きまぐれな日々

昨日(29日)投開票された堺市長選で、現職市長の竹山修身候補(無所属)が、大阪維新の会公認の西林克敏候補を大差で破って再選された。また、同日に行われた堺市議補選は、3議席がいずれも維新の会と自民党との対決構図になったが、中区と西区で自民党候補が大接戦を制し、維新の候補は南区で議席を得るにとどまった。これら3議席はいずれももとは維新の議席であったことから、市長選、市議補選とも維新は敗北した形だ。

だいぶ前から大阪市長の橋下徹が力を入れていた堺市長選での維新候補の惨敗は、昨年末の衆院選以来波がありながらも基本的には低落基調だった維新の衰勢に、今なお歯止めがかかっていないことを示すものだろう。

ところでこの選挙、マスコミはおそらく維新対既成政党連合という図式で解説するだろう。本記事は、朝日新聞の朝刊(30日付)が届く前に書いているが、朝刊に載っているであろう記事の書き出し部分が同氏のサイトに出ていて、それを見ると案の定、参院選の際に橋下が漏らしたという「自民党と民主党の票を足したらきついなあ」という言葉が紹介されていた。

でも、それは違うだろう。それは橋下がそう書いてほしい図式だろうが、本当の対立構図ではない。

今回の堺市長選について、元京都府立大学学長の広原盛明氏が、連日精力的なブログ記事を書いているが、そのブログ『広原盛明のつれづれ日記』の9月19日付記事(下記URL)のタイトルが、この選挙の本当の対立構図をよく言い表している。
http://d.hatena.ne.jp/hiroharablog/20130919/1379537697

広原氏は、

堺市長選の政治的本質は何か、それは“自民党分裂選挙”すなわち「国家保守=橋下維新」vs「地元保守=大阪自民」の戦いなのだ

と喝破する。その通りであろうと思う。以下広原氏のブログ記事の後半部分を引用する。

(前略)大阪維新の会の結党を契機にして自民党は組織的に分裂し、「国家保守=橋下維新」と「地元保守=大阪自民」に明確に分かれたのである。大阪ダブル選挙はその最初の「大戦」(おおいくさ)であったが、当時はまだ橋下維新がマスメディアの世界では「第3極」などと持て囃されていて、「国家保守=ネオコン」としての姿が露わになっていなかった。新聞論調を信じる以外にさしたる判断基準を持たない大阪府民・市民が、橋下・松井コンビを選んだのも無理はない。

 だが、堺市長選は違う。支配体制の利益を第一義的に追及する「橋下維新=国家保守=ネオコン」と地元利益を重視する「大阪自民=地元保守=旧保守」の対決構図はいまや明確すぎるほど明確だ。だから、竹山氏や大阪自民がどれだけこの事態を正確に認識しているかどうか別にして、開発主義の誤りを是正し、堺の歴史文化や都市生活の伝統を生かして堺を再生させようとするのであれば、「地元保守=大阪自民」と「革新リベラル=共産・諸派」の連携が堺市長選で成立しても何らおかしくない。むしろ当然であり、必然的な成り行きだといえる。

 堺市長選にあらわれたこの新しい対決構図、すなわち「国家保守=ネオコン=開発保守」vs「地元保守=旧保守=環境保守」+「革新リベラル=共産・諸派」は、今後同様の問題を抱える全国各地に波及していくだろう。すでに沖縄では米軍基地問題をめぐって実質的な共闘が成立しているし、原発再稼働問題を抱える福島でもその兆候があらわれている。また北海道ではTPP問題を契機にして安倍政権と「地元保守」との対立が激化しており、「革新リベラル=共産・諸派」との連携が進んでいる。

(『広原盛明のつれづれ日記』 2013年9月19日付記事より)


今回の堺市長選では、共産党が独自候補を立てずに竹山市長支持を打ち出した。ネトウヨは選挙前、「共産党がついたら票が逃げていくぞ」と笑っていたが、そうはならなかった。

