きまぐれな日々

当ブログの更新頻度を落としてしばらく経つが、メリットとデメリットがある。デメリットとしては、もちろんブログのアクセス数が伸びないことだ。ブログにカウンタを取り付けている人間なら誰でも、ブログのアクセス数が気になると思うが、そうそうブログばかり書いていられない時もある。私の場合は、引用記事の紹介やメモ書きが主の『kojitakenの日記』は更新できても、こちらのメインブログはそう毎日毎日は更新できないようになったというべきか、頻繁に更新する気にならなくなったというべきか、とにかく頻度を落とした方が良いと判断したわけだ。

しばらく同じエントリがブログのトップページに居座っているメリットとして、コメント欄での議論が活発になることが挙げられる。1つのエントリに数十件のコメントがつくことも珍しくなくなった。私自身は、必ずしもコメント欄での論戦に参加するとは限らないし、コメント欄で受けた質問にも答えないことが多い。これは、以前から「コメント欄を管理人と読者との議論の場とするつもりはない」と言明している通りである。しかし、この方針は読者の方同士の議論を妨げるものではないし、それどころか私自身も論戦に参加することもある。

前のエントリにも、TYさんから、

日本がリードしている科学技術は大半が政府の補助金、援助なしに開発されました。競争力がある分野のほとんどがそうです。逆に政府の関与が大きい領域が遅れています。

と書かれたコメントをいただき、それに対して私が、

もともと競争力のあった分野が、政府の愚策によって競争力を落としていったことを批判しています。特に、太陽光発電のような電力の分野は、民間だけでどうにもなるものではありません。

と反論した。これに対して、さらにTYさんから何件かのコメントをいただいたので、それに対して私が再反論したが、詳細は前のエントリのコメント欄を参照されたい。特に、リチウムイオン電池のように、日本発の誇るべき技術分野において問題になっている安全性の確保などといった、企業の利潤追求を阻害しがちな課題(安全性を重視した設計にすると、エネルギー容量が小さくなる。JR西日本で電車のスピードを重視して安全性を軽視した結果、福知山線の事故が起きたことを想起されたい)において、政府が強い指導力を発揮することを私は期待している。そうしたことや、自然エネルギーの分野で日本がイニシアチブをとれるような政策をとることが、「大きな政府」「小さな政府」という議論を超えた「賢い政府」だという議論が、かなり前からなされているのだが、どういうわけかマスコミはこの件に不熱心で、TBSの『サンデーモーニング』では以前から金子勝が熱心に論じているけれどもそれは例外中の例外で、鳩山由紀夫首相が国連で「温室効果ガスの1990年比25%削減」の目標を明言したことが国際的に高く評価されたらマスコミは驚いたかのような報道をしていた。私に言わせれば、これこそ前々から日本に求められていた役割であって、それなのに小泉内閣以来の自民党政権は、京都議定書から脱退したブッシュJr.に追随して自然エネルギーに冷淡な姿勢をとり続け、日本の地位を落とし続けてきたのである。こういうのは、「愚かな政府」とか「無能な政府」と評するべきだろう。それを、やっとまともな方向に向かわせる政権に代わったのである。

もっとも、新政権の経済政策については、鳩山首相や藤井裕久財務相が、財務省主導の路線を走りそうな懸念がある。新政権の経済政策がどうあるべきか、というのは、政権交代を求めていた人たちの間でも意見はさまざまである。『平成海援隊Discussion』の掲示板を見ていると、「保守の理念とは?」という書き込みから、興味深い議論が展開されていた。従業員の給与所得を下げ続け、役員報酬と内部留保ばかりを増やしていき、偽装請負に平然と手を染めるなどした、ここ数年の大企業が行ってきたことが「社会悪」であることは、自公政権の政治に反対してきた人間にとって自明であるとばかり私は思っていたのだが、いわゆる「リベラル」のカテゴリーに分類される人たちの間でも、それは必ずしも合意事項にはなっていなかったのだなと驚いた次第である。私自身は、『平成海援隊Discussion』の議論においては、浮船亭田中屋さんの意見にほぼ同意するのだが、さらに付け加えると、自動車産業の場合は、トヨタなどを食物連鎖の頂点とする産業の構造において、下請け、孫請け、ひ孫請けと遡るに従って、生身の人間にかかる負担が大きくなっていることを忘れたくない。これぞ階級社会。だから、大企業の経営者の努力だけで問題はすべて解決しようはずがなく、政府の所得再分配機能が十分に発揮されなければならないと考えるのである。つまり、「小さな政府」は不可である。「小さな政府」は、かつて福祉国家に「大きな政府」というレッテルを貼って悪いイメージを与えようとする新自由主義者が好んだスローガンだが、いまや一転して「小さな政府」に悪いイメージがつき始めると、「大きな政府」「小さな政府」というのはレッテル貼りだ、と今度は新自由主義者が言い始める。賢い税金の使い方という議論は確かに重要だが、いまだに「小さな政府」論をとる新自由主義を根絶しない限り、日本社会が活力を取り戻すことはないと考える次第である。


