きまぐれな日々

 まず最初に、前回の記事に書いた、

不思議なのは公明党支持者から支持政党を批判する声がいっこうに聞かれないことだ。

という一節は、単にマスコミの不作為のほか、私自身の怠慢によるものだったことを認めるところから始める。

 公明党代表の山口那津男が、恥知らずにも集団的自衛権の行使容認を表明する前後から、朝日新聞や毎日新聞が、各地の公明党員から党の決定に猛反発する声が出ていることを報じるようになったのだ。何しろ憲政史上の(悪い方への)大転換となる決断だから、そうならないほうがおかしい。

 ただ、現在反対の声をあげている公明党員や支持者たちが、その気持ちを持ち続けることができるかといえば、それはやはり疑問だといわざるを得ない。いや、何も公明党員や支持者に限らない。その他の国民も、昨年暮の特定秘密保護法成立で一時大きく下げた安倍内閣支持率を、75日も経たないうちから元の高水準に戻してしまった。金王朝の圧政に耐える北朝鮮の人民よりもひどい。というのは、北朝鮮で体制批判をすると命が脅かされるが、日本では思想信条や表現の自由が保障されているにもかかわらずこのていたらくだからである。

 集団的自衛権行使容認に反対する社論を掲げているはずの朝日や毎日、それにリベラル派の間で人気の高い東京新聞(中日新聞)も、どこまで本気かははなはだ疑わしい。というのは、朝日や毎日は(おそらく東京も)、公明党の集団的自衛権行使容認が確実になったタイミングで初めて、党内や支持者からの反対の声を大きく取り上げるようになったからである。それでは遅すぎるのである。

 また、それにも増して疑念を持つのは、6月20日付の西日本新聞のスクープ「自衛権行使『新3要件』公明が原案 自民案装い、落としどころ」を後追いしなかったことだ。私はこの記事を「はてなブックマーク」経由で報道の翌日に知り、下記のブクマコメントをつけた。

kojitaken 集団的自衛権 公明党 これはひどい "だが、実はその原案は、公明党の北側一雄副代表が内閣法制局に作らせ、高村氏に渡したものだった。解釈改憲に反対する公明党が、事実上、新3要件案の「下書き」を用意したのだ。" 厚顔無恥のニセ「平和の党」の正体 2014/06/21


 さらに、21日付の『kojitakenの日記』でこの西日本新聞の記事を紹介し、23日には当ブログの前回の記事でも紹介した。

 ところが、私が知る限り、他紙やテレビ局その他のマスメディアはこの記事を後追いせず、従って公明党の反論も(そもそも反論しているのかどうかも知らないが)報じられず、西日本新聞の記事はただ黙殺されたのだった。

 これがこの国のマスメディアの実態だ。

 マスメディアに限らず、一般国民からの反対もいたって弱く、掲示板での投稿も不活発で、私はやっていないTwitterにはつぶやいている人間が多数いるのかもしれないが、Twitterはウェブ検索にひっかかりにくく発信力が極めて弱いし、そんな媒体で声を挙げている人たちのつぶやきにしたところで、ネトウヨの大声に圧倒されているであろうことは容易に想像がつく。

 特に私が批判したいのは例によって「小沢信者」たちである。2006〜07年の第1次安倍内閣であれほど安倍晋三批判にはしゃいでいた人間どもは、その後「小沢一郎政権」の夢を見て、見果てぬ夢を追いながら、その後小沢がやりたい放題にやった悪行を全て容認したあげく、小沢の没落とともに沈黙してしまったのである。

 今になって思い返せば、2005年に小泉純一郎が仕掛けた「郵政総選挙」で自民党が圧勝したことから、日本の行く末を危惧する声が挙がり始めると同時に、小泉の新自由主義政治の弊害が注目された。2005年末の耐震強度偽装事件や2006年初めのライブドア事件を機に、それまで政治に何の関心も持っていなかった連中がブログで小泉批判に加わるようになり、その延長線上で「小泉政治を継承した」安倍晋三が批判されたのだった。

