FC2ブログ

きまぐれな日々

数えてみたら、私が選挙権を得てから10度目の衆議院選挙になる。過去9回のうち棄権したことが2度あるが、その時を含めて、公示前ながら今回ほど呆れ果てて苦々しい思いを禁じ得ない選挙はない。

私が呆れているのは何も小政党の乱立ではない。それなら90年代にもあった。呆れるのは理念なき者たち、あるいは理念を放棄してしまった者たちの見苦しい振る舞いである。

現在は衆議院が解散されてどの政党も議席を持っていないが、解散前に圧倒的な議席を持っていた民主党や、野党第一党の自民党にも呆れ果てることばかりだった。しかし、今回は両党以上に信じられない妄動を行った政党とその関係者を俎上にあげたい。日本維新の会、減税日本・反TPP・脱原発を実現する党(略称「脱原発」)、それに社民党の3党である。

日本維新の会については、今更書くまでもないだろう。石原慎太郎(4日しか続かなかった「太陽の党」)との野合やみんなの党との合流工作や、「減税日本」の排除工作をめぐるゴタゴタを起こしまくったあげく、選挙資金が足りず、候補者たちに自腹を切れと要求する始末。金を工面することができずに、香川1区と京都1区で公認予定候補者が逃げ出す醜態を晒した。

このうち香川1区は、前回の総選挙が行われた時に私が有権者だった選挙区である。維新の怪の松井一郎や橋下徹は、一昨日(24日)に高松市内で街頭演説を行いながら、「残念ながらまだ香川県で小選挙区候補は決まっていない」と突然宣言する赤恥を晒したが、その醜態を生で見てみたかったものだ。

ところが、その橋下の、というより石原慎太郎を党首に戴く「日本維新の怪」が、共同通信の調査でも朝日新聞の調査でも支持率を解散直後より上げている。おそらく、テレビのワイドショーやスポーツ新聞、週刊誌その他がここぞとばかり維新の会を持ち上げまくっている影響だろう。少し前の自民党総裁選の時にも経験したばかりだが、マスコミが多く取り上げるほど政党支持率が上がるというどうしようもない傾向が今の日本にはある。まあ維新の怪については、来週の週末には現在のゴタゴタを反映して支持率が急落することを期待しておこう。

その維新の怪も派手にやらかした野合の問題に話を移す。ここで当ブログが槍玉に挙げるのは略称、否、僭称「反原発」である。なぜ「僭称」と決めつけるかといえば、この政党は亀井静香、山田正彦と河村たかしが野合した政党だが、このうち亀井静香は地下原発推進議連の顧問であり(記事を書くためにネット検索をかけたが、亀井が地下原発推進議連を脱退したとの情報は全く得られなかった。亀井は現在も顧問にとどまっているものと推測される)、河村たかしは東電原発事故以降「脱原発」を掲げていながら、ついこの間、脱原発など間違っても言わないどころか核武装論者である石原慎太郎の「太陽の党」と野合しようとして、あとから入ってきた、これも「脱原発」を標榜していたはずの「日本維新の怪」に野合のパートナーを奪われて追放されたばかりだからだ。つまり、亀井静香も河村たかしも間違っても「脱原発派」などではない。その彼らが党の略称を「脱原発」として恥じない面の皮の厚さには恐れ入るばかりだ。ところが、彼らの支持者は誰も有権者を馬鹿にした彼らの妄動を批判しない。支持者が政治家を甘やかすようでは日本の政治はいつまで経っても良くならない。

その僭称「脱原発」よりもさらにひどく、目も当てられないのは、この「脱原発」の前身の一つである「減税日本」と野合した社民党である。23日付の読売新聞が報じるところによると、同党の又市征治副党首は22日の記者会見で、「『生活』や減税日本などとは政策がおおむね一致してきているので、選挙で一定の協力が行われるのは当然だ」と述べた。

この又市発言に対する批判は『kojitakenの日記』にも書いたが、要するに、社会民主主義と護憲を掲げる社民党が、その二枚看板と真っ向から対立する河村たかしと野合することは、政党の理念を捨てることに等しい自殺行為である。少なくとも私はもう社民党を護憲の党とも社会民主主義の党ともみなすことはできない。この党の消滅は時間の問題だろう。

ただ、このような非常識な野合が行われる背景に、第1党に極端に有利で、第2党にもそのおこぼれがあるものの、第3党以下には著しく不利益な小選挙区制という選挙制度の問題があることは指摘しておかなければならない。つまり、問題は1990年代に遡る。最近ではもう政治改革に対する批判が、それを推進してきたマスメディアの間でもタブーではなくなりつつあるが、政治家でもっとも強くこの政治改革に関与したのは小沢一郎である。小沢は、第3極はおろか第4極になり果てた今でも比例区の定数削減を唱え続けているが、これでもっとも大きな不利益を被るのは小沢自身の「国民の生活が第一」のような、第3極にもなれない政党群だろう。

現在のような制度においては、政党の新規参入障壁は極めて高い。だから橋下徹はマスメディアで名前を売ってのし上がり、地方自治体の首長を足がかりにして、最初に挑む総選挙で大勢の候補者を立てるようなやり方をした。前回の総選挙で政権交代を果たした民主党の場合は、「政権交代」の一点で寄り集まった「反自民」だけがウリの政党だった。だからその次の総選挙を前に空中分解するのは必定だったし、中には長尾敬のように思想信条が自民党の極右派そのもののような人間も民主党(小沢グループ)に加わっていた。蛇足だが、長尾敬の民主党から自民党への移籍を後押ししたのは、あの自民党前職の城内実と総裁の安倍晋三であると聞く。

しかし、空中分解してバラバラの政党になっても当選は望めないからどうしても野合する。ただ、前々回の自民党や前回の民主党のように第1党になって大量の小選挙区の当選者が出ない限り、候補者たちはおこぼれに預かることは難しい。だから、いわゆる「第3極」を目指す政党を率いる者たちが理念なき離合集散の駆け引きを繰り広げる。その中で、もっともマスメディアに強く後押しされた者がのし上がっていき、冒頭に書いたようにメディアが実施する政党支持率が上昇する。マスメディアが作る幻想と現実の落差は、香川1区や京都1区で公認予定候補が逃げ出した件からも明らかだ。

この選挙制度は絶対に見直さなければならず、比例代表制を軸にした制度に改変する必要があると思うが、思えば90年代に政治改革の議論がなされていた頃、小選挙区比例代表併用制という、事実上比例代表制の選挙制度を提唱しながら、それとは真逆の方向性を持つ小選挙区比例代表並立制に同意するというあり得ない決断をしたのが時の野党第一党・社会党だった。その時以降、間違った選択をし続けてきた同党最後の失態が、「国民の生活が第一」を介した極右・新自由主義政党「減税日本」との野合であったと後世の人は語るのかもしれないと思う今日この頃である。
スポンサーサイト