいと思いますし、あれがなければ日本が今頃中国に抜かれるなんてこともありえなかったでしょう。これは税制改革の帰趨がどうあれ、マクロ的に明らかだと思います。

確かに知力も胆力もある政治家ですが、70年代の経済運営をつかさどった福田、大平のように経済通ではなかった。

それでも中曽根としては、自分は空前の好景気・高支持率の中で後継指名までやって退陣したのであって、バブルの後始末は後継者たちが悪いのだ、ということになるんでしょうけど(そう言われればそう言えなくもないが)。

実際日本経済の絶頂期の総理大臣ではあるので、今更責任を自覚することもないでしょうね。

中曽根が今の政界について語るのを聞いていると、自民党が下野したにも関わらず、どこか視線も温かいんですね。彼は自民党以前は野党が長かったですし、なんといっても長年の敵は社会党だったわけですから(ですから村山首班には随分反発しましたよね)、事実上保守二大政党の天下なんて、自分の子分たちの争いに他ならないのでしょう。だから、小沢や鳩山、場合によっては菅にも、自民党に対してと同じくらい、エールを送っています(こういう超然とした楽しむような視点は、小泉元首相にも感じるのですが、こちらは別の意味で自民党に愛着など持っていない人ですから、これまた当然でしょう)。

というわけで、中曽根としては国労をつぶし社会党もつぶし、社会主義にも勝って満足感に満ちた、穏やかな余生を送っているのでしょうし、きっと100歳になっても元気でしょうが、自分のやってきたことについて反省することなど絶対にないでしょう(笑)。

2010.07.23 23:10 URL | therafee #- [ 編集 ]

概ね意見には賛成です。小野さんが妥協し、また彼の理論が骨抜きにされたことが、管さんの経済政策の凄みを失わせたのは事実でしょう。

しかし、気になりました「権威を失墜させよ!」という少し乱暴な語句。当然、論議の上で社民主義的政策の有効性を多くの人に知らしめよ、ということですよね。

2010.07.24 21:39 URL | モロトフ #amXlFcx2 [ 編集 ]

剛腕が 
必死でとった 
政権を 
あっけらカンと 
落とした政経 

剛腕が 
必死でとった 
政権を 
またも自民に 
渡す魁 

野党でも 
議席命と、
政権を 
とって なんぼの、 
違い大きい 

2010.07.25 16:38 URL | トホホ #/Amn5WiM [ 編集 ]













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