きまぐれな日々

 平昌冬季五輪が終わった。振り返ると、子どもの頃はテレビの五輪中継に熱中していたが(特に1972年の札幌冬季五輪)、年々五輪への興味が減退してきて、今回は競技の生中継を見たのは女子ジャンプで最後の2人、銀メダルを獲ったアルトハウス選手(ドイツ)と金メダルのルンビ選手(ノルウェー)のジャンプを見ただけだった(本当は高梨沙羅選手の2回目のジャンプを見ようと思ってテレビをつけたのだが、飛び終えた直後だった)。

 しかし、8年前、2010年のバンクーバー五輪直前に放送された報道ステーションの特集が今も印象に残る小平奈緒選手のスピードスケート女子500mの金メダルは良かった。銀メダルの韓国・李相花選手との友情は、今大会でもっとも印象的なシーンとの世評が高い。前記2010年の報ステの特集でも、小平選手は「三ヶ国語で、韓国語と中国語と日本語で、調子いいねとか言い合ったりして」中国や韓国の選手とエールを交換していることが紹介されていたが、最近では中国のメディアから「中国語力」を絶賛されているとの記事もある。

 一時は開会式の出席に難色を示していた安倍晋三とはあまりにも好対照だが、その安倍は小平選手の金メダル獲得が決まるや否や、さっそく「首相官邸」のTwitterのサイトから、日の丸の旗を2本も手にして自らの馬鹿面を晒した気持ちの悪いツイートを発した(下記URL=閲覧注意)。
https://twitter.com/kantei/status/965206781700931584

 小平選手の優勝を称えるツイートなのに、安倍はなぜか小平選手の画像ではなく、自らの馬鹿面の画像を晒した。海外の首脳にも五輪で好成績を残した自国代表選手を称えるツイートを発信した人は多いが、彼らは皆一様に選手の画像を添付していた。しかし、2016年のリオデジャネイロ五輪の閉会式で、マリオブラザーズのマリオに扮する売名行為を平然と行った安倍は、今回も厚顔無恥の挙に出た(さすがにこのツイートを批判されたあとに金メダルを獲った選手を称えるツイートでは選手の画像を添付したようだが)。

 しかし、小平選手のような選手が政権の宣伝に狙われ易いのは間違いないだろうし、だからこそ官邸(安倍)は小平選手に国民栄誉賞を授与しようと画策しているようだ。実際、スポーツ界の体質から言って、また橋本聖子の悪例を思い出しても、小平選手が安倍政権や自民党に将来ともなびかないとは残念ながら断言できない。小平選手が誤りを犯さないことを願うばかりだ。

 以上は長くなったが前振りでここからが本論。安倍は冬季五輪のタイミングに「働き方改革」の法案の審議をぶつけてきて、人々が五輪にかまけている隙にさっさと成立させて、春からはいよいよ安倍長年の野望である改憲に向けて全力を傾注するつもりだったに違いない。しかし、国会の答弁で安倍が、裁量労働制下で働く人の労働時間が一般労働者と比較して短いとのデータが出ているかのような虚偽答弁を行ったことが問題化し、報道でも連日取り上げられるようになった。

 既に安倍は答弁の撤回と謝罪を行っているが、それでも法案は成立させるとかいうわけのわからないことを言っている。これも問題だが、そもそも裁量労働制の問題が国民の間でほとんど知られていないように見受けられる。これが現時点で最大の問題だ。

 たとえば、内田樹の人脈に属する小田嶋隆などは、「一介の労働者に過ぎない多くの日本人が、なぜなのか、国策や日本経済を語る段になると「経営者目線」で自分たちの暮らしている社会を上から分析しにかかっている」などとしたり顔で論評しているが、この小田嶋の仮説は正しくないと私は思う。そうではなく、単に世の人々が裁量労働制の問題点を知らないだけだ。私はもう四半世紀前の1993年、その頃は経団連の中核をなす大企業に勤務していたのだが、実際に半年間だけ裁量労働制下で働いた経験があるからわかる。

