きまぐれな日々

 今回は簡潔にいきたい。アクセス数のすっかり減ったこのブログに、ねちねちと「リベラル」への批判を書いても骨折り損のくたびれもうけなので、今回はそれは『kojitakenの日記』に書いた。

 昨日(8/30)、友人に誘われて安保法案反対集会に参加した。帰りの電車で話題になったのは、NHKが報道したかどうかだったが、どうやら報道したらしいので、NHKニュースのサイトから引用する。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150830/k10010209801000.html

安保法案 国会周辺で最大規模の反対集会
8月30日 18時43分

安全保障関連法案に反対する、これまでで最も規模の大きな集会が国会周辺で開かれ、参加した人たちは「戦争法案を今すぐ廃案に」などと訴えました。

集会は30日午後2時ごろから国会周辺で開かれ、主催者の発表でおよそ12万人、警視庁の調べで3万人余りが集まり、これまでで最も規模の大きなものとなりました。

このうち、国会の正門前では参加者が歩道だけでなく車道にも広がり、プラカードを掲げて、「憲法9条を壊すな」とか、「戦争法案を今すぐ廃案に」などと訴えました。

集会には音楽家の坂本龍一さんも参加し、「憲法の精神、9条の精神がここまで根づいていることを皆さんが示してくれ、勇気づけられている。憲法や民主主義を取り戻すためのとても大事な時期で、僕も一緒に行動していきます」と述べました。

続いて若者の代表として大学生の寺田ともかさんが発言し、「私の払った税金が弾薬の提供のために使われ、遠い国の子どもたちが傷つくのだけは絶対に止めたい。『やられたらやるぞ』と威嚇するのではなく、そもそも敵を作らない努力を諦めない国でいたい。戦争法案は絶対に止めることができると信じています」と訴えました。

看護師を目指す学生は

集会に参加した東京の佐竹美紀さん(23)はボランティア活動で、戦争で傷ついたアフガニスタンの子どもたちの医療支援をした経験から、「正しい戦争などない」と考えるようになったといいます。自衛隊員が誰かを傷つけたり、傷つけられたりする事態を招くべきではないと、法案に強く反対していて、看護師を目指す勉強の合間を縫って集会に駆けつけました。

佐竹さんは、「これまでの海外派遣で、自衛隊が武力を行使しないことで築いてきた信頼を、法案が崩してしまうのではないかと危機感を抱いています。一度、武力を行使する方向にむかうと歯止めがきかないと思うし、日本は人道支援や技術の提供で各国からの信頼を地道に得ていくべきだ」と話しています。

若者グループのメンバーは

安全保障関連法案に反対する若者たちのグループ「SEALDs」の中心メンバーの1人で大学4年生の元山仁士郎さんは、「きょうは多くの人たちと声を上げられることができ、勇気をもらった。今後も全国の若者と連携し、法案に反対の声を上げ続けていきたい」と話していました。

また、沖縄県出身の元山さんは「ずっと平和を求めてきた沖縄の思いが本土でも広がってきていると思う。これからもっと連携していけたらと思う」と話していました。

著名人も法案撤回求める

集会には安全保障関連法案に反対する著名人も参加し、ステージから法案の撤回を求めました。

作家の森村誠一さんは「戦争で最初に犠牲になるのは若者たちです。私はかつて戦時中に女性が竹やりを持たされ、訓練させられる光景を見てきました。だからこそ、絶対に戦争可能な国家にしてはいけない」などと訴えました。

このほか、宇宙物理学者で総合研究大学院大学の池内了名誉教授は「科学の軍事利用が具体的に始まり、海外に出かける兵士たちに武器を与える研究を科学者にさせるという状況が生まれつつある。今の段階でこうした芽を取り去るべきだ」などと主張しました。

警視庁 約2倍の警察官動員

安全保障関連法案を巡っては、国会の周辺で、これまでにも定期的に反対集会が開かれていますが、警視庁は今回、集会の規模が最も大きくなると予想されたため、これまでの2倍近い警察官を動員して警備と参加者たちの誘導に当たりました。
警察官は参加者たちに一か所にとどまらず進むよう呼びかけたり、不審な物がないか国会周辺をパトロールしたりしていました。警視庁によりますと、参加者たちは、当初の想定を超えて国会前の車道にまで広がりましたが、けが人などは出ず、大きなトラブルはなかったということです。

全国各地で反対集会

30日は国会周辺だけでなく、全国各地で安全保障関連法案に反対する集会やデモが行われ、名古屋市では、母親らのグループの呼びかけで名古屋駅前でデモ行進が行われ、参加者は「子どもを守れ」などと声を上げていました。

また、北九州市では参加者たちがサッカーの「レッドカード」をイメージしたという赤い服などを身に着けて中心市街地を歩きました。
広島市でも市民グループの呼びかけで集会が開かれ、参加者は街頭でチラシを配ったり、「戦争反対」などと声を上げたりして法案への反対を訴えました。

国会周辺での集会を主催した団体によりますと、30日は把握しているだけで全国のおよそ300か所で法案に反対する集会やデモが行われたということです。

(NHKニュースより)


