きまぐれな日々

 およそ2週間ぶりの更新になるが、今回はイスラム国(IS)による湯川遥菜・後藤健二両氏の拘束及び身代金要求と、それに続く、同じイスラム国による湯川氏の惨殺に触れないわけにはいかない。残念ながら、湯川氏が殺されたことはほぼ確実とみなければならないだろう。

 これほど陰惨な事件もない。キーボードを打つ指の動きも鈍る。だが気力を振り絞って書く。

 後藤健二氏は拘束以前から知っていた。それは、以前テレビ朝日の「報道ステーション」で彼の報告を見たことがあるし、テレ朝以外の局の報道番組にもしばしば出ていた。その名前を最初に聞いた時、読みが共同通信出身のテレビキャスターと同じなので、まだ名前を知らなかった時、後藤謙次が中東に行ったのかと一瞬勘違いした。その時名前を覚えた。中東を取材するフリージャーナリストとしては有名な人といえるだろう。

 問題は日本政府、とりわけ首相・安倍晋三の対応だ。

 後藤氏の拘束は数日後には外務省は把握していたと言われる。安倍晋三がいつそれを知ったかは不明だが、ほぼ同時と思われる。さらにISISから身代金の要求があった。最初に「政府関係者が明らかにした」として伝えた毎日新聞の報道(1/21)によると、身代金の要求は昨年11月だったという。

 この報道を後追いした各社は、身代金の要求があった時点を後ろ倒しにしていった。朝日は1月22日付で後追いしているが、下記のような記事になっている(無料公開分のあとに出てくる)。

 イスラム国側が身代金を要求したのは、今年1月初めのメールで、20億円超に相当する1千数百億ユーロを指定してきた。

(2015年1月22日付朝日新聞社会面掲載記事より)


 本当に身代金の要求が今年に入ってからだったのか、それとも当初毎日が報じた通り、昨年11月には既に身代金要求が行われていたかは不明だ。だが、意地悪く勘繰れば、昨年11月から外務省、そして安倍晋三が身代金要求を知っていたとすれば、あまりにも安倍晋三に都合が悪いので、情報を提供した政府関係者が身代金要求のあった時期を、最初毎日の記者に話した時よりもあとにずらした可能性がある。私は当初の毎日の報道が正しかったのではないかと憶測している。

 仮にそうでなくても、11月初め、つまり安倍晋三が衆議院の解散を決断する以前から、後藤氏の拘束を把握していたことは間違いない。そして、安倍が解散を急いだ動機として、7〜9月期のGDPがマイナス成長であったことを察知していたことのほか、後藤氏の拘束が明るみに出ないうちに解散総選挙をやってしまえという狙いがあったのではないかと思えるのである。

 しかも、その後の安倍の行いは、まるでテロリストを挑発するかのようなものだった。これには保守派の論客たちも安倍の行き過ぎを諌言したほどだ。たとえば青山繁晴である。青山氏は、1月15日の安倍の中東歴訪前に放送されたニッポン放送の「ザ・ボイス」で次のように述べた。以下、ラジオ放送の内容を文字起こしした右翼系のブログ記事から引用する。私はこの内容を、違法にYouTubeにアップされた音声で確認した。だから下記の文字起こしは正確だといえる。

安倍総理があすから中東歴訪へ

(飯田浩司)
予定されている国々、エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナを訪問という事であります。

(青山繁晴)
アメリカの中東外交がずーっとメチャクチャですから、
あっち行ったりこっち行ったりぜんぜん一貫しないので それがまた、イスラエル、パレスチナの悲劇を招いているから、
日本が 「独自外交」 として中東を、歴訪するのは僕は評価しますが(ただし)すでに ずいぶん前ですけど、
安倍総理の側に まぁ、勝手な意見を申したのは、
イスラエルのネタニヤフ首相と “仲がいい” “仲がいい” とやり過ぎですよと。