そもそも自共共闘は以前から地方選挙ではしばしば行われていた。私が真っ先に思い浮かべる例は、東日本大震災の1か月前に行われた岩手県の陸前高田市長選であって、この選挙では共産党系の中里長門市長(2011年8月没)が「自共共闘」で民主党系候補を破って2期務めたあと、自民党系の戸羽太候補を共産党が支援した。対する民主党は、小沢一郎が「減税」を声高に叫ぶ新自由主義系の小沢派候補を擁立し、これに消極的だった岩手3区の黄川田徹衆院議員を名指しで詰るなどして「剛腕」をふるったが(このことが後に黄川田氏が小沢から離反する最初にきっかけになった可能性もある)、自共共闘の戸羽候補に敗れたのだった。陸前高田市長選を報じる『しんぶん赤旗』2011年2月7日付記事のURLを下記に示す。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2011-02-07/2011020702_01_1.html

広原氏は大阪維新の会を「国家保守=ネオコン=開発保守」と表現しているが、維新の会はもう一つ、極端な「新自由主義=ネオリベ」への強い傾斜を示すことは周知である。「ネオコン+ネオリベ」を指すのに、この記事では「新保守」という言葉を用いたい。一昨年の陸前高田市長選における小沢派候補も、「減税」が公約の中心だったことから明らかなように、「新保守」の範疇に属すると見て良いだろう。「減税」は新自由主義の政治家の基本的な政策の一つである。つまり、2011年2月の陸前高田市長選も、今回の堺市長選と同じ「新保守」と「旧保守」の戦いであり、今回と同様、旧保守が新保守に勝った選挙であると私は考えているのだ。

さらに言えば、「新保守」対「旧保守」の争いの構図は、国政でも見られる。明日(10月1日)にも総理大臣・安倍晋三が来年4月の消費税率引き上げを表明すると思われるが、安倍晋三は消費増税とひきかえに法人税減税や復興増税のうち法人税分の前倒しの終了などをやろうと躍起になっている。つまり「新保守」として行動しているが、それに自民党内(つまり「旧保守」)から異論が続出し、安倍(「新保守」)を止めようとした。結局自民党内の「旧保守」は復興法人税廃止については安倍晋三の意向を通す妥協をしたようだが。

今回の堺市長選では、自民党が「支持」した竹山修身市長が勝ったが、安倍晋三にとっては不本意な結果だったに相違あるまい。安倍が本心では維新の会の西林克敏の勝利を願っていたであろうことを私は確信する。なぜなら、これは多くのマスコミも言っていることだが、安倍晋三が最大の念願である改憲を実現させるために、安倍ら自民党内極右派の補完勢力である維新の会の力を借りたいと考えていることは間違いないからである。維新の会の敗北は、そんな安倍晋三にとっては大いなる不都合なのである。

もちろん、あの森喜朗(シンキロー)の「干からびたチーズ」を想起させる「DRYの会」なる「新保守」志向の新党発足をもくろんでいた連中も、今回の選挙結果に打撃を受けたはずだ。今後このアサヒビールの宣伝部隊みたいな連中の動きは確実に下火になろう。蛇足ながら、昨年まで「私の考えは橋下市長と同じだ」としきりに言っていた某元「剛腕」政治家もますます存在感を失っていく。

前記の広原盛明氏は、選挙戦最終盤の記事で、今回の選挙戦の特に後半、維新の西林候補の足を引っ張る言動を繰り返した石原慎太郎は、今後日本維新の会から橋下系列を切り捨てて自民と公明の連立も割き、(旧立ち枯れ、もといたちあがれ系勢力が)安倍政権と連携していく狙いを持っているのではないかと推測しているようだ。だが私は、石原がそのような願望を持っていることは大いにあり得るけれども、それは実現しないだろうと思う。頭の悪い安倍晋三は別として、大部分の自民党国会議員は、今の自民党政権が公明党あってのものであり、公明党との連立を切ってしまえば政権継続が不可能であることを十分理解しているであろうと想像するからだ。

仮に安倍晋三が石原一派なり「石原+橋下」の現日本維新の会全部なりと連携し、公明党を切る道を本気で模索した場合、それは自民党の分裂につながる可能性があり、仮にそうなって極右勢力が集結した方が政治としては分かり易いし安倍・石原・橋下連合を打倒するのも容易になるだろうと思うが、この構図はリアリティを全く欠いており、実現はまず考えられないと私は思う。