 だから、彼らの安倍晋三批判はいっときの流行に乗ったものに過ぎず、本心から発する安倍晋三に対する怒りに根ざしたものではなかった。そして、ひとたび小沢一郎を崇め奉るようになると、小沢への批判を一切許さない「カルト集団」になっていった。

 最後には小沢一郎自身が自らを崇拝する「カルト集団」に感化されたのか、スポイルされてしまった。それまでの小沢は、私とは相容れないけれども、それなりに自分の主義主張をしっかり持っていた人間であって、集団的自衛権行使容認にしても、1990〜91年の海部政権時代に、自民党内の大勢の行使容認反対論に抵抗して推進しようとして挫折したし、自民党を飛び出して自由党を結成してからも、集団的自衛権行使容認に執念を燃やした。しかし今では小沢は、政略のために主義主張を曲げる人間に成り下がっている。小沢は公明党の集団的自衛権行使容認を批判したが、小沢自身が集団的自衛権行使反対論に転向したかといえばそうではない。それが証拠に、昨年も小沢は自らが主宰する「小沢一郎政治塾」で集団的自衛権行使容認論をぶっていたし、一昨年暮の衆院選前に毎日新聞「えらぼーと」の問いに答えて、集団的自衛権の政府の憲法解釈を「見直すべき」と回答していた。

 小沢がその集団的自衛権行使容認以上に批判されるべきは、政争のために主義主張を曲げる人間に落ちぶれてしまったことであり、小沢をそのようにダメにしてしまったのは、その小沢を崇め奉る、「小沢信者」と呼ばれるカルト集団だった。

 小沢一郎及び「小沢信者」の批判を始めると自制がきかなくなる悪い癖で延々と書いたが、上記のような「カルト集団」を形成したのは、ごく普通の人たちだったことに注意が必要だ。そして、この「小沢信者」的な考えを一時持っていた知識人は決して少なくないことは事実だし、前の戦争中の日本のように、カルト思想が日本のマジョリティになった時代さえある。

 最後に、特に「小沢信者」ではないリベラル派の人たちの声を少しだけ紹介する。一時は小沢一郎と鳩山由紀夫と植草一秀を「政権交代の『三種の神器』」として奉った人たちが集まり、多大なアクセスを集めた『平成海援隊BBS』(私はこの名前を好まないが)を、この記事を書く直前に見て、記事で紹介したいと思った。

http://www3.rocketbbs.com/731/bbs.cgi?id=liberal7&mode=res&no=23574

荒野より - ニライカナイ

政治問題を扱うBBSを開設以来、13年になろうとしています。

色々な政治的な問題がある中で、私はただ一人寒々とした荒野に立たされている、そんな気持ちを持っています。

個別的な具体例は書きませんが、様々な問題がある中での書き込みの激減に、今はただ゛なぜ?゛の一言しか出てこないのです。

ここに書き込みをいただいていた皆さん、どうしていますか?何をお考えになっていますか?

私はこの先のBBSの在り方について苦悶をしています。

[No.23574] 2014/06/21(Sat) 21:58:21


http://www3.rocketbbs.com/731/bbs.cgi?id=liberal7&mode=res&no=23583

Re: 荒野より (No.23574 への返信) - 浮舟亭田中屋

> 政治問題を扱うBBSを開設以来、13年になろうとしています。
> 色々な政治的な問題がある中で、私はただ一人寒々とした荒野に立たされている、そんな気持ちを持っています。

たぶん、議論だけではなく「いま 何をなすべきか」の問題があるから、書き込みが困難になっているんでしょうね。

わたしにとってアベは宿敵であります。打倒すべき対象です。

わたしの組は、組長たるわたしの判断(引き回しかもしれん)で、幹部会は反アベ一色であります。
何が起きようとも、この路線は変えない、わたしが組長である限り。

内閣支持率にも陰りが出てきたし、集団的自衛権の行使の閣議決定にも多数の国民が反対です。
悲壮感を感じるニライカナイさんの投稿ですが、それぞれ個別の現場で発言しましょう。
石原(ノビ)の金目、都議会のセクハラ暴言、麻生のいじめ3条件などなど、ほころびは続出。

