年の半ば、共謀罪法案と森友・加計問題で批判を浴びた安倍は、7月の都議選で自民党が大敗を喫したこともあって政権支持率が毎日新聞の調査で26%にまで落ちたが、その後V字回復した。
安倍が生き延びた理由として、少なからぬ政権批判派が愚かにも「期待」なり「ワクワク」なりしてしまった小池百合子(私がこの政治家を肯定的に評価したことは一度もない)がその正体を露呈したため、「政権批判票」が(一部は立憲民主党に流れたものの)「行き場を失った」とか「自民党に回帰した」などというバカバカしい解釈も可能だし、それは全くの的外れでもないとは思う。
しかし、何よりも良くなかったのは、早々と通常国会を閉めて議論さえなくしてしまえば批判を浴びないし、批判を浴びなければ内閣支持率も下がらないだろうとの安倍の思惑通りに世論が動いてしまったことだ。
この悪影響は測り知れない。実際、安倍は要人を私邸に呼んで政治を行うようになったと言われている。これを「政党政治の崩壊」と私は位置づけている。
戦前には軍部の影響力が強くなり、政党は軍部に屈従して政党政治が崩壊したが、現在は安倍の影響力が強くなり、政党は安倍に屈従して政党政治が崩壊しつつある。
こう書くと、野党、特に共産党は安倍に屈従などしていないぞ、との反論を受けるだろう。
安倍に屈従はしなかった。それはその通りだ。
しかし、安倍と同様の極右独裁者である小池百合子に対してはどうだったか。「是々非々」とか言って半分屈従していたのではなかったか。
民進党に至っては、党が小池系の希望の党と非小池系の立憲民主党に割れた。しかも選挙のなかった参院議員と希望にも立民にも行かなかった衆院議員による民進党も残っている。
立憲民主党が本当に「非小池系」(好ましくは「反小池系」)であれば良いのだが、昨年小池百合子にすり寄った蓮舫が立民入りを希望している。こんなのや山尾志桜里や(まさかとは思うが)原口一博なんかを入党させてしまえば、もはや分裂前の民進党からわずかに極右の連中(長島昭久、細野豪志、前原誠司、松原仁ら)を除いただけの政党に逆戻りするだけだろう。
そんなことでは、事実上失われてしまったも同然の「政党政治」を「取り戻す」ことはできないと思うのだ。
来年、2018年は、安倍の野望である改憲を阻止するとともに、政党政治を取り戻す年にしなければならない。
このブログはもう少しだけ続けます。それでは皆様、良いお年を。
衆院選後、私が見に行くブログやTwitterの多くで更新がまばらになっている。京都府立大学名誉教授・広原盛明氏が11月30日に書いたブログ記事(下記URL)の冒頭の文章がその理由を書いているが、強く共感させられた。
http://d.hatena.ne.jp/hiroharablog/20171130/1511997548
総選挙が終わってからというものは、社会や政治を取り巻く空気がどす黒く澱んでいるように思えて仕方がない。息苦しいというか、重苦しいというか、諦めとも無力感とも付かないどんよりとした空気が上から下まで覆っている感じなのだ。深呼吸しようにも力が湧いてこず、低肺活量のままで息切れしそうな気さえする始末。こんなことでは駄目だと気を奮い起こしても、いつの間にかまたもとの状態に戻ってしまう。いったいどうすればいいのか。
こんなことは個人的状況なら体調不良やスランプなどと思ってやり過ごせるかもしれないが、社会状況や政治状況ともなるとそうはいかない。自分の受け止め方に問題があるのか、それとも周辺状況そのものに問題があるのか、原因を突き止めなければ納得がいかないのだ。そんな鬱々とした気分でここ1週間ほどは過ごしてきたが、自分の気持ちに決着をつけるためにも(主観的であれ)考えを一応整理してみたい。
総選挙前の一種の興奮状態が過ぎていま思うことは、今度の総選挙はいったいなんだったのかということだ。結局は「何も変わらなかった」との徒労感だけしか残らない。(後略)