(飯田浩司)
うーん

(青山繁晴)
“ネタニヤフさん” は安倍さんのことを好きなんですよ。
例えばトルコの “エルドアンさん” とか “プーチンさん” とか、
どっちかと言うと強面(こわおもて)の人が安倍さんのことを好きな人が多いんだけど、
ネタニヤフ首相と安倍さんは気分が合うみたいだけど、日本は、アメリカに出来ないような中東の信頼関係も築いて来たので
イスラエルの意見もちゃんと聞く・・・ネタニヤフさんとも、電話で、すぐ話ができるというのは とっても大事な財産ですけれども、
しかし、「ネタニヤフさんと会った翌日に、パレスチナ自治政府のアッバス議長と会うから それでいい」
・・・ということを官邸の側が僕に、回答して来られましたが そんな生易しいものじゃない
と。
じゃ “アッバスさん” と同じように “ネタニヤフさん” と同じような友だち関係を作れるんですか?
ここは本当に慎重に、謙虚にやるべきだと思います。はい。


 話言葉独特の、後ろの言葉をのみ込んだような箇所も多く、文章にするとわかりづらいのだが、要するに青山繁晴は、日本が築いてきた「アメリカにできないような中東の信頼関係」を安倍晋三は壊すな、と言いたかったのだろう。

 このネタニヤフに関しては、同じ保守でも青山氏よりもう少し「リベラル」寄りの(私は嫌いだが)寺島実朗(25日放送のTBS「サンデーモーニング」)の言葉を借りると、「ネタニヤフという、アメリカも手を焼いている右傾した政権」に安倍晋三は接近しているということになる。同じ番組で毎日新聞元主筆(現特別編集委員)の岸井成格も、「(最近の自民党政権がやってきた)『価値観外交』というのはアジア外交の話であって、中東は違った。それが急にアジア外交と同じになってきた」と指摘した。これも前記青山繁晴と同様の指摘といえるだろう。もっとも、この路線転換の先鞭をつけたのは、2003年のイラク戦争に加担した小泉純一郎だったと私は思う。もちろん、アジアで行ってきた「価値観外交」にも問題は大ありであることはいうまでもない。

 それでは、なぜ安倍晋三は、よりにもよって「イスラム国」に人質を拘束されている時に、イスラエル(ネタニヤフ)との親密ぶりを改めて見せつけたり、「イスラム国」対策として2億ドルの供与を約束したりと、あたかもテロリストを挑発するような言動を繰り返したのか。

 その結論を出す前に、後者について興味深いブログ記事をみつけたので、以下自由に引用する。

 安倍晋三は、エジプトで下記のように述べた言葉の英訳は下記

We are also going to support Turkey and Lebanon. All that, we shall do to help curb the threat ISIL poses. I will pledge assistance of a total of about 200 million U.S. dollars for those countries contending with ISIL, to help build their human capacities, infrastructure, and so on.


 ブログ主の訳では下記のようになる。

私たち日本はトルコ・レバノンにも支援をいたします。それらすべてのことは「イスラム国」がもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。私は、「イスラム国」と戦っている国々に、人的能力、インフラなどを創るのを助けるために約2億ドルを供与することをお約束いたします。


 そして、ブログ主は下記のようにコメントする。

イスラム国と戦っている国々に創られる「人的能力」となれば、
それは兵員養成と理解されるだろう。

また、そのための「インフラ」となれば、
前線基地の建設などが思い浮かぶだろう。

「イスラム国」の幹部は
映像でもイギリス英語を話しているから、
それがとうぜん
彼らが受け取ったメッセージとなったわけである。

これでは
日本も十字軍にくわわった
などと言われても仕方ないではないか。


 しかるに、外務省が発表した日本語訳は下記の通り。

イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します。


 全然ニュアンスが違ってくる。ブログ主は、

安倍首相が、「人道支援」だと流布することで
なんとか乗り切ろうとしていることがうかがえる。

しかし、「人道支援」だということを
「あらゆるメディアを通じて」
日本人向けにいくら強調したところで、
イスラム国に受け取られたメッセージではそうなっていないのだから、
どうしようもないではないか。