元気よく前へ。

[No.23583] 2014/06/23(Mon) 08:58:16


http://www3.rocketbbs.com/731/bbs.cgi?id=liberal7&mode=res&no=23584

Re: 荒野より (No.23583 への返信) - ニライカナイ

> > 政治問題を扱うBBSを開設以来、13年になろうとしています。
> > 色々な政治的な問題がある中で、私はただ一人寒々とした荒野に立たされている、そんな気持ちを持っています。
>
> たぶん、議論だけではなく「いま 何をなすべきか」の問題があるから、書き込みが困難になっているんでしょうね。
>
> わたしにとってアベは宿敵であります。打倒すべき対象です。
>
> わたしの組は、組長たるわたしの判断(引き回しかもしれん)で、幹部会は反アベ一色であります。
> 何が起きようとも、この路線は変えない、わたしが組長である限り。
>
> 内閣支持率にも陰りが出てきたし、集団的自衛権の行使の閣議決定にも多数の国民が反対です。
> 悲壮感を感じるニライカナイさんの投稿ですが、それぞれ個別の現場で発言しましょう。
> 石原(ノビ)の金目、都議会のセクハラ暴言、麻生のいじめ3条件などなど、ほころびは続出。
>
> 元気よく前へ。

元気の出そうな田中屋さんの書き込みですが、なかなかそうもいかないのが現状です。
憲法9条を改正する動きがあれば、私は堂々とそれに反対の論陣を張る訳ですが、実質的な改憲を閣議決定だけでやろうとする内閣が誕生するとは考えてもみませんでした。
立憲主義のみならず、法治主義・民主主義をも否定しかねない現状に、ただただ唖然としているのです。

[No.23584] 2014/06/24(Tue) 06:57:25


http://www3.rocketbbs.com/731/bbs.cgi?id=liberal7&mode=res&no=23576

Re: 荒野より (No.23575 への返信) - 薄田隼人

> こんばんは。
>
> そんな状況だからこそ、必要とされているBBSです。
> 未曾有の危機とは、国民も無関心・反知性の有り様を言うのでしょうね。
>
> 確実に来るであろう、解釈改憲による関連法案阻止の準備をしています。
>
> 本BBSのことは、片時も忘れておりません。

状況があまりにも(悪い方に)めまぐるしく変わるのにただただ呆気にとられているのではないでしょうか。(反省)

[No.23576] 2014/06/22(Sun) 12:36:11


http://www3.rocketbbs.com/731/bbs.cgi?id=liberal7&mode=res&no=23578

Re: 荒野より (No.23576 への返信) - ニライカナイ

> 状況があまりにも(悪い方に)めまぐるしく変わるのにただただ呆気にとられているのではないでしょうか。(反省)

同感です。
安倍内閣の憲法解釈の変更による集団的自衛権の容認について苦言を呈する人物は、もはやどこにもいないのでしょうか?

[No.23578] 2014/06/22(Sun) 17:08:11


 私が引用したいと思った理由を、赤字ボールドにすることで示した。

 何十年も続いた歴史が、ほんの一瞬で変わる。集団的自衛権行使容認とは、大げさにいえばソ連の崩壊にも匹敵する大事件だと思う。ソ連の場合、大量の殺人を犯した体制が倒れたが、23年後の日本では、人を殺さないという誓いが破られるのである。「批判する者が絶え果てた『崩壊の時代』」だから、こんなことが起きる。

 集団的自衛権行使容認は、明日、7月1日に閣議決定されると報じられている。
スポンサーサイト
 劣化というより、腐敗し溶解していっているようにしか見えない日本の政治だが、ここ1週間も目を覆いたくなるニュースばかりだった。

 一昨年夏、次期総理大臣候補と目されていた石原伸晃の「最後は金目でしょ」発言は、さすがは3年前の東電原発事故発生直後に福島を訪れて「私は原発推進論者だ」と言い放った石原慎太郎の倅だけのことはあると同時に、父・慎太郎をさらに矮小化した「小物」ならではの、吐き出される痰のような汚い言葉であった。

 また、都議会で自民党都議が発したセクハラ発言は、発言そのものの酷さもさることながら、発言者を庇い立ててうやむやに終わらせようとする自民党東京都連の醜さに呆れる。無罪放免といえば石原伸晃についてもいえる。

