きまぐれな日々

以前にも何度か書いたと思うが、私は小学生の時分から新聞なるものに興味を示す変わり者だった。ある時、その新聞の紙面がいきり立ち、それに対して私の親がいたって冷淡な反応を示した事件があった。それが1972年の外務省機密漏洩事件、いわゆる「西山事件」であった。

この事件は、昨年(2012年)1〜3月にTBS系で放送された故山崎豊子原作の『運命の人』のモデルとなった。出演していた主演クラスの俳優の中にも、このドラマに出演することで初めて事件を知ったと語った者がいたが、当時の反応は、ドラマにもあった通り、政府や官僚が仕掛けて『週刊新潮』やテレビのワイドショーが広めたスキャンダラスな報道に、すっかり人心が支配されたものであった。

しかし、当時毎日新聞記者であった西山太吉が暴いた沖縄返還に絡む日米密約は、政府(佐藤栄作政権)が国民を騙すものでしかなく、利益を得るのは一方的にアメリカであって、日本が得る利益はひとり(現首相・安倍晋三の大叔父である)佐藤栄作の偽りの「名声」だけしかなく、(私の好まない言葉だが)いわゆる「国益」に全く資するところがないというとんでもない代物であった。これを暴かれて逆上した佐藤栄作が「下半身の問題」にすり替えて難を逃れたというのが事件の本質だった。

さる25日に安倍晋三政権が閣議決定して国会に提出した「特定秘密保護法案」に、全国紙ではもっとも早く(とはいってもこの件が議論されるようになってから相当時間が経ってからではあったが)社説で「反対」を表明したのは、かつて西山太吉が所属していた毎日新聞だった。今年3月まで同紙の主筆を務め、第1次安倍政権時代にはテレビで見苦しい安倍晋三擁護論をぶって私の激しい怒りを買っていたあの岸井成格が、しばしば「西山事件」を持ち出して法案への反対を明言していたから、同紙が反対を打ち出すことは予想できたところではあった。

これに対し、安倍内閣でこの法案の国会審議を担当する大臣である森雅子が「沖縄返還に伴う密約を報じて記者が逮捕された西山事件は同法の処罰対象になる」とほざいた(10月22日付毎日新聞=下記URL)。
http://mainichi.jp/select/news/20131023k0000m010092000c.html

この森雅子の下品極まりない暴言には呆れ返ってしまった。先にも書いたように、西山太吉に暴かれた「沖縄密約」は日本から見れば、自国の国益に何一つ資するところはなく、唯一人佐藤栄作の虚栄を保つためにアメリカに一方的に譲歩した事実を覆い隠すだけのものだった。国民を騙す犯罪とさえいえるこんな密約の暴露まで処罰の対象になるとは、安倍政権は「長いものには巻かれろ」と高圧的に言っているも同然である。

たいそうご立派なことをやっている政権ならまだしも、安倍政権のやっている、あるいはやろうとしていることといえば、「解雇特区」だの、いったん禁止された「日雇い派遣」の再解禁だの、果てはブラック企業としてあまりにも悪名の高いワタミ(渡邉美樹)を国会議員にすることだったりする。そればかりか、いざとなったら軍需で景気を回復させようともくろんでいる。

そして、権力の頂点にいる安倍晋三という人間は、ただひたすら母方の祖父である岸信介やその弟の佐藤栄作を信奉し、彼らの思想信条を引き継いだ上、さらにネトウヨの影響を受けてFaceBookになにやら下品なことを書き散らす人間でしかない。安倍晋三が秘密保護法案に熱中するのを評した自民党の村上誠一郎は、「財政、外交、エネルギー政策など先にやるべきことがあるのに、なぜ安倍晋三首相の趣味をやるのか」と述べたというが(10月24日付毎日新聞=下記URL)、「西山事件」を問題のすり替えで潰した佐藤栄作の遺志を継ぐとの意識でもあるのだろうか。
http://mainichi.jp/select/news/20131024k0000e010196000c.html

さて、ここで話題を変える。後半は、6〜7年前の第1次安倍内閣の時代と比較して安倍晋三に対する批判が弱い件について書くが、「小沢信者」の悪口を含むので、読みたくない人は続きは読まない方が身のためであろう(笑)。
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「体育の日」を含む3連休の2,3日目は、祝日の意義通り(?)運動をしてたのでネットから離れていた。復帰初日に何を書こうかと思ったら、下記のブログ記事に『はてなブックマーク』がいくつかついていたので、これを取り上げることにする。