と書くが、その通りだと思う。

 そもそも、「地道な」人道支援というが、「地道な」に当たる英単語は安倍晋三のスピーチのどこにも英訳文にはない。従ってブログ主の訳にもない。外務省が勝手に「地道な」という3文字を挿入して、日本国内向けの印象操作を行っているのである。は「地道な」に当たる単語を英訳文に入れなかったのだ。テロリストはそんなものは英訳しか読まないから、国内の安倍晋三に対する批判を緩和するための小細工と外務省は元の日本語の意味をわざわざ自分から曲解させるような好戦的な英訳をしたとしか言いようがない。

 外務省と安倍晋三の狙いはズバリ、日本が「テロとの戦い」に参加することを、昨年政府解釈を変更した集団的自衛権行使第1号にしたい、つまり自らの手でなしとげた政府解釈の変更の「結果」をも自分で出したいということだろう。狂気の沙汰としか思えない。
(注:上記いくつかの段落の文章に一部事実誤認がありましたので訂正します。安倍晋三はエジプトで英語ではなく日本語で話していました。)

 最後に今回もネトウヨが炸裂している自己責任論について少しだけ触れておく。この「自己責任論」だが、「村八分」とか、阿部謹也のいう「世間」と同じではないか。これは「昔ながらのムラ社会」の論理にほかならず、それが新自由主義と珍妙な結びつきをしたものだろうと思うのだ。「2ちゃんねる村」とでもいうか。

 ネット検索をかけてみると、まあ当然だろうが、そんなことは4年前の2011年に指摘されていた。刑法を専門とする佐藤直樹・九州工業大学大学院教授が書いた『なぜ日本人はとりあえず謝るのか: 「ゆるし」と「はずし」の世間論』(PHP新書)で、2004年のイラク人質事件に絡めて論じられている。以下引用する。

(前略)当初人質家族に向けられていた同情と共感の感情が、家族が「世間」に謝罪しなかったこともあって、政府の「自己責任論」にもとづく非難によって反転し、人質家族へのひどいバッシングとなった。おきたことは古典的な「世間」による村八分的バッシングだったのだが、「自己責任」という非難に使われた言葉が、「後期近代化」による新自由主義の台頭を象徴していた。

(佐藤直樹『なぜ日本人はとりあえず謝るのか: 「ゆるし」と「はずし」の世間論』(PHP新書,2011)より)


 「自己責任論」なんてそんなものだろう。「個人主義の極北」みたいなイメージのある新自由主義も、デヴィッド・ハーヴェイに言わせれば支配者層の階級支配を固定・強化するためのプロジェクトにほかならず、ネトウヨたちはその忠実な傭兵というわけだ。
スポンサーサイト
 佐賀県知事選には一定の関心は持っていたが、昨年12月25日の告示のすぐあとに行われたマスコミの情勢調査で、自公が推す前武雄市長・樋渡啓祐がリードしているとのことだった。年末に時事通信が「樋渡氏リード」と伝え、地元紙・佐賀新聞も、元旦付で「樋渡が先行 山口急追」と報じた。

 選挙の情勢調査記事で、片方が「リード」あるいは「先行」、相手方が「急追」という場合、両候補には5〜10ポイント差がついている。告示後にこの言葉がついた情勢調査記事をマスメディアが報じた場合、そこから逆転するケースはほとんどない。だから佐賀県知事選は妄決まりだなと思い、投票のあった11日の日曜日は、選挙結果を確かめることなく寝た。

 それが、11日の朝刊を見ると、樋渡氏が敗れて、保守分裂選挙の相手方候補である山口祥義氏が、樋渡氏に4万票以上の大差をつけて当選したと報じられていたので驚いた。樋渡氏が得ると見られた大量の票が、山口氏へと流れたようなのだ。これほど劇的な逆転劇は珍しい。