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軸が左に偏りすぎですよ。真ん中はもう少し右です。

2009.10.13 12:26 URL | #- [ 編集 ]

↑と、唾を吐きたいだけのネトウヨが申しております。

2009.10.13 14:40 URL | てあとる☆北極の支配人 #DdiHOXp. [ 編集 ]

僕は何も知らずに想像で書きますが、ネトウヨってのは要するに『実活動を伴わない、右翼っぽいバーチャルな発言および存在』のような定義でよろしいのでしょうか。間違っていたらすみません。

2009.10.13 16:50 URL | 謎のカスパール・ハウザー #- [ 編集 ]

ネトウヨとは、社会常識、現実感、生活感のないコメントやレスでネット上を賑わしている輩の事を指す。こいつらは、自分達が、やがて駆逐されるネズミだと信じたくないので、郵便局員を利権ゴロと罵り、派遣村に集まる連中を「努力が足りない」と罵り、チュウゴク人やチョーセン人を下劣な人種と罵り、心理的に優位に立とうとしている悲しい連中。
そんなことをしても何の解決にもならないのに・・・。
そして、グローバリズムや拝金主義といった国民を苦しめる真の問題をスルーしてしまてっている・・・。
まぁ、そうせずにはいられないんでしょうが・・・。

2009.10.13 18:52 URL | 磯野かつお #- [ 編集 ]

ネトウヨさんたちは、自分たちが搾取され、あるいは踏みにじられている存在だということを認めまいと必死になっているのだろうなというのは、容易に想像がつきますね。
彼らの言動の原動力(ダジャレではない)となっているのは、彼ら自身の弱さなのでしょう。
「無知は罪」という言葉があるけれど、自分の弱さから目を逸らし続けることも、また罪なのかもしれません。
そのためだけに他者を不当に攻撃するのであればなおのことです。

2009.10.13 19:20 URL | 御姉寧 #2LG3h5II [ 編集 ]

まあ軸なんてのは結局、誰しも個人の軸に立脚して言ってるわけで、絶対的な中立意見なんて幻想だと思いますけどね。

『小さな政府』について。

これを考えるときに、どうも人によってまちまちな国家観で語られることが多いので、あくまで“私の”国家観ないし未来像に基づいての物であることをまず述べておきます。

まず、『小さな政府』では権限権力が弱まるので福祉等が行き届かないのではないか、という疑問。
に先立って、『小さな政府』というものを語る時、私は地方地域の分権=この国を支えてもらう無数の『小さな政府』を常に念頭に置いていることを述べておきます。
即ち、この日本を“中央の”『小さな政府』のみで動かしていくのではなく、地方それぞれの“多数無数の”『小さな政府』の集合体で動かしていく、いわゆる『小さな政府の連邦体』=この国の政府を考えています。(あくまで“私の『小さな政府』論”では)

もちろん中央の、また地方でもまとめ役をする『小さな政府』では個々の役割は違うようになるでしょうが、基本的にはどの『小さな政府』でも(地域・中央の差無く)対等な立場・権力を持つことが、基本条件です。(でなければ、地方地域の『小さな政府』が必要とする予算が決して中央から地方へ降りませんから)
この『連邦体』で福祉等を、それぞれの地域に合う形で自治体=『小さな政府』に仕切ってもらう。