 たとえば、昨日(2/25)放送されたTBSの「サンデーモーニング」を見ていても、コメンテーターは誰もわかってないなあと思った。テレビでは初めて見た朝日新聞の高橋純子記者は、「人の命がかかっている大事な法案なのに何故急いでやらなければならないのか。しかも裏付けとなるデータが不適切だったと分かったのだから顔を洗って出直してもらうしかない」とコメントした。仰ることはその通りだが、高橋記者も法案の問題点そのものは指摘しなかった。そこにぬるさを感じた。関口宏はもっとダメで、裁量労働制について「いいところもあるけど問題もある」みたいな言い方だったし、サッカーが専門の中西哲生に至っては論外で、「データは不適切だが、野党は鬼の首を取ったように色んなことを言ってる。大事なことは裁量労働制を良いものにし働き方を良くし日本を良くすること。いつも対立構図にする野党に違和感を感じる」と抜かしていた。これまでは中西に右翼のイメージはほとんどなかったが、時流に迎合して野党攻撃を始めるべく「転向」したのかもしれない。事実、中西は早速ネトウヨの絶賛を受けている。

 いずれにせよ、ぬるい高橋純子の発言、輪をかけてぬるい関口宏の発言と続いたあと、野党を攻撃して間接的に安倍政権を援護射撃する中西哲生の論外の発言に接して、「リベラル」のはずのこの番組でもこの程度か、やはり裁量労働制の問題は全然知られていないんだあと長嘆息したのだった。

 裁量労働制については、遠い昔の四半世紀前に半年だけ経験した私のような人間ではなく、最近裁量労働制を経験した方による下記のブログ記事にリンクを張っておく。『脱社畜ブログ』の2月24日のエントリ「裁量労働制になったら、働き方は何も変わらずに残業代だけ減った話」だが、このタイトルは四半世紀前の私の経験そのものだ。
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2018/02/24/155303

 以下が今回の記事の核心部になる。今回、私が一番感心したのは、『kojitakenの日記』でも紹介した今野晴貴氏の一連(4件)のツイートだ。

 この中では、4件目にあたる下記ツイート(下記URL)が多くリツイートされているようだ。以下引用する。
https://twitter.com/konno_haruki/status/966590331197116416

裁量労働性の規制緩和「対岸の火事」だと思っている方も多いと思うが、財界は以前から、ホワイトカラーの大半に適用できるようにすべきだと主張している。裁量労働性が全面規制緩和されれば、ブラック企業の「使い潰し」がますます加速し、歯止めがかからなくなるだろう。もちろん、過労死も増加する。


 私が感心したのは、今野氏が2件目のツイート(下記URL)で1994年に出された日経連(当時)の要求を紹介していたことだ。再び引用する。
https://twitter.com/konno_haruki/status/966589732497997824

1994年に法改正を要求して出された旧日経連の「裁量労働制の見直しについて(意見)」では、「就業者全体のほぼ半数に達している。こうしたホワイトカラーの相当部分は、自己の判断で職務を行う「裁量労働者」である」としている。つまりは、ほとんどの労働者が「裁量労働」にすべきだということだ。


 当時の日経連ですぐ思い出されるのが、1995年に出された「新時代の『日本的経営』」だが、これらはいずれも90年代前半のバブル経済崩壊を受けて始まった流れだ。

 つまり、バブル経済の崩壊によって、企業がそれまでのように利益を上げられなくなったため、労働者の賃金を下げようと画策した。裁量労働制はその一つの手段だ。日経連が法改正を要求して意見書を出したのは今野氏が指摘するように1994年だが、実際には各企業において裁量労働制を導入する試みはその少し前から始まっていた。現に私が裁量労働制下で働いたのは1993年だ。

 当時、多くの企業で人事制度の見直しが行われ、成果主義が謳われたりしたが、特に成果主義に力を入れた富士通で、人事制度改革が大失敗に終わったばかりか、赤字を出しても当時の富士通社長・秋草直之が居座るばかりか、「業績が悪いのは従業員が働かないからだ」(2001年)と暴言を吐くなどの破廉恥な振る舞いに出て(つまり、秋草自身には成果主義は適用されなかったわけだ!)、世の指弾と失笑を買った。しかし現在はその当時よりもさらに問題は深刻で、当時の富士通よりもさらに悪質な、いわゆる「ブラック企業」が日本中にはびこっている。