 樋渡氏が「新保守」というべき新自由主義的な候補者であるのに対し、山口氏が「旧保守」を代表する候補であることは知っていた。「新保守」から「旧保守」への大量の票の流れは、2009年の「政権交代選挙」で見られた新自由主義的政策への批判票が今でも存在することを示すものだ。佐賀では、農業政策の規制緩和への批判が劇的な票の移動につながったとみられる。

 前武雄市長の樋渡氏が、市立図書館の運営にTSUTAYAに委託した話は知っていた。たとえば昨年7月の「東洋経済オンライン」に、「『沸騰!図書館』に描かれた自治体の闘い」と題された記事が出ている。その記事で樋渡氏は、こんなことを言っている。

 僕自身本好きで1日1冊読んでます。ところが市長になった頃の武雄市図書館は平日午後6時閉館、急いで駆け込んでも「閉館です」の門前払い。しかも休館日は年95日。疑問や提案をぶつけても「昔からの決まり」の一点張りでした。市民の税金で成り立つサービスなのに休館日は多い、スタッフも傲慢。市民はそれが普通と思ってたようだけど、僕は違うと思った。利用者のことを考えようと懇々と話し続けました。6年間交渉を続け、2013年4月のリニューアルオープン後は年中無休、閉館も夜9時までに延長しました。


 しかし私は違うと思う。最近は多くの自治体で図書館の運営を外部委託しており、私が住む自治体も例外ではないが、それでも毎週の休館日はあり、月に1度はもう1日余分に休館日がある。日曜日と祝日は閉館時刻も早い。しかし、やはり図書館の運営を外部委託している近隣の自治体では休館日は月1日しかなく、日曜日でも午後9時まで開けている。一度、その自治体の図書館に日曜日の夜8時頃に行ったことがあるが、館内に利用者は数えるほどしかいなかった。こんな時にまで図書館で仕事をしなければならないスタッフに、私は大いに同情したものだ。

 樋渡氏は同じ「東洋経済オンライン」の記事で、「モバゲーのDeNAと組んで小学生向けにプログラミング教育も始める」などとも言っているが、これら一連の発言や現にやってきたことを見ると、樋渡氏が「佐賀の橋下徹」との異名をとる理由もわかる。

 その樋渡氏の失速は、2008年のやはり1月に行われた大阪府知事選とは好対照だ。その府知事選に橋下徹が出馬を表明したのは前年、2007年暮のことだった。この時橋下を推したのも自公であり、それに対して当時小沢一郎が代表を務めていた民主党は大阪大学教授(当時。府知事選前に辞職)の熊谷貞俊を推したが惨敗した。余談だが、当時はまだ「小沢信者」がその後のように尖鋭化しておらず、「熊谷氏は『上から目線』だったから、『庶民の目線』でものを言う橋下に負けた」などと、小沢民主が推した熊谷氏を批判して自公が推した橋下を持ち上げた「リベラル・左派」の御仁が大勢いたものだ。2008年1月29日付記事「『ポピュリズム』や『上から目線』などなど - 大阪府知事選雑感」でこうした風潮を批判したことを思い出す。

 あの選挙で橋下は、選挙戦が進むにつれてリードを広げ、最後には圧勝した。選挙戦における橋下の口八丁手八丁は脅威であり、2011年の統一地方選でも昨年の衆院選でも、情勢報道で予想された不利をひっくり返した。それに対して、樋渡啓祐はその逆の結果になった。それは、樋渡氏が橋下ほどのアジテーションの能力を持たないせいかもしれないが、それよりも安倍政権の狙う農業改革が、佐賀県民の生活を直撃する脅威が樋渡氏の票を減らしたのではないか。東京や大阪など都市部の選挙と地方の選挙は違うのであり、仮に橋下が佐賀県知事選に出馬して農業改革を力説したとしても、やはり負けていたのではないかと私には思われる。