この方がより行き届いた福祉、行政サービスが提供できると思うのです。
地方地域にはその土地それぞれの福祉行政の問題があり、『大きな政府』でそれを完全にカバーできるとは思えない。これまでのような画一的な予算の降ろし方、硬直的な福祉政策に終始してしまう危険の方が大きいのではないか?
その辺りが(福祉に関して言えば)私が『大きな政府』論に乗れない理由です。

『大きな政府』論は、これまでの行政の(また官僚の)システムを据え置いたまま、目先の政策変更で自民党から民主党へのパラダイムシフトを終わらせてしまう危険性が高い。

そんな風に私は思うのですが、どうなんでしょう?皆さまのご意見を伺いたいところです。

2009.10.14 00:14 URL | 朱の盤 #XQYq98OQ [ 編集 ]

この記事とは関係ない内容ですが、八ッ場ダムについて。
ダム周辺の村を「水没の危機から間一髪で救われた奇跡の村」として観光資源化してはいかが?

ゆくゆくは世界遺産にも登録してもらって、人類の記憶に永遠にとどめればいいと思います。

地元振興策にもなるし。
観光業はいいですよ。何も作らないし、何も壊さない。あるがままが資源になり、国際交流と相互理解の現場となる。

ダムなんか作ったって観光客が来るわけないし、来たところでゴミ捨てて帰るだけだし。

ダム中止を村おこしに活用しましょうよ。

2009.10.14 22:25 URL | naka #RNWoSxSQ [ 編集 ]

>皆さまのご意見を伺いたいところです。

私たちは、通貨発行券を持つ強くて大きい地方政府を最終的な目標としています。
その前に日本国が消滅しては困るので、日本が強くて大きな政府となって国力を回復することを望みます。小さな政府は国家を弱体化して国民を大量に殺しますから、小さな政府を支持する方々は非常に迷惑です。

強くて大きな地方政府が実現したなら、中央政府が小さくて弱い政府になっても構いません。そのときは実害が全くないからです。

(プロイセン公国が強大ならば神聖ローマ帝国が衰退してもベルリンの市民は全く困らない・・・そういう状況を想像してもらえば分かりやすいかと思います)

2009.10.14 23:57 URL | sonic #GCA3nAmE [ 編集 ]

新自由主義といえば、「ミスター年金」長妻昭が新自由主義者としての本性を現わしました。
「後期高齢者医療制度」は当面維持、自公政権が決めた「日本年金機構」も来年1月から予定通り発足するとのことです。
「障害者自立支援法」や労働者派遣法も少なくとも年内には改正の予定はなく、当面維持とのことです。
平たく言えば自公政権の政策を全て継承するということです。
野党時代には自公政権を厳しく批判していた長妻昭ですが、とんでもない政治詐欺師でした。
鳴り物入りでスタートした新政権ですが、早くも馬脚を現わしました。

2009.10.15 01:11 URL | nekonekoneko #/8nqih4Y [ 編集 ]

>sonicさん

まさしく明治以降、戦争に負けるまで大日本帝国は西洋に負けない「大きな政府」を目指し続けて国民をたくさん殺したわけですが、そういう歴史についてはどうお感じですか?

また、中央に「強くて大きな政府」を作って、それを維持しながら地方に「強くて大きな政府」を作って、さらに中央を弱体化させるというのはなんだか内乱でも起こすつもりなんだろうかと心配になるんですが、
できれば、その中央に作った「強くて大きな政府」を弱体化させるにはどうするお考えなのか、そこいらをお聞かせ願えませんか?