 もしかしたら普段安倍政権べったりの「報道」が目立つNHKとしては破格の扱いかもしれない。

 意地の悪い見方をすると、参院での採決の日程(9月11日とも、9月14日の週ともいわれる)が報じられるようになって、法案の可決成立の目処が立ちつつあるから、反対運動も報じているよというエクスキューズの意味で報じたのかもしれない。

 私がこの種の集会に参加したのは、2012年の脱原発デモ以来3年ぶりだが、率直に言って高揚感はその時には及ばない印象があった。また、動員は主催者発表で12万人、「警視庁の調べ」で3万人とのことで、おそらく実数はその(等比数列での)中間である6万人程度と思われるが、実際多くの人が来ているなという印象はあったものの、「身動きがとれないほど」ではなかった。

 何が言いたいかというと、6月4日の憲法学者たちの「違憲」発言で「潮目が変わった」と言われた安保法案反対の流れだが、その後攻勢の決め手を欠くうちに、『kojitakenの日記』に先ほど書いた記事「安倍晋三の『積極的平和主義』の何が問題か」でも批判したように、「ネトウヨの多くが高く評価する『安倍談話』に『理解を示す』腰抜けの『リベラル』」が少なからず現れたことによって安倍内閣の支持率が下げ止まったばかりかやや上昇し、再び潮目が変わってしまったように思われるが(自民党総裁選で安倍晋三の無投票再選の流れが固まったのもその影響だろう)、それをはね返すためには、もはや野党や知識人は頼りにならず、われわれ一般人がより強い圧力をかけていくしかないかもしれない、ということだ。

 いや、それでもダメかもしれないが、一度成立した法案を廃棄することは、何度も指摘するけれども2006年に第1次安倍内閣が改悪した教育基本法が今もそのままであることからもわかるように、きわめて難しいのだ。

 だから最後まで諦めてはならない。
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 読売新聞は普段読んでないので知らなかったのだが、読売は、違憲であることが明白な安保法案の成立を援護する論陣を張る一方で、「安倍談話」に「侵略」や「おわび」を入れさせようと躍起になっていたようだ。

 同紙が「対アジア、侵略戦争だった」とする元首相・中曽根康弘からの寄稿を掲載したことは私も知っていた。97歳の中曽根康弘が89歳の渡邉恒雄(ナベツネ)の盟友であることは誰でも知っている。つまり、安保法案が成立へと向かう一方で「安倍談話」に「侵略」や「おわび」を含む「4つのキーワード」が入ったのは、来年90歳を迎える老ナベツネの思い通りというわけだ。

 しかし「安倍談話」に含まれる「4つのキーワード」を含む文章は、主語が首相・安倍晋三ではないし、安倍は戦争立法である安保法案の成立に向けてゴリ押しを続けているにもかかわらず、「戦争には何ら関わりの無い私たちの子や孫に、 謝罪を続ける宿命を背負わせてはいけません」などと抜かした。これが現状なのに、「4つのキーワードが入ったのは、世論が安倍首相にかけた圧力の成果だ」などと浮かれる「リベラル」たちが安倍内閣の支持率まで上げてしまったこともあって、安保法案成立目前にして自民党総裁選における安倍晋三の無投票再選の可能性濃厚という最悪の事態となった。実際には安倍政権はナベツネの掌の上で踊っていたに過ぎないのだが、「リベラル」は「安倍談話」に「4つのキーワード」が盛り込まれたのは自らの力だと勘違いしたばかりか、安倍晋三に支持率上昇の贈り物までしてしまったのだった。

 そんな「リベラル」の「甘さ」を象徴したのが東京新聞の社説だった。最近の「リベラル」は朝日(・毎日)新聞をこき下ろし、東京新聞を持ち上げる傾向が強い。実際最近の朝日(や毎日)は全く褒められないのは確かで、例えば6月4日の衆院憲法審査会で与党推薦の長谷部恭男を含む3人の憲法学者が安保法案を「違憲」と断じた時、東京新聞は夕刊1面トップで大きく報じたが、朝日と毎日は法案賛成の読売や産経ともどもこれを黙殺した。朝日・毎日は当日早速騒ぎになったのを受けて翌日の朝刊でやっと報じたが、朝日は毎日より記事が目立たなかった。この報道に関しては、東京>>毎日>朝日といえた。

 しかし、「安倍談話」に対する批判では、上記とは正反対に、朝日>>毎日>>東京の順番であった。在京主要紙の社説で唯一まともな安倍晋三批判の矢を放ったのは朝日だった。毎日は朝日に比較するとユルユルもいいところだったが、その毎日と比較しても大きく見劣りしたのが東京新聞の社説だった。以下、その冒頭の部分を紹介する。

戦後70年首相談話 真の和解とするために

 戦後日本の平和と繁栄は、国内外での膨大な尊い犠牲の上に、先人たちの努力で勝ち得てきたものだ。戦後七十年の節目に、あらためて胸に刻みたい。

 安倍晋三首相はきのう戦後七十年の首相談話を閣議決定し、自ら記者会見で発表した。

 戦後五十年の一九九五年の終戦記念日には村山富市首相が、六十年の二〇〇五年には小泉純一郎首相が談話を発表している。

 その根幹部分は「植民地支配と侵略」により、とりわけアジア諸国の人々に多くの損害と苦痛を与えた歴史の事実を謙虚に受け止め「痛切な反省と心からのお詫(わ)びの気持ち」を表明したことにある。