 今回の佐賀県知事選では、選挙戦の途中で樋渡氏が差を詰められて焦ったのか、正月明けの時期から樋渡陣営が安倍晋三の肉声録音電話を相次いで有権者の自宅に掛けまくっていたことが暴かれている。下記togetter経由で知った。
http://togetter.com/li/768843

 この事実を報じたのは私の大嫌いな日刊ゲンダイで、同紙はこれを選挙戦最終盤に報じたが、ゲンダイとしては異例中の異例の、裏をとった記事だった。ネットでもその証拠の音声が流布している。
https://www.youtube.com/watch?v=XUapkKL_wSM&feature=youtu.be

 今回の選挙結果は、安倍政権の新自由主義的経済政策に対して、佐賀県の有権者が「ノー」を突きつけた結果といえる。佐賀県知事選自体は、新保守の旧保守に対する敗北に過ぎず、当選した山口氏は敗れた樋渡氏ともども玄海原発再稼働に賛成する原発推進派だったりする。ただ、「コイズミカイカク」ならぬ「アベシンゾーカイカク」(って語感が古いかも)は必ずしも地方に支持されていないことがはっきり示された。脱原発派の中にも、樋渡氏を倒すためなら、と山口氏に流れた票が結構あったらしい。

 ただ、今回の佐賀県知事選は中央の政局には影響を与えそうにもない。民主党代表選は、新自由主義政党・維新の党との合流を目指していた細野豪志か、トマ・ピケティに「最悪の選択肢」と批判される緊縮財政による財政再建を志向する岡田克也のいずれかが勝つとみられる。唯一「リベラル」的な主張をする長妻昭にしても、政権交代前に「ムダの削減」を謳って厚労相に就任したものの何の結果も出せなかった過去をどう総括したのか全く不明だ。

 そんな民主党代表選で私が注目しているのは、党員・サポーター票の出方だ。民主党という鵺のような政党の一般党員やサポーターが3人のうち誰を選ぶかで、彼らの思想信条の傾向が読み取れると思われるからだ。一般党員やサポーターがもっとも強く支持するのは細野豪志ではないかと私は(悲観的に)想像している。もっとも、この3人では誰も選びたくないという人が多くても不思議はないが。

 来週には民主党代表選の結果が出ているから、気が向いたら来週の記事で取り上げるかもしれないし、それ以上に書きたいことが起きたら民主党代表選には触れないかもしれない。まあ誰が勝とうが、民主党が佐賀県知事選の結果が示したような安倍政権の政策に対する地方の不満をくみ上げるような政党には変わりようがないことだけは間違いなさそうだ。
 2015年最初の記事。といっても、「今年はどういう年にしたい」はもちろん、「今年はどういう年になるだろう」というような記事を書くつもりはない。たとえば10-12月期のGDP1次速報値は2月16日に発表予定らしいが、これがどうなるかですら予想できない。普通に考えればプラスに転じるだろうが、7-9月期のGDPがマイナスになろうとは誰も予想しなかった。

 今年の政治状況は、例年以上に経済に左右される。昨年の消費税率引き上げ以来疑問を持たれ始めた安倍政権の経済政策だが、その成否がはっきりしない段階で安倍晋三は解散総選挙を断行した。これに勝利した安倍晋三は、政治人生の目標である改憲に狙いを定めていると思われるが、そのもくろみにも経済状況は大きな影響を与える。そして、経済状況がどうなるかわからない以上、政治情勢がどう変化するかは予想しようがない。

 ただ、「郵政総選挙」に小泉自民党が圧勝した翌2006年から2009年頃にかけて大きな問題としてしばしば取り上げられた格差(不平等)拡大の問題が、再び盛んに議論されるようになるだろうとは思う。昨年末に日本語版が発売されて大きな話題になったトマ・ピケティの『21世紀の資本』を私も読んだが、朝日新聞が元旦付オピニオン面で著者へのインタビュー記事を掲載し、毎日新聞は3日付の社説で取り上げた。