石原慎太郎は近い将来立ち枯れ、自民と公明の連立は当面続き、安倍晋三は野党や中韓よりももっぱらアメリカにブレーキをかけられて、短かった第1次内閣時代のように、アブナイことをあれもこれも実現させることはできないだろう。集団的自衛権の問題にしても、オバマ政権は自国の戦争の一部を日本に肩代わりさせるのは大歓迎だけれども、日中戦争に巻き込まれて日本の戦争を肩代わりするなど真っ平御免だと考えていることは明らかだ。そうは言っても安倍晋三が総理大臣の座に居座る限り日本は大きなリスクを抱え続けるから、早くこんなのを引きずり下ろさねばならないのは当然だが。

最後に橋下に話を戻すと、今回の堺市長選の得票結果がダブルスコアくらいまでいっていればもっと大喜びができたのだが、長年にわたって「たかじん」の極右番組に代表される在阪テレビ局に洗脳された関西の人たちの橋下信仰がまだまだ根強いことが、西林候補の4割強の得票に示された。害虫を完全に駆除するためには、まだまだかなりの時間がかかりそうだと思う今日この頃である。
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前回の記事「東京五輪と安倍晋三 - ブラック企業を育成し、国を滅ぼす」に、昨日下記のコメントをいただいた。

ブラック企業ねえ・・。

確かにブラック企業の名に値する酷い企業はあるが、それは労働基準局に訴え出て規制してもらう問題。
往々にして、実力主義を追求している会社とブラック企業を混同しているケースもあるのではないのかな?
ここに挙げられた企業がどうかは私は知識なくてわからないが、今の若い人の話を聞いてると、ベンチャーやIT、外資系企業はほとんどブラックに分類されてしまいそうですね。

2013.09.16 16:47 新参者


一方、同じ記事には下記の「はてなブックマーク」コメントもいただいた。

shigeto2006
私も今野晴貴氏の『ブラック企業』を読んでみたけど、読んでいるだけで鬱になりそうな実に恐ろしい内容だった。ブラック企業をはじめとする雇用の問題を改善しなければ、日本は亡ぶ。2013/09/11


shigeto2006さんが書かれた「読んでいるだけで鬱になりそうな実に恐ろしい内容」という感想には本当に同感だ。最初に紹介したコメントを書いた「新参者」さんは、おそらく今野晴貴著『ブラック企業』をお読みでないと想像するので、是非ご一読をおすすめする。保守系の出版社である文藝春秋社が出している文春新書から昨年刊行されたが、最近の新書本には珍しく増刷を重ねている。参院選前に『週刊文春』がワタミ批判をやったことも思い出されるが、ブラック企業の病弊には恐るべきものがある。ことに本書中「X社」として仮名で登場するユニクロの事例など、想像を絶するひどさである。

前々回の記事「安倍晋三は日本を没落させ、谷底深く突き落とすだろう」では、森嶋通夫著『なぜ日本は没落するか』を取り上げた。1923年生まれ(2004年没)の森嶋通夫が1998年に書いて1999年に出版された、やはり陰鬱な本で予測された日本の没落が、森嶋が予測したよりもずっと早く、そしてずっと酷い形で現実になっている、つまり森嶋の悲観的予測をはるかに超えていると思わされるのが、森嶋の60年後に生まれた今野晴貴の『ブラック企業』が描き出す現実である。

私は森嶋通夫と今野晴貴のちょうど中間ではなく、それよりはいくぶん今野晴貴に近い世代の人間だけれど、最初一部上場企業に勤めていた経験を思い返すと、ともに「日本的雇用」を批判する森嶋通夫と今野晴貴の主張が、ともに正鵠を射ていると思う。今野の『ブラック企業』第7章のタイトルは「日本型雇用が生み出したブラック企業の構造」だが、目次からこの章の各節のタイトルを抜き書きしてみる。

・ブラック企業に定義はない
・「日本型雇用」の悪用−企業の命令権
・「メンバーシップ」なく過剰に働かせる
・すべての日本企業は「ブラック企業」になり得る
(中略)
・雇用政策がブラック企業を支える
・日本型雇用を「いいとこどり」する新興産業
(中略)
・中小企業がブラック化する構造
・従来型大企業まで引きずられる


以上の抜き書きだけで、著者の主張はおおよそ推測できると思うが、私自身が「封建的」と言われた大企業に入社した新人時代や、その同じ企業が1996年頃に「リストラ部屋」を設けたこと、そして転職先の中堅企業の「ブラック化」が進行していることを目の当たりにしたあとに森嶋通夫の著書を読み、直後に今野晴貴の著書を読むと、80年代から今に至るまでの日本の転落が身にしみて実感されるとともに、今後のさらなる転落を想像すると、決して誇張でなく戦慄を覚える。