◆村山、小泉談話は継承

 安倍首相はこれまで、歴代内閣の立場を「全体として引き継ぐ」とは言いながらも、「今まで重ねてきた文言を使うかどうかではなく、安倍政権としてどう考えているのかという観点で出したい」と述べるなど、そのまま盛り込むことには否定的だった。

 戦後七十年の「安倍談話」で、「村山談話」「小泉談話」の立場はどこまで引き継がれたのか。

 安倍談話は「わが国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきた」として村山、小泉談話に言及し、「こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものだ」と受け継ぐことを言明した。

 この部分は評価するが、気になるのは個々の文言の使い方だ。(後略)

(東京新聞 2015年8月15日付社説より)


 なんたるお花畑。最初に「4つのキーワード」が「談話の根幹」であるとしてこれを高く評価したあとで、やっと批判に入っている。これではナベツネ(や安倍晋三)の思う壺だ。若い頃に「東大細胞」で「主体性論争」を繰り広げて以来、人生の大半を権力闘争に明け暮れていたナベツネにとって、東京新聞の論説陣や、同紙を深く愛する「リベラル」たちを手なずけることなど、赤子の手をひねるようなものかもしれない。

 さて自民党総裁選に話題を変える。予想通り石破茂は降りてしまい、唯一出馬に意欲を見せるのは野田聖子だが、これも予想通り20人の推薦人を集める目処が立っていないらしい。以下、「リベラル」たちの大嫌いな朝日新聞の記事より。

石破氏、自民総裁選不出馬へ 野田聖子氏はなお模索
菊地直己、明楽麻子

 石破茂地方創生相が9月の自民党総裁選に立候補しない意向を固めたことが21日わかった。一方、野田聖子・前党総務会長は立候補を模索するが、必要な20人の国会議員の推薦人確保にめどがたっていない。現時点で、安倍晋三首相以外に立候補の意思を明確にしている候補はおらず、首相の無投票再選の公算が大きくなった。

 石破氏は周辺に「総裁選に出るべきでないという声も多く、今のままの状況で出ることはない」と語り、立候補を見送る意向を示している。21日の記者会見では「安倍政権が国民の信頼を得て政策を遂行するために、内閣の一員として最大限の努力をしている。それ以外申し上げることはない」と述べ、首相の再選支持を示唆した。

 石破氏は前回2012年の総裁選に立候補し、地方票で安倍氏を上回ったが、国会議員による決選投票で敗れた。今回の総裁選でも党内から立候補を期待する声が上がっていたが、石破氏はこれまで態度を明確にしていなかった。

 石破氏は総裁選に立候補しても形勢が有利ではないと判断。さらに、首相と対立することで野党から「閣内不一致」との批判を招き、安全保障関連法案の審議に影響が出る可能性も考慮し、不出馬の意向を固めたとみられる。

 総裁選をめぐっては、二階俊博総務会長が自派の研修会で「全員一致して安倍総裁を支援する」と明言したのをはじめ、その他の自民党内の派閥からも、首相の再選支持の意向が次々に示されている。

 一方、野田氏は21日、岐阜市内で記者団に「(総裁選の)無投票はおそらくなかろうと思う。私自身は初当選以来、それ(首相)を目標としてこなければ堕落すると思ってやっている。今回も同じだ」と述べ、立候補を模索していることを明らかにした。

 首相の総裁任期は9月30日まで。総裁選の投開票は、9月中下旬ごろを軸に調整が続いている。

■広がらぬ支持、石破氏撤退

 18日夜、東京都内のホテルに、石破氏と側近の山本有二元金融相、鴨下一郎元環境相らが集結。石破氏が総裁選に出た場合、党内の支持がどれくらい集まるのか分析した。

(朝日新聞デジタル 2015年8月22日05時05分)


 下記は産経が報じる野田聖子の言葉。これはTBSのニュースでも見た。

自民党総裁選 野田氏が出馬模索 「目標にしなければ堕落する」

 9月に予定される自民党総裁選で、野田聖子前総務会長は21日、出馬の可能性を模索していることを明らかにした。

 野田氏は地元・岐阜市で記者団に対し、総裁選について、「(自民党には)有望な議員がたくさんいる政党だと信じているので、無投票になることはおそらくないと思う」と述べた。

 その上で、「初当選以来、それ(首相・総裁)を目標にしなければ堕落すると思ってやってきている。毎回(出馬を)考えては、やめたり、やめさせられたりといろいろあるが、今も同じような状況だ」と述べ、出馬を模索していることを明らかにした。

(産経ニュース 2015.8.21 20:10更新)


 野田聖子が言うように、もし自民党が有望な議員がたくさんいる政党なら、総裁選が無投票になることはないであろう。ということは、もし総裁選が無投票になるような事態が起きれば、自民党に有望な議員などほとんどいないことになる。

 そのどちらであるかは間もなく示される。

 そして、現状を許した元凶は安倍晋三自身やナベツネを含めて大勢いるが、ナベツネや安倍の掌の上で踊った東京新聞やそれを支持する「リベラル」の責任も決して小さくない。
 まず、「安倍談話」に関する朝日新聞と日経新聞の寸評を引用する。