 安倍政権の経済政策から「再分配」の観点が抜け落ちていることは、早くからスティグリッツらが指摘していたが、ようやく昨年末の衆院選では少なくない識者に指摘されるようになった。しかし、それがマスコミが設定する「選挙の争点」にまではならなかった。

 安倍政権が重視するのはまず株価だが、低所得者の多くは株など持っていないので、その効果は著しく高所得層に偏る。また安倍晋三はしばしば大企業に賃上げを要請し、昨年の「春闘」では多くの大企業がベア(ベースアップ)を実施したが、この効果は大企業の正社員に偏る。この2つの例が示すように、安倍政権が潤そうとするのはまず富裕層で、次いで中間層という優先順位だ。その一方で、昨年の衆院解散で廃案になった労働者派遣法改正案はおそらく再提出されると思われる。

 上記に限らず、安倍政権の経済政策は基本的に再分配を軽視し、結果的に格差(不平等)を固定する政策を行っていると言える。自民党がかつての国民政党から富裕層などを代表する階級政党に変貌したといえるかもしれないし、ピケティの本でも示されているようにどの先進資本主義国でも富が蓄積され、それが世襲されるようになっているから、政策も自然にそうなったのかもしれない。ピケティの本を読んでいて、そういや日本でも70〜80年代に首相になった三角大福中(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘)に世襲政治家は誰もいなかったけれど、いつの頃からか世襲政治家ばかりになったが、それもまた格差の固定の表れかもしれないと思った。

 20世紀前半の二度の世界大戦で資本ストックが破壊され、そのあとの時期にヨーロッパや日本で高い経済成長率が記録されたが、これらは例外的な時期であって、その例外を除くと、資本の蓄積が経済成長率を上回るのが資本主義経済の常態であって、何もしなければ富はますます一部の富豪や大企業に集中し、格差はどんどん拡大していくというのがピケティの説だ。安倍政権の経済政策は、金融緩和はともかく、株価つり上げ政策や派遣労働の規制緩和などは、格差拡大を助長するものであることは明らかだ。

 だとすれば野党は、安倍政権の安全保障政策を批判するのと同じくらいの熱意を持って、安倍政権の経済政策を、金融や財政の引き締めといった明らかな逆効果の方向性をとるのではなく、格差縮小の方向性を明確に志向すべきだろう。

 しかし現実には、格差拡大の方向性を持つ経済政策を掲げる維新の党と、経済政策の方向性のはっきりしない民主党が国会で「共闘」する場面が増えると見られる。2012年の衆院選で橋下徹は「フラットタックス」(所得税の定率課税)を掲げるとともに、それをベーシックインカムと組み合わせて「再分配」を僭称した。それは実際にはミルトン・フリードマンの考案した「負の所得税」つきの定率課税と同一であり、要するに新自由主義経済政策そのものだった(「フラットタックス」の政策は、2014年衆院選における次世代の党の経済政策に引き継がれた)。また、みんなの党から分かれて「結いの党」を経て維新と合流した江田憲司は、「みんなの党」時代からの持論である公務員給与の削減を唱え続けているが、これなどデフレ政策の最たるもので、安倍政権の経済政策よりももっと悪いとしか言いようがない。

 ピケティは1月1日付朝日新聞掲載のインタビューで次のように語っている。

 −−(聞き手=大野博人・朝日新聞論説主幹)デフレに苦しむ日本はインフレを起こそうとしています。
 「グローバル経済の中でできるかどうか。円やユーロをどんどん刷って、不動産や株の値をつり上げてバブルをつくる。それはよい方向とは思えません。特定のグループを大もうけさせることにはなっても、それが必ずしもよいグループではないからです。インフレ率を上昇させる唯一のやり方は、給料とくに公務員の給料を5%上げることでしょう」
(2015年1月1日付朝日新聞オピニオン面掲載 トマ・ピケティインタビュー「失われた平等を求めて」より)