「新自由主義化によって成功した北欧諸国」(『未唯への手紙』2012年8月10日付記事)

昨年書かれた記事本文は引用しないが、「北欧型新自由主義」というのは橋本努という北海道大学大学院の経済学の教授によるネーミングである。橋本氏は、民主党(菅直人)政権時代の2010年6月8日にこんなことを書いている。
http://synodos.jp/society/2031

2010.06.28 Mon
「最小不幸社会」って、どんな理想なの?
橋本努 / 社会哲学

来たる7月11日の参院選で、民主党に投票するべきなのかどうか。悩ましい問題である。考えるための基点は、一つしかない。菅直人首相の掲げる「最小不幸社会」というビジョンに、賛同するかどうかだ。

「北欧型新自由主義」への転換の起爆剤

菅首相は、去る6月8日の就任会見のなかで、年来温めてきた自身の政治ビジョンを熱く語った。経済、財政、社会保障を立て直して、「最小不幸社会」を目指す――。

参院選のための「マニフェスト」や「新成長戦略」(6月3日発表)をみると、そのための注目すべき政策提言は、ふたつあるだろう。一つは、最低賃金を平均1,000円にまで引き上げるという提案。もう一つは、年金制度を一元化して、月額7万円の最低保障年金を創設するという提案だ。

いずれも、抜本的な制度変革を必要としているから、ただちに実現するわけではない。けれども長期的にみれば、このふたつのアイディアは、新しい社会を切り拓くための起爆剤となるかもしれない。「北欧型新自由主義」と私が名づけた、新しい制度への転換である。

「最低賃金引き上げ」と福祉国家の新しいモデル

「最低賃金の引き上げ」政策から考えてみよう。鳩山政権下で問題になったのは、非正規雇用者の意見を、政治的に吸いあげるパイプ=中間組織がない、ということであった。正規雇用者の利害ばかりが政治に反映されると、非正規雇用者は取り残されてしまう。そうした分断を防ぐためには、正規雇用者と非正規雇用者の双方にとって、望ましい政策が必要となってくる。

「最低賃金の引き上げ」は、そのための有効な手段になるだろう。「連合(日本労働組合総連合会)」の古賀会長は、民主党が今回、最低賃金の数値目標を掲げた点を高く評価しているが、最低賃金の引き上げは、非正規雇用者にとっても、望ましい。勤め先が変わっても、生活水準がひどく悪化するような事態を避けられるからである。

雇用が不安定でも、安心して家庭生活を営むことができる。そんな社会を実現するためには、最低賃金が引き上げられねばならない。雇用の流動性と市場経済の効率性を受け入れるかわりに、労働者の生活をしっかりと保障する。これはすなわち、現在の北欧諸国を中心に模索されている、福祉国家の新しいモデルであろう。

自民党は「自己責任」原則、民主党は「最小不幸」原則

民主党のもうひとつのアイディアは、これまで年金を積み立てる余裕のなかった人たちにも、月額7万円の年金を保障するというものだ。従来、年金の積み立ては、個人の「自己責任」にまかされてきた。けれども民主党は、この考え方を根本的に転換して、人びとの不幸を最小化すべく、年金を普遍的に支給するという。この民主党の考え方に、はたして賛成できるかどうか。

ちなみに自民党は、現行の年金制度を維持したうえで、いくつかの改善案を提起している。たとえば、1961年以降の未納分をさかのぼって納められるようにするとか、あるいは、10年以上加入すれば年金を支給できるようにする、といったアイディアである。端的にいえば、自民党は「自己責任」原則、民主党は「最小不幸」原則の立場に立っている。

こうして参院選の問題は、つまるところ、菅首相のいう「最小不幸社会」をどう受け止めるかにかかっている。最低賃金の引き上げと、最低保障年金の導入。両政策に賛成ならば、「民主党」に一票、となるだろう。

「幸福の最大化」に向けて

ただ、最小不幸社会が実現しても、非正規雇用者の割合は増えるかもしれない。目標はあくまでも、「不幸の最小化」であって、「幸福の最大化」ではない。

となれば、正規雇用者の創出(幸福の創出)は、相対的に重要ではなくなる。しかも企業は、法人税を減額され、自由市場経済のもとで、これまで以上に徹底した利潤追求が可能になる。社会はいわば、最低限の福祉に支えられた、新自由主義の方向に向かうかもしれない。

