FC2ブログ

きまぐれな日々

東京都知事選は予想通り舛添要一の圧勝に終わった。ただ、猪瀬直樹が宇都宮健児をクアドラプルスコアで破った一昨年12月の都知事選と比較すると、差はかなり少なくなり、舛添が宇都宮健児につけた差はダブルスコアを少し超える程度だった。告示前からモタモタしていた細川護煕は、宇都宮健児の後塵を拝する3位で、田母神俊雄は細川から大きく離れて、それでも12.6%の得票率で4位だった。上位4候補の得票は下記の通り。

 舛添 要一 無新 2,112,979
  宇都宮健児 無新  982,594
  細川 護熙 無新  956,063
  田母神俊雄 無新  610,865

今回の都知事選の投票率は46.14%だった。過去3番目の低さだったとのこと。前日の大雪による積雪の影響も言われているが、投票日の天気は晴だった。都民の関心が必ずしも高くなかったと言えると思う。

私も都知事選の有権者だったので投票したが、以前から当ブログに書いた通り、上記の主要候補4人には投票しなかった。公約や思想信条からいえば宇都宮健児なのだが、昨年末に澤藤統一郎弁護士が発した前回(2012年)都知事選における公選法違反の告発に対し、「人にやさしい東京をつくる会」が今年1月5日に「法的見解」を出したものの、それに対しても澤藤統一郎氏の他、醍醐聰氏からも疑義が呈された。しかし宇都宮陣営はこれを事実上黙殺した。この一件に見られる「ムラ体質」を忌避して、前回宇都宮氏に投票した私は今回は彼に投票しなかった。しかし宇都宮氏は前回より得票数を僅かながら伸ばしている。これは選挙の投票率低下を考慮すると、まずまずの健闘だったと認めざるを得ない。

理由として考えられるのは、前回は衆院選とのダブル選挙であったために、宇都宮氏を推薦する政党の選挙運動が衆院選に重きを置かれたこと、有権者の関心も主に衆院選に集まったこと、それに対して今回は都知事選が注目され、選挙運動に力が入ったことに加え、数少ないテレビ討論などで宇都宮氏の主張に説得力を感じた有権者がかなりいたためだと考えている。

そりゃそうで、もともと宇都宮氏が主張していること自体は立派なものなのだ。ただ、言っていることと選対の組織の体質の乖離がはなはだしいことが問題なのだ。これはしばしば「共産党の体質」に帰される傾向があるが、私はもっと根の深い問題だと思う。というのは、前回都知事選における公選法違反の告発を行った澤藤統一郎氏は共産党支持の弁護士の大物である一方、告発された主要な人間は、元国立市長の上原公子氏であり、上原氏は生活者ネット、つまりほぼ絶滅した民主党左派(菅直人など)に近い人だったのである。さらに岩波書店の熊谷伸一郎なる人物の深い関わりが指摘されている。

また宇都宮氏は、昨年の参院選前にも澤藤弁護士から批判されている。宇都宮氏は前述の上原公子氏らとともに、「脱原発」候補を推薦すると称した「緑茶会」なるもののメンバーとなっていたが、この会が推薦したのは緑の党の全候補者をはじめ、民主党、生活の党、みんなの党などの候補を推薦する一方、共産党の吉良佳子氏には推薦を出していなかった。このことからもわかるように、宇都宮氏はもともと共産党系の人士ではなく、社民党、民主党左派、生活の党などに近い人だったと推測されるのである。

要するに、政党以前に、ごく一部の人物が2012年都知事選における宇都宮選対を壟断していたのであって、その問題への十分な検証が行われないまま選挙に突っ走り、自浄作用が働かなかった。今回は共産党が組織内候補と同格に扱ったように外部からは見える。共産党員や支持者も澤藤統一郎氏が提示した疑義に取り合おうとしなかった。

そんなことで良いのだろうかと私は思うのである。前回の都知事選と比較すると「善戦」したとはいえ、宇都宮氏は舛添にダブルスコアで負けているのである。宇都宮氏陣営は、このことの意味をよく考えるべきだろう。

それから細川護煕であるが、予想通りテレビ討論会は悲惨なものだった。私は細川というとどうしても忘れられないのが20年前にこの男が発した「腰だめの数字」という妄言である。

1994年2月3日 細川内閣で消費税を廃止し、税率を7%とする“国民福祉税”構想を、突如、未明に公表して世論の批判を浴び、8日に撤回した。この時、国民福祉税の税率を7%とする根拠を聞かれた細川は、「正確にはじいていないが、腰だめの数字としてこの程度は必要である」と答えた。

「腰だめ」とは、「goo辞書」を参照すると、

1. 銃床を腰に当て、大まかなねらいで発砲すること。
2. 大ざっぱな見込みで事を行うこと。「―で予算を立てる」

とある。これに頭を抱えたのは、当時細川を操っていた小沢一郎だった。小沢はこう語っている。

小沢 そりゃあ「腰だめ」がまずかった。あのとき、「税率を7%に引き上げる根拠はこうだ。その場合、財政はこうなる」などときちんと説明しておけば、なんのことはなかったんです。要するに「腰だめ」という発言で、「首相の対応はいい加減だ」「腰だめの数字とは何ごとだ」という話になっちゃった。しかも、国民は夜、眠いのに起こされたわけだから、余計に批判を浴びた(笑)。