主語「私は」使わず 安倍談話、歴代談話との違いは
久木良太 土佐茂生
2015年8月15日07時24分

 安倍談話は注目された「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「心からのおわび」について、首相自らの歴史認識はあいまいにしつつ、言葉を盛り込む手法をとった。「私は」という主語を使い、首相の謝罪意思を明確にした村山・小泉両談話の姿勢とは大きく異なる。戦後の歩みで中国の「寛容」に触れて配慮を示す一方、慰安婦問題は明記せずに「女性の人権」を強調する表現となった。

朝日新聞デジタルより)


70年談話、4つのキーワード網羅 「自ら謝罪」は避ける
2015/8/14 23:23

 安倍晋三首相の戦後70年談話は1995年の「村山談話」などにある「おわび」「反省」「侵略」「植民地支配」の4つのキーワードを網羅した。ただ、首相自らの言葉でおわびや反省は示していない。戦争に関わりのない世代に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」とし「謝罪外交」に終止符を打つ意思を表明。過去の首相談話の継承を求める公明党や中国などに配慮しながらも「安倍色」をにじませた。

日本経済新聞電子版より)


 『kojitakenの日記』にも書いたが、私はそれに加えて、安倍晋三が談話の最後で「積極的平和主義」に言及したことに注目した。

 談話発表前から岸井成格が繰り返し指摘していた通り、「積極的平和主義」とは「地球規模で自衛隊を紛争地に送って解決させるという自衛隊の活用」を意味する。これを「談話」に入れた安倍晋三は、改めて安保法案の成立に向けて強い意欲を示したといえる。談話に安倍晋三が入れたくもない「4つのキーワード」を入れたのは、そのための妥協だ。案の定、公明党や維新の党はこれを歓迎した。安倍自らの意思ではないことを暗示するために、キーワードは「間接話法」で入れた。これは安倍晋三の支持基盤である極右勢力に対するエクスキューズだ。案の定、次世代の党は安倍晋三を批判しなかった。

 安倍晋三は、これで今国会における最終目標である安保法案の成立へとラストスパートをかけるつもりだろう。反対する側も、法案の衆議院通過でやや勢いを失っている。猛暑の影響もあったとは思うが、デモの動員数も法案が衆議院を通過した7月中旬がピークだった。

 何より、ネトウヨの多くが高く評価する「安倍談話」に「理解を示す」腰抜けの「リベラル」が少なからずいるようではどうしようもない。

 他のトピックに触れると、九州電力の川内原発1号機がついに再稼働された。

 安保法案どころではなく、衆院での審議中から注目度が低かった労働者派遣法は、安保法案の影響を受けて審議が遅れているために、法案に記されている「9月1日施行」は「9月30日施行」に修正されて成立する可能性が高い。「10月1日施行」でなく「9月30日施行」であるのは、共同通信の記事を引用した『労政時報』の記事によると下記の通りである。

 政府、与党は施行を延期するが9月中の施行を目指す。民主党政権時代の前回法改正で盛り込まれた労働者保護のための規制強化策が10月1日から始まるからだ。

 これは「労働契約申し込みみなし制度」で、派遣期間の制限などに違反すれば、派遣先企業は労働者の希望に応じ社員として雇わなければならない。今回の改正案で人を入れ替えれば、期間の制限はなくなり違反は起こりにくくなる。


 つまり、9月1日施行を9月30日施行に遅らせたところで、自公与党や派遣元・派遣先企業にとっては何の痛痒もない。

 一方、「残業代ゼロ法案」と呼ばれる労働基準法改正案は、今国会での成立が見送られる。

 沖縄の米軍基地に関しては、安倍政権が安保法案への影響を考慮して辺野古の工事が一時中断された。しかし、法案成立後ほどなく再開させようと安倍晋三が考えていることは確実だ。

 こうして列挙すると、内閣支持率は50%前後から35%前後に落ちたとはいえ、政治は概ね安倍晋三のペースで進んでいるとしか言いようがない。

 それは安倍政権の経済政策の効果というわけでもない。先ほど発表された4〜6月期のGDP速報値はマイナスだった。以下日経の記事より。

4~6月期の実質GDP、年率1.6%減 消費と輸出が低迷
2015/8/17 8:50

 内閣府が17日発表した2015年4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除く実質で前期比0.4%減、年率換算では1.6%減だった。マイナス成長は3四半期ぶり。1~3月期(年率換算で4.5%増)から一転マイナス成長となった。個人消費が低迷したうえ、輸出の鈍化が成長率の下振れにつながった。

 QUICKが14日時点で集計した民間予測の中央値は前期比0.5%減、年率で1.9%減だった。

 生活実感に近い名目GDP成長率は前期比横ばいのプラス0.0%、年率では0.1%増だった。名目では小幅ながら3四半期連続のプラス成長を保った。

 実質GDPの内訳は、内需が0.1%分のマイナス寄与、外需は0.3%分のマイナス寄与だった。項目別にみると、個人消費が0.8%減と、4四半期ぶりにマイナスだった。前期(0.3%増)から一転マイナスとなった。円安を背景に食料品などの値上げが続く一方、物価上昇に賃金の伸びが追いつかず、消費者心理が冷え込んだ。6月の天候不順も消費の逆風となった。