2009.10.15 01:21 URL | 朱の盤 #XQYq98OQ [ 編集 ]

朱の盤さん、

> まさしく明治以降、戦争に負けるまで大日本帝国は西洋に負けない「大きな政府」を目指し続けて国民をたくさん殺したわけですが

私が意図している論点はそんなところにはありません。福祉国家かレッセ・フェール(自由放任主義)かという議論をしているのであって、軍事大国を目指せなんて主張やそれをめぐる議論など、このブログでは一度もしたことがありません。そんな論点を持ち出して「大きな政府」を批判するとは、朱の盤さんは小泉や竹中の印象操作にしてやられているとしか思えません。

私はしばしば、「大きな政府」という表現では誤解を招くので、「サービスの大きな政府」と言い換えていますが、その主張が朱の盤さんに全く届いていないとは、私も文章の表現方法をもっと磨かねばなりますまい。

本当は、地方自治体がサービスの担い手の中心であるべきで、地方自治体では手に負えない部分を何とかするのが国の役割です。グリーン・ニューディールなどもそうでしょうし、道州制をとる場合は、ほっとけば拡大する州間の格差を是正するのが国の役割なります。

しかし、現在は地方自治のレベルが低くて、さとうしゅういちさんあたりがよく言う「土豪」が幅を利かせていてますから、下手に「地方分権」などをやると、地方の「土豪」やそれに支えられたゴロツキのような政治家のやりたい放題になってしまいます。たとえば、現時点で道州制が導入されれば、関西州では橋下徹関西州知事によって、州内で徹底的な新自由主義政策が実施され、大阪の中心部ばかりが栄えて奈良や和歌山の山間部は疲弊しきって、州内の格差がきわめて大きな州にしまうでしょう。テレビの取材が入った私立高校に通う女子高校生たちとの討論で、橋下が冷酷非常な言葉を浴びせかけて女子高校生らを泣かせたことを私は決して忘れませんが、橋下とはそういう男ですし、そんな橋下を大阪府民のみならず多くの関西人、いや日本人が支持しています。そんな現状で「地方分権」を推し進めたところで、そこまで日本の地方自治は成熟していないのでデメリットの方が大きく、現時点では中央政府がサービスの中心的な担い手たらざるを得ないのだと思います。悪評の高い官僚ですが、地方の土豪と比較すればよほど官僚の方が有能だし、使命感も持っているし、何より土豪ほど腐敗していませんからね。

ちなみに、渡辺喜美は橋下徹とウマが合いそうな人です。だから「みんなの党」の主張するような政策がとられても、官僚とのバトルで政権政党の政治家が疲弊するだけで、土豪たちには好きなようにされてしまい、結局何もうまくいかないと思います。平沼赳夫一派に色目を使うに至っては、ああ、渡辺喜美というのは自民党右派系のつまらない政治家に過ぎないんだなあ、と思うばかりです。

もちろん、民主党の政策は地方分権を進める方向性を持っていますし、それが本来のあるべき姿だと思いますので、究極的には、「強くて大きな地方政府が実現したなら、中央政府が小さくて弱い政府になっても構いません」というsonicさんの主張になると思います。sonicさんが、「日本が強くて大きな政府となって国力を回復することを望みます」と主張するのは、何も富国強兵を目指せ、というのではなく、日本の得意とする産業分野を力強く支援したり、強力な再分配機能を発揮して、現在の格差社会で弱っている国民の懐を暖め、国民の平和的生存権を確保することによって、80年代以前に日本が持っていた国力を取り戻せ、と主張されているのだと私は解釈しています。

2009.10.15 01:55 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

>明治以降(中略)「大きな政府」を目指し続けて国民をたくさん殺したわけです

そういう話は緊急性がありません。
後でやれば良い。

「小さな政府」は今現在、こうしている間にも国民を殺しています。
「ちいさな政府」をやめさせることは、あらゆることに優先する緊急の課題です。

そう思えないなら、小さな政府の弊害が直接及んできていない自分の状況の幸運に感謝すべきでしょう。
そして、自分が特殊な立場にいることを自覚し、隣人の苦境に目を向けて、ただちに小さな政府をやめさせるべく声をあげるのが最良です。

2009.10.15 06:56 URL | sonic #GCA3nAmE [ 編集 ]