 しかし、バブル崩壊に先立つ1980年代の「労働界の右翼的再編」の悪弊もあって、賃下げを強行する使用者に対して労働者はなすすべなしの状態が長年続いた。その結果が日本経済の没落だ。安倍晋三が入れ込んだものの平昌五輪で赤恥を晒した「下町ボブスレー」は日本のものづくりの現状を象徴している。

 その没落の進行をさらに早め、労働者を窮乏と過労死に追い込む制度、それが裁量労働制だ。「定額働かせ放題」とは、この制度の本質をぴたり言い当てた適切な言葉といえる。この制度は、バブル崩壊後の日本を長期低落させた悪しき労働政策を、適用業種を広げることによってさらに広めようとするものであって、絶対に成立させてはならない論外の法案だ。まだ国会に法案が提出されていない現段階においては、法案の提出を許さない闘いが、野党にも労働界にも強く求められる。また、「リベラル」が(小田嶋隆のように)「法案は、間違いなく成立する。」などとほざいて諦めムードを醸成させることは断じて許されない。

 なお、2006〜07年のホワイトカラーエグゼンプション(WCE)に続いて今回の裁量労働制と、安倍政権が他の政権よりもとりわけ使用者側に立った労働政策を法制化することに熱心なのは、この政権が「経産省政権」と言われていることと深い関係があるとみるべきだろう。おそらく安倍晋三自身は改憲には熱心であっても労働政策にはさして関心があるとは思われないので、経産官僚と大企業経営陣の思惑通りに亡国の法案が導入されようとしているのが現状だ。

 それにしても、バブル崩壊直後に始められ、日本経済を長期低落させてきた悪しき労働政策の流れが、四半世紀以上経った今も惰性で続いているとは、人の世に働く惰性力の強さ、恐ろしさを改めて痛感する。1993年当時には若手社員だった私も、その後二度の転職を経てもう初老だが、私よりもはるか若くて将来性のある人たちが今後裁量労働制下で苦しめられるのは絶対に看過できない。そう強く思う。

 最後に、『広島瀬戸内新聞ニュース』の昨日(2/25)の記事(下記URL)を引用して終わる。短く簡潔な記事だが、本当にその通りだと強く思った。
https://hiroseto.exblog.jp/27102781/

「働き方改革」関連法案は、これは提出そのものを断念させるしかないですね。
その一言に尽きます。
ハッキリ言ってしまうと、労働組合も野党も、この法案を通してしまえば鼎の軽重を問われます。
日本中の職場は大変なことになる。裁量労働制そのものが、経営側から出てきた発想であるということをきちんと思い起こさないといけません。

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 平昌冬季五輪が開幕したが、五輪に合わせて韓国と北朝鮮の合同チームが結成されるなど、南北対話の機運が高まっている。

 大いに結構なことだとしか私には思えないのだが、不思議なのは日本のマスメディアで、いわゆる「保守メディア」(実際には産経やNHKなど、もはや右翼メディアあるいは国策メディアとしかいいようがない)ばかりか、朝日新聞を筆頭とする「リベラル」系メディアまでもが、今年初め頃から南北の接近や対話に「警戒」する報道ばかりを行っている。日本の「リベラル」メディアは、昔から朝日新聞の腰が砕けると総崩れになる悪弊があるが、たとえば最近の毎日新聞やTBSやテレビ朝日などからは「惨状」という言葉しか思い浮かばない。毎週見ているTBSの日曜朝の番組『サンデーモーニング』も右翼的なコメンテーターが占める比率が増え、司会の関口宏も彼らに迎合するなど、番組の内容が大きく右傾化している。

 まさに安倍晋三の「メディア征圧」完了せり、の観があるが、何よりもひどいのはその安倍を筆頭とする日本の右翼政治家たちの言動であって、たとえば安倍は平昌五輪の開会式への出席を渋ったし、再来年の五輪開催都市であるはずの東京都知事・小池百合子に至っては開会式に出席しなかった。

 思えば、この小池が政権奪取の野望に燃え、昨年の日本の政治を攪乱した。小池が選挙戦中だけ代表を務めた「日本ファーストの会」は昨年夏の都議選に圧勝したが、小池が国政に進出しようとして結成した「希望の党」は野党第一党の民進党の分裂を引き起こしたあげくに惨敗し、以後「安倍一強」体制はますます強まったのだった。