 輸出は4.4%減、輸入は2.6%減だった。中国はじめ海外経済の減速の影響で、アジア地域などへの輸出のペースが鈍った。原油安で輸入量は減少したものの、成長率に対する外需寄与度がマイナスとなった。

 設備投資は0.1%減と、3四半期ぶりにマイナスだった。生産活動の回復が鈍く、設備投資意欲は広がりを欠いた。住宅投資は1.9%増と、2四半期連続のプラスだった。公共投資は2.6%増。民間在庫の寄与度は0.1%のプラスだった。

 総合的な物価の動きを示すGDPデフレーターは前年同期と比べてプラス1.6%だった。輸入品目の動きを除いた国内需要デフレーターは0.1%上昇した。〔日経QUICKニュース(NQN)〕


 安倍内閣の再分配を考慮しない(逆再分配を行っているともいえる)財政政策や、前述の労働者派遣法改悪などの一連の政策が、第2次内閣発足当初に効果をあげたかに見られた金融政策の効果を打ち消しているといえる。もっとも、安倍晋三が2014年4月からの消費税率引き上げを決断した時からこうなることは見えていたともいえる。

 自民党総裁選は、読売や産経が無投票での安倍晋三再選を予想する観測記事というより誘導記事を以前からしつこく出し続けている。これに対し、対立候補擁立の観測記事は、あのゴロツキ政治評論家の鈴木哲夫の希望的観測を載せた『夕刊フジ』や、以前から同様の記事を書く『日刊ゲンダイ』の記事が目立つばかりだ。なにしろ、ネット検索で8月3日付産経で同紙論説委員長の石井徹が

 主要政策をめぐり、党内の論客がしのぎを削るエネルギーの消失こそ「嫌な感じ」をもたらす要因にはならないだろうか。

と書いた記事が目立つほど、反対勢力の動きは不活発だ。谷垣禎一と二階俊博が早々と安倍晋三支持を打ち出してしまった影響が大きいらしい。

 一方で安倍晋三の天下がそういつまでも続くとも思えない。地方選では、岩手県知事選で小沢系の達増拓也に対して、同じ(元)小沢系の平野達男を立てようとしたが断念に追い込まれている。また、週刊誌では衆議院の解散が行われれば自民党は100議席を減らすだろう、などといった記事が出始めている。

 そうは言っても、具体的にいつ安倍晋三を退陣に追い込めるかといえば、全く目処が立たないというほかない。

 現代日本の「崩壊の時代」はまだ終わらない。
 昨年の今頃は、朝日新聞が「従軍慰安婦」の記事の誤りを認めたことをきっかけに、極右雑誌や産経新聞、それに右翼文化人やネトウヨなどが、一斉に「ついに朝日が誤報を認めたぞ」と狂喜乱舞して勢いづいていた。朝日の記事が載ったのは確か広島原爆忌の前日の8月5日だった。だから昨年は広島も長崎も終戦記念日もかすんでしまった。もともと朝日の訂正記事は、安倍晋三が当時の朝日新聞社長・木村伊量をそそのかして書かせたものだと私はにらんでいる。政治記事のネタを政権に近い読売などにいつも先行されて苦しんでいた木村前社長が安倍政権に取り入ろうとして自滅したというのが私の見立てだ。昨夏は、安倍晋三にとっては右派右派、もといウハウハの夏だったといえる。

 安倍晋三が今年8月6日の広島記念式典のあいさつから「非核三原則」を抜いたのも、その戦勝気分がさめやらず、自らの気に食わない上に言い出しっぺの佐藤栄作(安倍晋三の大叔父)自身がそもそも守ってもいなかった「非核三原則」を抜いたって大事にもならないだろうと、既成事実を積み重ねる一環として軽く考えてやらかしたことだったに違いない。それが強い批判を浴びた。慌てた安倍は、一転して、昨日(8月9日)の長崎での挨拶には「非核三原則」の文言を入れた。2006〜07年の第一次内閣時代に「KY」(空気が読めない)と揶揄された安倍晋三の読み間違いが戻ってきた。

 昨年までは、「KY」というべきは前記の朝日新聞や、同紙に応援されている民主党などであった。朝日は出すべきではなかった「従軍慰安婦」の訂正記事を最悪のタイミングで出し、極右勢力の猛攻を呼び込んだ。それが、今年の安保法案での国会審議の真っ只中の6月4日に行われた衆院憲法審査会で、自民党が参考人として招致した長谷部恭男が安保法案を「違憲」と断言して以降、急に流れが変わった。その変化を安倍晋三はいまだに読み切れていない。8月14日に閣議決定して発表されるという「安倍談話」がどんなものになるか、今から思いやられる。

 閣議決定というと、公明党の閣僚も承認して出すものだが、公明党が何の歯止めにもならないことは既に証明されている。前述の憲法審査会でも、公明党は長谷部恭男に安保法案について「理解を求める」という、「平和の党」の看板が泣く醜態を晒した。最近では創価学会員による安保法案批判も目立つというが、人間社会をも支配する「慣性(惰性)の法則」の恐ろしさというべきか、ここまで極右的性格をむき出しにした安倍政権であっても、公明党はみっともなく連立にしがみついている。仙台市議選の前日までは強硬姿勢を装っていた礒崎陽輔に対する姿勢も、同市議選が終わるや一転して留任を容認するていたらくである。