(『広原盛明のつれづれ日記』 2017年11月30日付記事「この総選挙はいったいなんだったのか、総選挙後に広がる野党状況の異変、立憲民主を軸とした新野党共闘は成立するか(6)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その93)」より)
結局安倍政権が続くのかよ、大山鳴動して鼠ならぬ緑の狸一匹の化けの皮が剥がれただけじゃないか、というのが多くの人たちの思いだろう。
結局、今年の政治シーンの収穫は、いくつかの幻想、主にマスメディアによって作られた(捏造された)虚像がぶっ壊されたことだけだったように思われる。
それでも、昨年の今頃と比較すればまだ少しはマシだろうとは思う。
昨年の今頃には、多くの「リベラル」たちが小池百合子に「ワクワク」していた。また、安倍昭恵が「家庭内野党」であるかのような虚像を受け入れる「リベラル」たちも少なくなかった。さらに、右翼方面に目を転じると、稲田朋美が「次期総理大臣候補」であるかのように思われていた。
これらの幻想ないし虚像はすべて破壊された。安倍昭恵はベルギーから何を顕彰されたのかわからないが何やら勲章を授けられた席上で、目に涙を浮かべながら厚顔無恥にも「つらい一年だった」などと被害者意識むき出しの妄言を発したが、安倍昭恵に同情する人などほとんどいなかった。
衆院選では希望の党が惨敗したことが、皮肉にも今後の政治に対する最大の「希望」となった。同等の惨敗によって保守二大政党制の実現不可能性がはっきり示されたからだ。
衆院選後、同党の政党支持率はさらに低下し、JNNの世論調査では政党支持率1.0%となり、衆院議員が左右に分かれて参院議員だけが残っている民進党の支持率(1.1%)と同レベルになった。早くも小池百合子は泥舟だか棺桶だかから片足を抜き去る卑劣な行動に出ている。その無責任さにおいて安倍晋三も橋下徹も小池には敵わないだろう。これほど低劣な「政治家」は見たこともない。
思えば、今年の正月には、日本共産党の板橋区選出都議・徳留道信が小池百合子に媚びへつらう「新年の挨拶」を発するという最悪の出来事で幕を開けた。徳留は7月の都議選に当選したが、この都議選で党勢を伸ばした共産党は選挙戦中に朝日新聞のアンケートにあった小池都政への評価に関する質問に、全候補者が「ある程度評価する」と答えていた。当然ながら都民ファースト同様、「上からの指示」によって回答が決められていたのだろう。
「リベラル」も「リベラル」で、春の千代田区長選で小池が推した老害の多選区長が圧勝した時に歓呼の記事を書いたブロガーがいた。このブロガーは小池に「ワクワク」していた例の御仁だが、この人はもっともひどかった頃には「最近はテレビ(のワイドショー)の応援が下火のように思われて不満だ。もっと小池都知事を応援してほしい」という意味のことを平然とブログに書いていた。
こうした、共産党や民進党支持系「リベラル」に蔓延した「小池翼賛」の機運が、衆院選を前にした前原誠司一派の妄動たる「希望の党」なる一大張りぼて政党を生み出したのだ。
結局この張りぼて政党の正体を露呈させたのは、「今なら勝てる」と奇襲の衆院解散・総選挙に打って出た安倍晋三だった。
安倍の狙い通り自公与党だけで議席の3分の2を超える圧勝をおさめたが、安倍が改憲のパートナーと期待していた希望の党ばかりか、日本維新の会まで惨敗したために、安倍にとっては「めでたさも中くらいなり」の選挙結果だったに違いない。
結局小池百合子や前原誠司・細野豪志らに排除された人たちが枝野幸男を党首に戴いて集まった立憲民主党が野党第一党になった。
もちろん立民にも課題は多いが、立民の「共謀罪廃止法案」に希望の党が乗らなかったことは、同党の正体をはっきり示すものだった。立民が希望に対して仕掛けた「踏み絵」だったようにも思われる。