 上記2件にも増して私が問題視しているのは公明党の怪しげな動きである。『kojitakenの日記』にも書いたが、6月20日付の西日本新聞は、自民党の高村正彦副総裁が公明党に提示したとされていた集団的自衛権行使容認の「新3要件」は、実は公明党の北側一雄副代表が内閣法制局に作らせ、高村氏に渡したものだったと報じた。西日本新聞は、「解釈改憲に反対する公明党が、事実上、新3要件案の『下書き』を用意したのだ」と断じている。

 当ブログでずっと公明党に対する懐疑の念を表明し続けている私としては「やっぱりな」「さもありなん」という感想しか出てこないのだが、不思議なのは公明党支持者から支持政党を批判する声がいっこうに聞かれないことだ。こう書くと「宗教政党だから」云々と言う人たちがいるかもしれないが、創価学会が集団的自衛権行使容認に反対するコメントを出したことを考えると、公明党執行部は「宗教よりも世俗権力の維持が第一」と考えているとしか思われないのである。しかるに、そうした執行部を批判する声が表に出ないことは、公明党支持者の社会には「自浄作用」が欠けていることを示すものだ。

 ところで、安倍晋三が猪突猛進する「集団的自衛権行使容認」や「積極的平和主義」なるものが、1991年の湾岸戦争当時に自民党幹事長を務めていた小沢一郎の構想を実現させるものであることを、昨日(22日)のTBSテレビ『サンデーモーニング』で姜尚中が指摘していた。

 この件についても『kojitakenの日記』に書いたが、姜尚中はせっかく正しい指摘をしながら、現在では小沢一郎の認識は当時とは変わっているなどと間違ったことを言って視聴者を惑わせていた。現在でも小沢一郎の思想信条が湾岸戦争当時と変わっていないことについては『kojitakenの日記』に証拠を示して書いたので、その詳細はここでは繰り返さない。

 この記事で非難したいのは、そんな小沢一郎の支持者のうち、右派の人たちではなく(というのは彼らにとっては昔からの小沢の主張が実現するのだから何の問題もなかろうから)、「リベラル・左派」に属する人たちの自己欺瞞である。小沢一郎の正体を直視することを避けたがる彼らの心情は、上記に書いた公明党支持者たちとそっくりなのである。

 おそらく公明党にせよ小沢一郎にせよ、それを支持する心の弱い人たちにとっては「頼れそうな強大な存在」であり、だからどんなに裏切られても縋りつくのだろうが、そうした人々の弱さを情け容赦なく突いているのが現在の安倍晋三政権であると私は認識している。

 安倍晋三自身は、「イケイケドンドン」で勇ましいだけの「軽くてパーな御輿」に過ぎないが、御輿を担ぐ方の連中は政官業のトップなど日本のエスタブリッシュメントたちだから手強い。彼らは、日本の国力の低下が顕著になり、人々の心がすっかり弱くなった現状につけ込んで、強権的な国家体制を作り上げ、自らの権力欲を満足させようとしている。その傲岸不遜さには際限がない。

 昨今の安倍晋三一派のやりたい放題に、さすがに嫌気がさす人が増えたのか、今朝(6/23)の朝日新聞を見ると、安倍内閣支持率が43%に低下したと報じられていた。しかし、昨年暮に秘密保護法が成立した時にも安倍内閣支持率は一時大きく下げたもののすぐに盛り返した。今回もそれを繰り返すだろう。

 人間は忘れやすい生き物だが、一度身についた奴隷根性からはなかなか脱却できないものである。
 6月10日に公開した前回の記事の本文(「蛇足」として書いた小沢一郎批判の直前)にこう書いた。

 ただ、自公の連立が解消されるとは私は予想していない。自民党は公明党に選挙で票を上乗せしてもらい、公明党は公明党で、中身は詳しく知らないが政権与党にいる旨味から離れられないような気配が感じられる。

 では今後どういう推移をたどるか。公明党が安倍晋三に屈し、集団的自衛権の政府解釈変更を認める展開しか私には思い描けないのである。


 それが、あまりにもあっけなく予想通りになった。予想していたとはいえ、あまりの公明党に腹を立てた私は、『kojitakenの日記』に、「やはり! 公明党、集団的自衛権の行使を容認へ(怒)」と題した記事を書いた(下記URL)。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20140612/1402582951