 江田憲司の言う通りに公務員給与を引き下げたりしたなら、デフレを固定化するだけであろう。これだけでも、維新の党の経済政策は最低だといえる。

 また、朝日のインタビュー記事には出ていないが、『21世紀の資本』の第16章「公的債務の問題」でピケティが最悪の解決法だと評しているのが緊縮財政である。引退した与謝野馨や民主党の一部や朝日・毎日新聞などのお好みの政策だ。一方、ピケティが推奨するのは民間資産への累進課税であり、これは朝日のインタビュー記事にも出ている。記事でピケティは累進制税を「インフレの文明化された形」だと言う。それはインフレよりうまく負担を再分配できるから。少額の資産には低い税率、巨額の資産には高い税率をかけるという具合である。なるほどと納得できる説明だ。

 だが、民主党と維新の党との連携で、民間資産への累進課税で国の債務を減らすとか、公務員の給料を5%引き上げるなどと言う政策が出てくる可能性はゼロだろう。民主党のたとえば野田佳彦などは緊縮財政を志向し、維新の党は公務員の給料を引き下げて「身を切る改革」を行えと言う。安倍政権はインフレ狙い自体は悪くないが、人為的な株価引き上げを狙うという手段はインフレを起こす方法としては最悪だ。効果が富裕層に偏って表れるからだ。また、バブルは弾けた時の痛みも大きい。さりとて民主党や、とりわけ維新の党の経済政策はデフレを招くだけの可能性が大きい。共産党も資産課税にはおそらく賛成だろうが、衆院選では金融緩和をやめよと主張していた。

 ピケティ自身も認める通り、資産への累進課税の効果は限定的で、それだけで問題をすべて解決できるとは思われないが、それでも資産への累進課税は、今後の望ましい経済政策として検討されるべきだろうと思う。しかし、第一党から第三党のうちに、この案を真面目に検討しようとする政党があるとは思われない。

 このまま格差が拡大していけば、国民の間に先の戦争のような「リセット」志向が強まるかもしれない。赤木智弘のようなレトリックではない、本物の「希望は、戦争」である。過去の大きな格差が戦争によってリセットされたのは歴史的事実だが、それによって自国民及び戦争の相手国民にもたらした犠牲の大きさを考える時、それはあってはならない選択肢だ。

 それに、事態はそんな進み方はしないであろう。集団的自衛権の行使によって、遠くない将来に自衛官の犠牲が出る可能性があるが、自衛官は徴兵によってではなく低所得層を主なターゲットにしたリクルートで補充されるであろう。現在の戦争は、かつてのような大国同士の総力戦争の再来は考えにくく、「イスラム国」のような、国民国家の枠に収まらない勢力との交戦が当面中心になると思われる。もちろん「イスラム国」との戦争への参戦による集団的自衛権の行使など、行ってはならない選択肢である。

 仮に徴兵制の下で総力戦体制になるのなら、格差縮小の経済政策がとられて「リセット」につながる可能性がなくはないが、現実にはそうはならず、「戦争と格差が両立する」事態が訪れるだろう。つまり、富裕層の方が歴史から学んで、総力戦への道は阻止される可能性が高いと思うのである。

 何はともあれ、リベラルのとるべき態度は、平和・自由・平等の揃い踏みの追求であろう。しかし、「橋下抜きの維新と民主党の合流」を期待したり、「帝国主義的社会民主主義」を追求した北一輝に心酔した岸信介を「アメリカと敢然と対峙した『自主独立派』の政治家」として再評価したりするような頓珍漢な「リベラル」ばかりが目立つ今の日本においては、平和と自由と平等の揃い踏みの追求の道は非常に険しいというほかない。

 それでも、それは可能だと信じて前進するしかないと思う今日この頃なのであった。