最初にコメントを紹介した「新参者」さんがどのくらいの年代の方かは存じ上げないが、「今の若い人」と仰るからには若年層の方ではなかろうと思う。もしそうであれば、昔の企業社会と今の企業社会は全く違うことをご理解いただきたいと思う。

上記の「雇用政策がブラック企業を支える」と題された節から一部引用する。


(前略)さらに、雇用保険でも対応できない場合に、生活保護の需給がきわめて困難であることも、労働市場での競争圧力を強めている。第6章でも紹介したように、ブラック企業で鬱病を発生すると、生活保護まで「転落」してしまう事例が後を絶たない。だが、逆にいうと、生活保護を容易に取得できれば、鬱病になる前の果てしのない競争から撤退することができるのだ。そうすれば、むやみに鬱病を社会に蔓延させることを避けることができる。若者の労働市場の「撤退圧力」が形成されれば、企業は健全な労働環境でも経営を模索せざるを得ず、結果として産業全体が民主化される機運となりうる。だが、日本の雇用政策は、こうした措置をとっていない。

(今野晴貴『ブラック企業 - 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書, 2012年)203頁)


この本が書かれたのは、民主党の野田佳彦政権時代の2012年11月だが、当時野党第一党だった自民党の片山さつきが音頭をとってやっていたのが「生活保護バッシング」だった。そして自民党が政権に返り咲き、安倍晋三政権が生活保護水準の切り下げを断行しようとしていることは周知の事実である。

そんな安倍晋三を支える政官業のエスタブリッシュメントたちが血道を上げて実現したのが東京五輪であり、案の定現在はNHKを筆頭とするテレビが、まだ7年も先の話だというのに「東京五輪、東京五輪」と連呼している。

しかし執念深い私はよく覚えているのだが、東京五輪はそもそも石原慎太郎が言い出した話であり、2007年で藤原紀香(笑)らの応援を得て東京都知事選に勝った石原も、選挙戦で何度も繰り広げられた論戦において、少なくとも東京五輪に関する議論では全くの劣勢だった。東京都民は五輪など支持していなかった。2016年五輪の選考で東京が敗れた大きな理由の一つが、五輪開催が都民の支持を得ていないことだった。

しかし、2016年の五輪には冷淡だった政官業のエスタブリッシュメントたちは、2020年の五輪に向けては一転して本気になった。どういういきさつで五輪に血道を上げるようになったのかは知らないが、五輪にまつわる利権にありつくことがその動機だったのだろうか。安倍晋三のスピーチも、東電福島第一原発の汚染水が制御下にあるとか完全にブロックされているなどの大嘘をついたことは論外であるにせよ、あのFacebookでネトウヨそのもののふざけた発信をしている安倍が、と思わせるくらい必死になっていることだけはわかった。五輪招致そのものは、事前に表金裏金とりまぜての工作によってほぼ完璧に固めていたに違いないが、担ぐ御輿はなんとかが良いという誰かさんの言葉を地で行っている安倍晋三も、つまりパーの御輿も、あの時ばかりは必死になっていた。

もっとも、繰り返すけれども東京五輪招致を実現したのはお膳立てをした政官業の連中の力によるものであって、滝川クリステルだの安倍晋三だののスピーチは、ほんの添え物であり、滝川や安倍らのスピーチなど五輪招致にほとんど寄与していない。そして私が思うのは、あの東京五輪招致を実現させた政官業のエスタブリッシュメントたちのエネルギーを、どうしてもっと日本の雇用を改善するなど、世のため人のためになることに割けないのだろうかということだ。

雇用問題の他にも、東電福島第一の汚染水問題や近隣諸国との関係改善など、課題はこれほどまでにも山積しているというのに、東京五輪招致なんかにうつつを抜かす政官業のエスタブリッシュメントたちは、もはや惰性で進んでいると思われる日本の大転落を止めようなどという気概など全く持ち合わせがないのだなあと呆れ返る今日この頃である。
前回の記事の末尾で予告した五輪の件だが、結局東京が選ばれてしまった。