 この記事に対し、"surohnin(千念)" という、1948年鹿児島県生まれの右翼が、こんなコメントを寄越してきた。

surohnin 2014/06/13 01:16
予想通りという割にはえらい怒りようですな。

実際の閣議決定は来月の上旬でしょうが、公明党程度の規模の政党が決定を1か月先送りできたのは、相当な成果だと評価すべきでしょう。


 そりゃ安倍晋三の支持者から見たら、1か月も先送りさせやがって、ということになるのかもしれないが、この件はもともと今国会会期中の閣議決定は無理だと観測されていたのを、安倍晋三が強引にねじ込もうとしたものだ。つまり、安倍晋三は100%の成果を狙って、200%の要求をして見せたのであって、その結果100%の成果を得ようとしている。そして、安倍晋三がこういう態度に出られたのも、公明党の基本姿勢が「自民党との連立維持が第一」であることを見通しているからだ。公明党は安倍晋三に足元を見られたのである。

 この見方を裏付けるのが、昨日(6/15)放送のTBSテレビ『サンデーモーニング』におけるコメンテーター・岸井成格の発言だ。岸井は公明党の対応に言及して、「『この問題で連立を離脱すれば損をするという議論がある』というが、政局で判断するようなことか」と一言で切り捨てたのである。

 そんなことを言う岸井自身、かつて(前回の自民党政権時代。もしかしたら第1次安倍内閣時代かもしれない)、「毎日新聞の社論を『護憲』から『論憲』に変えさせたのは私だ」と得意げに語っていた過去があるから「お前が言うな」と言いたくもなるが、現在の岸井成格は第2次安倍内閣成立の時点から一貫して(但し第1次政権時代とは真逆に)安倍政権を批判する立場に立っていることも確かだ。

 ただ、岸井成格は世間一般とは正反対の方向に変わったといえるかもしれない。というのは、第1次内閣時代「KY」(空気を読めない)と評された安倍晋三だったが、今や安倍晋三を支持ないし容認することが「空気」になっているからだ。もっともネットでは第1次内閣時代から安倍晋三支持派の方が批判派よりも圧倒的に多数であり、その頃既に「ネット右翼」という言葉があり、「ネトウヨ」という省略形も用いられ始めていた。世間がネットに追いついたのが今だと言えるかもしれない。

 もちろん第1次と比較して第2次安倍内閣の支持率が高止まりしているのは、安倍晋三の姓をもじった名称で呼ばれる(マスメディアや多くのネット市民もそれを無批判に用いている)安倍政権の経済政策にあるとの意見もある。確かに、政権の大胆な金融緩和とリフレ政策が功を奏したように見える。これは左翼政党も小沢一郎も海江田万里も朝日新聞も毎日新聞も反対した政策であり、これらの政治勢力やマスコミの硬直した思考は大問題だと私は思う。

 しかし、安倍政権の経済政策には大きな問題がある。6月8日の『サンデーモーニング』で荻上チキが指摘し、時を1年前に遡ればジョセフ・スティグリッツが昨年6月15日付の朝日新聞のインタビューで指摘していたように、安倍政権の経済政策には「再分配」という視点がないのである。金融緩和やリフレも、再分配と組み合わせなければ十分な効果は得られないというのが私の意見である。

 再分配の代わりに政権が必死に模索しているのが「成長戦略」だが、政府が無理矢理資金を流し込む産業分野はろくな道をたどらない。その最たる例が原発である。歴代政権は原発に金を注ぎ込んでは無駄にしてきた。ようやく東電原発事故をきっかけに民主党政権が「脱原発依存」の政策を打ち出したが、安倍政権は早速これを反故にしてしまった。