 このように安倍晋三や公明党の醜態ばかりが目立った先週にあって、一服の清涼剤とも言うべきは、8月4日付朝日新聞に掲載されたジョン・ダワーのインタビュー記事「日本が誇るべき力」だった。このインタビューについては、ダワーが岸信介や安倍晋三を批判した部分のみ『kojitakenの日記』に引用して紹介したが、実はこの部分などダワーのインタビューの中ではほんの枝葉末節に過ぎない。孫崎享や「小沢信者」に読ませたい部分ではあっても核心部ではない。インタビューの全文転載はむろん朝日新聞社の著作権を明白に侵害するので、以下いくつかの部分を抜粋して引用、紹介したい。なお、岸信介や安倍晋三を批判した部分は割愛するので、その部分については『kojitakenの日記』を参照されたい。

(前略)
 「1946年に日本国憲法の草案を作ったのは米国です。しかし、現在まで憲法が変えられなかったのは、日本人が反軍事の理念を尊重してきたからであり、決して米国の意向ではなかった。これは称賛に値するソフトパワーです。変えたいというのなら変えられたのだから、米国に押しつけられたと考えるのは間違っている。憲法は、日本をどんな国とも違う国にしました」

 ――その理念は、なぜ、どこから生じたのでしょうか。
 「日本のソフトパワー、反軍事の精神は、政府の主導ではなく、国民の側から生まれ育ったものです。敗戦直後は極めて苦しい時代でしたが、多くの理想主義と根源的な問いがありました。平和と民主主義という言葉は、疲れ果て、困窮した多くの日本人にとって、とても大きな意味を持った。これは、戦争に勝った米国が持ち得なかった経験です」
 「幅広い民衆による平和と民主主義への共感は、高度成長を経ても続きました。敗戦直後に加えて、もう一つの重要な時期は、60年代の市民運動の盛り上がりでしょう。反公害運動やベトナム反戦、沖縄返還など、この時期、日本国民は民主主義を自らの手につかみとり、声を上げなければならないと考えました。女性たちも発言を始め、戦後の歴史で大切な役割を果たしていきます」

(中略)

 ――現政権が進める安保法制で、何が変わると思いますか。
 「日本のソフトパワーが試練にさらされています。集団的自衛権の行使に踏み込み、日本を『普通の国』にするというのが保守政治家らの考えですが、普通とは何を指すのか、私には分かりません。国際的な平和維持に貢献するといいつつ、念頭にあるのは米軍とのさらなる協力でしょう。米国は軍事政策が圧倒的な影響力を持っている特殊な国であり、核兵器も持っている。そんな国の軍隊と密接につながるのが、果たして普通なのでしょうか」

(中略)

 ――対外的な強硬姿勢を支持する人も増えています。
 「ナショナリズムの隆盛は世界的な文脈で考えるべきで、日本だけの問題ではありません。今、世界のいたるところで排外主義的な思想がはびこり、右派政治の出現とつながっています。グローバル化による格差が緊張と不安定を生み、混乱と不安が広がる。そんな時、他国、他宗教、他集団と比べて、自分が属する国や集まりこそが優れており、絶対に正しいのだという考えは、心の平穏をもたらします。そしてソーシャルメディアが一部の声をさらに増殖して広める。これは、20年前にはなかった現象です」
 「北朝鮮や中国は脅威のように映りますが、本当に恐ろしいのはナショナリズムの連鎖です。国内の動きが他国を刺激し、さらに緊張を高める。日本にはぜひ、この熱を冷まして欲しいのです」

 ――では、日本のソフトパワーで何ができるでしょうか。
 「福島で原発事故が起き、さらに憲法がひねり潰されそうになっている今、過去のように国民から大きな声が上がるかどうかが問題でしょう。今の政策に国民は疑問を感じています。安倍首相は自らの信念を貫くために法治主義をゆがめ、解釈によって憲法違反に踏み込もうとしている。そこで、多くの国民が『ちょっと待って』と言い始めたように見えます」
 「繰り返しますが、戦後日本で私が最も称賛したいのは、下から湧き上がった動きです。国民は70年の長きにわたって、平和と民主主義の理念を守り続けてきた。このことこそ、日本人は誇るべきでしょう。一部の人たちは戦前や戦時の日本の誇りを重視し、歴史認識を変えようとしていますが、それは間違っている」
 「本当に偉大な国は、自分たちの過去も批判しなければなりません。日本も、そして米国も、戦争中に多くの恥ずべき行為をしており、それは自ら批判しなければならない。郷土を愛することを英語でパトリオティズムと言います。狭量で不寛容なナショナリズムとは異なり、これは正当な思いです。すべての国は称賛され、尊敬されるべきものを持っている。そして自国を愛するからこそ、人々は過去を反省し、変革を起こそうとするのです」

(朝日新聞 2015年8月4日付オピニオン面掲載ジョン・ダワー氏インタビュー記事「日本の誇るべき力」より)