>kojitakenさん

kojitakenさんが私のことを「小泉竹中の印象操作にしてやられている」と思うように、私の方も嫌・新自由主義者の方は「小泉竹中の負の印象によって、目眩ましをかけられている」と思うのです。
なぜなら、小泉竹中のやったことが新自由主義の全てではないからです。
まさしく、私が軍事的側面の歴史のみ捉えて「大きな政府」を批判した、それと同じことをあなた方はしている、と私には思われます。
(まあ実際的にも、経済・福祉・軍事等々、様々な組み合わせで政府は動いてるわけですから、福祉や経済を全体主義的に動かすなら、軍事や治安だってそのように動くことを警戒しなければならない、と私は思っています)

注意して欲しいのは「福祉政策を主眼においた新自由主義だってあり得る」ということです。(その内容は先に「私の『小さな政府』論」で書いた通りです)
前にも書きましたが「誰しもが望むのは締める『ところ』は絞め、助けるべき『ところ』は助ける政府である」と思っています。
「大きい」「小さい」「新自由主義か否か」のレッテルを張ることより、まずは(締める助けるの)『ところ』が一致しているか否か、それから方法論で異議があるなら議論・批判、これが政治を語る時の王道だと思うのです。

対立項を煽り立て、ワンセンテンスのフレーズでいかにもワイドショー的に政治・議論を盛り上げていこうという姿勢は、まさしく「小泉竹中的なるもの」と私には映ります。
「小泉竹中的なるもの」を憎悪するならば、そういう政治・議論姿勢をこそ慎み、言葉を尽くして説明や論議をしていくべきでしょう。
レッテル貼りやワンフレーズで政治を語るやり口は、議論として抜け落ちるものが多すぎます。

>福祉国家か『レッセフォール』(自由放任主義国家)か

それならば『大きな』『小さな』よりはよほどわかりやすい。
今後はそういう具体的な言葉で語りあいましょう。

2009.10.15 09:21 URL | 朱の盤 #XQYq98OQ [ 編集 ]

朱の盤さん、

時間がないので一点だけ。
保守本流とは、軍備にかける金を極力削って経済を重視し、日本人の得意とするところを伸ばして成功を収めた人たちでした。

2009.10.15 09:48 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

朱の盤さんに対する批判の続きです。

> まあ実際的にも、経済・福祉・軍事等々、様々な組み合わせで政府は動いてるわけですから、福祉や経済を全体主義的に動かすなら、軍事や治安だってそのように動くことを警戒しなければならない、と私は思っています

これは小泉がやったことですね。

国民に「改革に伴う痛み」を求めながら、防衛費やアメリカに対する「思いやり予算」には手をつけなかったし、アメリカの言いなりに自衛隊をイラクに派兵した。

そもそも、「小さな政府」の対義語として「全体主義」などという言葉を用いていることが、朱の盤さんがいかに骨の髄まで新自由主義に侵されているかを示しています。「小さな政府」の対義語は「全体主義」なんかじゃない。「福祉国家」ですよ。

そもそも、政府支出を縮小すれば、「締める」ことはできても、「助ける」ことなんかできやしません。金も使わずにいったい何ができるんですか。「感動した」と言ったところで、言われた方には何の利益にもなりません。

朱の盤さんが「福祉国家対自由放任主義」という視点さえ持っていなかったことには呆気にとられました。どうやら、ブログに記事を書く時には一から十まで説明し尽くさなければならないようですね。

2009.10.15 23:18 URL | kojitaken #e51DOZcs [ 編集 ]

「大きな政府」とは「福祉国家」に悪い印象を植え付けるために人為的に言い出された言葉でしょう。あたかも強大な国家権力が個人の自由な可能性を抑圧するようなイメージで。
ブッシュJr.の時代には、ことさらに中国を意識して使われていたように思えます。中国=中央集権的人権抑圧国家、アメリカ=自由な人権国家みたいな。実際に、今の中国は市民的自由も制限された上、経済は新自由主義で貧富の差も大きいという国なのですが。
自由主義経済 VS 社会主義経済=(市民的)自由主義 VS 全体主義という図式も、実在した(orしている)社会主義国家が全体主義としか言いようがないという事実もあり安易に受けいられてしまう見方ですね。