 最近では政権は再生医療に目をつけており、理研(利権?)がその政府から研究資金を引っ張り込もう、あるいはiPS細胞の研究に傾斜配分されている資金を奪い取ろうとして失敗したのが、昨今話題の「STAP細胞」騒動だろう。小保方晴子はそのための宣伝塔であり、だから理研が「割烹着を着て実験するリケジョがあげた輝かしい成果」として「STAP細胞」を大々的に記者会見でアピールしたのだった。「STAP細胞」は絵に描いた餅に過ぎなかったが、安倍晋三が早速それに飛びつき、官邸で行われる総合科学技術会議に小保方晴子を呼ぼうとしたことは、結局呼ばなかったとはいえ、政権の政策と安倍晋三本人の底の浅さを露呈したものだ。もちろん会議に呼ぼうとしたのはブレーンではなく安倍晋三本人である。

 そうこうしているうちに、日本経済の先行きはまたぞろ不透明になってきた。再分配が行われなければ富は一部の人間に偏在したままだから、消費が刺激されないのは当然だ。

 いつの間にかタイトルからかけ離れた方向(彷徨?)に記事が脱線してしまったが、経済を良くすることもできず、戦争をする可能性を高めるばかりの安倍政権を延命させる方向に、公明党も石原一派もみんなの党も、そしてブチ上げてはみたものの早速失速している橋下徹と前原誠司を軸とする「橋下(・前原・江田)新党」も、みんながみんな加担している。

 もはや当ブログの常套句になってしまったが、これが坂野潤治が一昨年のベストセラー『日本近代史』(ちくま新書, 2012)に書いた「異議を唱える者が絶え果てた『崩壊の時代』」なのか、という実感をかみしめて生きる今日この頃なのである。
 集団的自衛権の政府解釈変更の閣議決定の件、今国会中には無理だろうと、たとえば岸井成格あたりがずっと言っていたのだが、ここにきて安倍晋三が強気に転じ、公明党に圧力をかけまくっている。

 それを助長しているのが、日本維新の会の分裂劇、さらには日本維新の会・橋下徹派と、同派及び結いの党とつるんで新党結成を企んでいる民主党の前原誠司や細野豪志らの動きであろうと私は推測している。

 日本維新の会の分裂劇では、石原慎太郎陣営が予想外の23人もの議員を確保した。これについて、6日付の『kojitakenの日記』に、「『石原新党』になぜ23人も集まったのか」という記事を書いた。この記事にも書いたように、「石原新党」に馳せ参じる23人の議員のうち、当選回数5回未満の衆議院議員は、1人を除き、知名度のある中田宏や山田宏も含めて、全員比例代表選出議員である。普通に考えれば、次の衆院選で当選の見込みの極めて薄い連中である。それは、ATOKが「日本送信塔」としか仮名漢字変換してくれない、かつて存在した某泡沫政党を立ち上げて2010年の参議院選挙に臨んだ中田宏や山田宏が、彼ら自身を含めて1人も当選者を出せなかったことや、石原慎太郎が名付け親になって立ち上げられた某立ち枯れ政党が、片山虎之助ただ1人しか当選者を出せなかったことを思い出せば明らかだ。

 この件について産経新聞は、石原慎太郎に近いベテラン議員が、「次の衆院選では必ず自民党の協力が得られるから安心してほしい」と議員たちを説得したのが奏効したと言っているが、「選挙協力」って一体何だろうか。別々の政党で戦い、かつ自民党が連立相手に公明党を抱えている現状では、自民党も票の回しようがなかろう。

 そうなると、「石原新党」自体の自民党への合流か、さもなくば最低限でも公明党を連立から離脱させた上での自民党との連立くらいを口にしなければ、権力の座を維持する欲望に飢えるバブル当選組の議員たちを説得できなかったのではないかと思われる。つまり、近い将来発足する「石原新党」は、限りなく自民党(安倍晋三)に近い政治勢力になるということだ。

 それなら橋下徹はといえば、こちらも本質的に石原慎太郎と何ら変わりない。そもそも安倍晋三が総理大臣に復帰したきっかけとなったのは、一昨年夏、橋下と松井一郎が、当時自民党内で不遇を託っていた安倍晋三を維新の会に引き抜こうとしたことだった。維新からの引き抜きを阻止しようと、自民党総裁選に安倍晋三を担ぐ人間が続出し、それが谷垣禎一を降ろして「担ぐ御輿は軽くてパー」の石原伸晃を立てようとした自民党長老連(古賀誠と森喜朗)の軽挙妄動の失敗が相俟って、まさかの安倍晋三総裁復帰、そしてそうなってしまえば必然の帰結として第2次安倍内閣発足につながったのだった。私は橋下こそ安倍晋三の復帰を招いた「A級戦犯」であると考えている。