すると、どうであろう。正規雇用者のなかでも、「自分は格差社会のなかで不幸なほうだ」と感じている人は、どうなるだろうか。残念ながら、最小不幸社会は、相対的に不幸な人びとに手を差し伸べるのではない。「あなたよりももっと不幸な人がいるのですよ、政治はそのためにあるのです」というわけなのだから。

さめた眼で現実を直視すれば、不幸を最小化するという政治目標は、正しいかもしれない。けれども「最小不幸社会」は、勤勉な労働者を鼓舞しない。人びとに、政治参加を求めるわけでもない。それを補う政治は、いったいどこにあるのか。それが問われるべきではないだろうか。


この記事を見ると、橋本氏は民主党(菅直人)の政策を指して「北欧型新自由主義」と言っているようである。しかし、最近の朝日新聞オピニオン面に掲載された橋本氏のインタビュー記事を見ると、橋本氏は安倍晋三政権が「北欧型新自由主義」を目指しているとか言っていたはずだ。記事は保存していないが、調べてみたところ、10月2日付紙面に載っていた。さらに調べると、なぜか傾いてスキャンされた新聞記事の画像のサイト(北海道大学)が確認できた。
http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Interview%20on%20Abenomics%20in%20Asahishinbun-201310.pdf

およそ安倍晋三というか自民党の政策と北欧の政策ほどかけ離れたものはない。実際、橋本氏も安倍政権と北欧の共通点としては「大きな政府」の容認だけしか挙げていない。しかし政府の財政支出の内訳は北欧と日本では全く異なる。安倍政権の政策の特徴として挙げられるのは、「国土強靱化計画」なる土建国家志向の財政出動強化であろう。これは安倍晋三よりも財務大臣である麻生太郎の意向を反映した政策ではないかと思うが、財政支出を土建業に偏重するという旧来型の政策では、北欧型の社会は絶対に現出しないのである。なぜか。以下その理由を述べる。

北欧といえば「高福祉高負担」とか「同一価値労働同一賃金」などが連想されるが、後者について、石水喜夫という元厚生官僚(現京大教授)は、

新古典派経済学の賃金論は、あくまで仕事基準の賃金であり、労働市場論にもとづいて、同じ仕事の賃金は、同じ労働力の価格として全く同じであると言い放つのです。

と言い放ち、「日本型雇用」を擁護している。詳しくは『kojitakenの日記』の下記記事(2013年7月13日付)を参照されたい。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20130713/1373679866

同一(価値)労働同一賃金を「新自由主義」というなら、そりゃ北欧諸国も新自由主義社会になるよなあと思うが、日本型雇用の最大の特徴である年功式の賃金体系には、そうせざるを得ない事情があった。日本型雇用で賃金が高くなる40代から50代においては、支出も高くなるのである。なぜこの年齢層で支出が高くなるかといえば、住宅や教育への政府支出が他の先進国と比較してきわめて乏しい、要するに日本政府が、少なくともその方面に関しては「サービスの極めて小さな政府」であるせいである。そして、安倍晋三はこれを改めるつもりなど全くない。

北欧型の「同一価値労働同一賃金」を新自由主義だという石水喜夫の言い方を採るなら、「北欧型新自由主義」という言い方も成立するかもしれない。確かに一般的なイメージとは異なり、北欧は厳しい競争社会である。しかし、「北欧型新自由主義」とやらの必要条件は、福祉や社会保障に関しての「サービスの大きな政府」である。明らかにこれを欠くばかりか、生活保護の水準引き下げや、稲田朋美がドヤ顔で言い放った「日雇い雇用」の再解禁など、セーフティーネットなしの剥き出しの新自由主義国を目指しているのが安倍政権なのである。

安倍政権の政策をあえて名づけるなら、先進国中もっとも苛烈な「日本型新自由主義」であろう。それはアメリカより酷く、むしろ中国に近い社会を目指すものだ。
もう1週間近い前の話になるが、10月1日。安倍晋三が来年(2014年)4月からの消費税率を、現行の5%から8%へと60パーセント(3ポイント)も引き上げる決断を正式に下した。

その少し前から新聞やテレビがしきりに、しかし一斉にではなく五月雨式に「首相。消費増税を決断」などと報じられていたから、安倍晋三がその報道通り消費税率を引き上げたことは当然だと思ったが、「安倍首相は消費税率引き上げを見送ってくれる」と信じていた人たちが結構いたらしく、このニュースに関する彼らの反応が一部で話題になった。