 その過程において、「リベラル」の一部はあろうことか小池百合子に「打倒安倍」の夢を託した。マスメディアでは、「民進党は『野党共闘』で左に寄りすぎたから支持を失ったのだ。だから『真ん中』の小池都知事が支持されるのだ」などという誤った認識が平然と流布していた。毎日新聞の与良正男が署名記事で上記の主張を平然と書いたことを知った時、私は唖然として、日本の「リベラル」はもうどうしようもないところにまできてしまったと思った。「リベラル」系大新聞の幹部記者がこのていたらくだから、市井の「リベラル」(実質的には都会保守)のブロガーが「小池都知事と民進党と公明党にちょっとワクワク」してしまったのも無理はなかったかもしれない。

 ともあれ、そんな「百合子の野望」が、「今なら勝てる」と理不尽な衆院解散に踏み切った安倍晋三によって木っ端微塵に砕け散って以来、「リベラル」系メディアは茫然自失の醜態を呈しているように私には見える。その表れが、安倍晋三やその政権に対して言うべきことを何も言えない現在の惨状がある。

 たとえばしぶしぶ平昌五輪の開会式に出席した安倍は、韓国の文在寅大統領と会談してとんでもない内政干渉をやらかし、文大統領の不興を買った。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO2679165010022018EA3000/

韓国大統領、安倍首相に不快感 五輪後の米韓演習要請

 【平昌=恩地洋介】9日に韓国の平昌で開いた日韓首脳会談で、安倍晋三首相が文在寅(ムン・ジェイン)大統領に米韓合同軍事演習を冬季五輪後に予定通り実施するよう求め、文氏が不快感を示していたことが分かった。韓国大統領府と日本政府双方の関係者が明らかにした。

 首相は会談で、北朝鮮への対応を巡って文氏に「五輪後が正念場だ。米韓合同軍事演習を延期する段階ではない。演習は予定通り進めることが重要だ」と語った。これに文氏は「韓国の主権の問題であり、内政に関する問題だ。首相がこの問題を直接取り上げるのは困る」と答えたという。

 会談では北朝鮮への対応を巡る両首脳の温度差が浮き彫りとなった。日本側によると首相は文氏を「北朝鮮のほほ笑み外交に目を奪われてはならない。対話のための対話では意味がない」などとけん制。一方、韓国側の説明によると文氏は「日本も積極的に対話に乗り出すことを願う」と語っていた。

(日本経済新聞 2018/2/10 20:41)


 本来こんな件は、「文氏が不快感を示していたことが分かった」などと「客観報道」スタイルで書くことではなく、日本のメディアが日本国首相・安倍晋三による内政干渉を指摘し、安倍を批判しなければならないはずだ。だが、たとえば毎日新聞などは、文大統領と安倍の会談より以前の8日付の記事ではあるが、「対北朝鮮 日米、韓国へ結束求め 「ほほ笑み外交」警戒 安倍首相・ペンス副大統領」などという見出しをつけて、アベさまにひれ伏している。開いた口がふさがらない。

 報道だけではなくアカデミズムの世界もひどい。現在世間を騒がせているのは、東京大学に籍を置く三浦瑠麗なる「国際政治学者」だが、この三浦が11日にフジテレビの「ワイドナショー」なるワイドショーに出演し、下記のトンデモ発言を行った。以下ハフィントンポスト日本版の記事から引用する。
http://www.huffingtonpost.jp/2018/02/12/ruri-miura_a_23359021/

(前略)番組は、核・ミサイル開発問題でアメリカや韓国、日本と対立し続ける北朝鮮が選手団を派遣したことで、オリンピックが政治外交の舞台になっているなどと紹介した。

そうした流れの中で、三浦氏は朝鮮半島における安全保障問題に触れ、戦争によって北朝鮮の指導者・金正恩氏が死亡した場合、ソウルや東京、大阪に潜む北朝鮮のテロリストたちが活動し始めると指摘。中でも大阪について「今ちょっとやばいって言われていて」などと、潜伏者が多数いるとも受け取れる発言をした。

番組でのやり取りは次の通り(敬称略)。

三浦 もし、アメリカが北朝鮮に核を使ったら、アメリカは大丈夫でもわれわれは反撃されそうじゃないですか。実際に戦争が始まったら、テロリストが仮に金正恩さんが殺されても、スリーパーセルと言われて、もう指導者が死んだっていうのがわかったら、もう一切外部との連絡を断って都市で動き始める、スリーパーセルっていうのが活動すると言われているんですよ。

東野 普段眠っている、暗殺部隊みたいな?