−− 細川さんは内容をよく把握してなかったんですか。

小沢 たぶんそうでしょうね。もちろん、首相が細かな数字をいちいち説明する必要はない。しかし、理屈はきちんと言わなければならない。そうすれば騒ぎにならないですんだんです。心の中ではみんな消費税を上げなきゃいけないなと思っているわけですから。とにかく日本人というのはインチ・バイ・インチだから、スカッといかないんです。
(五百旗頭真・伊藤元重・薬師寺克行編『90年代の証言 小沢一郎 政権奪取論』(朝日新聞社,2006)134頁)


そんなかつての小沢一郎の傀儡・細川護煕が、今度は小泉純一郎の傀儡になった。こんな候補を「脱原発派」が支持するなど正気の沙汰とは思えないのだが、驚くべきことに、鎌田慧、澤地久枝、瀬戸内寂聴、それに今年100歳になる老ジャーナリストのむのたけじ各氏までもが細川護煕を推薦した。その結果、昨日のNHKの出口調査によると、「脱原発」派の6割が細川に投票したそうである。しかし、細川や細川を応援した小泉が、他の政策は誰が都知事をやっても同じと言わんばかりの妄言を発したことも影響したのか、「脱原発派」以外には支持が広がらなかった。ネットの「小沢信者」も宇都宮支持派と細川支持派に分裂した。教祖様(小沢一郎)はもちろん細川を推したのだが、岩上安身や「きっこ」をはじめとして、小沢になびかなかった(元?)信者が続出したのであった。

私は宇都宮氏陣営の非民主主義的な体質にも失望したが、それ以上に、これまで信頼していた人たちが細川護煕支持へと雪崩を打ったことにはさらに深く失望した。細川を当選させなければ安倍晋三が戦争に突き進むのを止められないと言っていた人たちもいたが、細川を当選させたらどうやって安倍晋三を止めることができるのか、それを説明できた人間は誰もいなかった。

ただ、「脱原発派」の変質の前兆は昨年には見られていたようである。私は「脱原発」デモには、一昨年9月を最後にしてそれ以降は一度も参加していないが、昨年3月11日に行われた集会で、大江健三郎は反原発運動について「戦後ここまで日本人が統一したことはない」と、澤地久枝は会場で打ち振られる日の丸について、「日の丸を見たら身構える世代ですが、今日はそれを掲げる人もいることをうれしく思う」と、それぞれ発言したという。

大江健三郎について言わせてもらうと、現在話題になっている「偽ベートーヴェン」佐村河内守の「ビジネス」の前段には、20年ほど前に売り出された大江健三郎の障害を持つ長男・大江光の「ビジネス」があったと私は考えている。大江光のCDと「佐村河内守」のCDは、同じレコード会社から発売されているはずである。私は「佐村河内守」のCDを聴いたことはないが、大江光のCDなら聴いたことがある。こんなものをありがたがる人間はどうかしていると思った。大江健三郎の「脱原発」仲間である坂本龍一も、大江光の音楽を酷評した1人であった。

今回の舛添要一の対立候補が宇都宮健児や細川護煕なんかではなく、坂本龍一であれば、もう少しまともな戦いになったかも知れないと思う(私は坂本龍一の言動にも全面的に賛同できない部分はあるけれども)。ただ、その場合自公側が担いでくる候補は舛添要一ではなかったかも知れない。自公が舛添要一を担いだ理由として、宇都宮健児の出馬表明を受けて、それなら舛添要一でも勝てると判断したのではないかと私は考えている。事実、舛添の得票数は前回都知事選の猪瀬直樹の半分にも満たなかった。舛添は決して「強い候補」ではなかったのである。

田母神俊雄については、若年層の支持が多いという朝日新聞の出口調査結果が話題になっているけれども、田母神と舛添の得票の合計は、年齢層によらず同じくらいの比率である。かつて「若いときに左翼でないのは馬鹿だ。年をとっても左翼であるのはもっと馬鹿だ」と言った人間がいたらしいが、「ネトウヨ」はかつての「左翼」に代わって若者のトレンドになったかのようだ。ただ、上記の言葉は、「若い時にネトウヨであるのは馬鹿だが、年をとってもネトウヨであるのはもっと馬鹿だ」と書き換えられねばなるまい。

ネトウヨが総理大臣になってしまったと言うべき安倍晋三は、もちろん日本を危うくするリスクの最たるものであるが、それを都知事選で止めようというのは無理筋だった。2007年の第1次安倍内閣は、都知事選の石原慎太郎圧勝が内閣支持率上昇の追い風になったが、5か月後には安倍晋三は政権を自ら投げ出した。
スポンサーサイト