希望の党の長島昭久は、民進党にも共謀罪廃止法案の共同提出に加わらないよう働きかけたが、立憲民主党の反撃に遭って失敗に終わった。民進党が共同提案に加わった最大の要因は、立民には10%前後の政党支持率があるのに対し、希望の党には1〜3%程度の政党支持率しかないことだろう。つまり、そんな分子と近いとの印象を人々に与えることは、再来年(2019年)に参院選を控えている民進党に不利になるとの思惑が働いたものとみられる。
今年6月に、前文科事務次官の前川喜平に対する謀略報道を仕掛けた読売新聞は、何としても立憲民主党から野党第一党の座を奪おうと、またしても仕掛けてきている。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20171208-OYT1T50108.html
民進・希望、統一会派を検討…将来的な合流視野
民進党と希望の党が、衆参両院で統一会派の結成を検討していることが8日、わかった。
両党の複数の幹部が明らかにした。将来的な合流も視野に、来年の次期通常国会に向けて幹部同士の協議に入る方針だ。
希望の玉木代表は8日、統一会派結成について「選択肢としてはあり得る」と前向きな姿勢を示した。国会内で記者団に語った。
民進は今年10月の衆院選を前に、民進、希望、立憲民主の3党に分裂した。民進の大塚代表は選挙後、3党の再結集を模索したが、独自路線を掲げる立民の枝野代表は消極的な姿勢を示している。これを受けて民進は、希望との連携を優先する方向にかじを切ったとみられる。
(YOMIURI ONLINE 2017年12月09日 16時54分)
だが、これも前川前事務次官の「出会い系バー」報道同様、読売の手前勝手な都合によるヨタ記事の域を出ないだろう。
もちろん民進党には長島昭久と改憲私案を共同で月刊誌に発表した大野元裕なる参院議員などもいるが、この大野はもともと民進党で長島昭久が主宰した「国軸の党」という名称のグループに所属していた長島一派の人間だ。読売が書いたように、本当に民進と希望が統一会派を組むなら、民進を離党して立民入りする参院議員が続出するだろう。また、「無所属の会」の保守系の重鎮である岡田克也や野田佳彦と細野豪志らとの折り合いから考えても、読売の報道が現実化する可能性は低いと私は考えている。
そうそう、前川前事務次官を引っ掛けようとした謀略報道によって読売の信頼が失墜したことも、今年数少なかった痛快事の一つだ。何しろ、読売同様官邸にけしかけられた週刊新潮の記者が前川氏の身辺を洗おうと動いたら先に読売の記者が動き回っていた上、新潮の記者がいくら取材しても前川氏の疑惑の証拠はいっこうにつかめなかったらしく、新潮はそのことを紙面に書いて「御用新聞」読売を痛烈に揶揄したのだった。代表的な右翼週刊誌である週刊新潮に馬鹿にされるまで読売は堕ちた。ついでにプロ野球の読売軍もBクラスに落ち、クライマックスシリーズの制度が始まって以来初めて同シリーズへの進出を逃したが、これについては私がひいきにしているヤクルトスワローズが球団創設以来最悪の敗戦数を記録して最下位に落ちたので、それこそ「めでたさも中くらい」でしかない。それよりも、野球では大谷翔平がヤンキースを蹴飛ばしてエンジェルス入りしたことは手放しで喜べる朗報だった。
話を戻すと、小池百合子と旧民進右派が「高転びに転んだ」ことは今年の政治の最大の収穫だった(その次が安倍昭恵の正体が露呈して少なからぬ「リベラル」を幻滅させたことだろうか。安倍昭恵ほど悪質な「安倍政権の補完勢力」はなかった)。
しかしそれには、安倍自民党を衆院選にまたしても圧勝させるという大きすぎる代償を伴っていた。
来年、2018年には安倍晋三は改憲への大勝負をかけてくる。いよいよ正念場だ。