 いかがだろうか。私はこのインタビュー記事に大いなる感銘を受けた。子ども時代以来形成してきた思考の原点に立ち戻らせてくれたと思った。古舘伊知郎はこのインタビュー記事を読んで涙を流したというが、珍しく古舘と意見が一致したと思った。

 ダワーの精神からかけ離れているのは何も安倍晋三やネトウヨたちだけではない。「反米」「自主独立」を唱えながら、2012年に「岸信介は敢然とアメリカに対峙した『自主独立派』の政治家だった」との珍説を迷著『戦後史の正体』に発表した孫崎享なる山本七平賞受賞歴のある右翼言論人にいとも簡単に騙された「リベラル」(特に「小沢信者」)たちも安倍晋三やネトウヨと「同じ穴の狢」でしかなかった。孫崎がこの珍説を言い出した2012年は、まだ小沢一郎が日本の政治に大きな影響力を与える政治かと見られており、橋下徹と石原慎太郎の「日本維新の党」ほどではないが、主に右派が期待した「日本維新の党」に対抗したいと思いつつ当時の民主党政権に大きな不満を抱いていた「リベラル」(「東京新聞」を含む。「日本未来の党」を応援した東京新聞は、民主党びいきの朝日新聞とは対照的だったが、2012年の衆院選ではともに大敗した)は小沢一派に期待した。その正体が「革新づらした右翼」である孫崎は、そこに目をつけて、選挙後群雄割拠の状態にでもなれば、岸信介の後継者である安倍晋三を小沢一派と結びつけようとでも考えていたのではないかと私は勘繰っている。衆院選で自民党が大勝する一方「日本未来の党」は惨敗したために、孫崎が弾いたであろう皮算用は「見果てぬ夢」に終わった。

 せっかくのダワーの記事の紹介が、くだらない孫崎享の批判なんかに堕してしまったが、孫崎の迷著『戦後史の正体』の読者の大半は、ジョン・ダワーの名著『敗戦を抱きしめて』など読んだことがないに違いない。

 『戦後史の正体』を読んで「目からウロコが落ちた」と感激してた人たちは、実は目に偏光(偏向)板からなる大量のウロコを貼り付けられただけだったのだ。その腐ったウロコを落とす格好の名著が『敗戦を抱きしめて』である。毒書『戦後史の正体』の解毒剤に、これほどうってつけの本はないと叫びたい今日この頃なのである。
 8月に入った。例年にも増して暑い今年は例年にも増して熱く「戦争」が語られるだろう。そして、安倍晋三を日本政府から排除できるかどうかの「正念場の月」でもある。

 たとえば毎日新聞が「安全保障関連法案への対応で内閣支持率が急落したことを受け、首相と距離を置く議員らが色めき立っているという状況だが、対抗馬擁立は容易ではなさそうだ」などと(毎日に限らず)新聞特有の表現で無責任に書く9月の自民党総裁選くらいは最低限、無投票ではなく有力な対抗馬が立って行われなければならない。それによって自民党という政党に生命力が残っているかどうかが問われる。

 というより、安倍晋三が日本という国に決定的なダメージを与える前に日本政府から排除できるかどうかに、今世紀前半のこの国の命運がかかっているといっても過言ではないと私は考えている。

 昨夜遅くに書いた『kojitakenの日記』に、7月12日付朝日新聞4面に掲載された前田直人編集委員のコラム「政治断簡:政治と芸術 全体主義の教訓」を紹介した。1992年に武蔵野美大視覚伝達デザイン学科卒という学歴を持つ前田記者は、崩壊直前のソ連を訪問した学生時代にスターリンの前衛芸術弾圧を知り、それをきっかけにナチスドイツの同様の蛮行を知ったことを、

政治権力が気にくわない芸術を「難解」「退廃」と排撃。意に沿う芸術家の表現力を権威の宣伝に使う――。全体主義の弾圧・統制プロセスを学び、背筋が寒くなった。

と書く。私は20世紀ソ連の作曲家、ドミートリー・ショスタコーヴィチの音楽に親しむことを通じて、スターリンの「社会主義リアリズム」の悪逆非道さを痛感した。やはりソ連崩壊直前の頃だった。

 前田記者は、「文化芸術懇話会」と銘打った自民党議員の勉強会で、報道威圧発言が飛び出したことに「ゾッとした」。そして母校・武蔵野美大の柏木博教授に取材した。下記はそのやり取り。

 「気味悪くないですか」(前田)

 「不気味です。言っていることが、スターリニズムやナチズムの道と同じ。言論の自由は権力の側ではなく、個人の表現者のためにあるのに逆転している。いちばん怖いのは、政治的な力で個人の表現を圧殺することなんですよ」(柏木)


 安倍晋三の「親衛隊」とはこんな連中なのである。

 思えば、安倍が自らの政権を長期化したあとの後継者として思い描いているといわれる稲田朋美も、2008年に映画『靖国 YASUKUNI』を検閲して公開を中止させようとした。そしてそれに応じて公開を取り止めた情けない映画館が続出した(結局一部の映画館が上映し、私は2008年の憲法記念日に東京・渋谷の映画館でこの映画を見た)。