私は東京の落選を強く願っていたのだが、観念したのは前日の新聞のテレビ欄で、NHKやテレビ朝日をはじめとして各局が五輪の特番を組んでいたことを知った時だ。前回の五輪開催地選考の時には、私は東京に住んでいなかったから知らないのだけれど、新聞記事によるとやはり特番の数などは段違いだったそうだ。この時点で私は、ああ、マスコミは「予断を許さない大接戦」なんて言ってるけど、本当は東京五輪招致を確信してるんだなと思った。この時点で東京の落選を諦めた。

それでも、初めテレビ朝日、続いてNHKをつけながら、番組を見るでも聞くでもなく、本を読んだりPCでネットにアクセスしたりしていたが、時折テレビの音声が耳に入ってきた。耳を引いたのは、テレビ朝日の番組で池上彰が言っていた「IOCというのは私的な団体であって、NGOの一つだ」ということ。その後のNHKの番組は全く覚えておらず、知らぬ間にテレビをつけっぱなしで寝てしまった。

そのせいか五輪選考の夢を見た。IOCの総会に居合わせ、東京の落選に周囲が落胆してブーイングしている中、一人ほくそ笑んでいるという都合の良い夢だったが、明け方4時頃、「マドリードが除外されました」という、NHKのアナウンサーの素っ頓狂な叫びで目が覚めた。その後4時半頃まで、マラソンの有森裕子だの、NHKアナウンサーの廣瀬智美だのが、ウキウキしながらなにやら喋っているのをぼーっと見ていたが、東京が選ばれる瞬間だけは見たくなかったので、テレビのスイッチを切ってそのまま朝8時まで寝た。目が覚めてテレビのスイッチを入れたら、案の定東京が選ばれたことを知ったが、すぐチャンネルをTBSに変えた。しかしTBSの『サンデーモーニング』もほぼ奉祝ムード一色の番組構成だった。

安倍晋三がプレゼンで「(東電の)福島原発の汚染水は制御下にある」と言ったことを岸井成格がとらえて、そう言った以上は汚染水対策をしっかりやらなければならないと言ったり、司会の関口宏が安倍晋三に直接汚染水問題について聞いたりしていたが、せいぜいその程度の注文をつけたにとどまった。その後テレビ番組は、夜のスポーツニュースを含めて全く見ていない。

歴史をたどれば、オリンピックは1936年にベルリンで開催されて、ナチスドイツの国威発揚に利用されたあと、1940年には東京で開催される予定だった。しかし現実には五輪は開催されずに終わった。日中戦争を受けてのことだった。Wikipediaを参照すると、河野一郎が日中戦争直前の1937年3月に、「今日のような一触即発の国際情勢において、オリンピックを開催するのはいかがと思う」と発言した。その後現実に日本が対中戦争を引き起こすと、陸軍が軍内部からの選手選出に異論を唱えたという。結局東京は1938年に開催権を返上した。

こう振り返ると、石原慎太郎が五輪招致に狂奔した一方で、何としても日中戦争を起こそうとして尖閣諸島購入に動いたことは、自ら相矛盾する行動をとっていたことになる。もし本当に日中戦争が起こったなら五輪開催どころではないことは当然であろう。

世間でよく言われるのは、東京電力福島第一原発の汚染水とのからみだが、それもさることながら、国際関係と国内経済、特に雇用問題が、現在の安倍政権の政策で持続可能なのかと私は懸念する。特に安倍晋三が「ブラック企業」の経営者を参院選の自民党候補に立てたにもかかわらず、有権者がそんな自民党を勝たせてしまったことは、今後の日本を大きく傾ける選択だったとして後世の歴史家から批判されるだろう。

先日、昨年出版された今野晴貴の『ブラック企業 - 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)を読んだが、ウェザーニュースやワタミが社名を挙げて「ブラック企業」として批判されているほか、本には実名が挙げられていないユニクロが、著者に下記のような脅しをかけてきたという。
https://twitter.com/konno_haruki/statuses/343925814867398657

今野晴貴@konno_haruki

ユニクロから、「訴える」と脅しの通告書。『ブラック企業』(文春新書)で名誉棄損しているというが、私はこの本で、ユニクロには言及していない。「この書籍において貴殿が摘示されている「衣料品販売X社」なるものが通告人会社らを指すものであることは…明らかであるものと認められます」。

