FC2ブログ

きまぐれな日々

 最近は月1回の更新になってしまったこのブログだが、今日(4月16日)でブログ開設からまる12年になり、本エントリで1500番目の記事になる(但し公開後に削除した欠番が14件ある)。最初の記事は2006年4月9日付だが、書き始めて1週間後の4月16日に公開した。

 これを機に、今後のこのブログについての心づもりを書いておくと、このまままばらな更新をしばらく続けたあと、記事番号1515番、つまり本エントリのあと15番目のエントリを最後の記事にして、更新を停止しようと思っている。理由はまあ気力と体力の限界と言っておこうか。

 せめてそれまでに安倍政権が倒れてくれるのを願うばかりだ。開設時の記事は安倍晋三どころか政治とは何の関係もないが、それはウォーミングアップに過ぎず、いつかタイミングを見て安倍晋三批判を始めようと思っていた。当時、ライブドア事件への関与が疑われながら、前原誠司が代表を務めていた頃の民主党が犯した「偽メール事件」の大失策によって、阻止できるだろうと思っていた安倍晋三の総理大臣就任が実現してしまいそうな情勢だったが、それが我慢ならなくなって、やっと重い腰を上げたのだった。

 それから12年。安倍晋三はいったんは総理大臣になったものの、その1年後には惨めな政権投げ出しに終わった。そこまでは良かった。しかし、そのあとがいけなかった。民主党への政権交代は実現したものの、民主党政権は党内抗争が国民に呆れられて自滅し、安倍晋三が政権の座に返り咲いた。そして今度は悪夢のような独裁政治を5年以上も続けている。

 本ブログ運営で大きな躓きになったのは、2011年4月のFC2のサーバートラブルだった。それは東日本大震災と東電原発事故の翌月に起きた。それも全部のサーバーだけではなく、本ブログが利用している "blog63" だけだったかほかの一部のサーバーにもトラブルがあったかは忘れたが、FC2の中でもごく一部のブログだけが被害を蒙った。FC2の対応も良くなく、それでなくても前年の2010年には既にこのブログとはてなに開設している『kojitakenの日記』のアクセス数がほぼ同じくらいなっていたので、サーバートラブル後は徐々に重心をはてなの方に移していった。

 以後、本ブログの公開頻度もアクセス数も年々減少して今に至るのだが、実を言えば数年前から着地点を模索していた。しかし安倍晋三の悪政が延々と続いている時にブログを閉じる気にはならず、せめて記事番号1500番までは続けようと思っていた。1500番が近づいてくると、削除した14件を除いて生きている記事が1500件を超えたら更新を止めようと思い直した。1515番目の記事で、生きている記事が1501件になる。

 そうこうしてるうちに、「一強」と言われた安倍政権が揺らいできた。世論調査に見られる支持率は、おかしいものをおかしいと思う能力を失った3分の1ほどの日本国民の支持がすっかり「岩盤化」してしまったためなかなか下落しないのだが、昨日(4/15)のTBSテレビ「サンデーモーニング」で田中秀征が言っていた通り「統治機構が溶解」してしまっている。

 2012年に戦後日本の「崩壊の時代」の始まりを予言したのは坂野潤治だったが、「二度目は笑劇として繰り返される歴史」は、固体が粉々に砕ける崩壊というより、溶けてしまう「溶解」の方が実感に合うかもしれない。「ようかい」という言葉は、安倍晋三の母方の祖父・岸信介を形容するのに用いられた「妖怪」に通じるものがある。あるいは今は「妖怪の時代」というべきかもしれない。

 先週は「愛媛文書」が話題になったが、愛媛県知事の中村時広(日本新党・新進党の衆院議員を1期務めた)は愛媛県の職員を守る発言をしたが、これが組織の長の普通のあり方だ。しかるに、安倍晋三は官僚に責任を押しつけて逃げ回りながら厚顔無恥にも「膿を出す」などと口にする。モラルもへったくれもない。膿は安倍自身じゃないか、と思わない人がいる方が私には信じられないのだが、安倍内閣支持率は未だに3割前後を保っている。こんな現状には「崩壊の時代」よりも「妖怪の時代」という方が適切ではなかろうか。

 せめて、あと15件の記事を公開するまでに、「妖怪」の「溶解」、すなわち安倍政権の終わりが実現しますように。
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