 その橋下は、「集団的自衛権の政府解釈変更は立憲主義に沿う」との妄論を炸裂させている。一方、結いの党は集団的自衛権の政府解釈変更に消極的とされる。ここで鍵を握るのは新党結成のパートナーと見られる民主党の一部(といっても半分以上になる可能性もある)議員だが、最近、前原誠司が前面に出てくるようになった。前原はもちろん政府解釈変更派である。これまで尖兵として動いてきた細野豪志は、政策よりも政局で動く鵺のような人間だから、橋下も前原も政府解釈変更派とあっては細野も同じ態度をとるに違いないと私はにらんでいる。そうなれば、結いの党も政府解釈変更派へと転じるのではないか。

 こう考えると、仮に公明党を抜きにしても、「石原新党」と「橋下+結い+前原・細野新党」、さらには「みんなの党」と、集団的自衛権の政府解釈変更に賛成する安倍晋三の仲間には事欠かないのである。上記のような「野党の右翼的再編」が安倍晋三に勇気を与え、それが公明党に対する高飛車な姿勢につながっているように私には見える。

 ただ、自公の連立が解消されるとは私は予想していない。自民党は公明党に選挙で票を上乗せしてもらい、公明党は公明党で、中身は詳しく知らないが政権与党にいる旨味から離れられないような気配が感じられる。

 では今後どういう推移をたどるか。公明党が安倍晋三に屈し、集団的自衛権の政府解釈変更を認める展開しか私には思い描けないのである。
 6月最初のブログ更新。

 じめじめした梅雨の季節として嫌われがちな6月だが、個人的には相性は悪くない。気温が上がって空気が濁る5月は例年体調が良くなく、疲れやすいのだが、6月に入って空気が湿ると元気を取り戻すというのが例年のパターンだった。

 加えて、ブログ運営においても6月は思い出深い。というのは、8年前、2006年6月6日に、当時第3次小泉内閣の官房長官を務めていた安倍晋三が、当時まだ生きていた文鮮明を教祖と仰ぐ統一協会の合同結婚式を兼ねた集会に祝電を送ったことがネットで暴かれ、ちょっとした騒ぎになった時、その輪に加わって騒ぎ、以降ブログのテーマを「反安倍晋三」に定めて、第1次安倍内閣の成立前から、安倍晋三の政権投げ出しに至るまで、安倍晋三の批判を続けたのだった。

 安倍晋三の政権投げ出しは欣快事だったが、5年後、安倍晋三は総理大臣の座に復帰した。悪夢のような出来事だった。

 それから1年半が経過し、今年の6月は季節外れの猛暑でスタートした。狂ったような暑さであり、気候のせいかはたまた歳のせいか、体調は全く芳しくない。今年は5月はまずまず調子が良かったのに、6月に入る直前からおかしくなった。そして内閣支持率が一貫して下げ基調であった第1次安倍内閣と全く違って、第2次安倍内閣の支持率は高止まりしている。

 そんな6月に入る直前の5月29日夜、安倍晋三は日本人拉致被害者を再調査することで北朝鮮と合意したと発表した。8年前は北朝鮮との関係が深いとされた故文鮮明の宗教団体への祝電が話題になったが、今年は、12年前に安倍晋三が名を売るきっかけとなった、というより安倍晋三が売名に利用した拉致問題を持ち出してきた。

この「北朝鮮カード」を安倍晋三が切ろうとしていたことは、だいぶ前からの日朝の動きから明らかだったが、ストックホルムでの日朝交渉が難航したと見られていたから、安倍晋三の記者会見はサプライズではあった。その裏には、日朝間で何らかの密約が交わされたのではないかと見る向きも多い。