三浦 テロリスト分子がいるわけですよ。それがソウルでも、東京でも、もちろん大阪でも。今ちょっと大阪やばいって言われていて。

松本 潜んでるってことですか?

三浦 潜んでます。というのは、いざと言うときに最後のバックアップなんですよ。

三浦 そうしたら、首都攻撃するよりかは、他の大都市が狙われる可能性もあるので、東京じゃないからっていうふうに安心はできない、というのがあるので、正直われわれとしては核だろうがなんだろうが、戦争してほしくないんですよ。アメリカに。

こうした三浦氏の発言に対し、Twitterを中心に反発の声が上がった。「根拠を示すべき」「根拠がない」と発言内容の信憑性を疑う投稿が相次いだ。また、三浦氏が直接在日コリアンに言及する場面はなかったが、大阪には在日コリアンが多く暮らすことから、彼らに対する差別や偏見を助長するなどと指摘するツイートもあった。(後略)

(ハフィントンポスト日本版 2018年02月12日 18時47分 JST)


 こんなのが東大のセンセイ(講師)だというのだから、日本のアカデミズムの劣化には目も当てられない。もっとも日本の「リベラル」は、そんな東大が排出した右翼学者・西部邁が自殺した時、西部の核武装論を棚に上げて西部の冥福を祈りまくったていたらくだから問題外もいいところだが。

 かくして安倍晋三は一強体制で「わが世の春」を謳歌しているが、そんな安倍政権が長年続き、アベさまを賛美するネトウヨが「日本スゴイ」を連呼しているうちに、「スゴイ」はずの日本の町工場がとんだ失態を晒した。それが「下町ボブスレー」が平昌五輪のジャマイカチームに採用を取り消された一件だ。これについては下記記事にリンクを張っておく。『kojitakenの日記』では同じ件に関するリテラの記事を紹介したが、リテラよりこちらの記事の方が良い。「下町ボブスレーという安倍晋三案件について」と題された2月11日付のはてなブログの記事(下記URL)だ。
http://www.po-jama-people.info/entry/2018/02/11/120732

 「下町のスゴイ工場」とは名ばかりで、実際には大企業の系列会社や東大のセンセイが名を連ね、安倍晋三は第2次内閣発足直後の2013年の施政方針演説で早くも「下町ボブスレー」を取り上げ(このことから、同社の経営者が不遇時代の安倍晋三を応援するゴリゴリの右翼人士であることが容易に推測される)、以後安倍と経産省の肝煎りで進められたプロジェクトだ。しかしその成果はといえば、ソチ五輪でも平昌五輪でも日本チームに採用してもらえず、やむなくジャマイカに(上から目線で)押しつけたものの、ラトビア製の正真正銘の「下町の工場」の製品に敗れるや、フジテレビなどの右翼メディアが、ジャマイカには契約の概念がないのか、と煽り、ネトウヨはジャマイカ非難の大合唱を繰り広げた。それがこれまでの経緯だ。

 これほどの「国辱」はあったものではあるまい。この件が示すのは、日本の技術力の低下というよりは日本の政治の劣化だ。技術や品質の優劣より、アベさまとの距離の遠近によって予算が傾斜配分される。こんな理不尽な話はない。

 第2次安倍内閣発足で戦後日本の「崩壊の時代」が始まったと言ったのは坂野潤治だが、その「崩壊」とは何も戦争に負けるなどといった劇的な出来事によってではなく、「下町ボブスレー」のような喜劇的な出来事の積み重ねで徐々に衰退していく形で崩壊していくものなのだろう。それを食い止めるのは、まず安倍政権を倒さなければならないが、現在の日本国民からはもはやその気力は失われつつあるようだ。