2013年6月9日 - 20:01


ワタミやユニクロなどの「ブラック企業」は、就職難が続く昨今、「なんとしても正社員になりたい」若者の弱みにつけ込んで、彼らを使い捨てにする。一方で、非正規雇用の労働者の生活難は続いている。そんな中、安倍晋三以下の自民党は、ワタミを参議院議員にし、財界が要望するままに非正規雇用を拡大しようとしている。

著者は、ブラック企業の第一の問題点として「若く有益な人材の使い潰し」を挙げ(本書148頁)、第二の問題として「コストの社会への転嫁」(同155頁)を挙げる。後者で、ブラック企業が引き起こし、社会全体が引き受けるコストとして、鬱病に罹患した際の医療費などのコスト、若年過労死のコスト、転職のコスト、労使の信頼関係を破壊したことのコスト、少子化のコスト、サービスそのものの劣化のコストなどを挙げる。要するにブラック企業とは公的支出を増やし、税収を減らす悪の権化のような存在なのだ。たとえばブラック企業の多くは、本来労災として自らが負担しなければならないコストを、労災隠しをすることによって公的部門に押しつける。ブラック企業によって心身を破壊された若者たちが増えることが人口減に直結することはいうまでもない。

以下本書より引用する。

 (前略)若者が将来を設計できず、次の世代の再生産ができなくなれば、どうなるか。ただでさえ高齢化社会であるのに、ますます少ない若者で、ますます多くの高齢者を養うことになる。そうすると、ますます子供を育てる余裕がなくなってしまう。当然、国家財政を圧迫し、将来的な財政悪化の要因ともなる。

 それでも、ブラック企業にとっては大きな問題ではない。いくら日本の若者が鬱病になろうが、高齢化が進展して日本の市場が縮小しようが、いざとなれば日本で稼いだ資産を持って、海外市場に進出すればよいからである。

 私たち若者がブラック企業に対して「戦略的思考」を持たなければならないのと同じように、本当は日本社会全体が、こうした傾向に「戦略的思考」をもって望まなければならない。日本を食いつぶすブラック企業に対処できなければ、日本社会は滅びてしまう。

 ■国滅びてブラック企業あり

 実は、ここまで個別企業の成長と実質的な経済の違いに言及してこなかったが、社会問題としてのブラック企業を考える上では、これが決定的に重要な視点である。なぜなら、一部の論者は「ブラック企業でも成長すれば日本経済のためになる」と主張しているからだ。ここまで見てきて明らかなように、ブラック企業がいくら成長しても、それは一時的なものでしかない。額面の上で大きな利益をたたき出したとしても、その後には使い捨てられた若者が横たわるのである。しかも、ブラック企業の「成長」それ自体が、日本の医療費等の直接的な、あるいは朗氏関係の信頼という間接的な財産を食いつぶして成立しており、実質的な意味では、「一時的な成長」だということすらできない。(中略)

 一国の経済発展を考えるとき、それが持続可能な実質性を担保しているのか、それとも「数値のまやかし」であるのかは、決定的に重要なのである。経済成長も「質」が重要なのだ。

 実際、このままでは日本は「国滅びてブラック企業あり」という状況になりかねない。

(今野晴貴『ブラック企業 - 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書, 2012年)175-177頁)


そんなブラック企業の経営者を与党の参議院議員にしてしまったのが安倍晋三である。実質的にブラック企業を支援するようなことをやっていては、いくら金融緩和をしてインフレ目標を設定したところで、日本経済が回復するはずがなかろう。

ましてや、オリンピック開催くらいで立ち直るはずがない。2004年に五輪を開催したアテネを首都に持つギリシャの例を引くまでもなかろう。

唯一私があてにしているのは、1959年に東京五輪招致に失敗した岸信介が、翌年安保闘争騒動を引き起こした責任をとって辞任に追い込まれたことである。

祖父を誰よりも尊敬(崇拝)する安倍晋三は、これこそ祖父に倣ってもらいたいものである(笑)。
2013.09.09 09:03 | 安倍晋三 | トラックバック(-) | コメント(8) | このエントリーを含むはてなブックマーク
先週は記事を書き始めていたが、結局公開しなかった。参院選で自民党が圧勝し、安倍晋三が自滅しない限りこの男の政権が向こう2年ないし3年続くと見られる政治の「暗黒時代」が始まったが、その最初の月である8月には記事を3件しか公開できなかった。7月まではほぼ毎日更新していた『kojitakenの日記』も、8月は更新しない日が7日あった。その代わりというか、先月は本を11冊読んだ。ネットで意見を発信していた時間の一部を読書に回したのだった。