 安倍晋三は、日米間の密約を好んだ岸信介を母方の祖父に持ち、同じく密約を好んだ佐藤栄作を大叔父に持つ。一昨年(2012年)、岸や佐藤を「敢然とアメリカと対峙した自主独立派の政治家」と持ち上げる孫崎享なる人間がその妄論を披露した著書が、小沢一郎を支持する人たちばかりか、広く一般に受け入れられるという痛恨事があった。孫崎享は山本七平賞を受賞したことのある右派の論者だが、どういうわけか小沢一郎を支持する論陣を張り、安倍晋三に対しては批判する立場に立つのだが、現実にやったのは、安倍晋三の母方の祖父や大叔父をほめたたえ、小沢一郎支持者を含む人たちの「目から鱗」を落とさせたことだった。

 より正確には孫崎は「小沢信者」らの目に鱗を貼り付けたというか、目眩ましをしたと評するべきであって、その著書『戦後史の正体』のインチキぶりは、最近になってやっとこさ書かれた魚住昭の痛烈な批判「陰謀論という妖怪」に鮮やかに示されているのだが、小沢一郎を擁護する立場に立ち、小沢の支持者たちにも一定の影響力があると見られる魚住氏には、もっと早くこういう仕事をして欲しかった。孫崎があの「トンデモ本」を出したのは一昨年の夏で、「ハーメルンの笛吹き」孫崎の笛に騙された人間がいかに多かったかは、アマゾンのカスタマーレビューを見れば一目瞭然である。孫崎のおかげで、安倍晋三を「A級戦犯の孫」と呼ぶ「小沢信者」は誰もいなくなった。そして、安倍晋三を党総裁に返り咲かせた自民党は、一昨年末の衆院選と昨年の参院選に連続して圧勝したのだった。

 さて、「トンデモつながり」と言うべきかどうか、最近私が読んでいるのは、2010年に単行本が出版され、今年2月にちくま文庫に収録された早川タダノリ著『神国ニッポンのトンデモ決戦生活』である。消費税増税直前に買い込んだ本のうちの1冊だが、筑摩書店のサイトから本書の概要を引用する。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480431318/

この本の内容

「決戦生活」「決戦型ブラウス」「決戦盆踊り」「勝利の特攻生活」「アメリカ人をぶち殺せ」…。凄まじい戦意昂揚キャッチフレーズ群に塗りつぶされていく戦時下の日本を、当時の雑誌やパンフレットをもとにユーモアを交えた文章で楽しく紹介。神がかりプロパガンダと大衆動員によって作り出されたグロテスクな反‐理想郷(ディストピア)がここにある。しかし、これは近未来の日本の姿ではないと言い切れるだろうか?カラー図版多数収録。

この本の目次

1 神々しき靖国の社
2 日本よい国
3 称えよ八紘一宇
4 勝ち抜く決戦生活
5 すべては勝利のために
6 言霊の戦争


 現在の北朝鮮と同じような、否、それよりももっとひどい光景は、この日本にもあった。戦争末期の東京や大阪への米軍の大空襲、広島や長崎への米軍の原爆投下、そして悲惨な沖縄戦などは、すべて始めた戦争を終わらせることがなかなかできなかった政府の「棄民政策」ともいえるトンデモ政策によってもたらされた。ちなみに、早々と敗戦を見越した安倍晋三の母方の祖父・岸信介は、いち早く1944年に東条英機を見捨てて内閣から逃げ出して東条内閣を崩壊させ、戦後も戦犯容疑で逮捕されながら、アメリカに利用価値を認められて釈放され、総理大臣に上り詰めたのであった。金正恩と何ら変わりないパッパラパーの3代目・安倍晋三とは全く異なり、岸信介は金正恩の偉大なる祖父・金日成にも優るとも劣らない「猛虎」であった。安倍晋三がその祖父が果たせなかったディストピアの建設を完成させようとしているのが現在の日本ではないか。

 このまま日本国民がズルズルと安倍晋三の支持を続けるようなら、『神国ニッポンのトンデモ決戦生活』に紹介された「神がかりプロパガンダと大衆動員によって作り出されたグロテスクな反‐理想郷(ディストピア)」が「近未来の日本」に本当に再現するのではないかと危惧する今日この頃なのである。