彼らは、官僚とマスコミの圧力に安倍首相が屈したと言うのだが、総理大臣の権力がそんなに弱っちいものではないことは、ここ10年の総理大臣たちの言動から周知である。郵政解散・総選挙を断行した小泉純一郎をはじめ、党内からの辞任圧力に抵抗し続けた麻生太郎や菅直人、それに消費税絡みでは三党合意を成立させて解散・総選挙のタイミングを自らの思う通りにした野田佳彦(通称「野ダメ」)などの例からも明らかだろう。

但し例外もあって、それはアメリカが絡んだ場合である。今春、安倍晋三が意欲を燃やした「憲法96条の先行改正」が見送られたことはその例だが、今回の消費税率引き上げはアメリカとは関係ない。安倍晋三が自らの強い意志で税率引き上げを決断したと見るほかない。

この件について、安倍晋三に期待しながら裏切られたネットの「識者」(?)を揶揄する向きがあったが、それに対して「識者」(?)が安倍晋三が正式に決定すると予告していた10月1日より前の報道は「飛ばし」ではないのか、などという枝葉末節にこだわる論陣を何日も張っていたことには正直言って呆れ返った。

一連の報道、特に注目された読売新聞のそれが、同紙の論説陣(というかナベツネ)の意に沿うものではなかったことは、当の読売新聞が8月31日付の社説で消費税増税の延期を主張していたことからも明らかであるが、某「識者」もそれは承知しているので、なおのこと官僚がナベツネを丸め込んだのではないかという仮説を延々と展開し、グダグダの文章になっていた。

私に言わせればそんなことはどうでも良くて、少なくとも大マスコミの全体においてもかなりのウェイトを占める読売が賛成していなかった来年4月の消費税引き上げを安倍晋三が決断した、それ自体を問題にすべきなのだ。これは、一部ネットの「リフレ(りふれ)派」が執拗に繰り返し、読者に悪影響を与えてきた安倍晋三礼賛論が崩れるきっかけになるだろうと私は予想するが、現実の安倍政権が崩壊するのは残念ながらだいぶ先で、その時に日本経済がどうなっているかは予想がつかない。めちゃくちゃに悪くなることだけは間違いないが、具体的にどのような惨状になるかに想像力が及ばないのである。

ところで税制を含む経済政策について、左派側から説得力のある処方箋が全く提示されないことが強い閉塞感の一因であろうかと思う。左派からは「弱者に打撃を与える来春の消費税率引き上げ反対」という主張はあっても、ではどのような税制を目指すのかというビジョンが示されない。私は、いずれは消費税率引き上げが必要だと思うが、その前に格差是正が先決であると思う。そのためには、所得税はむしろ増税の必要があり、今年(2013年)末にようやく廃止され、来年1月からは20%(復興特別税込みで20.315%)に戻される証券優遇税制も、そのくらいでは不十分で、30%程度に引き上げるべきだと思うが、それらだけで十分かどうかはわからない。資産課税の強化も必要なのではないかと思う。しかし、そういったしかるべき政策をとったのちには消費税率を引き上げるべきだと考えている。ただ、これに関しては今回はこれ以上述べない。

今回触れたいのは、保守政権に影響力を与える学者たちの間でも、デフレの原因について議論が分かれていることである。特に賃下げとデフレの関係について大きな対立がある。「デフレ 賃下げ」でググると、ノビーこと池田信夫と、元『しんぶん赤旗』記者・今田真人の記事が引っかかる。ノビーは「賃下げが原因でデフレが結果である」と主張するが、ノビーが依拠するのは吉川洋の論考である。その吉川洋のインタビューが9月7日付の朝日新聞オピニオン面に大きく掲載されていたが、吉川氏は下記のように語っている。

 「デフレの原因については意見が分かれます。ひとつの考え方は『インフレもデフレも貨幣の量(マネーサプライ)で決まる』というものです。この考えに立てば貨幣が少ないから物価が下がるわけで、『貨幣を増やせばデフレは止まる』という答えが導かれます。アベノミクスの第1の矢、大胆な金融緩和はそんな考えに立っている。しかし私は貨幣の量の問題ではないと思います。日本のデフレの原因は賃金にあるという考えです。ゼロ金利のもと、量的緩和によってデフレから抜け出せるかというと、懐疑的です」

 −− どういうことですか。

 「第2次大戦後、先進国の賃金はあまり下がってません。ところが日本では98年頃からタガが外れ、賃金の低下傾向が明白になった。そこが他の先進国と違うところです。バブル崩壊後、企業は借金、設備、雇用の三つの過剰を抱えた。一方で新興国が勢力を増して国際競争が激しくなり、コストカットの本丸が人件費だと言われた。正規から非正規への雇用の質の変化も進んだ。賃金の切り下げが常態化したことが、日本経済をデフレに陥れたのです」