だが、本を読めば読むほど日本の前途に絶望的な展望しか持つことができない。とりわけ、2004年に没した経済学者の森嶋通夫が1999年に書いた『なぜ日本は没落するか』(岩波現代文庫, 2010年)は、読み進めるほどに絶望を深めさせる本だった。今から14年前に書かれているが、昨日今日書かれた本だと言われても信じてしまいそうな内容である。以下岩波書店のサイトに掲載された「内容紹介」(下記URL)を引用する。
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/6032050/top.html

 「日本はいま危険な状態にある」――1990年代末,2050年の日本を「没落する」と予言したのが,本書である.なぜそうなるのか.著者は次のように書いている.

 「マルクスは経済が社会の土台であると考えるが,私は人間が土台だと考える.経済は人間という土台の上に建てられた上部構造にすぎない.それ故,将来の社会を予測する場合,まず土台の人間が予想時点までの間にどのように量的,質的に変化するかを考え,予想時点での人口を土台としてどのような上部構造――私の考えでは経済も上部構造の一つである――が構築できるかを考えるべきである.」

 つまり,当時の13歳から18歳の人を見れば,50年後の政財界のトップがどうなっているかがわかる,というのである.これについての著者の見通しはまことに悲観的である.著者は,日本の戦後教育の問題点を厳しく指摘する.

 「日本は,底辺からよりもむしろ頂点から崩れていく危険が大きいが,そういう事態は,現在の学生や子供たちが社会のトップになった二一世紀中頃にやってくるであろう.」

 また,著者はこうした教育問題へのなみなみならぬ関心を示すとともに,日本の産業体制,金融体制についても厳しい批判の眼を向ける.

 今,少なくとも日本の世界の中での政治的・経済的地位の「没落」は現実のものとなりつつある.著者は「ただ一つの救済案」として,「東北アジア共同体」案を唱えているが,左右両翼からの批判があるなか,はたしてうまく実現するだろうか.そのためには,中国・韓国などとの歴史の共同理解がまず必要である,と著者はいう.

 11年前に書かれた本ではあるが,日本の現在・将来を見通し,今後どうしていくべきかを考えるために,いま一度読まれるべき本ではないだろうか.

  *本書は,1999年3月,岩波書店より刊行されました.


「東北アジア共同体」というと、鳩山由紀夫が唱えた「東アジア共同体」を連想される方が多いと思うが、鳩山よりも宮澤喜一を想起すべきだろう。この本が書かれた1999年には決して絵空事と片付けられる提案ではなかった。だが、今となっては実現不可能であろう。あるいは、日本を排除した形で中国を中心として実現される可能性はあるかもしれないが。

この本の60-61頁から引用する。

(前略)日本人はいまだに中国や韓国を蔑視し、嫌悪している。こういう感情は、日本の前途が上り坂から下り坂に転じたならば一層強くなるであろう。事実、「東京裁判史観批判」や太平洋戦争の「自虐史観」的解釈を拒否する「自由主義史観」や古典的な「大東亜戦争肯定論」の動きは、日本軍の戦争中の暴虐を肯定する方向にある。このような動きは日本を単にアジアで孤立化させるだけではなく、不法で残酷な扱いを受けた他の諸国−−たとえばビルマでのイギリス、フィリッピンでのアメリカ−−をも中国、韓国側に与させてしまうだろう。そういう状況になれば、アメリカはアジアで現在パックス・アメリカーナ(アメリカ支配に基づく平和)を推進していく上で(引用者註:原文ママ)、日本をとるか中国をとるかの岐路に立たされるであろう。過去にもアメリカは何回かそういう選択をせまられ、太平洋戦争直前には中国を選んだことを忘れてはならない。

 同じようにアメリカが、将来中国を選ぶようになるならば、日米関係は一挙に悪化し、日本はアジアで孤立するであろう。ビルマ戦線での英軍捕虜虐待に対する日本政府の対応に満足していないイギリス人は決して、そのとき日本支持に立ち上がることはない。こういう事態が生じれば、それは明らかに激しい逆風である。いかに巧妙に船を操っても、船は風下に流されてしまう。それは明白な日本の没落を引き起こす強風である。