> まさしく明治以降、戦争に負けるまで大日本帝国は西洋に負けない「大きな政府」を目指し続けて国民をたくさん殺したわけですが

「『小さな政府』を標榜する超大国」アメリカは最大の戦争大国でもあります。
徴兵制はありません。そんな「大きな政府」的なものはなくても、貧困層を増大させさえすれば、入隊志願者は後を絶ちません。戦争も民営化がアメリカの現状です。
日本でも例えば北海道など他に求人が少ない地方の高校には、自衛隊が積極的にリクルートをしかけているようです。

戦前の日本も徴兵制で兵士として駆りだされた人たちに加えて、国内では食べていけない貧しい人々が満蒙開拓団として中国侵略に利用され、その多くは悲惨な運命をたどりました。

「大きく」ても「小さく」ても弱者が犠牲になる結果は同じで、そんな政府はいりません。

2009.10.16 00:59 URL | ぽむ #mQop/nM. [ 編集 ]

小泉が本当にチグハグな政策をやってたことは確かで、私は彼が新自由主義であったかどうかすら、怪しいと思ってます。
私から見れば、彼は自分のいいかげんな無手勝流にもっともらしい背骨をつけるために「新自由主義」の名前を利用しただけのように思えますね。
(そして日本における共同体全体の崩壊に危機感をもっている人々が、『個の自立』がこれ以上進んでさらなる共同体の崩壊をもたらすことを恐れるあまり、新自由主義に間違った認識を植え付けようと「小泉=新自由主義者」論を利用しているだけのように思える)
小泉が本当の新自由主義者なら、自分の家(職業?)を守るために子供に自分の後を継がせるなど、考えづらいんです。本来の新自由主義の観点から言えば。

小泉を新自由主義者と捉える、その視点こそが、ただ単に新自由主義について不勉強なのか、
新自由主義=個の自立・確立を恐れる「日本型共同体=ムラの原理」に重きを置く人たちに目眩ましをかけられている証拠ですね。私から言わせれば。

竹中はそれに較べればまだしも新自由主義者らしいと言えるかもわかりませんが、私欲に走り過ぎです。
新自由主義者は(共同体の成立・維持よりも)個の自立を最善に考えるあまり、私利私欲を優先させてしまう人間が多いのも事実なんですが、
上は国家から下は一般家庭まで、各共同体が崩れかけているこの日本の状況で、個の自立の方法・手段をいかに社会的に確立させるかということは、考慮に入れないわけにはいかないので、
多少腐った人間が混じっていても、新自由主義=個の自立の確立の道を取らざるを得ない状況であるというのが、この日本の実際的危機的状況なのでは?と私は考えます。

そして腐った(私利私欲を優先させる)新自由主義者と一線を画すためには、公共の福祉を第一に考える、そのための放任主義にならない個の自立・確立の道を考える新自由主義を確立させる、これが必要である、と私は思っています。


最後、私自身は確かに「福祉国家VS自由放任主義」の視点をkojitakenさんが持っていることに、恥ずかしながら全くブログの文章から気づけなかったもので、今後は一から十まで説明を尽くしていただけるとのお答え、うれしい限りです。

2009.10.16 01:30 URL | 朱の盤 #XQYq98OQ [ 編集 ]

私はかなりの少数意見ですが、小泉・竹中路線は新自由主義政策ですらないと考える立場です。

彼らのやったことは徹底的な規制緩和と 超緊縮財政です。

アメリカ、イギリスのやられた政策との決定的な違いは大幅な減税をしていないことです。

個人消費(もしくは、実質所得を上げる政策)を促さない政策は全く無意味です。

確信を持って断言できるのは、日本は必然的に福祉国家に移行せざるを得ないことです。

高い税金を払う対価してあらゆるサービスを無料もしくは低料金にしないと、国民は暮らせなくなります。

これを達成する為には広範な世代の就労実現と高い納税率が必要です。

国民は馬鹿ではありません。対価に見合う税金は払います。

自称新自由主義者の方々には、『今利用しているサービスが切り捨てられて困らないのか』と問いたいですね。

市場原理でうまくいく分野はルールを作り監視すれば済みますが、市場原理ではうまくいかない分野は、公的サービスを拡充させないと困るのは我々ではないでしょうか。

2009.10.16 01:45 URL | 葉隠 #CRmGiUQU [ 編集 ]













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