 こんな稲田朋美への政権禅譲を許してはならないし、それ以前に一刻も早く安倍政権に終止符を打たなければならない。

 支持率低下に苦しむ安倍晋三は、ついに安保法案制定の本音を出してきた。ホルムズ海峡への言及を止めて、代わりに「中国脅威論」を打ち出してきたのである。

 安倍晋三の「9月訪中」が報じられてから3週間しか経っていない。その訪中予定を前に国会論戦で安倍が中国脅威論を打ち出したことを「政権の焦り」と断じ、「禁じ手」として批判するのは、近年「リベラル回帰」が著しい岸井成格だ。しかし一方で「中国脅威論」がそこそこ通用することは、「中国脅威論」を持ち出されるとすぐにそれに靡きそうになる古舘伊知郎を見てもよくわかる。だからこそ安倍晋三はこの危険な「禁じ手」を切ってきたのだ。

 そもそも、安倍内閣の支持率がどんなに下がっても、安倍晋三が最後の最後に最強の切り札を持っていることを忘れてはならない。それは中国との戦争である。

 既に国会論戦で、安倍政権は先制攻撃を可能にしようとしているのではないかと指摘されている(民主党の大塚耕平)。もちろん日本がおおっぴらに中国に先制攻撃をかけるはずはない。謀略によって中国に仕掛けられたという形をとって先制攻撃を仕掛けるのである。

 欧米では、政府の支持率が下がると政権が軍事行動に走り、それを国民が支持して下がっていた支持率が跳ね上がることがよくある。たとえばビル・クリントンは1998年、モニカ・ルインスキーとのスキャンダルが発覚して支持率が下がるや、アフガニスタンやスーダンへの空爆を実施した。ミエミエの目くらましだったが、これでクリントンの支持率が上がったと報じられた時、「やっぱりアメリカ人は戦争が好きな、ダメな国民なんだなあ」と呆れたものだ。しかし今年、ISISが引き起こした日本人人質事件に安倍晋三が強硬姿勢をとって人質を見殺しにした時、日本でも安倍政権の支持率が上がった。人質事件ですら支持率が上がるのだから、対中戦争ともなればさらに支持率が上がることは間違いない。そして、表向き「中国の挑発」の形をとった(偽装した)場合でも、それは容易に偽装であるとはわからないから(たいてい後世の史家によって事実が暴かれる)、その時には民主党や維新の党が政権に靡くことは当然だろうし、領土問題では一貫した強硬派である共産党も戦争を止める方向に動くかどうかは大いに疑問だ。

 以上が杞憂であれば良いが、安倍晋三というのは追い詰められればそういうことを平気でやりかねない政治家である。だからこそ安倍晋三は絶対に総理大臣にしてはならない人間だった。不幸にして総理大臣の座についている今は、絶対にこれを引きずり下ろさなければならない。

 このブログのコメント欄にも、たとえば総理大臣が野田聖子になっても安倍と同じような政治が続くぞ、と主張される向きもある。確かに平時の政策は安倍晋三だろうが野田聖子だろうがいくらも違わないだろうし、仮に野田聖子政権が誕生したとしても、私は一貫して批判するだろう。

 しかし、安倍晋三と野田聖子で決定的に違うのは、政権が本当に追い詰められた時に対中戦争に踏み切るような狂気を持っているかどうかだ。私は野田政権ならそんな可能性は低いが、安倍政権が続いた場合はその可能性が無視できないほど大きいと考えている。

 だからこそ安倍政権を早期に終わらさなければならないし、その観点からも自民党総裁選がどうなるかを注視している。

 差し当たっては、総理補佐官の礒崎陽輔の首を取れるかどうかだ。今日行われる予定の礒崎の参考人質疑はわずか15分とのことだから大して期待はできないが、公明党がかなり強気だし、やはり自民党総裁選への出馬が取り沙汰される石破茂も礒崎を批判している(但し石破政権になった場合の安全保障政策のリスクは、安倍ほど巨大ではないが野田聖子と比較するとかなり大きいと私は考えている。なお誤解なきように付言しておくが、私は野田聖子をハト派であるとは全く考えておらず、タカ派政治家の一員であると認識している。それでも安倍や石破よりはリスクが小さいと思っているだけである)。

 岸井成格は、安倍晋三が礒崎陽輔を更迭しないのならば、安倍の考えは礒崎と同じということになると繰り返し言っているが、もちろん安倍と礒崎の考えは同じに決まっている。

 今にして思えば、衆院特別委の質疑で安倍が「我々が提出する法律の説明は正しいと思いますよ。私は総理大臣なんですから」と言った時、私はその発言に呆れたが、「立憲主義にもとる」という言葉でそれを説明することはできなかった。それを知らしめてくれたのは、6月4日に3人の憲法学者が安保法案を「違憲」と断じてからのことであって、私はそれで長谷部恭男の書いた新書本を読んで、付け焼き刃の「立憲主義」の勉強をしたという情けないていたらくであった。

 私自身の恥はともかく、この安倍発言を思い出せば、「法的安定性は関係ない」と言い放った礒崎陽輔の考えが「私が総理大臣だから私が正しい」と言い放った安倍晋三の考えと寸分違わず同じであることは自明だ。

 礒崎陽輔の首は、絶対に取らなければならない。