(森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』(岩波現代文庫,2010=初出岩波書店,1999) 60-61頁)


繰り返すが、これは1999年に書かれた文章である。森嶋は現状を的確に予測するとともに、今後のさらなる日本の没落をも描いている。この本では、藤岡信勝や小林よしのりは名指しで批判されているが、当時安倍晋三はまだ当選2回の若手世襲議員だったから安倍の名前は出てこない。私も1999年当時には安倍晋三なんか知らなかった。

その後総理大臣になった小泉純一郎は、イラク戦争で率先してアメリカに付き従い、プレスリー邸では国辱的なタコ踊りのパフォーマンスを演じて見せたが、それにもかかわらず、豊下楢彦著『「尖閣問題」とは何か』(岩波現代文庫,2012年)の指摘によれば、アメリカは尖閣諸島の帰属一つとっても日本に味方せず、久場島と大正島を一銭、もとい一セントも払わずに射爆撃場として借り上げておきながら(費用は日本政府が肩代わりしている。もっとも射爆撃訓練は1979年以後一度もなされていない)、日本と中国・台湾の尖閣諸島帰属争いに関して「中立」の態度をとり続けている。日本政府は、アメリカとの絆を守り、またはこれを深めることを、安全保障の手段ではなく目的とするという倒錯した隷従外交を行っているにもかかわらず、アメリカは態度を変えないのである。

それどころか、安倍晋三は第1次内閣時代の2007年にも、従軍慰安婦の問題に関する妄言を発して米議会で謝罪させられる羽目に至った。今回も、憲法96条の先行改正についてアメリカからストップをかけられ、先月の終戦記念日における靖国神社参拝も、安倍晋三自身は果たせなかった。今もまたシリアに軍事介入しようというオバマに対し、イギリスでさえ同調しなかったのに、安倍晋三は真っ先にアサド政権を非難する形でオバマに尻尾を振って見せた。しかし安倍は念願とする集団的自衛権の政府解釈変更さえアメリカのお墨付きをもらいかねている。アメリカとしては、日本がアメリカ軍の戦闘行為を一部肩代わりしてくれることは歓迎しても、日本と中韓の関係がこじれて極東情勢が不安定になったりすると、アメリカ経済がとばっちりを受ける恐れがあるからだろうと私は推測している。

そもそも、安倍晋三の言う「日本をトリモロス」とは、敗戦前までの「天皇の国」であった軍国日本を取り戻すという意味にほかならない。アメリカは、先の大戦で日本と戦った。そんなアメリカが「(神の国)日本をトリモロ」そうとしている自分を支持してくれると信じて疑っていないかに見える安倍晋三の能天気さは想像を絶している。

国際状況も日本に分が悪いが、それに加えて内政でも、日本の労働は崩壊している。森嶋通夫は『なぜ日本は没落するか』でいわゆる「日本的経営」を、下り坂の時代には有効ではないとして批判しているが、それに代わって現前しているのは、非正規雇用及び「ブラック企業」による正規雇用という悲惨な労働の現状である。そして安倍政権は非正規雇用の拡大を図るとともに、「ブラック企業」の経営者としてあまりにも悪名高い渡邉美樹(ワタミ)を安倍晋三自らが口説いて参院選の比例代表候補にする暴挙に出た。しかしこの国の有権者の多くはそれでも自民党に投票した。自民党に投票した有権者たちは、ワタミ以外の自民党候補の個人名で比例区の投票を行った人たちも含めて、派遣労働のさらなる拡大や「ブラック企業」の現状を肯定、支持したのである。

これで日本が没落しない方がどうかしている。自民党には、せめて2015年の総裁選で安倍晋三を引きずり下ろして自浄能力を見せてもらいたいと思うが、仮にそれが実現したとしても、今後2年間は第2次安倍内閣が続く。安倍晋三がどこまで日本を谷底深く突き落とすのか、想像もつかない。

今回は触れなかったが、上記の他にも東電の放射性汚染水垂れ流しや東京五輪の件がある。前者で世界各国から疑念を投げかけられているにもかかわらず後者が実現することなど本当にあるのだろうかと私は訝るのだが、この件は結果が明らかになる来週、改めて書くことにしたい。
2013.09.02 08:00 | 安倍晋三 | トラックバック(-) | コメント(11) | このエントリーを含むはてなブックマーク