 「日本企業は原油や原材料が値上がりしても、なかなか価格に反映できず、交易条件が悪化する。その分をコストカットでまかなう日本型のビジネスモデルを転換しない限り、デフレから抜け出すのは難しい」

(2013年9月7日付朝日新聞オピニオン面掲載・吉川洋インタビュー「デフレ脱却と消費増税」より)


吉川洋は、これに続いて消費税率引き上げの是非を問われると「予定通り引き上げるべきだ」と言い、デフレ脱却のために必要なのは規制改革だという。これらには全く賛成できないし(もちろん同様の主張をさらに過激に展開するノビーは論外である)、そもそも記事でもインタビュアーの駒野剛記者が指摘しているように吉川洋は小泉政権の経済財政諮問会議民間委員だった。だが、それにもかかわらず、デフレの原因に関する論考については、日銀がマネーサプライを絞ったせいだとする説よりもよほど説得力がある。1998年に「タガが外れ」る少し前、1995年には日経連が悪名高い「新時代の日本的経営」の提言を発表し、1996年には労働者派遣法が改正されて対象業務が増やされた。当時私が勤めていた企業でも、1997年から派遣労働者が勤めるようになったが、大学の修士課程を修了しながら就職口が見つからなかった若者が、やむなく全く畑違いの職場に入ってきたのだった。そしてデフレが始まったのは1998年だった。明らかに労働環境の変化が先で、デフレがあとだったのである。

ところがどうやら安倍晋三は、ひたすら企業に便宜を図ることが日本経済再生の唯一の道であるとでも信じ込んでいるらしい。安倍が口癖にしているのは、「世界一企業が活動しやすい国を作る」ことであり、そのために「解雇しやすい特区」まで作ろうとした(結局作れなさそうだけれど)。今回の消費税率引き上げでも、安倍晋三は法人税率の引き下げを画策した。麻生太郎以下自民党内の激しい反対にあってこれは凍結させたが、復興特別法人税の1年前倒しの廃止は通した。

要するに安倍晋三は、昨年の「三党合意」における「社会保障と税の一体改革」という建前すらかなぐり捨て、「法人税減税の穴埋めのための消費税増税」という本音をむき出しにしてきたのである。

消費税率引き上げの議論において、賛成論には、「消費税の逆進性が云々されるが、実質的に人頭税である保険料の方がよほど問題ではないか」という意見もあった。それには一理あるが、安倍晋三がやろうとしているような、法人税の消費税への置き換えだと、消費税の逆進性はいっそう凶悪に日本経済に悪影響を与えるだけだろう。

安倍晋三はひたすら大企業に便宜を図ろうとするが、過去を振り返ってみても、成長した産業は必ずしも政府の庇護を受けた分野ではなく、むしろ相手にされず放置されるか、さもなくば自動車産業のように厳しい排ガス規制で政府との緊張関係が続いた企業の方が成長したのである。安倍晋三が「世界一企業が活動しやすい」ようにと便宜を図ることは、かえって企業をスポイルすることになるのではないかと私は思う。

こんな安倍晋三を、「マクロ経済学を理解する有力政治家」と持ち上げるネットの「識者」(?)の思想は私には到底理解不能なのだが、既に賽は投げられた。結果は来年4月以降に表れる。

蛇足だが、「デフレ 賃下げ」でググって出てくるもう一つの記事、元『しんぶん赤旗』記者・今田真人の論評「『賃金の下落がデフレの原因』論の荒唐無稽」は実にひどく、問題外の代物である。今田は「デフレの原因は賃下げではない」と力説しているのだが(今夏の参院選のテレビ討論で。共産党は「賃下げがデフレの原因だ」と主張していたので、この件に関しては共産党と意見が違うらしい)、何よりも議論が事実に基づいておらず、記事は今田の妄想の産物としか言いようがない。

この今田の記事については、『kojitakenの日記』7月12日付記事「経済極右の長谷川幸洋と経済極左の今田真人はともに『トンデモ』だ」に少し書いたが、記事への反応は全くなかった。今田は長く『しんぶん赤旗』記者を務め、赤旗を辞めた後は『社会新報』にも寄稿しているようだが、デフレと賃下げの問題についてググってもこんなトンデモ記事くらいしか見つからず、これに対する批判もろくすっぽなされていないらしい左派の経済議論のお寒さには、呆れて言葉もない。